レイカル 57 6月 レイカルと肝試し

 一応は話を聞く準備くらいはある、と小夜が促すとレイカルは自信満々に言い放つ。

「昨日のテレビ番組でな。幽霊の正体はプラズマだとか聞いたぞ! それに、最近じゃお化けとか幽霊とか作れちゃうらしいじゃないか」

 その言葉振りになるほど、とナナ子が得心する。

「作れちゃうって言うのは、何となく分かるわね。きっとレイカルが観たのは昨日の超常現象特集の番組だったんでしょうけれど、そこで色々と物議をかもしたのよね」

「……私、そういう恐怖系苦手だから観てなかったんだけれど」

 小夜の発言にレイカルはふっと笑みを漏らす。

「割佐美雷もまだまだだな」

「あんたに嘲笑されるいわれはないわよ。……って言うか、超常現象の特番なのに、何でお化けが居ないって結論になるわけ? 普通、逆じゃない?」

 それに関してはちっちっ、とナナ子が指を振る。

「小夜も甘いわねぇ。技術の進歩で昔とかによくあった恐怖映像って言うのは大概、作り物だって評価されているのよ。それこそ、野暮な話よね。そういうのも含めて楽しんでいたって言うのに」

「……意外ね。あんたはそういうの苦手だと思っていたわ」

「私はホラーも好きだし? それにこの見た目なもんだから、まぁ昔は色々と言われたもんだわ。……だからそういう連中への仕返しにね? ホラーで対抗したってわけ」

 なるほど。ナナ子なりの処世術の一つでもあったわけか。

「……ん? ってなると、偽物をありがたがっていることになるわよね? 今のホラー番組って成り立つの?」

「それはそれ、と言う精神なのよ、小夜。それに、昔よりも質は下がったとは言え、ネットにはたくさんそういう話が転がっているからねー。これなんてどう?」

「なになに……八尺様? あのね、私こういう最近の……洒落怖、だっけ? たまーにメイクさんに話されるんだけれど苦手だって言っているのよねー……。って言うか、こういうの好きな人って明らかにこっちの反応楽しんでるでしょ」

「あら? 小夜はそういう立場じゃないんだ?」

 腕を組んで、小夜は神に誓ってそんなことはないと言ってのける。

「他人の反応楽しむなんて、性格悪いわよ。……第一、本当にあった、とかお題目を掲げている時点の怪しさもあるのよね。じゃあその人はどうしたのよって言う……」

「怖い目に遭いました、じゃ駄目なの?」

「……パンチが弱いって言うか、そもそも怖い目に遭っておいて何でそれをテレビ局とかに送って来るかな……。半分はヤラセとかじゃないの?」

「テレビ側に与している人間がそれを言う? ……まぁ、ヤラセがないとは言い切れないけれどさ。こういうのも醍醐味じゃない? そろそろ夏も近づいてきたことだし」

 梅雨が間もなくやってくるが、まだ本格的な夏は先のように感じる。

 あるいはそんな益体のない考えを浮かべている間に、いつの間にかやってくるのが夏なのだろうか。

「……今年の水着のサイズ、大丈夫かしら……?」

「ちゃんと体型維持してるんでしょ? だったら大丈夫じゃないの」

「そりゃー……特撮の現場ってなかなか太れるような機会もないし。体力勝負だから痩せる一方よ、こっちは」

「なぁ、割佐美雷! 怖いものなんて私には一個もないんだからな! 全部プラズマだ!」

 レイカルのその論調にげんなりしたのはカリクムであった。

「プラズマって言い張っている奴、ロクなのが居ない気がするんだけれど。……って言うか、お化けなんて居るわけないでしょ。レイカルってば相変わらずまだまだなんだな」

「何だとぅ! じゃあ、カリクム! お前、私よりも肝が据わっているって言い切れるのか!」

「い、言い切ってやろうじゃないの。ねぇ、小夜」

「私の関知していないところで色々決めないでってば。……ねぇ、何か嫌な予感がするわ」

 ナナ子へと視線を移すと、彼女はチョコレートを頬張っていた。

「まぁ、物は経験でしょ。レイカルがお化けなんて居ないって言い張るんなら、それに対抗するものを見つけないとね」

「……あのね、レイカル。お化けは居ないんだから、別に肝っ玉の比べ合いをする意味なんてなくってさ」

「何を言う! 割佐美雷! お化けが居ないからこそ、意味はあるんじゃないか! プラズマにビビっているんじゃ、まだまだだな!」

 このままの導線だとよくない方向に向かっているのは明白。

 小夜はそれとなく、ヒヒイロへと助けを求める。

「ひ、ヒヒイロぉ……。何とかなりそうにないの?」

「レイカルめが興味を示したのです。ならば、なかなかに難しいでしょうな」

 落ち着き払った論調でヒヒイロは削里と将棋盤を挟んで対局している。

「……待った」

「待ったは五分までですよ。……さて、レイカルよ。結局は何がしたいのじゃ?」

「お化けなんて居ないって証明する……! そして私が一番強くなるんだ!」

 レイカルの基準点はやはり、強いか強くないかで、確かにお化けが怖くなければ強いのは方程式として間違ってはいない。

「で、でもよ? 別段、そこまでやることはないじゃないの。ほら、世の中にはまんじゅうこわいっていうのもあるんだから」

「……まんじゅうがこわい? それは初耳だな。やはりプラズマか?」

「落語の演目じゃ。ある夜、怖いものを言い合う男たちの中にまんじゅうが怖いという者が居った。そいつを怖がらせてやろうとしてまんじゅうを与えると、男は最初から逆利用してまんじゅうをたらふく食い、最後にお前の怖いものを教えてみろ、と突きつけると、ここいらで一杯濃いお茶が怖い、と言う話が、まんじゅうこわいとして受け継がれておる」

「……つまり? 割佐美雷はお化けが怖いんじゃなくってむしろ好き――」

「断じて! それだけはないから!」

 ここで言い切っておかないとまんじゅうこわいの例ではないが、要らぬトラブルに巻き込まれかねないだろう。

「……まぁ、小夜ってホラーは苦手な性質だし。レイカル、何でもかんでもプラズマって言い出すとつまんないけれど、その辺の落としどころでいいんじゃないかしら」

「プラズマじゃないのか?」

「どっちにしたって、お化けなんて居るわけないんだから、お前の言い草も意味ないってことだよ」

 カリクムが呆れ返ると、レイカルはむっとする。

「じゃあ、カリクム! お化けが居たら、お前どうするって言うんだ?」

「何でもやってあげようじゃない。そうね、鼻からスパゲッティでも食べてあげるわ」

「……要らない意地張ってるんじゃないわよ。って言うか、このパターンは……」

「よし! じゃあ、お化けはみんなプラズマだって証明するために、やってやるぞ! 肝試しだ!」

「――……はぁ……そういうわけですか」

「レイカルの提案も困ったものよ。……って言うか、作木君も幽霊やらお化けやら信じているの?」

 肝試しは高杉神社で催されることとなっていた。

 予めくじを引き、ペアになった者同士で組むのであったが、どうにも夜の神社と言うのは雰囲気があっていけない。

「いえ、僕は別に……あの、近いって言うか……」

「しょーがないでしょ。怖いんだもの」

 作木の腕をぎゅっと引き寄せるものだから、彼は少し困惑しているようであった。

「……けれど、意外ですね。小夜さん、こういうの怖いんですか?」

「作木君は怖くないんだ? レイカルはあんななのに」

「まぁ……最近のホラー番組って昔に比べたらあんまりって言うか、別に一家言あるわけじゃないですけれど、僕が子供の頃はもっと怖い番組ばっかりだったなぁ、とは思いますね」

 それは恐らく、作木自身が物を作成する側だからからくりが分かってしまうのもあるのだろう。

 小夜は高杉神社の本殿へと続く、ほの暗い道をライトで照らす。

「……参加者はみんな、何でもないって顔をしてるわよねぇ。伽とナナ子もそうだし、レイカルたちもそうだし……」

「……その、何だって小夜さんはそこまで怖がりなんです? レイカルじゃないですけれど、過度に怖がると逆効果って言うか……」

「……昔ね、たくさんホラー番組がやっていたって言ってたじゃない。その中でとびきりトラウマになったのがあって……女の霊が、こう、ちょうどその人に向かって呼びかけているって言うのがずっとあって……不条理系って言うのかしら? その人にしか聞こえないのよ。今にしてみれば単純な仕掛けだし、それくらい誰でもできちゃう系なんだけれど、子供心に沁みついちゃって……」

(それはよくないですね。子供の時分にトラウマになっちゃうと大人になっても引きずってしまいますし)

「そうそう、そういう具合で私はこの通り、ホラーが苦手になっちゃって……」

 返答してから、小夜はうんと首を傾げる。

「……今、作木君が言ったわよね?」

「いえ、僕は何も……何か聞こえました?」

 がさっ、と周りの森林がざわめく。

 ざわざわと背筋が凍る中で、小夜は振り返っていた。

 ライトに照らされたのは両手を垂らした、長髪の女の――。

「で、出たぁーっ!」

 大声を出したところで作木が足を絡ませてその場に倒れる。

「あ、あれ? 作木君……? 駄目だ、のびちゃってるわ……」

(小夜さーん。もうっ、ちょっとびっくりしちゃったじゃないですか)

「ゆ、幽霊が何で私の名前を……?」

 歯の根が合わない中で小夜がライトを振ると、そこに佇んでいたのはむすっとした顔の――。

「……あれ? カグヤ……?」

(どうも、こんばんはー。今年はちょっと早くに登場してみましたー。ふふっ、うらめしやー、なんちゃって)

 茶目っ気たっぷりにウインクしたカグヤに、小夜は早鐘を打った鼓動を鎮めていく。

「……あんた、何で……」

(いえ、これはカリクムの願いって言うか、小夜さんを見守って欲しいって言う気持ちが具現化した感じですかね。それにしても小夜さん、私みたいなのが見えちゃうのにホラーが苦手だったなんて。幽霊として、ちょっとショックですっ! ぷんぷんっ!)

「……あんたねぇ。出て来るにしても今出られたら、そりゃー、幽霊と見間違う……あ、いや、でもあんた、幽霊よね? ハウルの結晶とは言え」

(まぁ、厳密には違いますけれど、この世に残留したハウル思念が私と言う形を取っているんですから、これは幽霊なんですかね? あっ、レイカルの言っていたプラズマかも!)

「……現職幽霊の口から自分がプラズマだなんて聞きたくなかったわよ。ほら、作木君、行きましょう……ってあれ? 気絶しちゃってる……」

 どうやらすぐには起きそうにない。

 仕方ない、と小夜は作木を肩に担いで歩を進める。

「……作木君、軽いわね。またちゃんとした食生活を送っていないのが窺えるわ」

(でも、小夜さんとこうして夜の神社で二人っきり。……チャンスなのでは?)

「生憎と、人が見ているところでイチャつけるほど、節操ないわけじゃないわよ」

(むーっ! 私のことなんて枯れ尾花の影だと思っていただければ結構ですのに。あっ、これ、幽霊ジョークなんですけれど)

「……全然笑えないし、それにしたってあんた、普段はもうちょっとしてから出て来るでしょ? 何だってこんな……初夏の肝試しなんかに出てくるのよ」

(それは……まぁ未練と言いますか、私もこういうの体験してみたかったんですよね。ほら、色々経験する前に死んじゃいましたので)

「……だから、そういうの笑えないんだってば。要はカリクムの無意識なハウルが生み出してるんでしょ。じゃあ、別にいつでも出て来れるんじゃないの?」

 そう言ってやるとカグヤは指をちょんちょんとしながら少しだけむくれた様子で返す。

(だってぇー、皆さん、楽しそうなんですもん。ちょっと早くに出て来てもバチは当たらないかなーって思うじゃないですか)

「……普段はハウルの一部で私たちを見ているんだっけ? 最近は特に変わったところはないと思うけれど」

(ええ、それが一番ですから。小夜さんもカリクムも、みんな楽しそうだったので安心はしていたんですよ? ただ……)

「ただ、何よ」

 カグヤは浮かび上がったまま両手を垂らす。

(楽しそうであればあるほど……疎外感じゃないですけれど、何でなんですかね? 皆さんともっと一緒に居たかったなぁって言う、未練じゃないんですけれど)

「……カグヤ。あんたでもそういうこと思うんだ?」

(それはそうですよ。まだ若いうちに死んじゃったんですから、色んなことをしたかったですもん!)

「……私たちが楽しそうにしているの、見ているだけって言うのは辛いのかしらね」

(普段は大丈夫なんですよ? けれど今回はちょっと出て来たくなっちゃって……駄目ですかね?)

 小夜は大仰に嘆息をついてからカグヤへと一瞥を振る。

「……いいんじゃないの? あんただって立派に私たちの仲間なんだし。まぁ、幽霊が仲間ってのもちょっと変っちゃ変なんだけれどね。けれど、あんたは間違いなくカリクムの創主だったわけで……私にとっては先輩みたいなものよ」

 頬を掻いて半分ほどは照れながら返答する。

(小夜さん……。私も……仲間って言うのは居なかったから、ちょっと嬉しいです)

「居なかったって、あんたはカリクムを造形したんでしょ? そりゃー、エルゴナもあったんでしょうけれど、造形師として仕事仲間くらいは居たんじゃないの?」

(……私、変わってるじゃないですか。だから、表層の友達は居ましたけれど、こうして心の奥底で繋がれる友人にはあまり恵まれなくって……。そこにオリハルコンを創ったって言うのもあって、摺柴財閥に囲われたのをあまりよく思わない人も居て……)

 なるほど。エルゴナとカリクムを創り出すほどの才能は疎まれることもあったというわけか。

「……けれど、今はちゃんと、あんたは私たちの仲間でしょ。何があろうと、私はカリクムの現創主なんだから。あんたとの絆は……それこそ死んでも切れないわよ」

(……そう、ですかね。小夜さん、こういう時でも男前なんですね)

「男前って、言い方を考えてよ。……まぁ、悪い気はしないけれどね」

 本殿が見えてくる。

 小夜は賽銭を放り、鐘を鳴らしてから用意されていた袋にくじを入れていた。

「これで肝試しは完了、っと。……何だか拍子抜けしちゃったわね。あんたが出て来てくれたお陰かしら」

(お役に立てたんならよかったですけれど……作木さん、まだのびてますよ?)

「……どこかで気がつくのを待つしかないか。けれど、カグヤ。お化けでもあんたがこうして出てくれるの、ちょっと嬉しいかもね。一回きりでお別れだったら、それは何て言うのかな……言い足りないこともたくさんあったし」

(こっちはずっと皆さんを見守っていますので。もし必要になったら言ってくださいね? いつでも化けて出ますから。ふふっ、うらめしやー、なんちゃって)

「……化けて出るってのは困るけれど、あんたとこうして話せるのは私だけなのよね。お化けの正体がプラズマだろうと枯れ尾花だろうと、どっちにしたっていいのかもしれないわ。たまに会って話せるくらいならね」

(あ、じゃあもっと出てきてもいいですかね? 夏ですし、今度は海とかでも!)

「幽霊に海って大丈夫なの? 潮風とか」

(あー、日焼け止め塗らなくっちゃ駄目でしょうか? ……とか言っちゃって。幽霊は日焼けしないんですよー?)

「だから、あんたの幽霊ジョーク、微妙に笑いどころに困るんだってば……」

 その時、作木がにわかに目を覚まそうとする。

(……そろそろ消えますね。もうすぐ夏が来るんですから、何度か出てくる機会には恵まれるかもしれません。その時には)

「ええ。また会いましょう、カグヤ」

 手を振って景色に溶けていくカグヤを見送り、身を起こした作木と顔を合わせる。

「あれ……? いつの間にか本殿に……」

「運んでくるの、大変だったんだからね。帰りはエスコートしてよ、作木君」

「あ、それはすいませんでした。……小夜さん、誰かと喋っていませんでした?」

「別に、何でもないのよ。……ただね、幽霊の正体がプラズマだとか言うのはちょっと……ロマンに欠けるなって今は思えるのよね」

「ロマンですか……。でも、そうですね。何ならレイカルたちオリハルコンだって、妖精だとか人形ですし……ロマンを信じるなら、そういうのも信じていきたいですからね」

「……まぁ、とは言え怖いものは怖いんだけれど。作木君、ちゃんと帰りまで送ってよね!」

 作木の腕を引き寄せ、満足げに声を弾けさせると、彼は少しだけ戸惑ったようであった。

「ええ、まぁ……。でも、何だか……変な感じですね。誰かが見ているような気もして。雰囲気のせいですかね?」

 カグヤは今もこれからもずっと、自分たちを見守ってくれているはずだ。

 ならば――肝試しで会えるのも一つの縁。

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