「あ、小夜! それは言いっこなしじゃんかぁ……!」
カリクムを引き連れ、レイカルの向かった先へと目指す。
バイクのエンジンをかけ、サイドカーを確かめたところで小夜はため息をついていた。
「……こういうことばっかりじゃ、なかなかねぇ……」
――事の次第を聞いた後、作木はひとしきり泣き喚いて眠りこけたレイカルへとそっと手を触れていた。
「……そう、ですか。レイカルにはちょっと早かったのかもですね」
「でも、いずれは分からなくっちゃいけないことでしょ? ヒヒイロの判断は間違っていないと思うわ」
「ええ、でも……レイカルにはそういうの、楽しみながら知って欲しいって言うか、人間の文明には……幻滅して欲しくないんです。僕が最初に教えたのは人の業って言うか、人間の兵器とかの歴史でしたし」
目を覚ましたレイカルががばっと起き上がり、自分の肩を揺すって泣きじゃくる。
「そ、創主様……っ! 文明がぁ……!」
「レイカル、大丈夫だから。それと、レイカルは文明が嫌いかい?」
「それは……その……創主様が教えてくださったじゃないですか。人間はオリハルコンなんかに頼らなくっても、色々進化させてきたって……。それが……怖かったのかも、しれません……」
しゅんとしたレイカルに作木は予めナナ子に伝えておいた通りを指示する。
「レイカル、このタブレット、削里さんのお店と繋がっているんだ」
タブレット越しには手を振るラクレスと、そして彼女に導かれるようにしてカメラが引き、ウリカルが映し出される。
削里は爆発したワイヤレスイヤホンを手の中で転がし、ヒヒイロはカメラが寄ったのを認識して振り向いていた。
『レイカルよ。少しお主には早かったかもしれぬ。すまぬな』
「ヒヒイロ……? あれ? これって電話……」
「ビデオ通話って言ってね。今の人類にはここまでできるけれど、でもレイカルにはまだ、自分の手で触れて自分の心で感じて欲しい。それに従って欲しいんだ。そう思うのは……迷惑かな?」
ヒヒイロが一礼し、こちらへと言葉を振る。
『配慮が足りませんでしたか。作木殿、お世話をかけます』
「いいって。レイカルに……人間の文明への理解を深めさせたいって言うのはきっと、ヒヒイロなりの考えがあってのことだったんだろうし。レイカル、これでも文明のことは……嫌いかな?」
タブレット越しにレイカルは手を伸ばし、ヒヒイロと手を合わせる。
涙ぐんだレイカルは思いっ切り鼻をかみ、それから頷く。
「……創主様。私、まだ分からないかもしれません。でも……でもでも……っ、嫌いになっちゃうのは違うって……今は、そう思うんです。変……ですかね……?」
「いや、レイカルなりの答えなんだ。僕は尊重するよ」
レイカルを他所にカリクムがぼやく。
「……まったく。振り回すよな、お前も」
「まぁまぁ。……ちょっとずつでいいんだ。今の時代を、レイカルも好きになってくれれば」
「創主様っ! 私……私でも、今の時代に生まれて……創主様に会えて、すごくよかったと思います……! 文明は、まだちょっと怖いですけれど……」
「……僕もだよ。この時代に生まれてくれてありがとう、レイカル」
笑顔を振り撒いてレイカルは画面の向こうのヒヒイロへと手を差し出す。
画面越しに手を握ることは、今の時代ではまだ叶わない――だが、いずれ。
誰かが技術を生み出し、誰かが実現する、当たり前になるかもしれない願いだ。
それならば、今はまだいい。
それが実現するその時に、時代を嫌いにならなければきっと。
「……一段落したみたいね。じゃあ、今日の晩御飯にしましょうか。どれだけ文明が発達したって、腹ペコにはカレーが一番効くのよね。さぁ、ナナ子キッチンの始まりよ!」
カレーの仕込みを始めるナナ子に、傍に居た小夜がそっと呟く。
「……すまないわね。ちょっと私たちだけじゃどうしようもなくって」
「いえ、いいんですよ。レイカルもこうして、人が生み出すものを愛せるのなら、それはきっと……」
きっと、そうだ。
お互いに歩み寄ることはきっと、素晴らしいことに違いないのだから――。
「――真次郎、居るー? この間プレゼントしたワイヤレスイヤホンだけれど、ちゃんと使えて……何やってるのよ、あんた」
ヒミコが茶の間で丸まっている削里を発見して怪訝そうにする。
削里は古めかしい有線イヤホンをラジオから繋ぎ、詰め将棋と睨めっこしていた。
「真次郎ー? 真次郎ってば……! ……かくなる上は……!」
イヤホンを思いっ切り引っ張るとラジオからの大音量の落語が部屋を満たす。
「……何だ、ヒミコか」
「ヒミコか、じゃないわよ。……あんた、この間のワイヤレスイヤホンをちゃんと使えているか見に来たのに、随分と古い型の有線使ってるじゃない。あれはどうしたのよ」
「いやはや、やっぱり時代は一周回って有線だな、と思ってね。ワイヤレスイヤホンはちゃんと保管しているよ」
「保管じゃなくって使いなさいよ。使わないと電池切れちゃうんじゃないの」
「その心配は要らないんだよ。ちゃんと仕舞ってるから」
「仕舞ってるじゃなくって……使わないと機械は駄目になっちゃうんだってば。もう、あんたも強情ねぇ」
「どうとでも。まぁ、俺にもあれは早かった、と思うべきなのかな。文明って言うのは、同じ足並みがちょうどいい。ちょうど将棋の駒みたいなものさ。決まった歩数でしか、進めないもんなんだ」
イヤホンを戻し、削里は将棋盤と向かい合う。
どこか承服し切っていないヒミコを他所に、ぱちんと駒を進めたのであった。