JINKI 258 ちょうどいい遠回りを

「い、いえ……まだまだ、ちゃんとやらないと……!」

「ケッ……! 操主見習いは随分と勉強熱心なこって。おい、ヒンシ。こいつ褒めたって何も出ねぇんだから、とっととモリビトのペダル重量のバランスとかの調整頼むぜ」

 相変わらず感謝の気持ちの欠片もない両兵に青葉は辟易する。

「……り、両兵! よくないよ、ちゃんとお互いの仕事には感謝しないと」

「感謝だぁ? そりゃ、もうちょいマシな操主に成ってから言うんだな。上操主の席は安くねぇんだ、オヤジにせいぜい教えてもらえよ」

「それにしたって、反応はよくなっていると思うよ。上と下の息が合って来た、と思うべきなのかもね」

「い、いやぁ……それほどでも……」

「ヒンシ、こいつはすぐ付け上がるんだから余計なこと言ってんじゃねぇ。どーせ、一朝一夕じゃ身に着かんのだ。ちゃんと人機を操縦できるようになってもらわねぇと話にゃならねぇ」

「つ、付け上がったりしないもん! 両兵と違って!」

「あ、言ったなこの野郎……! ちっ、だが今日は許してやる。ちぃとな、耳寄りな情報を得たもんでな」

 そう語る両兵の面構えは悪ガキのそれで、ある意味ではルイそっくりだ。

「……また悪いこと考えてる……」

「ヒンシよぉ、この間、ジョーイの馬鹿がウリマンと軍部からくすねてきたもんがあっただろ? それ、オレにも試させろよ」

 そう詰められると川本は咳払いする。

「な、何のことだか……」

「とぼけたって無駄だぜ。デブの奴がぽろっとこぼしやがったんだ。……今回のは特段みたいじゃねぇの」

「……古屋谷……まぁ、いずれはバレちゃう運命か……。それにしたって、僕らだってそうそう何度も味わえるものじゃないから、大事にしたかったんだけれどね」

「そうケチくせぇこと言いなさんな。な? 一回でいいんだよ」

「……でも、親方から、“あれ”はクセになるとまずいって言うんで、一週間の間に功績を上げた人間優先って言う決まりが出ちゃっていて……」

 両兵と川本が囁き合うのを青葉はきょとんと眺めていた。

「あの……その、“あれ”って言うのは……」

「うわっ! ……青葉さん、聞いてたの?」

「いや、ずっとここに居たんですけれど……もしかして、あまり公にはできないこと……ですかね?」

 川本は何度かちらちらとメカニックへと怒声を張り上げる山野のほうを窺っている。

「おい、グレン! こっちの整備終わってねぇぞ! 他の連中もだ、気ぃ抜いたら承知せんからな!」

 今日も今日とて通常運転な山野を見やり、両兵がぼやく。

「あのジジィも元気だよなー。当分死なねー」

「でも、あれは親方には劇薬だって……さすがにね。人機に乗るようなものとはちょっと違うけれど、疑似体験みたいなものだし」

「疑似体験……? 人機の操縦を、ですか?」

「いや、これはちょっと違って……。そうだな、青葉さんも知ったんなら、ちょうどいいかも」

 川本は自分たちを手招く。

 その様子は、普段の整備班で真面目にやっている後姿とは少し違うように感じられたのは気のせいだったのだろうか。

「……両兵。何なのか、察しはついているんでしょ? 教えてよ」

「あぁ? それくらいは勘付いているもんだと思ってたぜ。まぁ、簡単に言うとだな。男共ってのはスリルを求めるもんなんだってことくれぇは分かるか?」

「それは……両兵、日本に居た頃から悪戯ばっかりだったもんね」

「まぁ、そういうのも込みで、男の性分っつーの。いつだって危険なほうが命の張り甲斐もあるってな」

 その言葉に宿った胡乱さに、青葉は眉をひそめる。

「……危ないこと……?」

「アホ、今さら何言ってンだ。人機なんて馬鹿デケェ兵器に乗っておいて危ないもクソもあるかよ」

 それは、と言葉を濁してしまう。

 確かに、危険な局面は何度も掻い潜って来たが、それとこれとは話は別だ。

「……両兵、よくないよ。先生もきっとそう言うよ? 危ないことに首を突っ込むのはよくないぞって」

「……オヤジの真似なんざすんなよ、気色悪ぃな。ただまぁ、ちょっとした日曜大工の延長線上って奴だと思えばいいさ。案外、手遊びってのが好きな連中が集まってンのくれぇは分かるだろ?」

「……まぁ、私もプラモ作り好きだし……」

 カナイマアンヘルに来てからと言うもの、あれだけ日本では封殺してきた自分の「好き」と言う気持ちに嘘をつかなくっていいのは実感している。

 男友達に混じってプラモを作ることに罪悪感を覚えることも、ましてや何が好きかを問うのにここまでハードルは低かったのか。

 それとも――近くに両兵が居るから、要らない感傷が胸を掠めずに済む、と言うのは楽観視で考え過ぎだろうか。

「ここだよ。……まだ作りかけだし……親方に内緒で何人かで張り付いているけれど……」

 川本が導いた先にあったのは格納庫裏で催される――。

「……あれ? これってもしかして……ジェットコースター?」

「あっ、青葉さん、知っていたんだ」

「だってこれ……垂直落下式ですけれど、間違いなくそうですよね?」

「うん。こうすると、折り畳まれたレールが転回されて、と」

 格納されたレールを伸張させ、直後には立派なジェットコースターが構築されていた。

 一瞬にしてジェットコースターが出来上がる光景はロボット物の可変メカを見ている気分である。

「……すごい! これ、みんなで作ったんですか?」

「ジョーイがジャンクパーツとかを運んできたからせっかくだからって言うんで、整備班のみんなで組み上げたんだ。ちょうど滑車があったのと、レール素材は人機の射出実験とかで使われていたからね」

「……でも、何でジェットコースターを?」

「さっき言ったろ? こいつらは日曜大工の延長でこういうのを仕上げやがる。そりゃ、元々、人機をどうこうできる連中さ。これくらいはお茶の子さいさいってことなんだろうな。それに、元々娯楽の少ねぇアンヘルだ。こういうのにスリルを求めるのも悪くねぇンだろうさ」

 そう言うなり、両兵は列車部分に乗り込む。

「あっ、両兵、ズルいじゃないか!」

「そこは隙を見せたてめぇの敗因だ、ヒンシ。いいからとっとと起動させな。こいつ、なかなかにモンスターマシンだぜ? 《モリビト2号》の直線機動をちぃとの間は味わえる」

「……まったく、もう。貧乏くじ引くのは僕たちなんだからなぁ……」

 川本がジェットコースターの装置を起動させ、ほとんど直下型のレールをがたがたと揺らしながら車両が焦らすように上っていく。

「だ、大丈夫なんですか? 安全性……とか」

「ああ、それは大丈夫。今まで脱線したことはないし、それにちょうどいいみたいでね」

「……ちょうどいい……?」

 川本は上っていく両兵の滑車を眺めて帽子を傾ける。

「……うん。なんて言うのかな、ほら、僕たちって結局、人機操主の苦労とかは分かった風にしかなれないから。こういう形でも疑似体験できたらなって、そう思って作ったんだ。まぁ、娯楽と言われればその通りだし、道楽と言われれば言い訳できないけれどね。けれど、こういう形でも操主の気持ちを味わえれば、それってきっと、価値のあることなんじゃないかな?」

 彼らは自分たちの背中を見送ってばかりだ。

 だからこそ、どのような形であれ、自分たちと同じ視点に立ちたかったのかもしれない。

「……でも、それにしたって急転直下の仕様ですよね? これ、普通に危ないんじゃ?」

「うん、それもあるから、親方たちは一回きり。まぁ、二回も三回も乗りたがるのは両兵みたいな命知らずか、たまにスリルを味わいたい変わり者くらいかな。でも、僕はこれを作ってよかったと思ってるんだ。だって、遊びがないなんてよくないと思うから」

「遊び」――それは決して、アンヘルの整備班が平時は口にしない単語だ。

 当然、人機の整備には一瞬の気の緩みも許されない。

 それは操主の命に関わってくる。

 戦場の勝率にも。

 だが、川本たちはこれを、この少し不格好なジェットコースターをあくまでも「遊び」の一環として作ったのだ。

 それはきっと意義のあることの一つだろう。

「……私、初めて見たかもしれません。整備班の皆さんのその……全力の遊びって言うのは」

「……まぁ、青葉さんには遊びなんて見せられないところもあるから。案外、僕らも両兵も似た者同士なんだ。あそこまで無鉄砲にはなれないけれど、それでもね。馬が合うから、こうして大きな喧嘩もなくここまで来られているんだし」

「おい、ヒンシ! もっと速度出せ! これじゃあ迫力も足りねぇよ」

「はいはい。……僕らも楽しいのかもね。人機を整備することもそうなら、何だかんだで両兵たちとこうして馬鹿やるのも」

 それは青葉にとっては決して分け入れない領域の一つであった。

 ――男の子だからなんだ。

 直感的にでもその本質が分かったのは、自分がロボットアニメやプラモデルに熱狂できる素質があったからかもしれない。

 あるいは、両兵や川本のような生粋の趣味を大事にしている人間を目の当たりにしたからか。

「……あの、私も乗っていいですか?」

「青葉さんも?」

「ちょうど二人までなら乗れるな。……人機と違って命の危機がねぇ分、ちょっとは楽かもしれねぇ。下操主にだって命を預けているんだからな」

 一周してきた両兵の車両へと青葉は乗り込む。

「そういえば……ジェットコースター乗ったのってはじめてかも」

「そうなのか? 日本にゃ腐るほどあるだろ? ……あー、そうか。てめぇのこった、遊園地行くような友達も居なかったんだろ?」

「……もう。言いっこなしだよ」

 とは言えその通りなのであるが。

 絶叫マシーンには生まれてから一度としてお世話になったことはない。

「じゃあ、ゆっくり引き上げていくからね」

 川本の声が遠ざかり、滑車がゆっくりと上っていく。

 思わず唾を飲み下すと両兵が肘で小突く。

「おい、ビビってンのか?」

「だ、誰が……! ……ううん、ちょっと怖いかも」

「人機のウェポンラックに収まっていた奴の言葉とは思えねぇな。あんな一歩間違えたらミンチのところに入っておいてよく言うぜ」

 そう言えば、《モリビト2号》との出会いでは自分は左腕に収まったのだったか。

 そんなに時間は経っていないはずなのに、あれからもう随分と長い時間を過ごしてきたような気がする。

「……ねぇ、両兵。モリビトはさ、遊びの道具じゃないけれど、でも……」

「何だ? 聞こえねぇよ」

 ちょうど頂点に到達し、そこから急加速で駆け下りていく。

 レールが軋み、滑車へと過負荷を与えていた。

「わわっ……すごい速い……」

「ファントムできる奴が言うほどじゃねぇだろ。あっちのほうが随分と速ぇ」

「で、でもこういうのは別で……」

 人機に乗っているのだから急加速には慣れていると思っていたが、これはまた別の刺激だ。

 身体をぐわんぐわんと揺さぶられる感覚に、青葉は思わず目を瞑ろうとして隣の両兵が楽しそうに笑っているのを視界に入れていた。

「……両兵? 楽しい、の?」

「うん? そりゃあ、お前、遊びのための代物だからな。最大まで楽しまなきゃ損だろ」

 不思議な感覚であった。

 あれだけ上操主席から嫌味や野次を飛ばしてくる両兵でも、心の底から楽しめるものは自分と似たようなものだと言うのが。

「……両兵は、もっと変な人かと思ってた」

「何だよ、それ。って言うか、悠長に喋ってるとこっから先の急加速で舌噛むなよ?」

 その言葉通り、ほとんど横向きの状態で列車は加速していく。

 格納庫裏に作られただけの簡素なものとは言え、アンヘルの整備班が仕上げた最大の「遊び」なのだ。

 ならば、それは当然、自分たちを楽しませるための。

「……ねぇ、両兵。こういうのって、すごい叫んだらいいんだって。テレビで言ってたよ」

「叫ぶだぁ? ……怖がってもねぇのにか?」

「うん。……そうするとエネルギーって言うか、気持ちが発散されて、すごいいい気分なんだって」

「ふぅん、そんなもんか。じゃあ次のターンで叫ぶとするかよ」

「……うん。私も、合わせるから」

 しかし、これはまるで降って湧いたようなシチュエーションだ。

 狙ったわけではないとは言え、両兵とこうしてジェットコースターで同じように楽しんでいる。

 それはまるで――デートのような。

「両兵、これってさ……」

 その感慨を噛み締める前に両兵が腹の底から叫ぶ。

 僅かに遅れて青葉も叫んでいた。

 満身から声を発すると、それだけで気持ちが高まっていく。

 高鳴る鼓動は、ただ単に絶叫マシーンのせいだけではないはずだ。

 それはこうして、互いにできるから意味があること。

「はい、今日はここまでかな。お疲れ様、二人とも」

 川本が機器を操作し、滑車がゆったりと速度を落として停車する。

「……おい、青葉……」

 降りかけて両兵に呼び止められる。

 少しだけむすっとした表情に、もしかしたら怒らせたか、と身構えていると彼は口にしていた。

「……お前も真っ当な楽しみ方を知っているじゃねぇの。オレはよ、真面目腐ったつまんねー奴は嫌いだが、こういう時に楽しめるマインドを持ってるって言うの? 大事だと思うぜ。お前だって遊びってもんは分かってるんだな」

 どうしてなのだか、それが褒められているのだと認識するまで時間がかかった。

 普段はぶっきらぼうでぶきっちょなことを言い続けている両兵なりの、それはきちんとした賛辞なのだと認識した途端、青葉は微笑んでいた。

「……何だよ。変なこと言ったか?」

「あ、ううん。両兵も何だかんだで言うのかな。遊び、大事にしてるんだなって思えて。それがちょっと嬉しかったのかも」

「何だそりゃ。てめぇよかちゃんと遊びで息抜きってもんは分かってるつもりだぜ? 人機に乗って連中を守ってるンだ。これくらいは分相応な権利ってもんだろ?」

 青葉は川本へと目線を振る。

 彼は帽子を被り直して首肯していた。

「……だね。両兵も青葉さんも、僕らや麓の人たちの安全を、日々守ってくれている。そういう人間にだって遊びは必要なはずなんだ。それを忘れたら、それこそ窒息しちゃうだろうし」

「ま、ヒンシやデブが作ったにしちゃあ上出来じゃねぇの。ジェットコースターってのは何気にストレス発散にはならぁ。楽しみ方も人それぞれだからな」

 両兵は腕を組んで偉そうに言ってのけるが、それも彼なりの称賛なのだろう。

「……まったく、口だけは減らないよね、両兵は」

「うっせぇ。もっとスリルある奴作ってから言うんだな。そうすりゃ、いくらでも褒めてやるよ」

 互いに言い合うが、それでも根柢のところでは信頼し切っているのが窺える。

 それも当然か。

――「遊び」に全力を出せると言うことは、普段の「本気」でも全力だと言うこと。

 それが誰よりも雄弁に分かるのが、まさかジェットコースターだとは思いも寄らなかったが。

「あの……! また乗ってもいいですか? 私、ジェットコースターが好きになったかもしれません」

「いいけれど……これもある意味じゃ、趣味の延長線だから親方に解体しろって言われたらさすがに解体しないと駄目だしなぁ」

「いいんじゃねぇの、ヒンシ。何よりもこの愚図な青葉が言ってンだ。下操主にも息抜きは必要だろ?」

 両兵はそう言って片手を上げて去っていく。

 宿舎に向かうその背中に、青葉はくすっと笑いかけていた。

「……両兵ってば、自分も楽しかったって素直に言えばいいのに」

「ま、それを言わないのが両兵らしいかな。じゃあ、青葉さん。また乗せてあげるよ。今度は……そうだなぁ、もっとスリルを持たせたほうがいいかもしれないし。その時は、一番に、ね」

 川本がウインクする。

 青葉は頷いていた。

「はい! 私もちゃんと、モリビトを動かせるようになりたいですし……それで、遊びも全力で……!」

 それがきっと、彼らへの敬意の一つなのだろうと今は信じて――。

「――ちょっと、ルイー。あんた、もうちょっと慎みなさいよねー」

「うるさいわね、南。今度はあれに乗りましょう」

 ソフトクリームを両手に持った南がまったく、と呆れ返っている。

 それを両兵は眺めていた。

「なぁ、何でオレが遊園地なんぞに付いて行かなくっちゃならんのだ」

「しょーがないでしょー、この間商店街のくじで当たったんだから。三名様ご招待ってことで、みんなの都合がたまたまつかなかったもんなんだからね」

「……それでてめぇとあいつか。でもよ、お前ら、遊園地なんてほとんど来たことねぇンじゃなかったか?」

「そうね。南米じゃそんな暇もなかったし、それにあの子も何だかんだで楽しんでくれているのは分かるし……っとと」

 溶け始めたソフトクリームを頬張り、南は遊園地のアトラクションに目を輝かせるルイを指差す。

 自分にしてみれば、遊園地などまるで普段の行いからはかけ離れている代物でしかない。

「……何だかな。あまり気が進む話でもねぇし」

 その時、大仰な音を立てて直上を駆け抜けていくジェットコースターが視野に入っていた。

 観客は悲鳴じみた歓声を上げて全力で楽しんでいる。

「……そういや、ジェットコースターか。懐かしいな」

「あー、カナイマで一時作っていたわね、川本君たちが。あれって結局、どうなったの?」

「どうって……つまんねー話さ。あの後、《トウジャCX》とかとの戦闘になっちまって、余裕も何もなくなっちまった。青葉の奴は気に入っていたみたいだがな」

「……それ、別にあの子だけの話じゃないでしょ。あんただって、整備班の全力の遊び、好きだったんじゃないの?」

 そうなのだろうか、と己の中に問いかけるがきっとその通りだったのだろう。

 戦いの日々で一服の清涼剤のように「遊び」はある。

 今は平穏な日々を噛み締めるようにして、日本に居るものの、キョムの脅威が晴れたわけではない。

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