「ええ。それは今回の襲撃を行ったJハーンと、そして僚機である《シュナイガートルーパー》の操主たちも同じはずです」
「……参ったなぁ。倒したと思っていたJハーンの復活。それだけじゃない。あのシュナイガーの量産機、あれってグリムの内部データがないと造れない技術だ。ボクが米国と渡りを付けていた技術だけじゃ、どうしたって難しいはず。それに、相手はファントムの会得までしてみせた。ただの操主のクローンとは思えない」
「……分かっちゃうんですね。立花博士には」
「……エルニィでいいよ。何を隠してるのさ」
アキラはこちらへと目線を振りかけて、そして躊躇う。
「……私もちょっと甘かったのはあるんでしょうけれど、それでも聞かせてちょうだい、アキラさん。あなたたちは一体、どのような目的で私たち、トーキョーアンヘルに接触しようとしたのか……。グリムの眷属を名乗るJハーンたちは、何を画策しているのか」
「……それは……」
紡がれようとしたその瞬間、テレビが唐突に点く。
「何だ? 誰も電源を入れていないのに……」
ノイズの入り混じった画面の向こう側には《ダークシュナイガー》が東京タワーを背に佇む。
十二機の漆黒の機体が並び立ち、都心を完全に占拠していた。
『日本国の諸君、我々はグリムの眷属。キョムに代わり、この世界を掌握する存在である』
「……Jハーンの声……!」
忌々しげに口にしたエルニィは《ダークシュナイガー》のマニピュレーターに屹立する存在を視野に入れていた。
ローブ姿の男性とも女性とも取れない存在が、風圧に煽られる。
『そしてわたしこそが、彼らを束ねる首魁。ここに宣戦しよう。わたしの名前はドクター――超越者、ドクターオーバーである』
「ドクター……オーバーだって?」
ローブ姿の相手はその鋭角的な眼差しをモニターへと投げる。
『キョムに怯え、アンヘルによって守護されるだけの、牙なき者たちよ。我々の支配を受け入れれば、キョムの実効支配も、アンヘルの横暴からも、全ての恐怖と呼ばれるものから解放しよう。日本が人機に踏みしだかれる最悪の事態を防ぎ、ここに! 真の自由を宣言する!』
「真の自由……? って、私たちからの解放って……!」
身を起こしかけた南を自衛隊たちが宥める。
「南さん……! 今は……」
「勝手言われて……それで黙ってろって? そんなこと……!」
睨み上げた南はドクターオーバーの姿に被さったものを視野に入れる。
それはまるで――。
「……光の、雪……?」
『これは“光雪”。首都圏はこれより三日以内に、この物質によって包まれる。その結果として、日本国の住民たちは解放されるであろう。キョムのシャンデリアによる恐怖からも、アンヘルの人機による被害からも。我々による安寧を受け入れよ。その先にこそ、未来がある!』
「何を勝手なことを……! ってか、この光っている雪……さっき訓練場の上空でモニターしたのと同じじゃんか……!」
エルニィが大慌てでパソコンを接続しようとしたその時には、ドクターオーバーの演説は終わろうとしていた。
『終焉は近い。貴様らは何もしなくってよい。ただ我々を受け入れれば、恒久的な安息を約束しよう。それこそが――』
その言葉の途中で光の柱が東京タワー付近へと照射される。
「……まさか! キョムの……シャンデリアの光?」
転がっていく状況に翻弄されるように、南は身を乗り出していた。
シャンデリアの光が降り立ったと言うことは、キョムはグリムの眷属と対立すると言うことであろうか。
しかし、事はそう簡単ではないだろう。
その証拠にアキラは沈痛に面を伏せている。
「……何があるの? アキラさん……あなたは知っているのよね? Jハーンと、そしてグリムの眷属を名乗る、集団……。彼らの最終目的を」
「……最悪の展開です。考え得る限りの。それでも、……ですか?」
「それでも、よ。私たちが諦めたら、全てが潰えてしまう」
先を促した南にアキラはゆっくりと口を開いていた。
「……分かりました。黄坂南さん。あなたにはとても……残酷な未来を告げなければいけなさそうです」
――東京の大地に舞い降りるなり、ジュリは先んじて観測を行っていた。
「……これが、グリムの“光雪”……。シバ、あまり時間はかけられそうにないわ」
『分かっているとも。こちらとしても、八将陣、マージャの姿を取る敵。猶予はない』
『来ましたか! 八将陣の諸君!』
《ダークシュナイガー》を操るのは間違いなく、Jハーン――否、マージャであるのは窺えるが、ジュリは戦闘神経を走らせる。
「……セシルの坊ちゃんの言っていた通り、グリムの眷属を名乗る集団なのだとすれば……油断はできないわね」
『それだけではあるまい。シュナイガーの先行量産機か。グリムめ、やってくれる。私たちだけで対処できるかはほとんど運任せだな』
《ブラックロンドR》が太刀を構える。
それと同期して、《シュナイガートルーパー》が機体内に格納した銃器を一斉に照準していた。
その総数――六門の機銃が十二機の七十二。
総火力だけで崩されかねない、と身構えたジュリは直後に放たれた言葉に瞠目する。
『まぁ、待て。盤面を見るのも我が方の姿勢だ』
そう口火を切ったのは、《ダークシュナイガー》のマニピュレーターに抱かれたローブ姿の人物であった。
男のようにも女のようにも映る奇異なる姿。
「……あれが……セシルの坊ちゃんがご執心の、ドクターオーバー……かしらね」
『如何にも。わたしが超越者、ドクターオーバーである』
「……本当の超越者がそう名乗るかどうかはさじ加減だけれど、私たちの前に佇むってことは敵だと判断しても?」
『だから、待てと言っている。敵味方の論法に持ち込むにしては、お互いに無為な戦闘を繰り広げる益もあるまい』
つまり、交渉事に出ようとでも言うのか。
「……超越者って言うだけあって、なかなかに傲慢じゃないの。シバ、とにかく相手の手鼻を挫く。行けるわね?」
『誰に言っている』
腰だめに刃を構え直したシバの《ブラックロンドR》と、ジュリの《CO・シャパール》が呼吸を合わせて、直後には掻き消える。
「ファントム! 速攻で決めさせてもらうわ!」
超加速度に浸った二機が狙ったのは見間違えようもなく、《ダークシュナイガー》の手の中に収まるドクターオーバー本人。
首魁を殺せば、少なくとも他は烏合の衆と化す――その目論みはしかし、降り立った二機の人機によって阻まれていた。
「……あんた……! カリス……!」
『こちらはハマドか』
ジュリの《CO・シャパール》の武器腕を防いでみせたカリスの《バーゴイルシザー》は平時のような狼狽えを見せず、返す刀の応戦を浴びせ込もうとする。
咄嗟に飛び退り、電磁鞭を放射していた。
四方八方の空間を引き裂いた電磁鞭の防護柵を《バーゴイルシザー》は跳び越え、懐へと潜り込む。
「……いつものカリスの……大雑把な操縦技能じゃ、ない……!」
『《バーゴイルシザー》の本来の性能を発揮できるようにチューン済みだ。グリムの技術力をもってすれば、その真骨頂を実現させるのは何も難しくはない』
ドクターオーバーの声を聞きながら、ジュリは舌打ちを滲ませる。
「シバ! どうするの? 八将陣同士の戦闘行為なんて、旨味もない……!」
『無論だ。しかし、手加減して墜とせるような相手でもなし。ジュリ、電磁鞭で二人の距離を牽制しろ。私が切り込む』
「了解……ッ! 頼むわよ!」
電磁鞭の包囲陣をさらに細かく編み上げ、二機の攻撃網を遠ざけようとするも、前に出た《K・マ》がリバウンドの盾を突き出す。
そこから放たれたのは、灼熱の光球であった。
「……まさか……リバウンドプレッシャー……!」
『性能面では不可能ではあるまい』
リバウンドプレッシャー相手に電磁鞭は次々と焼き切れていく。
牽制距離を取ると言う当初の目論みは挫けたことになったが、それでもシバは果敢にも《バーゴイルシザー》との距離を詰めさせる。
瞬時の抜刀術が咲き、躯体を引き裂かんとしたが、それを相手は弾き返す。
「……シバの抜刀に耐えた……?」
『……なるほどな。強化人間であるカリスの弱点を突かれたと言うわけか』
「弱点って……」
『強化人間施術はグリムの専売特許だ。恐らくは強化段階を引き上げられている。平時のカリスでは反応できない動きまで対処可能なのだろう』
落ち着き払ってシバは一旦距離を取る。
「ちょっと待ってよ……。って言うことは、私たちが相手をしているのは、実際には八将陣の二人じゃなく……」
『さらなる改良を加えられた二人。さしずめ、強化型八将陣とでも言うべきか』
「強化型……八将陣……」
『どうした? 来ないのか? 八将陣の長たる黒の女。怖気づいたか?』
ドクターオーバーの分かりやすい挑発に、シバは乗らなかった。
刃を納め、こちらの機体と並び立つ。
『ジュリ、このままでは勝てん。それどころか、我々は手痛い敗走を喰らうだろう』
「……けれど、このまま傀儡になった二人を、見過ごすわけには……」
『無論だとも。だが、グリムの眷属には考えあっての様子』
「……考えって……」
『賢明だな、黒の女よ。分かりやすい勝利に拘泥しないとは』
『勝利とは、最終的に立っている場所によって変動する。貴様らの思惑通りに動かなければ、私たちの勝利だ』
《ブラックロンドR》は脚部にマウントしていたブレードを引き出し、それを投擲する。
《ダークシュナイガー》に命中する直前で、《シュナイガートルーパー》が受け止めていた。
『退くぞ』
機体を翻させたシバに、ジュリは遅れて声にする。
「何ですって?」
『退くと言ったのだ。今は……そうだな。旗色が悪い、とでも言うべきか』
「けれど……このまま静観すれば、この“光雪”ってのは……」
『命令だ。アンヘルの者たちがどう行動しようとも、私たちのスタンスだけは変わらない。撤退だ』