JINKI 272 二人に必要なもの

 エルニィの通信を受けて、さつきはアームレイカーを握り締める。

『さつきちゃん、現状、《ナナツーライト》は一基の血塊炉で動いているわ。その呼吸、タイミング、それに性能面に関しては一番分かっているはず。Rフィールドの出力値は一点集中。放射は一任するわ』

 南の声が滑り落ちていく。

 何度か深呼吸した後、さつきは下操主席の両兵の背中を視野に入れていた。

「……む、大丈夫か? オレはこうして下操主務めるくらいしかできねぇからよ。……二人みてぇな気の利いたことは言えねぇよ」

「ううん……私にとってはこれだけで充分……。でも、まさかこんな場所で戦闘なんて……」

 吹き荒ぶのは高出力の電磁場である。

 拡散する稲光の園に、《ナナツーライト》から望んだ視野が眩惑される。

 それでも、この任務だけは自分と、そして愛機である《ナナツーライト》以外ではできない。

 眼前に屹立するのは、円盤型の巨大な影であった。

 四方八方に棘を有する異様なシルエットを誇る相手から、《ナナツーライト》と同質の電撃が放射される。

 一歩でも外に出れば、肉体は塵芥に帰するだろう。

 それほどの熱量が迸り、さつきは機体のステータスを頭に叩き込んでいた。

「……局地戦闘特化型、《ナナツーライト》敵人機を討伐します!」

 その言葉と共に痩躯である機体を駆け抜けさせる。

 超加速度に至った《ナナツーライト》が円盤型の人機へと突き抜ける瞬間、さつきはこの局面へと至った経緯を思い返していた。

「――なぁ、エルニィ。やっぱり性能面じゃ、このままだとさつきはツーマンセルを解消する形になるんじゃねぇの?」

 シールに問いかけられてエルニィは戸惑う。

「……何でそう思うのさ」

「だってよ、ルイの奴は新型トウジャのテストパイロットとしての経験を積んでるし、それにさつきの操る《キュワン》も単騎性能向きだ。このままじゃコンビ解消、ってのはちょっと違うかもしれねぇけれど、二機で一機の働きって言うのは変わって来るんじゃねぇか?」

 エルニィはアイスを頬張りつつ、うーんと呻っていた。

「ボクにしてみれば、できるだけ操主であるところの二人の意見を尊重したいんだけれど、シールの眼にはそう見えるんだ? ツッキーはどう?」

「私? 私は……そうだね。今のままの《ナナツーライト》と《ナナツーマイルド》の二機編成は、圧迫はしているなとは思うかな」

「コストの問題だろ。それが一番分かってんのは、お前のはずだ。何せ、トーキョーアンヘルの機体のバックアップを常に取っているんだからな。赤緒のモリビトだって、改修案が上がって来てるんだから、抜け目ねぇよ」

 パンと設計図を叩いたシールにエルニィはむぅ、と不服そうにする。

「心外だなぁ、その言い草。って言うか、ワンオフになると戦力がガタ落ちしちゃうのは想定すべきでしょ。赤緒の《モリビト2号》は明らかに、青葉が使っていた頃とは変わってきている。それは間違いないんだからさ。赤緒の超能力モドキを主軸にして使っていくんなら、南米時代のデータを上塗りしないといけなくなっちゃう」

「ビートブレイク、だったか。……分かんねーもんをメインにするのはリスクもあるんだぜ? 毎回、必中って言うんなら話は違ってくるんだが……赤緒自身、絶対にそれで敵を倒せるわけでもねぇ。ま、それは赤緒自身の練度不足もあるんだがよ。青葉なら、違う戦い方をしているのは分かるからな」

 別段、青葉に比べて赤緒が劣っているわけでもない。

 むしろ、ここまでよくやっているほうだとさえ思う。

 しかし、この世にまったく同じ戦い方の操主は存在しない。

 それは赤緒の唯一性と言うよりも、人機を操る上での必然だ。

「赤緒は近接は苦手っぽいしねぇ……。ビートブレイクなんてものを持っておいて、格闘戦だと未だに両兵のサポートなしじゃ難しいし……こうなってくると、それこそ赤緒専用のモリビトの建造が求められるんだけれど、そうなると今度は資材やら何やら、色々問題が出てくるのも間違いないんだ」

「ペーパープランだけなら通るんだけれど……問題は資源だよね。血塊炉だって昔のままを使うのは新型機にとってはよくないだろうし」

 月子の懸念事項は新型の設計図を描いたモリビトタイプの躯体を動かすための動力源と、全く新しい駆動系を組み込まなければ単純な焼き増しになる可能性をはらんでいる。

「……東京に人機を一極集中させりゃ、要らないところでお歴々の頭痛の種を生むことになる、か。厄介だよなぁ、パワーバランスってのも」

 シールの言い草にエルニィは肩を竦める。

「まぁね。南がその辺の交渉の矢面に立ってくれているとは言え、ボクら整備班が何も考えずに人機を建造できるかって言うとそうでもないし。……極東国家に今のところキョムが集中してくれているから何とかなるんだけれど、これが大国に矛先が向くとまた違ってくるんだ」

「グレンデル隊、だったか。……相手も二手三手先を打ってきていると思うべきなんだろうな」

 とは言えメカニック連中だけで相談していれば解決する話でもない。

「あ、あの……先輩方。今は保留にしませんか……? 私たちだけの問題でもないですし……」

「いいこと言った、秋! そーだよ、オレらが顔突き合わせてああでもないこうでもないって言ったって、どうしようもねぇーんだもん」

 秋はひっ、と短く悲鳴を上げて帽子の鍔を深く被る。

「けれど、やっぱり現場に還元されないと意味ないよね? エルニィには考えはあるの?」

 問いかけられ、エルニィはアイスの棒を眼前に翳して渋い顔をする。

「……はずれ、か。まぁ、考えがないわけじゃないよ? だって、次世代機の操主は常に必要だし。赤緒のはまだだけれど、さつきには《キュワン》、ルイには新型トウジャ、そんでもって、メルJには……まぁ、これは米国との渡りが重要になるけれど備えてはいるんだ。そんな中でもさつきとルイのツーマンセルを、ボクは結構重宝してるんだよね。《ナナツーライト》に《ナナツーマイルド》は現状のコスト問題だとか、機体ごとのばらつきを解消するいいアイデアだとは思う」

「……でも、納得してない。そんな言い方だぜ」

 シールに確信を突かれてエルニィは返事に窮する。

「……だってさ、二人とも頑張ってるじゃん。それに水差すなんてできないよ。《キュワン》と新型トウジャは全く違う設計思想だし。それなのにいつまでもツーマンセルを崩すなって言うのは、それこそ現場を見てないって話でしょ」

 自分はデータの面でも、感情の面でもさつきとルイの連携を崩す旨味はないと判断している。

 元々、さつきはルイと一緒だから前線に出る決心をつけたと思うべきだろう。

 それを引き離すのはデメリットのほうが強いはずだ。

 如何に今のさつきとルイがそれなりに戦える操主として出来上がったとしても、簡単に、明日から連携は終わりだとは言えない。

「……まぁ、それを決断するのは南だろ? あいつも損な役割だよなー」

「南さんがトーキョーアンヘルの責任者だから仕方ないんだけれど、やるせないよね……。私たちは提言はできても、最後の最後に命令するのは南さんなんだし」

「……それは分かってるってば。けれどさ、ボクはこうも思う。さつきは色々な戦闘を経験して、明らかに強くなっている。多分、血続としての潜在能力ならトップクラスだ。ボクだって勝てないと思う。その自信を持って欲しいって言うのかな……。ルイと一緒だから、って言うのはもちろんあるよ? あるけれど、そこにこだわって欲しくないって言うか――」

 そこまで話していたところで、戦闘シミュレーターの筐体から汗を拭ってさつきが顔を出す。

「立花さん、フィードバックはどうでした……って、あれ? 何でみんなで難しそうな顔をしてるんです?」

「あ、ああごめん。……えーっと、そうだね。《キュワン》での性能試験はうまくいってるみたい。うん、大丈夫」

「……いいですけれど、何か話し合っていました?」

 こういう時に少しだけ聡いのが辛い。

「……赤緒みたいに鈍感ならいいのになぁ……」

「何です?」

「何でもないよ。うん、《キュワン》の性能にちゃんと付いて来ているね。この感じなら、ロールアウトと同時に実戦投入も夢じゃないかも」

「本当ですか? やった……!」

 素直に喜ぶさつきにはツーマンセル解消の可能性があるなどという事態でモチベーションを下げて欲しくない。

 そんな考えが伝わったのか、さつきは首を傾げる。

「……どうしたんです? 何だか深刻そうな感じで……」

「何でもないってば。……あっ、やっぱ何でもあるや。さつきは、さ。《ナナツーライト》と《キュワン》、どっちが好き?」

 何だか致命的なことに追求するのは憚られて迂遠な言い回しになってしまう。

 さつきはこちらのそんな考えはお構いなしに、どうしてそんなことを聞くのかと真剣に考えている。

「えっ……急にそんなことを聞かれても……。うーん……《ナナツーライト》はもちろん大事ですよ? 《キュワン》も、私のために建造された人機ですし、これから先、ちゃんと使えないと駄目ですから。頑張りますっ」

「いや、そんな器用な返事じゃなくってさ……」

 どうにも言い出せずにエルニィは後頭部を掻く。

「何やってるのよ、自称天才。新型トウジャの姿勢制御、ちょっと緩いわよ。もうちょっと厳密に設定してくれないともしもの時にうろたえるわ」

 奥からシミュレーターの訓練を終えたルイが指摘する。

「あっ、うん……それはもちろん。……あのさ、ルイはどう? 《ナナツーマイルド》よりもトウジャのほうがいい?」

 二人揃っている今問い質すしかないとエルニィは決断したのだが、ルイは平時のクールさを失わずに応じてみせる。

「何を今さら。機動性ならトウジャでしょ。《ナナツーマイルド》はかなり格闘戦で言えばやりやすいけれど、軽いのだけが難点ね。モリビトくらい重ければ一撃の鋭さも変わって来るんだけれど、そこはナナツータイプの汎用性。こういうもんだって割り切っているわよ」

「あっ、そう言えばルイさんはモリビトの操主も経験しているんですよね? 私はモリビトは実戦では乗ったことないから、どんな感じなんです?」

「さつきは《ナナツーライト》と新型機だけだったわね。《モリビト2号》の真骨頂はその重さよ。一撃に関してで言えば、旧型機とは言えなかなか真似できる性能じゃないわ。リバウンドシールドで守りも万全だし、そう簡単にやられるような機体じゃない。何よりも、ね。これまで受け止めて来た想いで言えばダントツよ」

「想い……ですか」

「そう。人間の感情をちゃんと汲み取る力がモリビトにはあると思ったほうがいいわね。……青葉や赤緒のよく言う話でもないけれど、《モリビト2号》は他の人機とは別種だもの」

 何だかこのままではよくない方向に話が赴きそうだと、エルニィはその話題を打ち切らせる。

「あー、あー! 待った、待った! ……二人とも疲れてない? 今日はここまでにして、すぐに柊神社に帰ったほうがいいよ。うん、それがいい!」

「……疲れてはいますけれど、別に大丈夫ですけれど……」

「まぁまぁ! 英気を養うって意味でさ。ほら! さつきは晩御飯の用意もあるんだし、すぐに帰った帰った!」

「そう、ですか……? じゃあお先に失礼しますね」

 促されてさつきは渋々帰っていくが、ルイはそこから頑として退かない。

「……る、ルイもさ。帰ったほうがいいよ?」

「何よ。あんたみたいなのが気を遣って気持ち悪いわね。……大方、私とさつきのツーマンセルに関して話し合いでもしていたんでしょ」

「……鋭いんだからなぁ、もう。でも、さつきに言うのは禁止!」

「……何でよ。あの子だって立派な操主じゃないの」

「だからこそだよ。……傷つけたくないっての分かるでしょ?」

 ルイはこちらを一瞥した後に、嘆息をつく。

「……言っておくけれど、さつきはあんたたちが思っているほどやわじゃないわよ。組んでいれば嫌でも分かるわ。ここ一番で譲らない……強情な意固地みたいな部分があるもの」

「そうかなぁ……。さつきにはさ、あまり挫折を味わって欲しくないんだよね。だって、さつきは言っちゃえば状況がそうさせただけで、操主として目覚めていなかった可能性もあったわけじゃない? ……無理させたくないんだよ」

 自分なりに慮ったつもりであったが、ルイはつんと澄まして返答する。

「それこそ杞憂じゃないの。あのさつきが簡単に折れるなんて、私は思えないけれどね」

 ツーマンセルを組んでいるがゆえの説得力であったが、ルイは不要な言葉を重ねることはない。

「……そうは言うけれどさぁ……。操主のメンタルをどうこうできるのは、同じ操主であるボクやルイみたいな前線を行くタイプじゃん。どうしたって、さつきの覚悟を問い質せる権利なんてなかなかないんだ」

「そうかしら? さつきはやるわよ。それこそ、やる時はね」

 決定的な言葉ではなかったが、ルイは確証めいた声音でそう言い置くのだった。

「――あの、赤緒さん。モリビトに乗るって言うのは、どういう感じなんですか?」

 台所で尋ねたところ、ちょうど味噌汁の味見をしていた赤緒はきょとんとする。

「……どうって……そもそも、何でそんなことを……?」

「あっ、ちょっと気になっちゃって……。私、モリビトには乗ってないじゃないですか。実戦では、ですけれど」

 そうやって誤魔化したが、本当のところは夕刻のルイやエルニィとの問答が気にかかっていたのもある。

 赤緒は思案するように中空に視線を投げてから、うーんと腕を組んで呻る。

「……分かんないかも……」

「分かんない、ですか?」

「あっ、もちろん勉強はしてるよ? 立花さんが言うように《モリビト2号》の機体特性だとか、以前までよりかは頭に叩き込んでいるつもり。……でも、本当のところは分かんない、かも……」

 そういえば赤緒も流れで人機操主になったのだったか。

 自分と立場では似ているが、彼女の場合は時間も、ましてや余裕もなかったことだろう。

 キョムの東京侵攻防衛戦において赤緒の貢献度は計り知れない。

 それは自衛隊駐屯地においての自衛官との信頼関係の厚さでよく分かるところだ。

「……私、その……多分なんですけれど、このままだと《キュワン》に乗る感じになりそうなんです」

「あっ、そう言えばずっと試験機との実戦シミュレーションだっけ?」

「はい……。だから、そうなっちゃうと《ナナツーライト》とお別れ……なのかなって」

 そこで思い至ったのか、赤緒は簡単に口を差し挟める話題ではないと感じ取ったのだろう。

「……でも、さつきちゃんはすごいよ。《キュワン》もほとんど乗りこなしているってレベルだって、よく立花さんやシールさんたちが言っていたし」

「……自分にとってもそれはいいとは思っているんですけれど、いつかは……ルイさんとのツーマンセルも解消になっちゃうのかなって」

「そっか……そうだよね。さつきちゃんはルイさんに手を引かれて、アンヘルに留まることを決めたんだし……」

「私、ワガママ言っちゃうと、ルイさんとの連携を切りたくはないんです。でも、それはアンヘルの実情を考えると、私の自分勝手な言い分なのかなって……。《キュワン》はでも、とてもいい子だし、私の思うように動いてもくれてるんです。私、自分の人機も裏切れないですし、手を抜くなんてもってのほかですから。……でも、どうしても……」

 ルイとコンビを解消と言うのは頷けない事実であった。

 赤緒が何か言葉をかけようとする。

「さつきちゃん、でもそれはね……」

 赤緒の言葉が言い切られる前に電灯が明滅する。

 顔を上げると不意に停電していた。

「あれ……? ブレーカーが飛んじゃったかな……? 外は雨でもないのに……」

「赤緒っ! それにさつきも……!」

 台所に飛び込んできたエルニィがこちらを見据えて平常時とは思えない声を出す。

 それだけで異常事態が窺えた。

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