JINKI 272 二人に必要なもの

「……立花さん? どうしたんですか?」

「……悪いニュース。外を見なよ」

「外……」

 赤緒と共に窓を開けると、稲光を発する巨大な円盤が都心へと降り立っていた。

 それはゆっくりと回転しながら、紫色の雷光を帯びる。

「……これって……!」

「……間違いなく、キョムの戦略兵器だよ。声明がないけれど、参ったね……。電気と言うライフラインが途絶えさせられるなんて」

「格納庫は……!」

「赤緒! こっちに関してで言えばちゃんとスタンドアローンだ。整備状況も悪くはねぇ。……その代わり、定期整備に回していたモリビトは出せねぇ。……これも痛ぇな。《バーゴイルミラージュ》もか」

「シールちゃん! 《ブロッケントウジャ》はこっちの主電源を抑えるのに必死で……もしもの時の防衛もあるし」

 月子の悲鳴じみた声に、嫌でも最悪の想定が浮かぶ。

 と言うことは、とさつきはこの転がっていく状況を俯瞰していた。

「……私と、《ナナツーライト》、それに……」

「《ナナツーマイルド》の二機だけ、か」

『――通信状況は何とかなってよかったよ。……いい? 敵人機……解析データから《ヒシャ》という名称が出た以外は一切不明だ。現状、分かっていることは強力な妨害電波とリバウンド兵装で固めた、完全な拠点制圧用の人機だって言うこと』

「要は、近づかなくっちゃどうにもならんのに、その近づくことが一番厄介だってことか」

 下操主席に乗り合わせた両兵が機体インジケーターを調整し、《ナナツーライト》の防御結界を維持させる。

 とは言っても、《ナナツーライト》のリバウンド兵装の管理は上操主である自分の役割だ。

 両兵は吹き飛ばされかねない機体姿勢制御を担っているに過ぎない。

『……悔しいけれどそういうこと。《ヒシャ》は毎秒変動するリバウンドフィールドを形成している。リアルタイムで変わっていく相手の防御結界を中和するのには、《ナナツーライト》で位相空間を固定させ、その隙に《ナナツーマイルド》の刃で一点突破、これしかない。やれるよね? ルイ』

『誰に言っているのよ。……こっちの準備は万全』

 ルイは後方に位置し、《ナナツーマイルド》に高出力バックパックを装備させてその時を待ち望む。

 突破できるか否かは、今自分と《ナナツーライト》にかかっていた。

『いい? さつきちゃん、ファントムで一気に相手の懐に潜り込んで、リバウンドフィールドを全開に設定。それで僅かに開いた結界の綻びを貫く、これしかない。明朝までにトドメを刺さないと、日本全域に影響が及ぶという試算がされているわ』

「デカく出たもんだな。……つまり、オレらがやり切らないと日本は明日にはキョムの手の中か」

 ごくりと唾を飲み下したさつきはアームレイカーを強く握り返す。

「……やれます。私に……やらせてください」

『……頼んだわよ。通信も《ブロッケントウジャ》を使っての即席。数秒後には完全に孤立するわ』

 ざざっ、と砂を噛んだような音が混じる。

 恐らく、通信領域はもう限界だろう。

『両兵もさつきも……。正直、二人に何もかもを任せるなんてどうかしてると思うかもしれないけれど、イレギュラーなんだ。……任せるよ』

「立花よ。二人じゃ、ねぇだろ」

 一瞬だけ茫然とした通信網へと、両兵は強く返す。

「……バックアップのてめぇらも期待している。それに、元々三人だ。二人じゃ、ねぇ」

『……両兵』

「お兄ちゃん……」

「やるぞ、さつき。弱音はオレの背中に嫌になるほど吐いとけ。どうせ、他の連中じゃどうにもならんって言うんなら、弱音やワガママの一個や二個、なんてこたぁねぇよ」

 通信が完全に途切れたのを認識してから、さつきは胸の前で拳を握り締める。

「……お兄ちゃん。私ね、本当のところは怖いの。でも、それは戦いに、じゃない。……どこかで《ナナツーライト》といつかお別れしちゃうことの……いずれは訪れるその時が何よりも怖いの」

「そうか。ならお前も、一端に人機が好きになれたんだな」

 完全に虚を突かれた両兵の返答にさつきは問い返す。

「私が人機を……好きに……?」

「だからこそだろ、そういう悩みはよ。……昔、モリビトと別れる時に一生分泣いた奴を知ってるからよ。そいつが今や、地球の反対側でもう泣いちゃいねぇんだろうさ。泣くななんて言わねぇ。いつか訪れる人機との別れに、涙できるってのはそれだけ本気ってこった。本気で向かい合ったことにゃ、誰だって怖いもんさ。報われないだとか、別れだとかはな。だが、それを感じられるだけ、お前は経験も、そして強さも重ねてきた。なら、やるこたぁ決まってるよな?」

 振り向かずに問い返され、さつきはアームレイカーを強く握り締め、そして視線を真っ直ぐに据えていた。

「……うん、今は怖くない。だって私は――操主だから!」

「上等……ッ!」

 ペダルを踏み込み超加速度に身を浸す。

 紫色の雷撃を全方位に向ける《ヒシャ》はまさに死の領域だ。

 だが、それに怯むよりもさつきは前進を選んでいた。

 愚直でも、今は一直線に。

 光の軌跡を描いて、《ナナツーライト》が緑色のフィールドに包まれる。

「Rフィールドプレッシャー、全開……っ!」

 四肢に組み込まれた拡張するプレッシャー発振機器が鳴動し、《ヒシャ》の持つフィールドの被膜へと突っ込む。

 接触した途端、機体が高出力を前に焼け爛れる。

 電磁波の重量に押し潰されそうになりながらも、さつきは叫んでいた。

「でも……私たちのほうが、強い! そうですよね……ルイさんっ!」

『当たり前なこと言わないでよ』

 差し込んだ一瞬の接触回線の中に、推進剤の尾を引きながらメッサーシュレイヴを逆手に構えた《ナナツーマイルド》の像が結ばれる。

 レイコンマの交錯だったが、それでも分かる。

《ヒシャ》を突き抜け、《ナナツーマイルド》の太刀筋が血塊炉を貫いていた。

 ずずん、と重々しい音を立てて相手が機能停止していく。

 円盤型の機体から青い血潮が噴き出し、その命を啄む。

 やったのだ、とそう確信した直後にはさつきは機体を後退させていた。

 都市の中枢部で甲高い声を劈かせて、敵機は沈んでいる。

 ぜいぜいと息を切らせて、さつきはそれを眼前に捉えていた。

「おい、さつき。上」

 一瞬の判断で機体を飛び退らせた両兵が顎をしゃくる。

 ゆっくりと降下していく《ナナツーマイルド》がその片腕を上げる。

 くすっ、と笑いかけさつきは《ナナツーライト》の腕を掲げさせていた。

「やれましたね……ルイさん」

『それも言うまでもないでしょう。あんたと私、どんな敵だって倒せるって知っているじゃないの』

 ぶっきらぼうに返された言葉にさつきは胸中に結ぶ。

 ――ああ、こんな関係だから自分たちはきっと、ちょうどいい。

 コツン、と人機同士の拳が突き合わされ勝利の感慨を刻んでいた。

「――あっ、やっぱり性能じゃ《キュワン》のほうがいい数値が出るんだよね……」

 どこか残念そうに告げるエルニィが後頭部を掻く。

 その模様をルイが目にして口にしていた。

「別に、新型機なんだから当然でしょう。あんたはいつまでこだわってるのよ」

「だってさぁ……せっかく前回は二人の連携でどうにかなったわけじゃん。もったいないよ」

「……あんたも分かってるでしょう。飛び立つ雛を、いつまでも縛り付けておくもんじゃないってことくらいは」

 シミュレーターから飛び出したさつきが問いかける。

「立花さん! 今の、かなり自分ではよかったと思うんですけれど……!」

「あ、うん……確かによかったけれど……それでいいの?」

 思わずと言った様子で問いかけたエルニィへとさつきは笑顔で返答する。

「はい! だって私も……ようやく操主としてのスタートラインに立てたんですから!」

「そ、そっかぁ……。何か、やったの? ルイ」

「別に。ただ、あんたもちょっと読みが甘いわね。言ったでしょう? さつきはここ一番で強情だって」

「ルイさん! 一緒に帰りましょうか!」

「いいけれど……汗くさい。せめてシャワーを浴びてよね」

 突き放す物言いでも、今日のさつきは少しだけ距離が近い。

「そうですか? でも……戦いの後の汗なら」

「……悪いものでもない、のかもね」

 さつきの手がそれとなく、自分の手に触れる。

 それを咎めずに、赴くままにしていた。

「ルイさん。……いつか、ツーマンセルが解消されても……心の距離は、誰よりも近いですよね?」

「恥ずかしいことを言うのね。……それに、当たり前のことでしょ。私たちは二人で一人として、《ナナツーライト》と《ナナツーマイルド》を任せられたんだから。それくらい、最初から覚悟していたわ。……あんたのこうと決めたら譲らない、そういうところもね」

「そうですか……? でも、うん。そうですねっ!」

「……だから、恥ずかしい奴」

 デコピンをかましてさつきの手を振りほどくのではなく、その手をぎゅっと握り返す。

 かつて手を引いた時と同じように、その体温を感じて。

 傍らの少女は、柔らかながら確かな意志を感じさせる微笑みを、そっとこぼすのだった。

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