JINKI 261 My dear…

 赤緒は《モリビト2号》のインジケーターを調整しつつ、弾倉を確認していた。

 弾は六発――その範囲内で仕留めろとのことだ。

『自称天才、私も配置についたわ。……それにしても、厄介な相手ね』

 ルイがそうぼやくのも無理はない。

《ナナツーマイルド》と共に《ナナツーライト》も展開する。

『……赤緒さん、これ、本当にやらないといけないんでしょうか……』

 不安そうなさつきの声に、赤緒は返事に窮していた。

「……うん。私も、本当ならこんな戦い、したくないよ。……けれど、南さんや立花さんが、これだけはって言うんだから。きっと仕方ないんだと思う」

『甘いな。人機の機密を国外に持ち出すわけにはいかない。私は優先目標を狙い打たせてもらう』

 空域にて、《バーゴイルミラージュ》に乗り込んだメルJの鋭い返答に赤緒は操縦桿を握り締める。

「……あの、立花さん。本当にこれしか、ないんでしょうか……?」

『最終決定だよ。南とボクと、それにシールやツッキーたちともね。どうしようもない状態になる前にケリをつけるしかない』

 平時よりも詰めた声音に、赤緒はこれ以外の選択肢はなかったのだろうかと考えてしまう。

 だが、自分が思いつく限りのことなど、彼女らはとうに乗り越えているはずだ。

 ならば――海岸線を背にこうしてトーキョーアンヘルの人機が揃い踏みすることも、想定内であったはず。

『識別信号、来たわよ』

 ルイの言葉に赤緒は照準器を覗き込む。

 その先には簡素な装甲で構築された、作業用の人機。

《テッチャン》の愛称で呼ばれる人機が、トーキョーアンヘルの総勢と対峙していた。

 普段ならば剥き出しの操縦席には、今は誰も居ない。

 そう――誰が予想できただろうか。

『《テッチャン》の無人状態でのスタンドアローン化……まさか、《テッチャン》がエマノン人機化するなんて……』

「――赤緒ー。ちょっとこっちの制御系統が緩いから、悪いけれど入ってくんねーか?」

 ちょうど洗濯物を取り込んでいる最中にシールに呼ばれ、赤緒は軒先にそれを置いてから歩み寄る。

 格納庫の前でアイドリング状態なのは、かつて使用したことのある簡素な人機であった。

 否、人機もどき、と呼ぶべきなのかもしれない。

 操縦席には強化ガラス一枚ですらなく、操縦系統は剥き出しである。

 その上、脚部よりも腕のほうが丈夫で、排気ガスが背面から黒々と噴き出していた。

「……シールさん、この《テッチャン》、環境とかの配慮がなさ過ぎるんじゃ……? あと、境内で使うと洗濯物ににおいが移っちゃう……」

「しょーがねーだろ。元々は血塊炉の再利用と、最小限の資材だけで運用するためのオマケみてぇなものなんだからよ。モニターするから、ちょっと乗ってくれ。操主のレスポンスと取りてぇ」

 そう言われると断り切れずに、赤緒は《テッチャン》へと乗り込んでいた。

 もちろん、血続トレースシステムのような上等なものは搭載していない。

 いわゆるマニュアル操作を身体に叩き込むところから始めなければならないのだ。

「えっと……バランサーを調整してから、姿勢制御を厳にして……」

「赤緒さんもマニュアル人機が様になって来たよね。青葉ちゃんとルイちゃんは元々、マニュアルでもいいってタイプだったけれど」

「あっ、月子さん。難しいですよね、マニュアル操作……。自分たちがどれだけ血続トレースシステムに頼っているのか、分からされるって言うか……」

 ひょっこりと顔を出した月子は《テッチャン》の装甲を撫でる。

「《テッチャン》は本当に単純な操縦系統しか載せてないから。人機の前身としてあった、“才能機”に近いものがあるんだ。昔はモリビトくらい大きな人機でもこれくらいの機能しかなかったんだよ?」

「へぇ……それが色々あって進化して、モリビトになったんですか?」

「最初に開発された戦闘用人機は《モリビト0号》ってされてるな。まぁ、ナナツーの改修機で、ウリマンになる前のベネズエラ軍部が使っていたらしいが……っと、赤緒! 反応ずれてんぞ! ったく、操主ならもっと早く反応しろよな!」

「す、すいません……。この子、こっちの反応の半分くらいしかなくって」

「シールちゃん、無理もないよ。《テッチャン》の行動予測は通常の人機の三十分の一未満なんだもん。そりゃあ、血続トレースシステムと現行の人機に慣れたら遅れちゃうよ」

 月子のフォローが回るが、シールは苛立たしげに後頭部を掻く。

「それじゃ、《テッチャン》のシステムから新しい人機を造れねぇだろ、ったく! ……もっとちゃんと運用してぇんだ。協力してくれよ」

「……《テッチャン》から、新しい人機を?」

「うん。今は日本と自衛隊主導で進めているんだけれどね? ほら、新型人機……トウジャフレームとかがあるけれど、トウジャは運用自体にコストがかかっちゃうから」

「ルイなんかは次世代トウジャに乗る気満々だがな……そもそも、基礎設計だとか、OSの再設定はもっと簡素で単純にやらなくっちゃ、コストばっかり増えちまう。だから、ナナツー含め、単純動作を突き詰めた人機が必要になって来るんだよ」

「その極致が……《テッチャン》……?」

「まぁ、《テッチャン》まで単純化すると違っては来るんだけれど、これでもこの子は役に立ってるんだ。たとえばモリビトタイプを新造するとするでしょ? その時、モリビトのOSと、設計基盤を《テッチャン》に学習させていれば、モリビトのシミュレーターになるの。最小限のコストで最大の効果が期待できるって言うわけ」

 澱みなく語る月子は、心底、《テッチャン》という人機を信頼しているのが窺えた。

「じゃあ、大事なんですね。この子たちも」

「当たり前だろ。オレらが造って大事に思ってねぇ人機なんて居ねぇよ」

 ぶっきらぼうだがシールの愛情が滲み出ているのが伝わってくる。

 それほどまでにメカニックにとってはどの人機も替え難いのだろう。

「そう言えば、この間使っていた《ナナツーマジロ》とか。あれも《テッチャン》の技術が?」

「いや、あれはエルニィが酔っぱらって設計したのがたまたま開発部の目に留まって量産化に漕ぎ着けただけだな。そういうこともある」

 赤緒にしてみれば未成年飲酒と、そんな状態での設計は咎めてもいいはずであったが、今は黙っておく。

 シールは反応をモニターしている機械を凝視し、ペンを走らせていた。

「……何が分かるんです?」

「《テッチャン》の中身は単純だって言ったろ? 今、新型のモリビトの初期OSを走らせてるんだよ。《モリビト2号》の操主である赤緒には適任ってこった」

「そんなことが……?」

「それだけじゃないよ。えーっと、こっちの識別キーを使えば」

 月子が別の機械を操作すると、先ほどまでの機体バランスが崩れ、前のめりに全身が重くなる。

「わわっ……これ、何だか……違う?」

「正解っ! これはトウジャのOSだね。トウジャは踏み込む度に加速するから、姿勢は前のめりになっているの。重量バランスもモリビトとはまるで違うから」

「要はこいつ一機でアンヘルの人機全部を試せるってことだな」

 赤緒は改めて《テッチャン》と言う人機の可能性に感嘆する。

「……《テッチャン》って、すごかったんだ……」

「今さらかよ。いくら余剰パーツで造ったからってこいつも立派な人機なんだぜ? ま、とは言え条約無視の法律の穴の掻い潜り機体だけれどな」

 何やら物騒な言葉が飛んできて赤緒が胡乱そうにしていると月子が解説していた。

「赤緒さんも、聞いたことはない? 何でトーキョーアンヘルにたくさん人機を配備できるのかって言うのは」

「あっ……立花さんが言ってたっけ……? 各国で保有できる人機には限りがあるって……」

「そう。日本の保有数だけ飛び抜けているのは、キョムとの戦いの最前線だからなんだけれど、何だかんだで南さんとエルニィの手腕に頼っているところもあるの」

「そう……なんですか?」

「南が渡りつけてくれているから、今のところトーキョーアンヘルの人機はこれだけの戦力を揃えられているのはあるな。あいつ、よく海外とか行ってるだろ? 他の国の事情にしてみりゃ、人機の技術で一抜けしたいってのが本音だ。それをちゃんと視察して、戦力のバランスが取れているかどうかってのも仕事の一環らしい。ま、毎回何かと土産買って帰って来るから、半分くらいは道楽に思われているだろうがな」

 南が貢献しているのは知っていたが、ほとんど一人で立ち回っているのは、そう言えば自分たちにはほとんど見せない。

 きっと彼女なりの心得なのだろうと感じる。

「じゃあ、その……《テッチャン》はまずいんですか?」

「バレたらな。バレなけりゃ、これはただのガラクタ細工だ。見た目で人機だと思う奴なんざ居ねぇよ」

 何だか危うい綱渡りをしているような気がして、赤緒は戸惑っていた。

「赤緒さん。人機関係は確かに、外交的措置だの何だので出来上がっているけれど、一番に考慮しているのは操主の無事だから。それに人機の戦略的価値もね? シールちゃん」

 上機嫌の月子にシールはケッと毒づく。

「トウジャとモリビトのバランサー感覚を変えただけで動かせなくなっちまうような操主じゃ、まだまだ一端とは言えねぇがな」

 それに関しては自分が未熟なので返す言葉もない。

 赤緒はしかし、《テッチャン》が思ったよりもトーキョーアンヘルの情勢を支えていることに素直に驚いていた。

「……これでちゃんと人機なんだ……」

「あー、もういいぜ。モリビトの制御パターンは読み取れた。洗濯物の途中で呼び止めて悪かったな、赤緒」

 シールの言葉で《テッチャン》から降りると、赤緒は格納庫に用意された設計図を認めていた。

「あれ……これって……」

「一応、モリビトタイプの新型草案って、エルニィは言っているけれど……多分、完成はまだまだ先になるかな。資材が足りないだけじゃなくって、モリビトタイプって専用の工房が必要になって来るから」

「リオ・デ・ジャネイロにあったみてぇな専用工場がこっちにも造れりゃそれに越したことはねぇんだが……その利権は今に関西に支部作ろうとしている連中が持ってんだよな……。エルニィも頭を悩ませているところだってよ」

「……関西って、京都、ですか?」

「何度か視察には行っているみたいだけれど、手札を隠したいのはお互い様って感じみたい。新型機は京都支部で開発するの一点張りだって」

 では、この設計図は結局乗れず仕舞いで流れてしまうのだろうか、そう考えているとシールが背中を叩く。

「大丈夫だっての! ヤバいことにならなければ当分は《モリビト2号》だけでどうにかなる。赤緒みてぇなのが心配したってしょーがねぇよっ!」

 何度も背中を叩かれて、赤緒は思わずむせてしまっていた。

「もうっ、シールちゃん、力強いよ」

「あっ、悪ぃ。……まぁ、下手の考え休むに似たり奴だよ。操主の頭を使ったってしょーがねぇ。後方はオレらメカニックに任せな。操主は前だけ見てりゃいいんだ」

 その言葉は心強かったが、赤緒は不安に駆られていた。

「……その、もし……なんですけれど、《テッチャン》が奪われたらどうなるんですか……?」

「《テッチャン》が奪われる? ねぇって、ないない! 赤緒から見て、これが実は重大な人機に映るか? それはねぇだろ!」

 確かに余剰部品の寄せ集めで造られたものにしか見えないが、それでも危険性はあるのだ。

「まぁ、《テッチャン》にはその、もしものために操主が乗らないと起動しない安全装置もあるし。それに《テッチャン》に使っている血塊炉はすごく微量だから、動かすとすぐ貧血を起こしちゃうよ」

「そういうこった。モーター駆動でそうだな……ざっと一時間程度ってところか。そんな人機を奪うくらいなら、モリビトとかを奪取したほうが百倍マシさ。さぁ、赤緒の用は済んだんだ、とっとと行った行った」

「……もうっ。何だか現金なんだから……」

 文句を漏らしつつ、赤緒は洗濯物を取り込んでから、疑問を口にする。

「あれ? でも……人機の保有数が限られてるって言うんなら、存在だけで危ないんじゃ……」

 その懸念は風の中に溶けて行った。

 ――作戦本部に招集をかけるなど、正気の沙汰ではない。

 南は自衛隊の駐屯地に顔を出すなり、論点を問い質していた。

「私を呼ぶってことは……事態はもう、のっぴきならないところまで行っていると思っていいのよね?」

「南。つい二時間前の動き」

 ヘッドセットを装着してパソコンを凝視するエルニィへと、南は割って入る。

「……米国の関与は?」

「否定しているけれど、これ……ちょっとまずいな。ツッキーとシールに、今すぐ電話かけて間に合うかどうかも賭けかも。一応、出撃時以外でのトーキョーアンヘル保有人機には、常にスタンドアローンを施されているはずなんだ」

 パソコン上には、二時間前に国内に持ち込まれたとされるジュラルミンケースの中身が拡大されている。

「……ばら撒かれれば、最新鋭のネットワークに接続されているトーキョーアンヘルの人機じゃひとたまりもない、か。まさか、電子戦を想定してくるとはね。それも、キョムの手の者じゃないってのは証明済みで。他国からの関与でアンヘルの人機を内側から掌握する……不幸中の幸いなのは、既に使用された痕跡があることから、抗体の生成に成功している点くらいか。本当にトーキョーアンヘルの人機には適応済みなんでしょうね?」

「間違いないよ。これ、前に持ち込まれたエマノン人機と同じものだ。……ってなると、関与している国はあらかた絞られてくるんだけれど……まぁ、その辺の突き合いって言うか、牽制は南の仕事でしょ。ボクはとりあえず、このウイルスがトーキョーアンヘルに到達していないことを願うばかりだよ」

 エマノン人機――と、南は腕を組んで思案する。

「かつて電子戦闘において、“名無し”を名乗った匿名性の高い代物か。エマノン人機は既に兵器化されていると見るべきなのかしらね、これじゃ」

「それこそ、米国以外になっちゃうかもね。この間のグリムの眷属による首都侵攻でよく分かったのは、米国はもう人機による一個編隊を生み出しているって事実だし。グレンデル隊の実装具合から鑑みて、もう少しで前線に組み込めるって感じだ」

「……問題はもっと根深いところにありそうね」

 とは言え、このエマノン人機を生み出すわけにはいかない。

 南はネットワークの遮断と、トーキョーアンヘルだけではなく全ての国内に配備されている人機の単独化を進言していた。

 それには犬猿の仲である京都支部もさすがに飲み込んだらしい。

「ようやく擁立した人機と操主を失うわけにはいかないだろうしね。……これで何とか済んだかな、っと」

 エンターキーをエルニィが押すと、抗体が適応化され全ネットワークが浄化されていた。

「これでエマノン人機の脅威は去ったと思っていいの?」

「どうだろ。シールとツッキーがそんなポカをやらかすとは思えないけれど、時間内にネット接続されていた人機は後からその自覚症状が出て来るかもね」

「……キョムの人機は? 《バーゴイル》でも……」

「それこそ、ボクらより高度な技術を持っている連中が上手くかかってくれるとは思えない。このエマノン人機の作成者にしてみれば、当てが外れたのはそっちのほうかな」

 とは言え、警戒が解けたわけではない。

「……一応、現時刻から明日にかけて人機の電脳の洗い出しを行ってちょうだい。モリビトなんか奪われたら事よ」

「分かってるってば。新型トウジャも汚染の様子はなし。自衛隊に配備されている機体は元々、ネットからは隔離しているから、その兆候は見られないかな」

 素早くタイピングしつつ、エルニィは一時として警戒を緩めた様子はない。

「……抗体が意味を持って来るのは?」

「様子見で十二時間程度。まぁでも、前回使われたのと同じなら、うちの保有機体にアクセスするのは無理だと思うけれど」

 だが、万が一もあり得る。

 南はエルニィの肩を掴んで呼びかけていた。

「頼むわよ……。保有機体の一機でも奪われたら、こっちの情報は芋づる式に露呈するんだから」

「それは承知してるよ。でもさ、何で今さら無人運用の暴走なんて想定するんだろ。やるんなら、上手く工作員でも忍び込ませて、自衛隊の駐屯地を狙ったほうが効率もいいのにね」

「……その発言は、ここじゃ控えたほうがいいわね」

 現に自分たちは自衛隊の駐屯地で展開しているのだから、と言外に含めたつもりであったが、エルニィは分かっての発言だったらしい。

 軽く手を振ってその懸念をいなす。

「……とは言え、システムを無人に晒して、それで奪うなんて小ズルい真似だなぁ……」

「迎撃に出た私たちの戦力をはかるのが、本当の目的なのかもしれないわ。これでどれだけの人機を炙り出せるのかって言う……」

「うへぇ……それこそセコいでしょ。いくら人機の建造には馬鹿みたいにお金がかかるからってそんなことする?」

「……分からないわよ。相手の本懐はね」

 そこで電話が鳴り、南は受話器を取っていた。

「はい、こちら自衛隊駐屯地……。月子さん?」

「おっ。やっぱり異常なしって?」

 しかし、その想定は直後に、最悪の形で裏切られることになる。

『南さん……! 《テッチャン》が……! 《テッチャン》が……!』

「――クソッ! オレが付いていながら、なんてザマだ……!」

 悔恨を噛み締めたシールの声に作戦本部は重苦しい空気になっていた。

「……いい? 作戦は今しがた言った通り。《テッチャン》三号機がエマノン人機に変貌。そのまま国外へと逃亡を図っている……模様ってのが、今のところの話」

 Rスーツを身に纏った赤緒はトーキョーアンヘルの面々と共に作戦指示を聞いていた。

「その……《テッチャン》は、でも一時間程度で動かなくなるって……」

「全力で動かせば、ね。けれど、今回の相手はそれが目的じゃない。省エネモードで取引場所まで誘い出せば、あっちの勝ち。相手の目的は《テッチャン》本体と言うよりも、《テッチャン》内部に存在するトーキョーアンヘルのデータそのものだから」

「……立花。《テッチャン》とやらには、追跡機能くらいは付いているのだろう?」

 メルJの進言にエルニィは後頭部を掻く。

「……それが……《テッチャン》は言った通り、条約の穴を突いた機体だし、追跡機能はないんだ。目視で迎撃するしかないんだよ。……ある意味じゃ、一番厄介かもね。相手にトーキョーアンヘルの戦力を見せつけるようなものだし」

「……方法はないんですか」

 こちらの詰問にエルニィは渋い顔をする。

「……自衛隊に暴走した《テッチャン》の追跡は頼んであるから、それ待ちになる。《テッチャン》が何者かに渡る前に、破壊できればボクらの勝ち。逃げ切られれば負けだね」

「けれどよ……《テッチャン》には並大抵の銃弾なんて通用しねぇぞ……」

 この中で一番後悔しているのはシールなのだろう。

 月子も痛みに呻いているのが窺えた。

「普通の銃弾とかじゃ……《テッチャン》は止められないよね。あれでも人機なんだし……」

「だからこそ、ボクらが展開している。《ブロッケントウジャ》はスナイパー装備で出る。出来れば、敵に《テッチャン》相手にどれだけの総力で出るのかを知られたくない。一応、赤緒の《モリビト2号》と、それに《ナナツーライト》、《ナナツーマイルド》は配置についておいて。最悪、モリビトの重機関銃ならどうにでもなるし……もっと言えば、《ナナツーライト》と《ナナツーマイルド》は囮に使いたい。ボクのブロッケンの存在を少しでも隠すためにね」

 エルニィの作戦指示はここまでとでも言うように手を叩いていた。

「はい! 質問は後で受け付けるよ。今できるのは、これくらい。じゃあ、配置に付いたら連絡を寄越して」

 どこか無理をしているように映るエルニィに赤緒は思わず呼び止めていた。

「で、でも……でもですよ、立花さん……! そんな冷たい言い草……!」

「仕方ないじゃんか。……エマノン人機は過去の事例を見ても、復旧は見込めない。そこに《テッチャン》って言う法律逃れの機体があったってバレただけでもヤバいんだ。……分かってよ、赤緒」

 振り返ったエルニィは拳を固く握り込み、震えていた。

 赤緒は思わず言葉を仕舞う。

「メカニックにとって……人機を失うってのは、尋常じゃないんだ。それがどんなものであれ、ね」

 ――エルニィの言葉を思い出し、赤緒はトリガーに据えかけた指先を彷徨わせる。

 メカニックにとって、どんな人機であっても、失うのは辛いはずだ。

「……うん。だからこそ、止めたい……止めなくっちゃいけないんだ……!」

 黎明の光が海岸線を照らし出すと共に無人の《テッチャン》が浮き彫りになる。

 今のところ、他国の工作員の姿は見られない。

 接触前に《テッチャン》を破壊する――そうなのだと決めていたのだが。

『……赤緒? 何で撃たないの? 赤緒……!』

《モリビト2号》が重火器を降ろす。

 その模様に《ブロッケントウジャ》に搭乗していたエルニィから戸惑いの声が上がる。

「……シールさんも月子さんも……《テッチャン》の未来を信じていたから……だから、愛していたんです。なら、私はその信念を……最後まで、諦めきれない……っ!」

『――ああ。その通りだ……ッ!』

 空中展開していたメルJの《バーゴイルミラージュ》から命綱一本で飛び降りた人影に、エルニィは絶句したようであった。

『……ウソ、でしょ……シール……?』

 全ては昨夜、出撃前のアンヘルの面々に顔を出したシールの発案からであった。

「――頼む……! オレを前線に……《テッチャン》のところに連れて行ってくれ!」

 頭を下げたシールに当惑する間に、同席していた月子がメルJへと提言する。

「ヴァネットさん。《バーゴイルミラージュ》なら、空からで《テッチャン》の動きがいち早く分かるはず。シールちゃんを、連れて行ってくれないかな?」

「……立花が許したのか?」

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