「いや、あんたじゃなくって……ここ最近のルイよ。あんたも思うところがあるんじゃないの?」
「思うところって言ったって……」
「立花さん、迷い箸はお行儀が悪いですよ。……どうしたんです? 考え事ですか?」
「あ、うん……それがね。赤緒さんも変だと思わない?」
「変って何がです? 南さん、ご飯粒付いてますよ」
「ああ、こりゃ失敬……じゃなくってさ。ルイのことよ」
赤緒とエルニィは同時に顔を見合わせる。
「ルイさんが、変?」
「今に始まったことじゃないでしょ。赤緒、おかわり。ご飯が美味しいから止まんなくって」
「もうっ、調子いいんですから」
文句を垂れつつ、赤緒はエルニィのお椀に白米をよそう。
それを他所に南はずずっと味噌汁をすすっていた。
「……やっぱり、変よ」
「だから、変って具体的にどのあたりが、なのさ。ルイって元々変じゃん。浮世離れって言うのかな、そういう感じだし」
「……まぁ、そこまでは言わないにせよ、変ですかね? ルイさん、元々こんな感じじゃないですか?」
「いえ、よく考えて見なさいよ。今は夕食時なのよ? だって言うのに、ルイはテレビの前に居ないじゃないの。普段なら、ゴールデンの番組は絶対見てから、お風呂に入るって言うのに、もう入っているでしょ?」
声を潜ませると赤緒とエルニィは今もお笑い番組を垂れ流すテレビへと視線を向けていた。
「単に好みの問題じゃない?」
「それか……今日はそう言う気分だったとか」
「いえ、一日二日なら、そうだとは思うわ。でも、もう一週間はあんな調子。……常識じゃ考えられないわよ」
「って言ってもなぁ……。南としてみれば、ルイがそういう行動を取るのは反対? ボクはいいと思うけれど。ほら、大人しくなったって言うかさ」
「私もそう思いますよ。悪さしているわけじゃないですし」
「甘いわね、二人とも。……ルイが善行を一週間も行う、これは悪行を半年間行うのと同じくらい、気味が悪いのよ」
「悪行って……そんな大げさな」
「そうですよ。いい子になろうとしているんならいいんじゃないですか」
赤緒もエルニィもどうやら自分の違和感には懐疑的らしい。
そうなれば、と南は立ち上がっていた。
「……決めたわ。明日、ルイを尾行しましょう」
「尾行って……南、もしかしてヒマなの?」
「お仕事はどうするんです?」
「仕事なんて言っていられるものですか! 我が子の一大事なのよ、放ってはおけないでしょ!」
「……とは言ってもなぁ……この一週間、そんなに変だった? 赤緒」
「いえ……特段、変とも思わなかったですけれど……。南さん、考え過ぎなんじゃ?」
「デスクワークとあっちこっちの根回しでついに頭がおかしくなっちゃったとか?」
ねー、とこういう時の意見は一致する二人へと南は睨み上げる。
「あんたらねぇ……」
「な、何さ……変なこと言ってないよ……?」
「そ、そうですよ……私たち、何もおかしなことなんて……」
「尾行、手伝ってくれるわよね? エルニィ。それに赤緒さんも」
凄味を利かせて言ったものだから、エルニィはうろたえる。
「あ、あー! ボク、忘れてた資料作成があって……明日までだったかも」
「わ、私も小テストのために勉強しないと……」
食卓を離れようとしていた二人の首根っこをむんずと掴み、南は言い放つ。
「尾行、手伝ってもらうわよ! 二人とも!」
――エルニィが買ってきたアンパンと牛乳に赤緒は首を傾げる。
「何です? これ……」
「尾行と言えばアンパンと牛乳でしょ。常識じゃん」
どうやらエルニィの常識はかなり間違った方向に進んでいるらしい。
「……刑事ドラマの見過ぎ……まぁ、食べますけれど」
「南刑事! お勤めご苦労さまです!」
「エルニィ、あんたもなかなかやるじゃないの」
「……乗り気じゃなかったクセになぁ、もう」
エルニィの適応力は相変わらず恐れ入ると思いつつ、赤緒はアンパンを頬張っていた。
「……で、どうなったの?」
コートを羽織った南はルイに見つからないようにそっと覗き込む。
「……それが……あの子、よく川辺で猫と戯れていたじゃない?」
「ああ、マタタビで懐かせたり、猫じゃらしで統率したりしていたね」
「……ルイさんは一体普段は何をやっているんですか?」
自分の疑問を他所に南は深刻そうに呻く。
「それだって言うのに……今日は親猫の喉をちょっと撫でただけで行っちゃったのよ。尋常じゃないわ」
「それは……かなり深刻だね……」
「あれ? ここってそんなに深刻になるところなんですか? どっちにしても猫とじゃれ合ってはいるのに?」
「赤緒。常識から疑ってかからないと。ルイにとっての日常をないがしろにしてでも、遂行しようとしていることがあるんでしょ」
ちっちっと、まるで分かってないかのように言われると、赤緒も当惑する。
「……そこまで言われるって、ルイさんは普段は何をして生活してるんですか。でも、あの猫、どこかで……」
でっぷりとしたメスの黒猫はどこかで見た記憶があったが思い出せない。
「二人とも、ルイが商店街のほうに行ったわ」
「……やっぱり、何かがあるっぽいね」
「何でです? 普通にお買い物に行ったんじゃ……」
「あのねー、赤緒。ボクらの財布を握ってるのは赤緒じゃんか。ボクとルイにお小遣いなんてほとんどないの、知ってるでしょ?」
「……ほとんどないは言い過ぎ……って言うか、それってお二人がいつもよくないことに使おうとするからですよね?」
口笛を吹いて誤魔化すエルニィをじとっと睨んでいると、南が口にする。
「動いた……!」
ルイはどうやら商店街の端で何やらブルーシートを開き始めているようだ。
「……あれ? 何をやっているんでしょう?」
「これは……もしかするととんでもないかもね……。いわゆる闇市って奴? 何でもないものを高値で売りつけるって言う……悪徳商法だよ」
「そんな! ルイさんがそんなことに手を染めるなんて……!」
「いえ、ちょっと待って、二人とも」
制した南が手招く。
すると、ルイが敷いたブルーシートの上へと花屋から一個ずつ、花の咲いた鉢を持ち出していた。
「……何をしようっての……?」
固唾を飲んで見守っていると、ルイは店の前で出店を始める。
「……まさか! あの子、花を売る……つまりはそういうこと……?」
「そんなっ! ルイがそんなことを……!」
「えっと……花を売るのに、何か問題でも……?」
どうして二人が衝撃を受けているのか理解できずにいると、エルニィがむすっとする。
「……あのさ、赤緒って本当に日本人?」
その言い草にはさすがに一家言はある。
「失礼な……私はれっきとした日本人ですよ」
「じゃあ、スラングとか分かんないんだ? あのさ、花を売るって言うのは……」
ごにょごにょと耳打ちされた「花を売る」の意味に赤緒はぼんと顔が紅潮するのを感じていた。
「だ、駄目ですっ! そんな、ハレンチな!」
「だーから言ったじゃん。……でも、変だよね?」
「ええ、そうね……あれじゃ、まるでそういう意味じゃなくって……」
ルイは花屋の前で花壇を作り上げ、一個ずつ手渡して売っている。
その姿は労働にきちんと精を出す人間そのものだ。
「……あの子、本当にただ花を売っているだけ……? いえ、ルイのことよ。きっと裏があるわ」
「花束もちゃんと包装して……ルイさんって思ったよりもずっと器用なんですね……」
感心していると、それはそうよ、と南が返答する。
「ルイは何でもさくっとやってのけるのは昔からなんだし」
「自慢している場合? ……どうやらブルーシート分の花は売り終わったみたいだけれど……」
ルイが花屋へと戻ると、店員らしい女性から封筒をもらっていた。
「あれよ……! あれが目的に違いないわ……! 臨時収入よ!」
「ま、まっさかぁー。ルイさんだって真面目に働いてその対価を得ているんじゃないんですか?」
「ぐぬぬ……ボクが赤緒から締め付けられてまともにお小遣い貰えないのをいいことに、あんないいバイトをしているなんて……!」
エルニィは別ベクトルでひがんでいるらしい。
しかし、と赤緒は意外そうに封筒を受け取ったルイを観察する。
「真面目……ですよね、あまりにも。ルイさん、私が柊神社のこと手伝って欲しいって言っても全然なのに……」
「もしかして……花屋に意中の相手でも居たりして」
エルニィの言葉に、それはない、と赤緒も手を振っていた。
「ないですってば。だって、花屋で働いているような人にルイさんが惚れちゃうわけが」
「……それが、そうでもないみたいよ。……あれを見てみなさい、二人とも」
南に促されて覗き見ると、先ほどの女性の手伝いをしている青年の姿を見つけていた。
どこか親密そうな二人に、まさか、とエルニィは出そうになった悲鳴を飲み込んだようであった。
「……不倫、とか……?」
想定外のその言葉に赤緒は唾を飲み下す。
「ふ、不倫……? 不倫って……えーっと……誰と誰がです?」
「馬ッ鹿だなぁー、赤緒は。ルイはもしかして……あの男の人とか狙ってるんじゃないの?」
馬鹿だと言われたことも心外であったが、それ以上に衝撃的であった。
「……確かに優しそうな人ですけれど……。大学生くらいですかね? ふ、ふふ……不倫って、まさか……?」
「そのまさかだってば。ルイはあの男の人を取ってやろうって魂胆なんだよ、きっと!」
思わず大きな声が出そうになって大慌てで南が自分の口を塞ぐ。
「ま――むぐ……っ!」
「しーっ! 今ルイにバレたら事でしょうが!」
何度かぶんぶんと頭を振ってから、ようやく赤緒は呼吸を許されていた。
「……あ、あり得ませんってば! ルイさんがそんな……横恋慕なんて……!」
「たまーに難しい言葉を知ってるから、調子狂っちゃうよねぇ、赤緒って。それ、もしかして昼ドラの見過ぎじゃない?」
「た……立花さんにだけは言われたくないですっ!」
「二人とも、静かに! ……ルイが出てきたわ」
ルイは二人へと一礼してブルーシートを小脇に抱え、次の目的地に向かおうとしているようであった。
その背中を追う南とエルニィに赤緒はふと気にかかって花屋へと振り返る。
「赤緒、何やってんのさ! ルイ、逃げちゃうよ!」
「……どうしてもルイさんが不倫なんてしているとは思えなくって……」
「そんなのはいいから! 今はルイの収入源を突き止めなくっちゃ!」
どうにも目的が二転三転しているような気がするが、赤緒は渋々付き従う。
「……今度は、カラオケ屋さんね。一体どういうつもりなのかしら」
「あっ、前に行ったカラオケ屋じゃん。何で?」
「何でって……歌うんじゃ?」
「一人で? 一人でカラオケって言うのは……うーん、考えづらくない?」
確かに赤緒にしてみても一人でカラオケと言う選択肢はどうにも浮かびづらかったが、ルイはブルーシートを抱えたまま入店していた。
「……私たちも入るわよ。エルニィ、変装用のマスクと帽子」
「はいよっ。にしても、久しぶりだなぁ、カラオケも」
三人はマスクと帽子姿の怪しい格好のまま入店し、部屋をあてがわれていた。
「……その……カラオケってどうすれば……」
南はぴっちりと壁に耳をつけ、ルイの選んだ部屋の音を盗み聞こうとするが――。
「……やっぱり駄目ね。壁が厚くって何にも分からないわ」
「じゃあさ! いっそのこと、歌っちゃう?」
カラオケに早速、流行曲を入れたエルニィへと南は瞬時にマイクを奪い取る。
「お馬鹿! 声で分かっちゃうじゃないの!」
「えーっ! カラオケに来たのに歌わないなんてつまんないー!」
「しかもこんな流行の曲入れちゃって……いい、歌うとしたら心は演歌。しっとりとした女の慕情、黄坂南が歌います……」
割り込ませた南の往年の演歌が響く中で、エルニィがちぇっ、と次の出番を待つ。
「古い曲歌うなぁ……南の選曲センス、十年くらい前だよ?」
「あのー……そもそも歌っちゃ駄目じゃないですか? ルイさんに聴かれたら一発でしょし、マイク持つのも危ないんじゃ……」
「何言ってんのさ! カラオケに来て歌わないでルイの動向探るのなんてうんざり! 赤緒は歌わないでしょ? ルイの部屋の見張りお願いねー」
「な……っ! 歌わないとは言ってないじゃないですか。カラオケ代だって高いんですし……」
次の曲を目録で探していると、エルニィが横から口を出す。
「あー、その曲? 難しくない? キーが高いし、赤緒はあんまり歌上手くないじゃん」
「な、歌う前に何で分かるんですか、そんなの……」
「いや、だってたまに口ずさんでるでしょ? お風呂入っている時とか丸聞こえだし」
「な……っ、な……っ……!」
顔から火が出るとはこのことで、羞恥心で赤緒は縮こまってしまう。
「……た、確かにこの曲は好きですけれど、お風呂の物音を聞くなんて……立花さんのえっち!」
「聞こえちゃうんだもん、仕方ないじゃんか。大きな声で歌ってるのが悪いんだよ」
「大きな声でなんて歌ってませんよ!」
『あー、もうっ! 二人とも、うるさーい! 曲に集中できないでしょうが!』
マイクをハウリングさせた南の大声で二人は同時に委縮する。
「……南が一番うるさいじゃん……」
「……そうですよ。……って言うか、演歌長いし。……ちょっと見てきます、ルイさんの部屋。覗き込むくらいなら大丈夫でしょうし」
「手短に頼むよー」
手を振るエルニィに赤緒はずんずんと歩を進める。
「……立花さんってば、本当にデリカシーない……! でも、カラオケ屋さんに、何で? 変、だよね? 猫を触って、花屋さんに行って、カラオケ屋さん……?」
今さら、南がルイの様子が変だと言っていたのが現実味を帯びてくる。
こうなってしまえば気になるのが人のさがと言うもので、赤緒がカラオケルームを覗き込もうとすると、ルイの歌声が僅かに聞こえてくる。
「……流行りの曲……これ、立花さんが入れようとしていた奴だ。えっと……」
ドアの窓越しにルイの様子を観察する。
ルイはブルーシートを使ってカラオケ部屋の一面を隠していた。
「……何してるんだろ……。歌うのにブルーシートなんて要る?」
見ても意味が分からず、赤緒はすごすごと退散する。
「おっ、どうだった?」
歌い終えてスッキリした様子の南がソファに座っていたので、赤緒は見たままを報告していた。
「それが……自分が歌う手前にブルーシートを張って……あれ? でも変ですよね? そんなことをしたら、モニターが見えない……」
流行歌を歌い上げているエルニィを見て赤緒は気付く。
「どういうことなのかしら……? カラオケ屋に来て、モニターを見ずに歌唱?」
顎に手を添えて考え込む南に、赤緒も同じ姿勢で対面へと座り込む。
「変ですよね……やっぱり。それに、ブルーシートをわざわざ花屋さんで貰って、そこでちょっと働いて、なんて……」
「あの子、何だか今日はやけにスケジュール通りに動いているような気がするわね……。カナイマに居た頃なんてスケジュールなんて概念すらなかったのに……」
猫を触るのもほどほどにして、花屋でアルバイトめいたものを行い、その上でカラオケ屋にてモニターを隠して歌を歌う――どうにも点と点が繋がらず赤緒も首をひねっていた。
「……私たちが追っているのがバレてる、とか?」
「それならもっと分かりやすいところで追い込むはずよね? ……何だってこんな不可解な?」
『ふぅー、歌った歌ったぁ……あれ? 赤緒帰ってるじゃん』
「た、立花さん! マイク切ってくださいよ! ただでさえ近くに居るのにバレちゃう……」
『あっれー? ってことは、赤緒も気になってきた感じ? やっぱ変だよねぇ、今日のルイ』
「いいから、マイク切って……。やっぱり、そう思います?」
「うん。一貫性がないし、それに普段のルイを見ていたら、下心なしの労働なんて考えつくと思う?」
「それはぁ……」
つい言葉を濁してしまう。
ルイの行動や言動に下心がなかったためしはない。
「まぁ、いいや。さっき受付で聞いたらルイも二時間ここで、だってさ。なら、ボクらも二時間は歌わないともったいないし」
自分の番の曲がはじまり赤緒はうろたえる。
「わ、わわっ……! えっと、柊赤緒っ、歌いますっ!」
「よっ! 待ってましたー!」
「赤緒さーん! 歌って歌ってー!」
曲がかかれば乗り気になる分、この二人も調子がいいのだから、と呆れ返る。
赤緒は思いっ切り歌声を張り上げていた。
「――いやー、歌ったねぇ。また来ようよ」
カラオケ屋から帰路につく際、エルニィはまだまだスタミナが有り余っているようでフラフラになった赤緒は息をつく。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよー……。まだやるんですかぁー?」
「当たり前じゃん。ってか、赤緒は何でそんなにへばってるのさ」
「う、歌を歌うのに全力し過ぎて……ちょっと呼吸が……」
「慣れないんだからなぁ、もう。今日の目的はルイが何で最近変なのか知ることでしょ? ……まさか、カラオケで全力出し切っちゃって何にもできませーん、なんて言わないよね?」
それは、と赤緒は眉根を寄せる。
「……わ、分かりましたよ。……でも、まだルイさん、帰らないんですね」
「ブルーシートを抱えて……また商店街のほうに戻っていくわね」
ルイはカラオケを二時間歌い切った上で、再び花屋へとブルーシートを返却する。
その際、接触したのは青年のほうであった。
「やっぱり、逢い引き……?」
「合い挽き……? お肉のこと?」
エルニィのボケに赤緒はずっこけそうになる。
「た、立花さん。合い挽き肉じゃなくって……逢い引き……いわゆるその……ごにょごにょ……」
エルニィへと耳打ちすると彼女は少しだけ紅潮した面持ちで言い返す。
「し、知ってたし! 赤緒とは違うんだからね! ……って言うか、そういう言葉ばっか知ってるよねー、赤緒って。これだから、昼ドラばっかり観てる人ってのは……」
「な……っ! お昼のドラマばっかりなんて観てませんよ!」