手を叩くと心得た様子のナナ子がキャリーケースから服飾一式を取り出す。
さすがはナナ子だ。水着も当たり前のように取り揃えている。
「でも、あんたら水着になったところで暑さは変わらないんじゃない?」
「気持ちの問題もあるんだってば。ウリカルとラクレスに与えてやれよ」
ウリカルとラクレスが水着に着替えると先ほどまでの醜態はどこへやら、しゃんとして立ち振る舞う。
すかさずナナ子がシャッターを切っていた。
「わぁ……っ! 過ごしやすいです、ナナ子さん!」
「やっぱり……私は水着姿がよく似合うのよねぇ……」
ウリカルにはセパレート型の水着を、ラクレスにはビキニを与えていた。
「ポーズ取ってー……目線こっちね!」
ラクレスがポーズを取り、ウリカルも不慣れながら写真に撮られている。
これもまたナナ子の収入源になるのだろう。
「でも、オリハルコンってどこまで暑さを感じているの? 私たちとまったく同じ、ってわけでもないでしょうし」
その疑問に平時の羽織りを纏ったままのヒヒイロが首を向けていた。
「体内に流れるハウル循環で少しは暑さを軽減できますが、私はともかくレイカルたちはまだ修行の身。暑さは人間と同じくらいに感じていることでしょう」
「……ちなみに聞くんだけれど、ヒヒイロは全然暑くないわけ?」
「むしろ涼しいくらいですね。ハウル感度を下げれば体温を自在に操ることも容易いですし」
ヒヒイロほどの高みに到達していれば、暑さ寒さに振り回されることもないわけか。
だが、問題はレイカルたちである。
カリクムは机に突っ伏し、レイカルはと言えば呻っている。
「割佐美雷ぃー、早く喫茶店に連れて行ってくれぇ……」
「わ、私ももう限界……。そもそも扇風機くらいじゃどうしようもないわよ、この暑さ……。小夜ぉー、涼しいところ行こうよー」
「……うーん。だけれど、気にかかるのよね」
「作木君でしょ? 小夜ってば分かりやすいのよねぇ」
ナナ子に言い当てられて、小夜は困惑する。
「……図書館に居るとは言え、一日中ってわけにもいかないでしょ? 帰ったらどうしているの? レイカルは」
「創主様か? 創主様は……クーラーが壊れたって言うから、家に居る時はずっと窓を開けっぱなしだぞ?」
思ったよりも前時代的な納涼の仕方に、小夜は頭を抱える。
「……それじゃ泥棒に入ってくださいって言っているようなものでしょうが……。まぁ、作木君の家に盗って得になるものがあるかどうかは疑問だけれど」
「最近は普通に窓を開けていても暑いし……小夜。覚悟の時よ」
「覚悟って……まさか作木君にクーラーを買ってあげるとか? さすがにそれは……色んな意味で重くない?」
「クーラーを買ってくれるのか? 割佐美雷!」
声を弾けさせたレイカルに、あまり迂闊なことは言うものじゃないな、と口を噤む。
「……うーん、クーラーはさすがに色んな意味で恩着せがましいし……そうだ」
――この季節はあまりにも暑くって勉強に身が入らないだけではなく、フィギュア制作にとっても天敵だ。
暑い寒いは細かい作業を伴う身において、最も忌避すべきである。
とは言え、さすがに図書館で制作を行うわけにもいかず、作木は課題だけを仕上げてギリギリまで粘った挙句、家路についていた。
「……今日も熱帯夜か……」
思わずため息が漏れてしまう。
ここ一か月ほど、浅い眠りの日々が続いていた。
「扇風機は……確か押し入れにあったかな。さすがに電気代がどうのこうの言うよりも命が大事だし……」
陰鬱な気持ちで扉を開けると、どうしてなのだか小夜たちが既に家でくつろいでいる。
「あら? 思ったよりも早かったのね、作木君」
「……今さらですけれど、いつ入って来たんですか?」
「この間、合鍵作ったでしょ? それに、別に私たちが邪魔しているわけじゃないわよ。一応、レイカルの許可は得ているし」
「それならいいんですが……あ、いや……いいのかな……。まぁ、でもこの部屋、暑いでしょう? 待たせるのも悪いですし……」
「創主様! それが涼しい空間を発見しました!」
そう口にしたレイカルはクーラーボックスに入っている。
「オリハルコンサイズならね、クーラーボックスがちょうどいいんじゃないかって思ったのよ。これなら電気代も食わないでしょ?」
何だか色々と見透かされているようで、作木は苦笑する。
「……すいません。創主失格ですよね、自分の生活を犠牲にするのでレイカルたちに苦労をかけさせるなんて」
「そう言うと思ってね。窓際、見て」
小夜に促されると涼しい風をはらんで窓辺でちりんと風鈴が鳴っていた。
「……風鈴、ですか……」
「所詮は気持ちの問題でしかないでしょうけれど、少しは涼しくなれたんじゃない? ……まぁ、私は作木君にクーラーを買うのもやぶさかではないんだけれど、色んな意味で重い女だって思われたくないし……。せめてもの助けよ」
その結果が風鈴とクーラーボックスなら、なるほど、確かにせめてもの助けだ。
「……けれど、毎年暑くなっていきますよね。レイカルたちも寝苦しそうだったから、どうにかしてあげたかったのは事実なんですけれど」
「これで少しは楽になったんじゃない? ……けれど、作木君。自分をないがしろにするのは賛同できないわ」
やはり、自分がここ数日の熱帯夜にバテていることくらい、小夜にはお見通しだったか。
「……僕ならまだ我慢できるんですけれど、レイカルたちのほうが大事ですから」
「そういうの、よくないわよ? ついでに作木君の部屋の奥にあった扇風機も出しておいたし、ちゃんと涼みなさい。我慢するのが美徳じゃないんだから」
そう言われると、心底反省する。
「……ええ。でも、レイカルたちのことを考えてくれてありがとうございます。僕だけじゃ、クーラーボックスは思いつかなかったですし」
「そりゃー、私だって創主なんだから。頭をひねることもあるわよ」
「さぁーて! 今日もナナ子キッチンの開幕よ! 夏には美味しいかき氷! レイカルたちも食べていきなさい!」
氷を削りながらキッチンで立ち回るナナ子は相変わらずで、作木は安堵する。
「……ねぇ、作木君。今日はこんなだけれど、困った時はお互い様なんだからね? 何でも言えとは言わないけれど、もう知らない仲でもないんだし、ちょっとは頼ってよ。……そうじゃないと、私も居心地悪いじゃないの」
不器用ながら小夜なりの気遣いだったのだろう。
「……ええ。夏だからって我慢するものじゃありませんし……それになんて言うのかな。納涼の季節って考えると、夏の過ごし方も変わってくるのかもしれませんね」
ちりんと、風鈴が鳴る。
今年の夏も暑さのピークがそろそろ過ぎ去っていくことだろう。
ならば、季節の終わりに自分たちの気持ち一つを添えて、そして楽しもう。
だって夏は、また巡って来るのだから。
「――……うん? 何だ、ヒヒイロ。水着に着替えているじゃないか」
削里は詰め将棋をしながら視界の隅で水着姿のヒヒイロを見つける。
黒ビキニを纏った彼女は扇風機の前で涼んでいた。
「それは、真次郎殿。あまり無茶をするものでもないと言うことです」
「……レイカルたちの手前、暑さを我慢していたのか? 心頭滅却すれば、はどこに行ったんだ?」
「確かに体内のハウルの循環で少しは軽減できますが……それでも暑いのです。なら、別に水着に着替えることに必然性はあるでしょう」
「そりゃ、確かに。まぁ、暑さも寒さも、どっちも我慢していいことはない、ってことだな」
そう結んで削里は駒をパチンと打っていた。