段ボールはそうでなくとも大きなゴミになる。
分別するのはいつも自分なので、赤緒は嘆息をついていた。
早速掃除に取り掛かろうとして、ふとその視界の中で段ボールが――。
「……えっ、動いた?」
そんなわけがないのに、赤緒は視野の中で段ボールが動いたのを感じ取って、今一度目をこする。
凝視していると、段ボールがすすーっと静かに動いたのを目にして、赤緒は思わず尻餅をついていた。
「わ、わわっ……お化け……?」
すると、段ボールの下からこちらを覗き込んだ影に赤緒は瞠目する。
「……ルイさん?」
「赤緒、しーっ」
段ボールを被ったルイにうろたえつつ、赤緒はそれを上から引き剥がす。
「……何やってるんです?」
「赤緒、今の私は段ボールなのよ。絶対に見つかりっこないんだから」
「……はぁ」
生返事しか出ないでいると、赤緒は境内に点在する段ボールを見やっていた。
はて、外にまで段ボールがあっただろうか、と疑問視していると、やはりと言うべきか、それらはすすーっと地面を滑っていく。
「……まさか」
歩み寄って段ボールを持ち上げると、シールが内側で丸まっていた。
「ああっ! 何すんだよ、赤緒!」
「……いや、何してるのかって言うのはこっちの台詞で……。皆さん、一体何を……?」
「シール、見っけー!」
階段をばたばたと駆け下りてエルニィが指差す。
シールはああっ、と額に手をやっていた。
「赤緒のせいだかんな。くっそー、まだ見つかるつもりなかったのに」
「さて、あとはツッキーとルイだよね」
エルニィは境内に置かれている段ボールへと一瞥を向けてから、格納庫のほうへと駆けていく。
「行っくよー! だぁーるまさんが……」
その声を嚆矢として、三つの段ボールがすすっと地面を滑って移動する。
珍妙な光景に赤緒が絶句していると、エルニィが振り返っていた。
「こぉーろんだ!」
振り向くと段ボールたちはぴたりと止まる。
赤緒は思わず割り込んでいた。
「いや……そのぉー、お昼から一体何を……」
「あれ? 赤緒ってば知んないの? だるまさんが転んだ、って言う遊びあるじゃん。けれどそれだけじゃ面白くないから、カスタムしたんだよね」
「……カスタム?」
「そっ。動いていないかの判定をもっとシビアにして、段ボールを被って鬼以外は行動する、かなりゲーム性上がってるんじゃないかな」
要は――仕事をサボって遊んでいるということなのだろう。
がっくり肩を落としているとエルニィは心外だとでも言うようにむっとしていた。
「……もしかして赤緒、ボクらが仕事ほっぽって遊んでいるとか思ってる?」
「あれ? 違うんですか?」
「何言ってんのさ! 段ボール一つ取ってしてみても、戦略は無限大! これだって、立派な人機の操縦訓練の一つなんだからね!」
「……これがどう操縦訓練に結び付くんですか」
段ボールを被った形の月子とルイは競技が中断されたと見るや、立ち上がっていた。
「分かってないのね、赤緒。動かない、と言う訓練も時には必要なのよ。何も人機の戦闘は動いてばかりがメインでもないわ。操縦に際しては、沈黙を守るのも立派な技能だっていうことよ」
それは何だか詭弁めいていて、赤緒が納得できないでいるとエルニィは言葉を補足する。
「大体さ、動かないって言うのがどういう戦局なのか、赤緒はちょっと現状認識不足だよね」
「……何もしないんだから、動かないってのは簡単なんじゃ――」
「甘いっ! それじゃすぐにやられちゃうよ! ……作戦遂行において、その立ち位置を守るって言うのは、かなり重要なスキルなんだよね。例えばさ、配置図を渡されるじゃん、戦いになったら」
「あ、はい。ここに陣地してくださいって言う指示ですよね」
「それ、きっちり守れる? 動くにしたって陣形を維持しつつ、一点突破するのには技量が要るんだよ」
「……し、失礼な……。私だってそれくらいは……」
「だったら、全員が戦闘訓練してるんだから、それ、守ってよね」
何だか上手く丸め込まれたような気がするが、要するにこれは遊びではなく戦闘訓練と言う触れ込みらしい。
そう言い訳されてしまうと、指摘もできないので、赤緒は困り果てていた。
「……でも、遊びだと思うんですけれど……」
「あ、赤緒さん。私もその……参加していますので」
段ボールをひょこっと持ち上げてそう口にしたのはさつきで、赤緒は意想外の人選に戸惑う。
「さつきちゃんまで……?」
「私も居るぞ?」
大きめの段ボールに入っていたのはメルJである。
厳格なところのある二人までこの訓練に参加しているのだとすれば、あまり馬鹿にするものでもないのかもしれない。
「うーん……でもですよ。段ボールまみれだとあまり景観がよろしくないので……。終わったら片付けること! いいですね?」
「うわ……赤緒のオカン気質出たよ……。はいはーい。守りまーす」
「はいは一回ですよ! まったく……」
取って返そうとした背中へと、エルニィは呼びかける。
「あれ? 赤緒はやっていかないの、これ」
足を止めた赤緒は渋面を向けていた。
「……だってそれ、どう見たって遊びですし……」
「分かってないなぁ。アンヘルメンバーのほとんどが参加してるんだよ? やらないと損だってば」
「ちなみに段ボールはフェイクも含めてかなりあるわ。赤緒、まずは自分に合う段ボール選びからね」
ルイに案内され、赤緒は居間から廊下まで埋め尽くす段ボールの残骸を目の当たりにしていた。
「……せっかく片付けようって思ったのに」
「終わったら手伝うわよ」
何だか、約束されたのだかされてないのだか分からないが、それでも今のままでは段ボールが減る様子もないだろう。
仕方なしに、赤緒は目についた段ボールを手に取っていた。
「そのマシンでいいのね?」
「ま、マシンって……段ボールでしょう?」
こちらの発言にルイはちっちっと指を振る。
「甘いわね、赤緒。たかが段ボール、されど段ボールなのよ。自分の体格に合うマシンを選ばないと、そもそも目標まで辿り着けないでしょう?」
「とは言っても……これ、皆さんどうやって移動してるんですか?」
「こうだよ、こう。足を畳んで、それでいて段ボールは接地させるようにして……」
シールが身体を折りたたんでレクチャーする。
相応に間抜けだが、ほふく前進と言えなくもない姿勢だ。
「……じゃあその、この大きめの段ボールで……」
「赤緒ってば余計なものが上半身に二つ付いているものね。それでいいんじゃないの? 小回りは効かなさそうだけれど」
「ほ、放っておいてくださいよ……」
思わぬところでダメージを負った赤緒は段ボールを被って、居間からスタートする。
「じゃあカウント始めるよー。だぁーるまさんが……」
カウントを始めたエルニィに対し、全員がささーっと動いていく。
ある意味では統率された動きに舌を巻く間にも、赤緒は動こうとして、段ボールが下手に浮いてしまっていた。
「こぉーろんだ! はい、赤緒動いた」
「う、動いてませんよ……」
「いーやっ! 今のは動いたね。……ルイの説明聞かなかったの? マシン選びから重要だって」
赤緒は諦めて段ボールを取って鬼であるところのエルニィへととぼとぼと歩いていく。
「……けれど、何だかんだで皆さん……動いてないんですね……」
予想外だったのはそれもある。
全員が、エルニィの合図でぴたりと止まっていたのだ。
「そりゃー、これ、だるまさんが転んだ、だし。動いたら負けじゃんか」
「……それもそうなんですけれど……」
ある意味では遊びにかける本気度が違っていた。
「あ、さては赤緒、何でイギリス人のメルJとかボクとかがだるまさんが転んだのルールを知っているのかどうかを疑ってるね? 案外、この遊びは世界中に似たようなのがあるんだよ?」
「そうなんですか? 日本だけかと思ってました……」
「まぁ、見立てるものが違ったり、細かいカウントが違ったりするけれど、大概は十秒のうちに入る十文字だよね。それでカウントするのと、動いたら負けは同じかな。さて、じゃあ赤緒も捕まったところだし、またカウント始めるよー。だぁーるまさんが……」
そこまで口にした時点で、古びた段ボールが一斉にかさかさと動くさまは、何やら特定の虫を想起させて赤緒は思わず、ひっ、と悲鳴を上げていた。
その中でも特に素早いのはルイの段ボールである。
ささっとエルニィの背後近くまで接近し、もう数歩のところで彼女は振り返っていた。
「転んだっ! ……うーん、手強いなぁ、みんな」
このルールの意味合いを、赤緒は鬼の側についてようやく理解する。
段ボールを被っている以上、誰がどれという比較ができないのだ。無論、動きの速度からある程度の特定は可能とは言え、なかなかに匿名性の高い競技に仕上がっている。
「じゃあ行くよー。だぁーるまさんが……」
直後、段ボールから飛びかかったのはルイだけではない。
「……次郎さん?」
アルマジロの歩間次郎をエルニィへと投げつけ、ルイがタッチを果たす。
エルニィは不意打ちの攻撃によろめき、腰を押さえて悶絶していた。
「あ、あの……大丈夫ですか……?」
「こ、腰がぁ……」
心配する自分を他所にルイは手を引いて逃げさせる。
「何をやってるの。タッチしたら鬼から全力で逃げる、基本でしょ」
赤緒はエルニィから離れ、彼女が起き上がるまで窺っていた。
「……くっそー、ルイってばやるなぁ……。まさか小動物で攻撃してくるとは」
「私と歩間次郎は一心同体よ。私そのものと言っても過言ではないわ」
べ、と舌を出したルイに抱えられた次郎が前足を掲げる。
「……何か、ボクばっか鬼でつまんない。鬼、変わってよ」
「……とは言っても、鬼から逃げられたのでまた立花さんが鬼ですよ」
「納得いかなーい。あ、そうだ」
何か思いついたのか、エルニィは神社のほうへと駆け出したかと思うと、手を引いてきた相手は南である。
「南! こっちこっち!」
「ちょっと何なのよ、あんたってば……。せっかくゆったりと台所でお茶を飲んでいたところなのに。おっ、茶柱」
湯飲みを覗き込んでいた南は、段ボールに隠れ伏している一同を見渡す。
「……何やってるのよ、あんたたち……。まさかアンヘルメンバー全員、ちょっと頭をやっちゃった?」
「違うってば。南、知らない? だるまさんが転んだ、って」
「あー、そういう……。って言うか、なら何で段ボール?」
当然の疑問に対して、南はエルニィからタッチされていた。
「じゃ、南が鬼ねー」
「あっ、ちょっと……こっちにゃやることがあるってのに。……って言うか、あんただって報告書を仕上げないとでしょ?」
「それは後からでいいからさー。鬼役やってもらえる?」
「……仕方ないわねぇ、まったく」
何だかんだで受け入れる南もノリがいいのだろう。
赤緒は再び段ボールを使おうとして、ちょんちょんと、半分段ボールを被ったままのさつきが指摘する。
「赤緒さん、その段ボール、あまり合わなかったんじゃないですか? こっちのにしたほうが、機敏ですし、もしかしたら上手く動けるかも」
まさかさつきからそのようなアドバイスを受けるとは思っておらず、少しだけ面食らう。
「あ、ありがとう、さつきちゃん……。もしかして結構、楽しんでる?」
「あ、分かりますかね……。その、よく兄に遊んでもらった記憶があるので。だるまさんが転んだって、みんなで遊べていいですし」
「それは……そうかもだけれど、立花さん。通販で買い尽くした段ボールをこんな風に使うなんて……」
「まぁまぁ。きっと立花さんも、全員で遊びたかったんだと思いますよ」
「……立花さんはいつも遊んでいるように見えるけれど」
平時のエルニィの様子を思い描き、首を傾げた赤緒へとさつきは言いやる。
「でも、アナログな遊びってなかなかないんじゃないですかね。段ボールの整理をしている途中に思い浮かんだみたいですし、きっと捨てるのもちょっと惜しかったんじゃないでしょうか」
「……捨てるのが惜しい、か」
段ボールの数々はゴミでしかないのだが、それを転用して遊びに変えるのはきっとエルニィならではの発想だろう。
「さぁ、次の勝負を始めるよー! 赤緒はそのマシンで行くんだよね?」
どうやら勝負を譲るつもりはないらしい。
段ボールを着込んだエルニィに、赤緒も被って南のカウントを聞く。
「じゃあ始めるわよー。だぁーるまさんが……」
瞬間、一斉にほふく前進やちまちまとした歩法で南へと接近を試みるが、南は早口でまくし立てていた。
「転んだっ! はい、月子さんとシールさんは動いたわね。あとはメルJも」
「あーっ、くそー! 早く言うなんてズルいだろ」
「ズルくないわよ。戦術よ、戦術」
「むぅ……黄坂南、先ほどまでの立花のゲームプレイヤーとしての回し方に比べれば少しお粗末ではないか?」
めいめいに文句が飛ぶが、南はいちいち取り合わずに、鬼の側へと引き寄せる。