両兵の鈍さはここでは置いておくとして、やはりエルニィはここ数日、悩んでいる風ではある。
「……ちょっと鎌をかけてみようかしら」
「やめとけ、やめとけ。あいつだって頭の出来ぁ悪くねぇんだ。察せられて話題を遠ざけられちまえばお終いだろうし。……ここはストレートに行ったほうがいいか」
両兵は格納庫に一角に備え付けられていた暗幕の会議室から顔を出し、軒先で涼んでいるエルニィへと大声で呼び掛けていた。
「立花ァ――っ!」
「うへぇ……っ? な、なになに……両兵……? えっ、何やってんの……?」
「いいから。こっち来い」
エルニィは胡乱そうにしながらも会議室へと駆け寄ってくる。
「えっ、何やってんの……みんな顔突き合わせてこんな狭いところで……。うわっ、照明薄暗っ……」
「ちょっと、両! あんた、心の準備ってもんが……」
「立花。オレは隠し立てってもんは下手だし、別に長い間の付き合いだ。嘘を言うつもりもねぇ。……ヘッドハンティング、受けてんのか?」
直球で問いかけるとは想定外で、南は額に手をやって両兵のやらかしを痛感する。
しかし、当のエルニィは肩透かしの様子で応じていた。
「……えっ、ヘッドハンティング? 何で? 受けないよ、そんなの」
思わぬ返答に南は立ち上がる。
「それ……! 本当なの、エルニィ……!」
「えー、何、この空気……。ボクが尽くすのはトーキョーアンヘルのメカニックとしてだけだし、他の企業だとか国に行くわけないじゃんかぁ……。何、変なこと言って――!」
「立花さん? さっき、小河原さんのおっきな声聞こえましたけれど……」
追いついていた赤緒に、エルニィは狐につままれたような顔をして応じる。
「ヘンなの。両兵がボクがヘッドハンティングされちゃうんじゃないかって。どういうこと?」
「えっ……立花さん、他の企業とか国に行ったり……」
「しないしない。そんな余裕ないし」
「よ……よかったぁ……っ」
赤緒がエルニィの胸元に顔を埋めて咽び泣くので、彼女としては当惑しているようであった。
「あれ? 何で何で? ボク、赤緒に何かした?」
「どっか行っちゃうんじゃないかって思ってたんですよ! 立花さんっ!」
感情の堰を切ったよな赤緒の言葉に、エルニィは当惑し切って彼女の頭へと手を置く。
「えーっ……? 変な赤緒だなぁ。そんなわけないじゃん。日本での仕事を無碍にして、赤緒たちを置いていくなんて、ボクは絶対にしないから」
その宣言を聞いて赤緒はさらに感極まったのか、涙を流してエルニィに縋りついていた。
「……ええ……? 何だかなぁ。ほら、赤緒。ハンカチで鼻をちーんって。できるよね?」
差し出したハンカチでちーん、と鼻をかんだ赤緒にエルニィは困惑しているようであった。
「……いつもなら赤緒がするところじゃん。何でボク?」
「エルニィ。でもあんた……ヘッドハンティングのメールが来てたって、赤緒さんが……」
「あー……なるほど。偶然見ちゃったか。まぁ来たけれど、突っぱねたよ」
「そ、それは何でなんですか……? だって、立花さんほどの技術者なら、みんな欲しがるって、南さんが……」
「馬鹿だなぁ、赤緒は! そんなのになびくようなボクだと思う? トーキョーアンヘルのみんなを置いていくことなんてするもんか!」
「た、立花さぁーん……!」
「ああっ、もう。ちょっと鬱陶しいなぁ、赤緒も。そんなに泣くことないのに」
何とか宥めようとするエルニィへと、南は代表して尋ねていた。
「けれどあんた、最近、上の空だったみたいじゃないの」
「うーん……そりゃ、考えないわけにはいかないでしょ。いくら棄却するからって、もしものことはあるからね。ボクがアンヘルの別の支部に呼ばれることもないわけじゃないだろうし」
「……けれど、その時が来ても、っていうことなのね?」
言わんとしていることを悟ったこちらに、エルニィは笑顔で応じる。
「もちろん! だってボクの居場所は、ここだからさ!」
南はその言葉を受け取って、両兵の肩を小突く。
「……あんたにはしてやられたわね、両」
「何のことだか。騒いだのはてめぇらだろ?」
「……きっかけ作り。あんたが居なくっちゃ堂々巡りよ」
「……ンなもん、大したことでもねぇはずさ。立花の奴が何を考えているのか、分かんねぇアンヘルのメンツでもねぇだろ」
「……今日は奢らせてよ。少しの借りができちゃったからね」
「じゃあちょっと一杯、付き合えよ。慣れない会議とやらでちょうど腹ぁ、減っちまったんだ」
南は抱擁する赤緒とエルニィを一瞥してから、そうね、と笑みを浮かべる。
「いつだって……大事な今があるんですもの。そればっかりは……誰にも奪えないわよね」