「はいはーい。文句は勝ってから言いなさいよね。こちとらどれだけこの遊びを極めてきたと思ってるのよ。ルイとエルニィも、次は逃さないからねー。だぁーるまさんが……」
カウントが再開される。
咄嗟に動いたのはエルニィであった。
段ボールを引き剥がし、南へと投げる。
南が反射的にその動きを感じ取って振り返った瞬間には、エルニィは別行動を取っていた。
健脚のエルニィへと、南の注意が飛ぶ。
「あ、あんた! 動いたら負けじゃないの!」
「へへーんだ! まだ、“転んだ”って言ってないもんねー! それに上。注意したほうがいいよ」
しまった、と南が認識したその時には、放物線を描いて投げられていた段ボールが南の頭に被さってその視野を阻害する。うろたえた背中へとエルニィはタッチしていた。
「悪いね、南。これも作戦勝ちってことで」
「ちょっと! これじゃ何にも見えないじゃないの!」
再び鬼から逃げ出したアンヘルメンバーはめいめいに段ボールを被り直す。
南は鼻息を荒くして、少しだけムキになっていた。
「……あんたたち、今度こそ全員捕まえてやる……!」
「じゃあこっからが本当の勝負だね! ……赤緒、楽しくない?」
「へっ……? 私……ですか?」
「うん、いや……ちょっと変なことを聞いたかも。ゴミとか言ったって使いようはあるんだって、そう言いたかったんだけれど」
確かに段ボールを使ってここまで遊びに興じられるとは思いも寄らない。
ある意味では童心に返ったかのような純粋な勝負は――何よりも夢中になれる――。
「……もうっ、そう言って調子いいんですから。終わったら、一緒にゴミの分別、手伝ってくださいよ」
そう言って段ボールを被り直した自分へと、エルニィは微笑むのだった。
「うん、うん! 手伝うし、赤緒のオカン気質は知ってるから! だから、今は一緒に遊んでね! だって楽しいじゃん!」
「――結局、五勝五敗ってところか。私も夢中になり過ぎたものだって思うわね」
遊び疲れたのか、居間で寝そべっているエルニィやルイを眺めた南へと、赤緒は台所での片づけを終えて戻ってくる。
「……もうっ。立花さんってば、手伝うって言ったっきり! 途中で飽きちゃうんですから」
居間の片隅には荷造り紐で結びつけられた段ボールの残骸があった。
それでもかなりの量である。
「悪いわね、赤緒さん。エルニィの逃避癖、迷惑だった?」
南の言葉に返答しようとして、赤緒は首を傾げる。
「どう……だったんでしょうね。私、楽しかったのも事実なんで……。思えば、立花さんたちが来るまで、何か……追い立てられるような日々を過ごしていたのかもしれません。何でもない日ってのは、意外となくって……」
「アンヘルの戦力も安定してきているし、赤緒さんたちには感謝してもし切れないわ。もちろん、エルニィもね。この子も」
エルニィへとそっと掛け布団を被せる。
むにゃむにゃ、と夢見心地のエルニィが寝返りを打っていた。
「……何だかこんな風になると……本当に立花さん、子供みたいんで……」
「ね。この子がアンヘルを支えるIQ300の天才だなんてこの様子じゃ信じられないわよね。でも、こういう一面を見せてくれるようになったのは、素直に嬉しいわよ。南米じゃ切り詰めっ放しだったし」
それを聞いて、赤緒は改めてエルニィの相貌を覗き見る。
安心し切ったような弛緩した表情は、敵意がないことの表れなのかもしれない。
あるいは、この場所ならば、自分を安心して出せると言う、証――。
「……立花さんの言う、オカン気質って言われるのはちょっと……ですけれど。私、こういうのが愛おしいとも思うんです。変……ですかね」
エルニィの額にかかった髪を撫でる。
膝枕をしてやると、こちらへと身を寄せて来た。
「むにゃむにゃ……赤緒ぉ……もう食べらんない……」
「もうっ。どんな夢見てるんですか……」
「……いいえ。きっとそれも、赤緒さんなりの愛情なんでしょうね。エルニィってば一時期、軍からの要請とか、色々あって人間不信だった時期もあったくらいだし。日本に来るってなれば、必然そういうのの矢面に立たないといけなくなる。それが分かっていても……。そうやってこの子を……愛してあげられる人が一人でも居れば、それはきっと……」
最後まで言われなくともわかる。
赤緒はエルニィの柔らかな頬をさすっていた。
彼女の頬に触れる指先は、優しい旋律を伴わせて。
「ええ、多分ですけれど、この感情。悪くないんだと……そう思うんです。だから――」
だから、こうして寄り添う合うことできっと、得られる何かがあるはずだから。