さすがに今回ばかりは手を借りられないか――そう諦めかけた赤緒へと、パタンと雑誌を閉じたルイが立ち上がる。
「いいえ、赤緒に自称天才、妙案ならあるわ」
「本当ですか……? でも、ここからどう……」
「それを聞かせる前に、一つだけ。手伝ったらそれなりの報酬はあるんでしょうね?」
やはり、ルイは最初から報酬狙いなのは分かり切っている。
だが今は猫の手も借りたい状況だ。
「……私が出せる分なら……まぁ」
「えっ、ルイだけ? ボクにも臨時報酬ぅー!」
「……立花さんも何か思い浮かんだんですか?」
「それは……まぁ、ないけれどさ。ズルいよ! ルイだけなんて!」
確かにこうして深夜のコンビニで遭遇した手前、エルニィにも何か与えるべきかもしれない。
どちらにせよ、ルイの妙案とやらを聞かなければ打つ手立てもないのだ。
「……じゃあ、立花さんも。けれど、ルイさん。本当に、何か手が?」
「まぁ、見てなさい。今日出歩いたのが私と自称天才だと言うのを最大限に活かした手よ」
「そ……それって一体……」
深夜のコンビニでルイがぼそっと口にする。
語られた、そのアイデアとは――。
「――マキちゃん。四十分経ちましたよ」
「んあ……? うぅん、もう朝ぁ……?」
寝ぼけているマキの視界に見知った影が差す。
「……あれ? おっかしいなぁ、夢見てる? 赤緒と、それからアンヘルの……」
「エルニィ立花だよ。こっちはルイ」
寝ぼけ眼を擦りながら、よろりと立ち上がる。
「……えっと……何で?」
「マキちゃんっ。その……私もこのアイデアで打開できるかどうかは分かんないんだけれど……」
どこか困り果てた赤緒に、ルイとエルニィは自信満々に佇む。
「まぁ、任せてってば! 今回、少女漫画で王子様的なキャラが必要だって言っていたね?」
「……あ、うん……。あれ? なんか都合よくない? 本当に現実……?」
「ネームを読んだわ。ヒロインが王子様キャラと出会うところから、何度か反目しつつ、お互いに惹かれている感じ。指定には“男とは思えないすらっとした美形”って書かれているわね」
「……うん、まぁ……。でも、全然思いつかなくって……」
「発想の転換よ」
くるり、とルイが指を回す。
その様にマキは小首を傾げていた。
「発想の転換……?」
「“男とは思えない美形”、じゃなくって、要は――」
「――ああ、赤緒さん。この漫画ってさ」
軒先で置いておいた雑誌を手に取った南に、赤緒は洗濯物を取り込みながら声を上げる。
「あ……! えっと、それは……!」
「いや、その……何かあった?」
南が指差したページにはどう見てもエルニィにしか見えない美形キャラと、どう見てもルイにしか見えないヒロインが出会いの果てにお互い惹かれて行って――と言う筋立ての物語が紡がれている。
「……えっと、それはその……」
「……ひょっとして口止めされてる?」
「そういうわけでもないんですけれど……もうっ、ルイさんも暴論なんですから」
あの場で口にされた妙案とは“男に見えないほどの美形なら最初からモデルは少女でいいのではないか”と言うものであった。
それにはマキも目から鱗だったようで、そこからは王子様キャラの造形も決まり、目の前でエルニィとルイにポーズも指定してもらって完成したいきさつがある。
「……けれど、驚きね。ルイってば、こういうの許すんだ?」
「それは……えっと……モデル料を請求する、とのことで……」
寂しくなった財布を思い返して赤緒は愛想笑いを浮かべる。
漫画の中のエルニィ似の美形キャラがルイの唇を誘うのを横目に、赤緒と南は境内で爆竹を鳴らしている二人を視野に入れる。
「ルイー。やっぱり爆竹の量増やそうよー。こんなんじゃ全然迫力ないってばー」
「しょうがないでしょ、これくらいしか買えなかったんだから。……赤緒がケチらなければもうちょっと買えたのにね」
「うーん……やっぱりもうちょっとモデル料貰う?」
こちらに気付いた二人が振り返ったのを、赤緒は嘆息を漏らす。
「……なるほどね。でも、案外あの二人も画になるもんねぇ。漫画になっちゃうとそれっぽく見えるってのは」
「……まぁ、でも意外だったのは……」
あれだけ「ときめかないと描けない」と言っていたマキがエルニィとルイのモデルなら描けると言ってのけたことで。
それはつまり、エルニィの演じる王子様キャラが板についていたからか、それとも――。
そこまで考えたところで電話が鳴り、赤緒は駆けていく。
「あっ、出ますね。はいもしもし……柊神社で……あれ? マキちゃん?」
『あっ、よかった。赤緒ー、ありがとうね。この間の少女漫画の、アンケートもよかったって編集さんから来てたからその報告だけしようかなって思って』
「あっ、うん。役に立てたならそれはよかったけれど……」
何となく互いに次の言葉を継ぎかねて、沈黙が降り立つ。
『……まぁ、なんて言うのかな。発想の転換って言うのは助けられたかも。二人にはお礼を言っておいて』
「うん……」
『それと、一個だけ。勘違いしないで欲しいのはその……王子様キャラにときめいたわけじゃないってのは、言っておくべきかなぁって思ってさ』
「あっ、やっぱりそうなんだ……。ちょっと気になっていたから」
『……まぁ、でも、これから先少女漫画を描くとして、ちょっとした取っ掛かりにはなったかな。別に男と女に……こだわるものでもないかなってね』
「……それってどういう……?」
『……何でもない! ありがとね、赤緒。また何かでお礼するから!』
一方的に電話が切られ、赤緒が戸惑っていると不意に声がかかる。
「赤緒? どったの?」
わっ、と驚いたこちらにエルニィとルイが怪訝そうにして覗き込む。
「……怪しいわね」
「ねぇ、せっかくなんだしさー。赤緒も爆竹買いに行こうよー。ボクらだけじゃどうしようもないし」
「そうね。カエルに突っ込んで爆発させる案はさつきに止められちゃったし。……赤緒、監督者としてちゃんと来なさいよ」
「……も、もうっ。二人とも勝手なんですからぁ……っ!」
とは言え、自分の大切な親友を助けてくれたのは間違いない。
それだけは素直に礼を言うべきかと悩んで、先ほどのマキの言葉が脳裏を掠める。
「……男と女に、こだわるものでもないってどういうことなんだろ……まぁ、いっか」
今はただ、彼女らと過ごせる日々を享受しよう。
それが物語のように劇的な毎日ではなくとも、きっといつか、意味がある日は来るはずなのだから。