JINKI 261 My dear…

「許可なんて貰おうとは思ってねぇ。……エルニィはあれで冷静だ。《テッチャン》を破壊するのは、決めたことだって言うだろうな。だがよ……ッ! オレは……オレはまだ……そこまで思い切れねぇ……ッ。《テッチャン》だって、ここに居る人機と同じだ。同じなんだよ……オレにとっちゃ……」

 大粒の涙を流すシールに、月子はメルJを含むこの場に集った全員へと声にしていた。

「シールちゃんを行かせてあげて。……私じゃ、《バーゴイルミラージュ》から飛び降りるのは、無理だから。シールちゃんに任せたいの」

「で、でも……取り付いた後はどうするんですか? エマノン人機になったらどうしようもないって、立花さんが……!」

「考えなしじゃ、ねぇ。抗体のプログラムはこっちで構築済みだ。それに《テッチャン》はマニュアル人機。操主さえ乗れば、そっちへと操縦系統は移譲する設計になってる。……だから、これはマジのお願いなんだ。《テッチャン》一機だってよ、オレにとっては同じ人機なんだ……ッ! 無茶言ってるのは分かってる、でも……でもぉ……ッ!」

 赤緒は昇降機でモリビトから降りて、シールへと歩み寄り、その手を取る。

 熱い滴が頬を伝い落ちていた。

「……シールさん。助けましょう。《テッチャン》を……私たちで」

 驚愕の面持ちとなったシールへと、赤緒は答える。

「……赤緒……? いいのかよ。エルニィに後でどやされるぞ」

「……それでもいいです。シールさんが……メカニックにとってはどんな人機だって、大切な子なんだって、教えてくれましたから。それに、本当の気持ちは立花さんも一緒のはずなんです、だから……」

 だから無茶無謀でも構わない――そういう眼差しになっていたためであろう。

 同席していた者たちは呆れ返ったように言う。

「……仕方ないわね。私たちはあくまで陽動だから、作戦に従っているフリをするわよ、さつき」

「……はい。シールさん、どうか無事で……」

 二人が乗機に戻り、メルJも渋々承服する。

「……全員がそう言うことなら、仕方ないな。立花には後でこっぴどく言われるだろうが……」

「……恩に着るぜ、みんな……」

 シールは手袋で涙と煤に汚れた顔を拭う。

 赤緒は笑顔を返答にコックピットへと戻ると、両兵が下操主席で尋ねていた。

「……いいのかよ。作戦に逆らう形になるぜ?」

「……でも、小河原さんは黙っていてくれるんでしょう?」

「……昔な。似たような話とはちと違うが、迫られたことはある。人機の未来か、一個人の意地か、その先の話ってのは。だがな、そんなもん、どっちも選べねぇンだよ。結局ンところ、メカニックや操主にとってしてみりゃ、人機も人の未来も、同じもんだ。いつか、人機が飛行機や車みてぇに、人の役に立つ時が来るってのたまった、そんなたった一人の馬鹿に、この光景は見せてやりてぇな」

「それって……」

「出撃準備だ。柊、気を緩めるんじゃねぇぞ。……オレは作戦開始までは寝る」

 そう言ったきり寝息を立てた両兵に、赤緒は微笑みかけていた。

「……そう、ですよね。人機も人の未来もきっと、同じだから。同じように、愛せれば、きっと……」

 ――ほんの一瞬の交錯。

 しかし、生涯をかけた最大のダイブ。

 命綱一本で飛び降りたシールは《テッチャン》の剥き出しのコックピットへと飛び移る。

 即座にマニュアル操作へと切り替え、抗体のプログラムを打ち込んでいた。

 だがそこから先は、出たとこ勝負だ。

 操縦桿を握り締め、思いっ切りブレーキペダルを踏み込む。

「止まれぇ――ッ!」

《テッチャン》が腕を伸ばして硬直する。

 どの勢力から撃たれてもおかしくない一瞬。

 両腕を脱力させ、《テッチャン》が停止していた。

 心臓が痛いほどに脈動する。

 乱れた呼吸の只中で、シールは動きを止めた《テッチャン》のコックピットで瞼を閉じていた。

 永劫のような静寂の時間が流れる。

 シールは呼吸を整えてから、通信機に吹き込んでいた。

「……総員へ。《テッチャン》は無事、機能停止。繰り返す、機能停止……よく、戻ってくれたな……」

 ずっと追跡していた自衛隊のヘリが高空で羽音を散らす。

 ようやく追いついてきた赤緒たちを視界に入れたその時には、シールは片手をサムズアップに固め、天へと突き出していた。

 それは作戦成功の合図。

 ただ――。

「あれ……?」

 くらっと眩暈と共に視界が明滅する。

 まるで漂うようにして、シールの意識は闇に閉ざされていた。

 ――何度か通話口に怒声を響かせてから、南が居間へと戻ってくる。

「だから! あんたらのほうで今回の一件は留めておいてって言ってるでしょうに! それに、人的被害が出なかったんだから御の字でしょ! 分かったら来期の予算申請を通す! はい、終わり!」

 黒電話を叩きつけた南がため息をついていた。

「……酷い顔だね」

「あんたこそ。対応に追われてにっちもさっちも、って顔をしてるわよ」

 エルニィはキータイピングをしつつ、そう? と問い返す。

「ボクは別に……。ああ、でもこれ、南相手に取り繕ってもしょうがないや。……ホントのところはさ、シールたちと気持ちは一緒だったんだよ。けれど、立場ってのは嫌だね」

「必要以上に偉くなるもんじゃないわ、お互い。おっ、茶柱」

 湯飲みを覗き込んだ南が軒先へと座り込む。

 その視界では赤緒が《テッチャン》へと乗り込み、メカニックの指導を受けていた。

「おい! そんなんじゃ、新型機に振り回されちまうぞ! マニュアル機の操縦系統にすぐに慣れねぇとな!」

「わわっ……! 待ってくださいよぅ……! ナナツーの姿勢制御はまるで違って……!」

「赤緒さんっ! ファイトっ!」

 シールと月子に囲まれ、赤緒は今日も《テッチャン》の操縦に付き合わされている。

「……何だかな。冷徹な判断ってのが必要だと思ったんだけれど」

「あんたにはそれも似合わないってことでしょ。……いえ、それも変なのかもね。青葉なら、あんな時でも諦めなかった……違う?」

「敵わないなぁ、まったく。馬鹿とハサミは何とやらだっけ? 日本風に言うと」

 ぼさぼさの髪を掻いたエルニィは立ち上がり、格納庫で右往左往している三人へと視線を向ける。

「……いいかな、ボクも。今はメカニックとしての顔で」

「いいんじゃないの。あんたらしければ、どんな時だってさ」

 南のウインクを受けて、少しだけ軽くなった気持ちで駆けていく。

「待ってって! 赤緒のそのナリじゃ一生乗りこなせないよ! 顔の見えない誰かさんじゃない――ボクらの《テッチャン》はね!」

 人機を愛せるのならば、それはきっと良い未来へと繋がる縁になるはずなのだから。

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