JINKI 271 南のカンヅメ部屋

 南の声を受けつつ、両兵は吹き抜ける東京の風を浴びる。

「……オレじゃなくっても、器用な奴は居ンだろ。メカニックの三人娘はどこ行きやがった」

「シールさんたちは今、《ビッグナナツー》の整備につきっきりなんだから仕方ないでしょう。水無瀬さんたちの頼みじゃ断れないって言うんで」

「……立花は? あいつもこういうんはできるだろうが」

「エルニィは教職の仕事が長引いてるんだってさ。あの子も本分を忘れて欲しくないもんだけれど、まぁ、各々ってことよ」

 両兵は工具箱を漁ってハンマーを取り出し、格納庫の雨漏りに対応する。

「……そんで、残ってンのがこういう仕事ができねぇ奴らばっかだって言うんだから、貧乏くじを引いた気分だぜ」

「あんたがメシはないかって来たからちょうどいいんじゃないの」

「……小腹が空いたから来てみれば雑用押し付けられるんだから困りものだよな」

「小河原さーん、南さんも。お茶が入りましたよーっ。一息入れませんか?」

 赤緒が境内からこちらへと湯飲みと茶菓子を運んでくる。

「ちょうどいいや。今日、まだ何も腹に入れてねぇんだよ」

「もうっ、そういうの、よくありませんよ? お酒ばっかりなんだから」

「うっせぇなぁ……って、こりゃ和菓子か。うん、旨ぇ」

「お茶菓子にはモナカがちょうどいいわねぇ。おっ、茶柱」

 湯飲みを覗き込んだ南に対し、赤緒は格納庫の内側から雨漏りの跡を垣間見る。

「やっぱり、人機で急増品で仕上げたから細かいところをちゃんとしないと建築物って駄目なんですね」

「当たり前だろ。骨格はプラモ気分で作れても内側まではな。立花やらメカニックの連中がどうにかしてるもんだとばっか思っていたが、あいつらも雑な連中だからどうにもならん部分もある。加えて、ここ最近じゃ日本も梅雨に入ったってんだろ? じゃあ余計にこのザマじゃどうしようもねぇ」

 まんじゅうを頬張りつつ、両兵はぼやく。

 日本の雨季は南米ほど酷くはないと思っていたが、ばらつきがあるようで一度に大量に降ることもあれば、まったくの空梅雨になることもあると言う。

 分からないものだと胸中に結び、両兵は嘆息をついていた。

「内側の雨漏りで人機の整備部品に何か不具合があれば堪ったものじゃないからねぇ……。こういうところはカナイマとあんまり変わらないわね」

「あっ、そう言えば小河原さんも南さんも、カナイマアンヘルでもこういうことがあったんですか?」

「カナイマじゃ、騙し騙しでどうにかなっている部分はあったがな。元々、技術者連中が顔突き合わせてんだ。オレなんかよりよっぽど器用な連中が揃っていたもんだ。……ただまぁ、こういうことがなかったわけじゃねぇ」

「あの、その……」

 赤緒がその話を聞きたそうにうずうずしているのが伝わってくる。

 両兵は南へと視線を流していた。

「……別に話してもいいが……これ、お前のことにも関わってくンだろうが。いいのかよ?」

「私? 私が両に借りを作るような真似なんかしたっけ?」

「……よく言えるぜ、それ。ああ、いいぜ、話してやる。柊、こいつはな、勉強部屋ならぬ“カンヅメ部屋”を作って欲しいって言い出したことがあンだよ」

「勉強部屋……? 南さんが?」

 あまりにも不釣り合いな言葉に赤緒が戸惑う。

 両兵は南が思い出す前に口火を切っていた。

「ああ、あれはそう……スコールが去ってちょっと余裕ができた頃だったな」

『――よぉーし! ゆっくり、ゆっくりー!』

 川本を含む整備班のガイドを受けて、青葉は慎重に《モリビト2号》の右足を踏み込ませていた。

 ぬかるんだ地面に沈み込んだ右足の重量を確かめる前に、次の挙動に移る。

「このまま……歩いて……」

 しかし、昨晩まで降り続いた雨量のせいで、平時ならば問題のないはずの地面はかなり不安定になっており、接地面積が歪む。

「……おい、青葉。姿勢制御バランサー、崩れてんぞ? ったく、これだから青二才の操主っつーのは……」

 上操主席で両兵がぼやきながらモリビトの姿勢制御の半分を担当する。

 青葉は踏み込みを浅くしつつ、下操主で担っているバランサー出力を絞っていた。

「……これで、もう少し後ろに重量を振って……っと」

 そうすると何とか機体が無様に転倒すると言う醜態だけは晒さずに済む。

『よし、何とか立脚は完了だね。二人ともお疲れ様!』

 川本の言葉を受けて、青葉はようやく緊張を解く。

「……それにしても、スコールでこんなに地面がぬかるんじゃうなんて……」

「何だよ。日本もこんなもんじゃねぇの?」

「ぜ、全然違うよ……地形が変わっちゃってるじゃない」

「そうか? こっちに慣れちまったもんだから分かんねぇよ。これがフツーだろ?」

 青葉は両兵へとじとっとした眼差しを向ける。

「……両兵の普通っておかしいよ、やっぱり。人機一機分の重さを受け止めたら、道がすっぽ抜けちゃうなんて」

「しょーがねぇだろ。アンヘルじゃこれも当然だ。いつスクランブルがかかるか分からんのだからな。いつでも出撃できるように訓練しておくってのは何も間違いじゃねぇ」

「……でも、こういうこともするんだ……。《モリビト2号》が要……なんだもんね。うん、何だかこれもロボット物っぽくってワクワクするかも」

 いつ如何なる時も出撃時の心得を忘れないのは、ロボット物の鉄則だ。

 何だかそれを実践しているようで心が躍る自分に比して両兵は醒め切っていた。

「雨季が来る度にこれなんだ、飽きもするっての。おい、ヒンシ! それにデブにグレン! モリビトのバランサー、ちょっと弄ってあっから、おかしな風にするんじゃねぇぞ!」

 両兵はそう吐き捨ててコックピットから飛び出す。

 その高圧的な態度に青葉は胡乱そうな眼を向けていた。

「……両兵。こういうのも大事、でしょ。いつ出撃の声がかかるんだか分からないんだから」

「何だよ。半端者の操主に言われるまでもねぇ。第一、これをリアルタイムでやらなくっちゃいけねぇのが、人機操主として一端になるってこった。てめぇはまだまだだよ」

「お疲れ、二人とも……って、あれ? 何だか険悪……かな?」

 南の操る《ナナツーウェイカスタム》のマニピュレーターに導かれて川本がコックピットへと取りつく。

「何でもねぇよ。ちょっとした心得って奴だ」

「り、両兵は感謝の気持ちがなさすぎだよ! ちゃんとしないと駄目じゃない!」

「あー、うっせぇ。一端の口が利きたかったらもうちょい体力と技量付けろ、新入り」

 川本が入れ替わりでコックピットに入ってきて調整を規定値に設定する。

 青葉は離れていく両兵の背中に思いっ切り舌を出していた。

「べーっだ! ……両兵の馬鹿」

「まぁまぁ。両兵の言うことも半分くらいは間違ってないから。もし……対人機戦闘になった場合は調整値って言うのは変動し続けるものだからね。僕らが出撃前に設定した数値が役に立たないこともあるし、そればっかりはケースバイケースって言うか」

「……でも、両兵は身勝手ですよ。対人機戦闘って、やっぱり想定しないと駄目ですか?」

 尋ねると川本はうーんと呻る。

「できる限り避けるのが現太さんの方針だろうけれど、何が起こるか分からないし……たとえ相手が古代人機でも不利な地形に追い込まれたら同じだからね。用心するに越したことはないって言うか」

 モリビトのコックピットから外を望むと、ちょうど両兵は《ナナツーウェイカスタム》の腕から降りて南と何やら言い合いをしている途中であった。

 何なのだろう、と青葉はそれとなく集音器を絞る。

『ジョーダンじゃねぇ! オレは御免だぜ!』

『あんたねぇ……この間、軍部からとっておきの茶菓子を融通してあげたでしょうが! その時に約束したんだから、今回ばっかりは聞いてもらうわよ!』

「……喧嘩、かな?」

 そういえば両兵と南は言い合いにはなったとしても、喧嘩まで発展することはあまりなかったような気がする。

「こっちのペダル、ちょっと緩いかもなぁ……青葉さん?」

「あっ……あの……別に盗み聞きとかじゃ……」

 いや、これは立派な盗聴だろう。

 しゅんとした青葉に川本を含め整備班がコックピットへと入ってくる。

「えっ、青葉さん、盗み聞きって……ああ、両兵に南さんか」

 古屋谷が集音器へと耳を当てて話に耳をそばだてる。

『ってっもよぉ……てめぇでやればいいだろうが。器用なんだからよ』

『今回のはあんたに頼みたいんだってば! ……他の連中に聞かせると弱みみたいになるでしょ。整備班なんてなおさら』

 声を潜めた南だったが、まさかここで自分たちが聞いているとは思ってもいないのだろう。

「……整備班に聞かせられない? 何なんだろう?」

「古屋谷、盗み聞きは趣味が悪いよ。それに、南さんが両兵に頼みたいって言うんならそれなりなんだろうし」

 川本に注意され、古屋谷と青葉は揃って項垂れる。

「あ、いや……青葉さんまで反省しなくっても……」

「いえ、でも盗み聞きは本当ですし……」

「でも、何なんだろうねぇ、これ。整備班に秘密って相当なんじゃ?」

「だから、勘繰りはよくないってば。それに、秘密なんだったら僕らが関知するのも変だし」

「……でも、南さんが両兵に頼むなんてこと、これまでもあったんですか?」

 自分の質問に整備班はめいめいに首をひねる。

「……まぁ、持ちつ持たれつみたいな感じではあったけれど」

「何だかんだで南さん、両兵には、みたいなところもありますからね。あっ、川本さん。こっちの操縦桿、少し重めかもです」

 グレンの指示で川本はネジを締めながら、けれど、と声に懸念を浮かばせていた。

「それならなおさら、僕らに秘密って言うのが分からないんだよね……。南さんとルイちゃん、ヘブンズって言っても全く整備を受けないで行軍し続けられるわけでもないし」

「まぁ、僕らって結局、一蓮托生って言うか整備班と操主は切っても切り離せないんだ。それは南さんも分かっているはずだけれど」

「そんな間柄で秘密……?」

 古屋谷の説明で余計に迷宮に入ってしまう。

 どうしても気になってしまう自分を見かねたのか、川本が促していた。

「……よければ行っても大丈夫だよ、青葉さん」

「いや、でも……操主ですし……」

「ここから先は僕らでやっておくから。それに、上操主下操主で秘密があるのも変だし……何よりも嫌じゃないかな? そういうわだかまりで戦闘時に足を踏み外しちゃうこともあるかもだし」

 整備班の面々は純粋に自分たちのことが心配らしい。

 青葉は頭を下げて、それから口にしていた。

「あ、あの……! 次はちゃんとしますから!」

「いいって。解決しておいで」

「はい!」

 モリビトの肩口から簡易タラップを駆け下り、青葉は南と両兵を探す。

 その道中でルイと鉢合わせしていた。

「……あっ、ルイ……」

「何よ。嫌そうな顔してくれちゃって」

「それは……って、それ」

 スティックアイスを頬張るルイに青葉は言及しようとして、ルイは涼しげに返す。

「何か文句でもあるの? これはヘブンズの支給品なんだからあげないわよ」

「ヘブンズの? じゃあ、南さん、もしかして人避けに……?」

 その言葉でルイがずいっと歩み寄る。

「ちょっと待ちなさい。……人避け? まさかこれが、その対価だって言うの?」

 ハッと口を噤もうとしたその時にはルイの顔が大写しになる。

「えっと……」

「答えなさい、青葉。南は何を企んでいるの?」

「た、企んでいるとかじゃ……。ただ、両兵と秘密にしたいことがあるとか何とか……」

 ルイのエメラルドグリーンの眼差しに怪訝そうな光が宿る。

「……あの南が、小河原さんと……? どう考えても怪しいわ。ちょうどいい、あんた、私に協力なさい。南の悪事を暴くのよ」

「ま、まだ悪事って決まったわけじゃ……」

「悪事に決まっているわよ。……やってくれたわね、アイス一本で買収されたと思われたなんて癪だわ」

 どうやらルイは相当、頭に来ているらしい。

「えっと……南さんは……?」

「あの南が人避けをしたいって言うんなら、ヘブンズの中継地ね。そこなら滅多に人は寄り付かないから」

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