「わっ……何だ、エルニィか……。ちょっとね、時期的にもちょうどいいし、買い置きしようかなって思って」
「時期的って……ああ、そっか。もうすぐ年明けだっけ?」
「うん……南米じゃ、年明けに何かするとかはないの?」
「こっちは夏だからねー。することと言えば、白い服を着ることかな」
初耳の情報に青葉はきょとんとする。
「白い服……?」
「あとは、桃だとかブドウだとか、リンゴとかを食べたり、シャンパンを飲んだりするかな。海で遊んだりもあるね」
想定外に活発なのだと思い知らされると共に、青葉は今しがたメモをしていたものが見つかるのか不安視していた。
「……そっか。こっちはあったかいから、そこいらで売っていない可能性もあるんだ」
「何を書いたの?」
エルニィがメモを引っ手繰る。
それを認識した時には、彼女は首を傾げていた。
「……黒豆に酢昆布に……ハム? 何で?」
「何でって……年明けにはおせち料理を食べるものだって、日本じゃそうだったから」
「おせち……あー、なるほど。じーちゃんから何回か聞いたことはあるよ。日本人は年末にそばをすするんだって。年越しは完全にこっちの文化だったけれど、じーちゃんはそばだけは頼んでいたね」
「エルニィのおじいさんは、日本の文化を大事にしていたんだ?」
「うーん、どうなんだろ? ボクはジャパンには行ったことないからねー。じーちゃんは高津重工の一員として日本の文化とこっちの文化のいいとこ取りみたいなとこもあったし」
そう言えば高津重工の面々は南米へと無理やり連れてこられた過去があったはずだ。
エルニィの祖父もともすれば、ブラジルに居を構えたのは不本意だったのかもしれない。
「じゃあ、その……そばってどうしていたの? 年越しそばでしょ?」
「それに関しちゃ心配なし! 今年は柿沼のばーちゃんや水無瀬のばーちゃんがちゃんと注文してくれるってさ。シールとツッキーも一緒だし」
あ、と青葉はそこで愚鈍にも気付く。
エルニィは祖父を失ったばかりなのだ。
だと言うのに、思い出させるようなことを言ってよかったのだろうか。
戸惑っていると、彼女はあっけらかんと言ってのける。
「もしかして、気を遣ってる? 大丈夫だよ。年越しそばもあれば、ルエパアンヘルのみんなだって居るし、青葉と両兵も、でしょ?」
視線を合わせて微笑みかけると、そう言えばと青葉は思い至っていた。
「両兵は? 今日はまだ見ていないけれど」
格納庫だろうか、と思っていると不意に声が響く。
「だから! 年末のそばはかつおだしじゃなくっちゃ始まらんだろうが!」
「分かんねーこと言ってんじゃねぇっての! かつおだの昆布だのって、ここは南米だろうが!」
両兵と言い合いをしているのはシールで、青葉はゆっくりとその模様を窺う。
「何を言い合いしてるんだろ……。両兵ー、どうしたのー?」
「おう、青葉か。こいつら、よりにもよって関西だしで年越しそば作ろうって言ってンだよ。信じられっか? やっぱりかつおだしだろ。こんぶだしは邪道だ」
「ルエパじゃ年越しそばの味付けは関西風って決めてあるんだよ。郷に入らば、って言うだろ? 今年は関西風を食いやがれ!」
「何だと……! カナイマじゃ関西風なんて出した日にゃ、暴動が起きるほどだったんだからな! おい、青葉も言ってやってくれよ。やっぱかつおだよな?」
どうやら思ったよりも低レベルな争いをしているようで青葉は心底参っていた。
「……もう、そんなことで喧嘩しないでよ。それに、今回はブラジルで年越しなんだから、こっちに合わせるのが普通でしょ?」
「そんなことだぁ? ……一年の苦労を労うんだぜ? 納得いかねぇ年越しなんざ御免だね」
そう言われてしまえばそばの味付け一つでも大事なのかもしれない。
「あれ? 青葉ちゃん、それ……」
メモに気付いた月子にエルニィが読み上げる。
「黒豆やら酢昆布やら、ハムとか……シールとツッキーはどうだったの? おせち料理なんて作った?」
「ルエパは毎回作ったもんだぜ? もちろん、今年も同じだ。まぁ、一種の花嫁修業って奴だな」
「そんなもんかぁ……。けれど、おせち……ってそもそも何? 確かに年越しの概念はあるけれど、こんな地味なものをわざわざ作っておく理由が分かんないよ」
月子はその理由が分かっているのか、自分の書いたメモを読み解く。
「おせちって、元々は日持ちする料理を作っておくものだから。お正月にキッチンを使わないようにって。けれど、青葉ちゃん。ブラジルじゃ、なかなかこの具材も集まらないんじゃない?」
「そう……なんですよね。一応、毎年おばあちゃんと一緒に作っていましたから、その延長線上で……」
「正月料理か。カナイマじゃ、正月だろうが何だろうがスクランブルがあったら出撃しなくっちゃならんかったからな。深夜だろうが早朝だろうがすぐに腹持ちのいいものを補充できるようにカップ麺を年末には買い置きしていたな、そういや」
さすがに味気がない気がして青葉は言い返す。
「でも、ここなら古代人機の心配も要らないし……せっかくならおばあちゃんから教わったおせち料理を振る舞いたいなって。……駄目、かな?」
シールと月子は顔を見合わせ、それから、よしと意気込んでいた。
「ブラジルとは言え、集まる食材はあるはずだろ。青葉、手伝うぜ」
「えっ……でも、付き合わせちゃって悪いかも……」
「いいって。私たちもどうせおせち料理の買い置きはしておこうって話になっていたし。その途中で小河原君と年越しそばの話題でぶつかっちゃっただけだから」
「じゃあ、その……買い出し、付き合ってくれますか?」
もちろん、と二人は笑顔で頷く。
エルニィは、と目線をやると、彼女も肩を竦めていた。
「しょうがないなぁ、青葉は。ま、ブラジルはボクの庭みたいなものだし! せっかくだから案内しちゃおっかな!」
この中で乗り気ではないのは両兵くらいなもので、彼はケッと毒づく。
「女子供が寄り集まっちまってまぁ。……年越しそばは関東風だ、それは譲れん」
「もう、勝手なんだから……。じゃあ、買い出しに行きましょうか」
「あ、ちょっと待って。先生にお金貰ってこないと。ブラジルとは言え、やっぱり年越しの出費は馬鹿にならないから」
シールと月子は柿沼と水無瀬のほうへと駆けていく。
その背中をエルニィと一緒に見送っていた。
「けれど……おせちってそんなに重要? ボク、分かんないなぁ」
「エルニィは、お正月でも普通の食事だったの?」
「じーちゃんはものぐさだったからね。ボクも似たようなもん。お腹が空いたら宅配ピザ、こんなもんでしょ」
「贅沢なこと言ってやがんなぁ、ったく。カナイマじゃピザなんぞ半年に一回拝めりゃまだいいほうだったんだかンな」
「そりゃ、カナイマアンヘルの立地が悪いんじゃないの? ブラジルは何だかんだで先進都市だしねぇ」
ふふんと胸元を反らしたエルニィに両兵は呆れ返る。
「……言ってろ、都会っ子め。じゃあ、オレは……あー、でも何だかんだで年越しそばだけは食いてぇなぁ。青葉、頼めっか?」
「えっ、私……?」
両兵は不服そうに唇をへの字にする。
「しょーがねぇだろ。お前しか日本の関東圏の年越しそばは知らねぇんだからよ。他の連中は関西風って言って聞かん。なら、せめて味の分かる奴に頼むのが筋だろ?」
両兵にしてみれば、どことなく苦渋の選択だったように思えるが頼られるのは悪い気はしない。
「……もう、好き嫌いしちゃ駄目だよ」
「うっせぇなぁ……頼むわ。関西風だけは受け付けんのだ」
「……分かった。幸い、私もレシピは頭に入ってるし、材料さえ揃えば関東風作れると思う」
こちらの返答に、両兵は少しだけ感心したようであった。
その視線が何だか物珍しくって青葉は聞き返す。
「……どうしたの? そんな意外そうな顔をして」
「いや……そういや、お前……料理できたんだな。カナイマじゃ、他の連中が調理場を使っていたもんだからすっかり忘れていたもんだからよ」
カナイマアンヘルでは余計なことをしないほうがよかったためではあるが、元々青葉も料理自体は好きであった。
「料理できないと思い込んでたの? ……私だって、料理くらいはするよ」
「だってお前、ずっと部屋に籠ってプラモ三昧だっただろうが。そんな奴に料理のセンスがあるとは思わんだろ」
相当に失礼な話ではあったが、確かに両兵とは幼少期に別れたきりだ。
料理をできないと思われたのも、何となくだが頷ける。
「……本当に、両兵ってデリカシーないよね」
「怒ンなってば。年越しそばは頼むぜ? お前くらいしか頼れんのだからな」
そう言って両兵は自室へと戻っていく。
どうやら買い出しに付き合う気はさらさらないらしい。
「……まぁ、頼られるのは悪い気は……しないけれど」
「……青葉? ボクのこと、忘れてない?」
そう言えばずっと自分たちの話を聞いていたのだ、と青葉はエルニィへと振り返った矢先、彼女の不機嫌そうな面持ちと遭遇する。
「……えっと、エルニィも年越しそばは関西風が好き?」
「どっちだっていいってば。……ま、美味しいほうでいいかな。けれど、青葉もさ、料理とかできたんだ?」
「あ、うん……。根底にあるのってちょっとプラモ作りと似てるって言うか……素材をどう活かすのかって作り手次第だし、ちょっと楽しいかもって思ってて……」
「ふぅーん、ちょっと意外。……ま、ボクも付き合うし。シールとツッキーだけじゃブラジルの歩き方は不安でしょ?」
そう言っている間にシールと月子が戻ってくる。
「じゃあ、買い出しに行くとするか。……エルニィも来るのか?」
「トーゼンじゃん。元々この地下施設はボクの私有地なんだからね。さすがにボクにだって権限はある」
何だか少しだけ無理をしているようであったが、シールと月子は顔を見合わせる。
「……まぁ、いいや。買い出しなんだ、一人でも多いほうが役には立つだろ」
「じゃあ、出発しよっか」
月子はジープの鍵を手に格納庫から外に出る。
「……けれど、大丈夫なのかなぁ……」
年の瀬とは思えない、暑い日差しが差し込む空に、青葉は手を翳していた。
――表に青葉たちが出て行ったのを音で感じてから、両兵は格納庫へと足を進めていた。
「……あーあ、しかし青葉の奴、ちゃんと年越しそばを買えるもんなのかねぇ……。ルエパの連中にほだされて、やっぱり関西風が一番! とか言い出さねぇだろうな?」
懸念事項を口に出していると、ふと磨き上げられた床を転がる物体を視認する。
「……って、アルマジロの歩間次郎。てめぇは付いて行かなかったのかよ」
首根っこを引っ掴むと次郎は前足で引っ掻こうとしてくる。
それを遠ざけながら両兵はぼやいていた。
「てめぇも、そういや黄坂のガキに餌付けされていたな? いいか? アンヘルの年越しそばは関東風、これだけは譲れねぇ」
じろりと睨むと、次郎は小首を傾げる。
「……って、分かるわけねぇか。思えばちぃとばかし賢く見えるからってこっちの言葉なんざ分かってるわきゃあねぇよな。所詮は畜生さ」
ぱっと手を離すと次郎は器用に着地し、こちらの背に付き従う。
「……何だよ。付いて来ンなって」
とは言え、青葉とエルニィが出かけてしまった以上、誰に頼るわけでもないのだろう。
両兵は思案するように中天を仰いだ後に次郎へと視線を合わせる。
「……芸くらいはできるか? お手」
すると、前足を器用に乗せて次郎はお手を披露する。
「じゃあ、えっと……おかわり」
反対側の前足でちゃんと反応する辺り、やはりこちらの言葉をある程度は分かっているように映る。
「……青葉たちが帰ってくるまでの暇潰しにゃなるか? とは言え、オレも落ちぶれたもんだぜ。アンヘルを追われて、ブラジルくんだりまで来たかと思えば、てめぇみたいなのと一緒に居残りと来た」
次郎はどこまで意味が分かっているのか不明だが、両兵はその額をつんと突く。
すると、次郎はくるりと丸まっていた。
「……料理もできねぇ、野郎同士だ。ちょっとは遊んでやるか」
――やはり、重箱が欲しいと口にしてみて、彼女らは早速困惑していた。
「本格的な重箱は難しいな。……真四角なら同じか?」
「シールちゃん、毎年使ってる奴があるじゃない。それを使えば大丈夫だよ。……けれど、結構本格的だね、青葉ちゃんのメモ……」
「あ、別にその通りは難しいとは思っているので……」
「まぁな。数の子なんかは手に入るとは思えねぇ。ごまめも難しいか。……ま、黒豆くらいはあるだろ。酢昆布とかも、工夫すりゃ何とかなる」
思ったよりも手際のいいシールの買い物に青葉は少し意想外そうな目を向ける。
「……何だよ。オレの手際がいいのがおかしいか?」
「あ、いや……そうとは……」
「シールちゃん、私よりもおせちは上手だから。細かい作業がメカニックには求められるでしょ? それに、先生から教えも受けているからね。おせちは花嫁修業の一環だって」
「あっ、おい月子! 余計なこと言ってんじゃねぇよ、ったく……」
頬を紅潮させたシールがてきぱきと買い物を済ませる。
その様に感嘆していると、エルニィが口を挟んでいた。
「そういや、みんなは白い服を用意してたっけ? ブラジルじゃ白い服を着て、果物を食べたりシャンパンを飲んだりするんだけれど」
「なに……白い服……じゃねぇけれど作業服ならあるか。青葉は……ちょうど青と白の服だから大丈夫か」
「あっ、はい。私はじゃあ、この服で」
「シャンパン……は、私とシールちゃん、それに先生たちの分だけ、ね? 青葉ちゃんとエルニィはさすがに未成年だし……」
「えー! ボク、毎年飲んでたよ? 青葉と違って酔ったりしないってば!」
シャンパンをせがむエルニィに月子は困り顔だ。
「うーん……でもなぁ……」
「別にいいんじゃねぇか? オレたちだって昔からご相伴に預かっているんだしよ」
「じゃあ、一本だけね?」
一本だけ余計にシャンパンを買ってから、そう言えば、と月子はメモを読み返す。
「結構、本格的だよね、青葉ちゃんのおせち……。毎年これ作っていたの?」
「あ、はい……。おばあちゃんが、こういう行事ごとって言うんですかね、大事にしたほうがいいって教えてくれていたので」
「……いいおばあちゃんだったんだね」
「……はい。自慢のおばあちゃんでした」
何となくの言葉の間だけで月子は察してくれたらしい。
シールはと言うとエルニィの注文に呆れている。
「ボクはこれねー! やっぱり味の濃い食べ物は欠かせないでしょ!」
「年の瀬に鳥の丸焼きか? ……まぁ、彩にはなるか。なぁ、青葉。両兵の馬鹿、あいつ、カップ麺くらいしか食ってねぇって言ってただろ?」
シールの質問に青葉は首肯する。
「……そう、みたいですね。カナイマアンヘルじゃ、突然のスクランブルも少なくはなかったので、そういうものなのかなって思っていましたけれど」
「じゃあ、オレから提案。せっかくの年越しなんだ、美味いものを食わせてやりてぇよな?」
ウインクするシールは何か妙案があるようであった。
青葉はその提案を聞き留める。
「……それ、もしかしたらとってもいいかも……」
「だろ? じゃあ、これも買っておくか。さぁて! 帰ったらとっとと年越しの準備をしようぜ!」
「――できたー!」
調理室から飛び出してきたエルニィに、両兵はおっ、と声を上げる。
「何だよ、ようやくか」
「両兵は……何してたの? ずっと小動物と遊んでたわけ?」
「まぁ、見てな。年越しの時に披露してやるからよ」
青葉は調理を終えて大きく伸びをする。
「久しぶりに料理したかも……! ちょっと疲れちゃった」
「おう、お疲れ。何だ、てめぇもらしくねぇ。料理なんざ、普段の操主としての仕事の半分以下の労力だろ?」
「……両兵は料理しないから分かんないんだよ」
「失礼な奴だな。オレだって料理くらいはできらぁ」
「……じゃあ、得意料理は? 言ってみてよ」
「えーっと、カップ麺と肉の丸焼きと、それとサバイバル術としてのあらかたの手順は叩き込まれてるな」
「……それ、料理って言っていいの? まぁ、でも……自分でもちょっと意外なくらい、よくできたかも」
「本当かよ。まぁ、ルエパの連中が居るんだ、変な風にはなっていないとは思うが……青葉。年越しそばは……」
「分かってるってば。一人分だけ関東風に仕上げたから」
「助かるぜ。……とは言え、他の連中にバレねぇようにはできるんだろうな?」
「それは……まぁ、その、見てからのお楽しみ、みたいな」
シールから提案された調理法が上手く行けばいいのだが、と思っていると両兵は怪訝そうにする。
「何だよ、そりゃ。ちぃとばかし不安だな。……ま、どっちに転がっても旨けりゃいいや」
「……もう。両兵って結局、そういうところだよね。お腹に入れば同じだと思ってるでしょ」
「いや、できりゃ旨いほうがいい。これはマジだ」
とは言いつつも、両兵は夕飯を心待ちにしているのが窺える。
「はいはーい! みんな、今日は作業終了ねー! せっかくの年明けなんだし、みんなで過ごしちゃおう!」