こういう時にエルニィの明るさは底抜けなのだと思い知らされる。
カンカンとレンチを鳴らしてエルニィは今年の仕事の終了を告げていた。
「……それにしても……ちゃんと暑いんだね。びっくりした……」
夜が更けてもさほど涼しくはない年末などともすれば初めてかもしれない。
「そりゃあ、そうだろ。ここは日本の反対側なんだからよ。ま、慣れたほうがいいか、それとも慣れねぇほうがいいかってのはこっから先の話だな」
「何それ……両兵は慣れたの?」
「とっくに慣れっこだっつの」
格納庫の中央でテーブルが広げられ、月子とシールが料理を運び込んでくる。
「今年もちゃんとした仕事をしたようさね、二人とも」
柿沼の評に少しばかり二人は緊張しているようだ。
まず、柿沼がおせちを口に含み、それから水無瀬が続く。
一拍置いてから、二人は頷き合っていた。
「……腕を上げましたね、二人とも」
「やったっ! 先生に褒められちゃた!」
「ただし、ちょっと醤油が濃いようだねぇ。まだまだ改良の余地はあるよ」
「……ぬか喜びになるから毎年、簡単に喜ぶなって言ってるだろ。……ったく」
シールはちゃんと評価を受けてメモを取る。
月子も負けじとペンを走らせていた。
「花嫁修業はこれから先に必要ですからね。……おや、これは」
「あっ、それは私が作ったおせちですけれど……」
水無瀬がふむ、と黒豆を食し、それから続いて箸を進める。
「……春さん、これ、なかなかにいけますよ」
「本当かい? じゃあいただこうかねぇ」
その模様に月子とシールが目を見開く。
「あ、青葉……っ! どんな秘訣使いやがった? あ、いいや……もしかして好みを知ってやがったのか?」
「え……い、いえ……いつも通りの配分で作っただけで……」
「ふむ。これくらいの味付けがこの歳になるとありがたくなってくるねぇ。青葉さんだったか」
「は、はい……っ!」
「なかなか筋がいいようさね。これなら、二人は逆に修行を付けてもらったほうがいいかもねぇ」
微笑んだ柿沼に水無瀬が続く。
「そうですね。これなら、もしかすると来年には逆転しているかもしれませんし」
「そ、そんなぁ……毎年頑張ってるんですよ、こっちは!」
シールはキッとこちらへと向き直る。
これはお叱りが来るか、と身構えた青葉へと、シールはそっと耳打ちする。
「……後でコツ、教えてくれよな。月子よりかは上手くありたいからよ……」
「は……えっと……」
「頼むよ。花嫁修業が遅れてるって言われるのが一番来るんだからよ」
これは本気で頼みに来ているのだと実感すると、青葉は月子の言葉を聞いていた。
「シールちゃん、抜け駆けは駄目だってば。青葉ちゃん、私にも教えてくれる? 当然、花嫁修業の一環として、ね?」
何だか思わぬところで距離が縮まった気がして、青葉は頬を掻く。
「いや、その……はい。お二人の役に立てるなら、私……」
「堅苦しいのはナシにしようぜ。せっかくの年越しなんだ、そばをすすって、今年の疲れとはおさらばだ!」
「じゃあ、シャンパン開けちゃうねー! 今年もお疲れ様ー!」
エルニィがシャンパンを開けたのを嚆矢として、全員がすっかりお疲れ様ムードになっている。
そんな中、年越しそばが振る舞われていた。
青葉だけは、両兵の前に手ずから差し出す。
「うん……? お前、これって……」
「普通の年越しそばじゃ、味気ないかなって。……やっぱり、嫌だった?」
両兵の年越しそばには特別に鶏肉が入っている。
エルニィが買い付けた鳥の丸焼きをこちらでも利用させてもらったのだ。
「ふむ……洒落てるな。じゃあ、いただくとするか」
箸を付けた両兵は言葉少なで、青葉は反応を窺う。
「その……どう、かな……? 美味しい?」
「うん? ああ、旨ぇ旨ぇ」
何だかいい加減に流されているようで青葉はつんと澄ましていた。
「……もう。そういうところなんだから」
「何がだよ。って言うか、旨いってのは最大の表現だろうが。それ以上なんてねぇよ」
「……別に、そういうのいいから。私も食べよ」
嘆息を漏らしていると両兵は、分からんな、と首をひねる。
「……褒めたつもりだってのに」
「褒めたって言うんなら、ちゃんと……いや、いい。両兵はいずれ、そういうところで苦労するから」
「苦労って何だよ。ああ、そうだ。苦労したついでなら、これなんて見てみろよ」
両兵は次郎を招き寄せたかと思うと、くるりと指先を回す。
何をしているのだろうと思っていると、次郎は姿勢を沈めそのまま転がる。
両兵が用意していたのか、空のスプレー缶が集まった場所へと真正面から勢いよく突っ込んでいた。
「どうよ? これ、芸として通用するんじゃねぇの? 名付けて“アルマジロボウリング”ってな」
「……呆れた。ずっと次郎さんと遊んでたの?」
「遊んでたんじゃねぇ。せっかくの年越しなんだ、芸の一つくらいはあったほうが盛り上がりはするだろ?」
「小動物! こっちこっち! ドリブルするから!」
すっかり出来上がっているエルニィが次郎をサッカーボールさながらに扱うのを、ルエパアンヘルの面々は囃し立てる。
「おい、エルニィ! ちゃんとゴールしねぇと承知しねぇぞー!」
「もう、シールちゃんってば! ちょっとは控えようよー!」
諌める月子も上機嫌なのはすっかりスイッチが入っているせいか。
青葉はその喧噪を他所に、ふとこぼしていた。
「……よかった」
「よかった? 何がだよ」
「あ、聞こえてた? ……私ね、おばあちゃんが死んじゃって、今年の年越しは笑顔じゃないかもな、って思ってたの。でも、こっちに来れて……こんなに騒々しいみんなと一緒に居られて……」
よかったと、心の底から言っていいのだろうか。
本来なら自分は日本で一人だったと言うのに。
両兵はこちらの負い目も感じ取ってか、盛り上がっていくエルニィへと視線を向けたまま応じる。
「よかった、でいいと思うぜ。そりゃ、死んだのは悲しいが……人間、いつまでも塞ぎ込んでいるわけにもいかねぇ。お前がよかったって思えるんなら、よかったんだろうさ。それに引け目を感じることはねぇよ」
「それって……」
問い質す前に両兵はそばをすする。
「あと五分! カウント!」
エルニィの声に従って全員が年越しのカウントダウンを始める。
こんなに楽しくって――そして満たされた気分で年を越すこともきっと、祖母は許してくれるのだろうか。
「でも泣かないって、もう決めたの。だから……」
カウントが頂点に達する。
「ハッピーニューイヤー!」
どっと湧いた場に、青葉は静かにそばを食べ終えていた。
「……ごちそうさま。そして、おめでとう」
外で花火が打ち上がっていく音叉が重く響き渡る。
また――喧噪に抱かれて次の年が来る――それが今は、とても楽しみであった。