「動物扱いするな! ……いや、動物扱いでいいのか? アルマジロは喋らんのだろう?」
「分かんないですけれど、すごく頭がいいアルマジロなら喋るんじゃないですか?」
目の前にジャーキーを差し出すと、どうにも本能には逆らえないのかもぐもぐと頬張っていく。
「……ねぇ、ユズちゃん。そりゃー、ロストライフ化した場所で唯一見つけた生き物なんだもの。感情移入するのは分かるけれど、それ、多分キョムの新兵器よ? どこかの拍子に爆発して、それであたし達は汚染されてお終い。……って言うかジャーキー食べるんだ……。あたし達の非常食料よね、それ」
「でも、お腹が空いていたのは本当みたいじゃないですか。……なんて呼べばいいかなぁ。シバさん、この子、名前付けましょう!」
抱きかかえたユズへと、アルマジロは前足をばたつかせる。
「や、やめろっ! おれに構うなぁ……っ!」
「まぁ、呼び方は必要か。……アルマジロ……歩間……ジロウ、とか?」
「そんな間抜けな名前を付けるな。なんてセンスだ、まったく……」
赤い瞳を細めて不服そうにするアルマジロの背中をユズは撫でてから、うーんと考え込む。
「黒くって、アルマジロだから……間を取って、クロマ、とかどうですかね?」
「おれはお前らに飼われることをよしとしていないのだが……そもそも名前なんて指標だろうに」
「いいんじゃないの? クロマで」
シバは興味もないのか欠伸をかみ殺す。
「……シバさん、そんなのでいいんですか! クロマも言っていますよ!」
「……いや、言っていないが。女共、そもそもお前ら、何故ロストライフの地平なんかに来た。ここに居た人間は皆、死んだのだぞ」
それは、と返事に窮しているとシバが応じる。
「ロストライフ化した直後なら、まだ生存者が居ると思ってね。それがまさか喋るアルマジロとは思わなかったけれど」
「……女共。もしや、キョムと戦っているのか?」
小動物――クロマの問いかけにユズはたどたどしく応えていた。
「そ、そうだけれど……」
「やめたほうがいい。おれには大した記憶はないが、キョムとは対決すべきではないと結論が出ている。どうせ、死に絶えるんだ。無駄な抵抗だろうさ」
「そ、それは……! やってみないと分からないじゃない……!」
「……何故ムキになる? 戦力差は圧倒的だ。この街もロストライフに呑まれた。どうせ地球上は全て、こうなってしまうんだろうさ」
「そんなの……! 絶対にさせない……!」
唐突に立ち上がったせいでクロマが転がる。
その眼差しには驚愕の色が浮かんでいた。
「……だから、お前程度の小娘がムキになったところで……!」
「それでも! ……諦めなければいい、そうじゃ……ないの……?」
ユズはつかつかと図書館の棚へと歩み出していた。
今は浮かび上がったこの激情を、シバにもクロマにも知って欲しくなかった。
「――……ワケありらしいが、無鉄砲だとしか言いようがない」
「そうね。あたしもそう思うわ」
「……女、ただの人間ではないな? ……キョムの強化人間、いや、人形か」
「あら、それは分かるのね。……ええ、あたしはただの人形細工よ。かつて存在した、“黒の女”を完璧に再現することのみに特化した、模造品に過ぎない」
「黒の女……聞いたことがあるような、ないような……。だが、だとすれば、だ。余計に解せん。どうせ、この世はキョムに支配されるのだろう? だって言うのに、何故無駄な足掻きをする? 意味がないはずだ」
「そうかもね。けれど、あたし達はこんな世界でもまだ、生きている。……言ってなかったけれどね、ユズちゃん、必死にこの街を守って欲しいって、昨日息巻いてそれで戦って……手離したばっかりなのよ。だから、感情的なのかもね」
「……それも分からんな。感情に任せて行動するなど」
「かもね。あなたは多分、キョムの生態兵器なんだろうし。それでもあの子が守りたいって願うのなら、あたしは力を振るうの。それがあたしの……掻き消されかねない程度の、存在理由なのかもね」
自らの手に視線を落とし、シバは告げる。
クロマは心底不思議そうに前足を組んで胡坐を掻く。
「……分からんな。女共が戦う理由など……。お前は人形なのだろう? ならば、造物主に逆らってまで、何故、生きようとする? そこに何か……生き甲斐でも感じているのか?」
「……どうだろう。あたしは自分の半身ってものに、日本で会ってきたけれど、それだけじゃないような気がして、こうしてロストライフの地平を旅している。あたしの意味が、人形の半身で終わっていいって、どこかで諦められないのかもね」
「それこそ、さっきの娘が言っていた、諦めなければいい、と言う話か?」
「そこまで簡単だとは思っていないんだけれど……」
その時、鳴動が図書館を激震する。
シバは帯刀して立ち上がっていた。
炎が揺らめき、慌てて駆け込んできたユズが息も絶え絶えに尋ねる。
「……シバさん、これって……」
「ええ。……まったく、敗残処理なんてするような性質じゃないって言うのに。それとも、負けてばっかりなのは相手も性に合わないってことなのかもね」
「出ましょう……! クロマも……」
ユズが手を差し出すと、クロマは眉をひそめる。
「……何故、不合理を受け入れる? 戦っても、たとえ今日勝ったとしても、明日はどうだ? 一週間後は、一年後は? ……未来など誰にも分からない、不定形だ。キョムにとってのそれは永劫だろうが、お前らは有限だろう。そんな戦いに、自らを投げる意味など――」
「あなたが生きていてくれたから!」
ユズの告白に、クロマは目を見開いていた。
「……あなた一人でも……生きていてくれたから……! 意味はきっとあるんだって……信じたいじゃない……!」
「そ、そんなものが、理由なのか? 誰か一人でも生きてくれれば、など……」
「そうだよ……。それじゃ、駄目……?」
クロマは硬直しているようであったが、シバは時間がないとアルファーを掲げていた。
「問答している場合でもなさそう。――来なさい!」
図書館の屋上へと駆け抜け、召喚された《モリビト1号》が直上を陣取る《バーゴイル》小隊を目の当たりにする。
クロマを抱えてきたユズも追いつき、その手を差し出す。
「……戦うのか? お前たちはだって……」
「私たちに、戦う理由がないって言いたいんなら、きっと違う。別に救われたくって戦っているわけじゃない。それは、多分別の人の役割だから……」
シバの手を取って下操主席へと収まったユズはクロマを懐に抱える。
「……さて、とっとと倒して今日の夕飯にしましょうか! まだ、何にもお腹に入れていないから、今日はちょっと不機嫌なのよね……!」
「下操主、行けます……!」
操縦桿を握り締めたユズを視野に入れ、《モリビト1号》は飛翔高度を取っていた。
敵のプレッシャーライフルの光条を潜り抜け、焼け野原と化す街並みを眼下に入れつつシバは丹田に力を込める。
「……ファントム……!」
超加速度に至った《モリビト1号》が《バーゴイル》の頭蓋を刈り、薙ぎ払ってもう一機を巻き添えにする。
ブレードの剣閃が舞い上がって最奥の敵影へと跳ね上がっていた。
「これで!」
「終わり、です!」
シバとユズが鼓動を呼応させ、《モリビト1号》の脈動と一体化した刃が閃く。
雄叫びを上げながら、《バーゴイル》の血塊炉を貫く。
敵影を蹴って着地した漆黒のモリビトが背を向けると同時に、月下の《バーゴイル》は爆ぜていた。
灼熱に染まった街並みへと、ユズは涙を流しているようであった。
「……何故、泣く? 故郷でもないのだろうに」
「……うん。でも、故郷はもう、とっくに旅立ったから。だから今は、ここに生きていた人たちのために泣けるの」
「たとえお前たちのことを、誰も知らなくとも、か?」
迷わず首肯したユズにシバは上操主席で微笑む。
「……さて、とっとと夕飯にしましょうか! ユズちゃん、あたしお腹空いちゃった!」
「もうっ。シバさんも現金なんですから。じゃあ、ジープを回収してから行きましょうか。この街も……もうお別れ」
けれど、とユズは言葉を継ぐ。
「この子と会えたから……また違うんですかね……」
シバとクロマは視線を合わせる。
お互いの正体が分からずとも、今は、と手を伸ばしていた。
似通った眼差しを交わし合い、シバは告げる。
「そうね。ようこそ、クロマ。世界の裏側の戦いに」
「……世界の裏側、か。それはとても……辛かろうな」
ユズの背中を伝って、クロマが手を伸ばす。
小さな前足を握り返し、シバは夜空を仰ぐ。
ロストライフ化した世界の片隅で、白銀の月光だけが今は照らし出していた。
――それは彼方の闇を見据える相貌にも似て、黒の女は歩みを止めない、鈍らない。
ただ、戦い続けるのみだと、そう規定して炎に巻かれた街から彼女らは立ち去る。
次の希望のために、果てのない旅はまだひたすら続いていくのだろう。
クロマはそう考えれば、ほんの一滴の希望だったのかもしれない。
――それが絶望に変わることもあり得る、か。
胸中に結び、黒のモリビトはロストライフの地平を踏み締めていた。