「う、うそ……っ? もうそんな時間……?」
「青葉さ……最近ちょっと起きるの遅くない?」
完全に失念していた青葉は朝の支度をしながら、はて、と思い至る。
「……何でエルニィは私の部屋に居るの? 鍵……かかってたよね?」
「鍵なんてちょちょいのちょいでピッキングすればどうにでもなるって。青葉さー、ちょっと迂闊だよ?」
それをエルニィが言うか、と青葉が項垂れていると扉の向こうからシールと月子が覗き込んでくる。
「青葉ちゃん、大丈夫?」
「どーせ、寝坊だろ? ホント、青葉はどうしようもねぇなぁ」
「あっ、今から向かいますんで……。やだ、髪の毛くしゃくしゃ……」
「長いと大変じゃない? ボクみたいに短くすればいいのにー」
「うーん、それはそうなんだけれど……って、エルニィはいつまでここに居るの?」
「いつまでって、そりゃー青葉の準備が整うまでだけれど、駄目?」
青葉はエルニィと向かい合い、それから懇々と諭す。
「いい? エルニィ。ブラジルじゃどうか知らないけれど、日本じゃどれだけ仲良くってもその……親しき仲にも礼儀ありって言う言葉があって」
「うーん? ピンと来ないー」
「……だよねぇ。まぁ簡単に言うと、今はちょっと出て行ってくれない?」
「なーんだ、そう思ってるならそう言えばいいのにー。青葉ー、さっさと朝ご飯に来てよねー。みんな揃ってからなんだから」
エルニィが立ち去ってから青葉は深いため息を漏らす。
彼女のずかずかと踏み込んでくるところに調子を狂わされているのも事実だが、もう一つ紛れもない事実なのは。
「……私、最近ちょっと朝が弱くなってるのかな……?」
そう言えばブラジルのエルニィの祖父が用意した工場区画で寝食を共にするようになってからと言うもの、なかなか起きられない朝が多くなっていた。
たるんでいるのだろうか、と青葉は鏡の前で髪型を整えながら考える。
「私、カナイマじゃほとんど一人っきりの女子だったから……みんなの生活リズムに合わせないとって思っていたけれど、ここだと月子さんやシールさんも、それにエルニィも居るし……自然と緩んでいるのかも……」
だが、これは危惧すべき事態である。
ここ一番で生活リズムが乱れてしまえば、操主としての能力にも直結するはずだ。
「……うん! 私……ちゃんと起きれるようにしないと!」
「なーに、やってンだ、てめぇは。とっとと準備しろっての」
不意に声をかけられて青葉は前のめりによろけてしまう。
「り、両兵……? 何で私の部屋の前に居るの……!」
「何でって……立花が起こしに来たんだろ? オレもとっとと朝は食いてぇからよ。お前待ちだぞ、正直」
両兵のようなだらしがない人間でも朝はちゃんと起きるのだ。
その考えが透けていたのか、彼は眉根を寄せる。
「……おい、こんな奴でも朝は起きるんだー、とか思ってンだろ?」
「あっ、何で分かっちゃったの……?」
「丸分かりだ、マヌケ。あと、正直失礼だかンな、それ……。オレはこれでもカナイマじゃいつスクランブルがかかるか分からん身分だったんだ。いつでも起きれるようにしてるし、いつでも寝れるようにしてんだよ」
それは正直意外であったが、カナイマアンヘルの防衛事情を知ればその体質も窺える。
「……そっか。私が来るまで先生と両兵の二人しか操主って居なかったんだもんね……」
「まぁなぁ。黄坂の奴とそのガキも居たが、あの二人は基本ヘブンズで頼れん。アンヘルの守りってなるとオレとオヤジが潰れちまうと一番駄目だったってのはある」
「あれ……? でもよくお酒とか飲んでいたじゃない。その時はどうしていたの?」
「……二日酔いだとかはどうとでもなるようにしていたもんだがな。その点じゃ黄坂は酷ぇもんだったがな。あいつ、コックピットで踊り出すもんだからよ。下操主なんかを握られた時にゃ生きた心地がしなかったもんだ」
確かに酔っぱらった南に人機の生命線である下操主席を任せてしまえば、それだけで致死率が高くなりそうではある。
「……でも、南さん、どうしてるんだろうね。連絡とかは……?」
「あー、柿沼のばーさんだとか水無瀬のばーさん連中が連絡飛ばしてるとは聞いてるがな。あいつも何だかんだあるんだろ。なかなか示し合せるのは難しいとは聞くぜ」
やはり、南と再会するなど虫のいい話なのだろうか。
しかし、《モリビト2号》が復活した今、どうしても会いたい人物ではあった。
「それに……ルイも」
「あぁ。あの二人が合流できりゃ無敵だろうが……まぁ、それはそうとしてだ」
「ん……なに?」
「青葉。寝る時ゃ下を履かねぇのがてめぇの流儀か?」
その時になってやけにスースーする下半身を感じ取り、青葉は思わず布団で咄嗟に隠す。
「あれ……? うそっ、何で?」
「まぁ、見てねぇことにするがよ――」
その言葉の途中で両兵へと枕をぶん投げる。
「馬鹿っ! 両兵の変態っ!」
「あっ、こら……こちとら忠告してやったのに何だ、その言い草は……! 大体、ガキのストリップなんざ見たって何も面白くねぇっての!」
「月子さん、シールさぁーん!」
「おう、何だ何だ……! まだ準備できてねぇのかよ、青葉ー!」
「両兵に……パンツ見られちゃいました……」
その言葉でシールが袖を捲り上げて両兵へとつかつかと歩み寄る。
「ま、待てって! つーかてめぇらさっき言ってやりゃよかったろうが!」
「問答無用!」
ガン、といい音がして両兵が一発KOを食らう。
後から追い付いてきたエルニィが扉の傍からぼそっと呟いていた。
「……どーでもいいけれど、とっとと準備しなよ、青葉」
――朝食の席では言い合いをする両兵とシールを制するのが大変だったが、自分のだらしなさもあると青葉は思い直していた。
「あのね……! エルニィ……って?」
「うん? どったの?」
エルニィは定規で正確に線を引いている。
それが何かの設計図なのだと理解した青葉はエルニィの部屋に立ち入っていた。
「……入っていい?」
「いいけれど。何だか変だなぁ」
エルニィの部屋と言ってもほとんど格納庫と一体化した作業部屋が彼女のパーソナルスペースだ。
当然なのか、それとも二人が提案したのか、夜遅くまで月子とシールはその部屋で作業している。
「こら、そこ! もっと締めないとこんな設計じゃ実戦を潜り抜けられませんよ! ……あら、青葉さん」
「ど、どうも……」
月子とシールに注意を飛ばすのは確か水無瀬蛍と言う女性だったか。
メカニックの師匠であるところの水無瀬と、そして柿沼春と言う名前であったもう一人が月子の提出したプランに意見する。
「このプランじゃ、人機の構造上、空戦には耐えられんよ。もっと強度を増して、なおかつ軽い素材を使うんだね」
「す、すいません……! って、あれ? 青葉ちゃん……」
「すんません! 今再提出を……って、青葉か。何でこんなところに……」
「いえ、あの……お邪魔でしたか……?」
「操主が遠慮するものでもないですよ。何か用があったんでしょう?」
きっぱりとした物言いをする水無瀬に青葉は気後れしながら首肯する。
何だか学校の先生のようで少しだけ苦手意識もあった。
実際、月子とシールにとってはメカニックの先生なのだからその感覚も間違ってはいないのだろう。
「その……私、最近寝ぼすけだったから……よければ目覚まし時計を作ってもらえないかなって思って訪ねたんですけれど……」
そもそも朝方の騒動は自分が寝坊しなければ起こらなかった事態である。
どうしてなのだかカナイマではちゃんと起きられたのに、ここだと緩んでしまっているところがあるようだ。
それはまず構成するメンバーが女性のほうが多いのもあったのだろうが、何だかいつでも《モリビト2号》が傍に居ることで今までピンと張っていた緊張の糸が少しずつゆるくなっているのも原因なのだろう。
思えばここに来るまでが一番大変で、過酷であった気がしていた。
「目覚まし時計……ですか。そう言えば春さんは朝はどうしてるんです?」
「ほっほ。そもそも若いのは元気が有り余ってるから寝坊なんぞするんだよ。案外、年を取ると寝続けるのも体力を使うものさ。それに、この歳で寝続けていたら死んだもんだと思われちまうだろうからね!」
豪快に笑った春のブラックジョークに月子とシールがゴマを擦るようにして対応する。
「ま、まったまたー……そんなこと言っちゃって先生ってば……ねぇ? シールちゃん」
「お、おう……本当に何て言うか……反応に困ることを仰るって言うか……別にちょっとばかし眠り続けてもらったほうがこっちとしちゃあ楽だなんて思っちゃいないって言うか……」
「シールちゃん! 本音漏れてるってば! って、違って……!」
「……月子にシール。後で話があります」
水無瀬に睨まれて二人はしゅんと項垂れる。
どうやら先生である水無瀬と柿沼を前にすれば月子とシールでさえも赤子のようにあしらわてしまうようだ。
「……それで、青葉さん、でしたね?」
「あっ、はい……」
水無瀬は教職さながらてきぱきとした様子で話す。
日本で出会っていても少し苦手なタイプだったかも知れない、と青葉は考えていた。
「操主なんですから眠りは大事です。少しの集中の緩みで人機は大きくその戦闘力を変えますからね。もし眠れないなどあれば、私に相談しなさい。少しは安眠に足るお話をしてあげますから」
「あっ……はい」
何だか拍子抜けと言うか、月子とシールにあれだけ厳しいのだから自分に対しても同じだろうと思っていただけに困惑が勝る。
「水無瀬のばーちゃんさ、ツッキーとシールに言うみたいに、“それはあなたたちの心がけの問題ですよ!”って言わないんだ?」
普段そのように言われているのか、と青葉が人知れず震えていると水無瀬は腕を組んで頭を振る。
「……エルニィ。あなたはメカニックを目指すのでしょう?」
「うん? まぁね。人機操主もできるけれど青葉ほどじゃないや」
「それはあなたに血続としての素質があるから、私は操主のメンタルバランスや力量に関してで言えば素人に等しいですからあまり強くは言えませんが、メカニックに関してで言えばその道を少しは極めた身分です。そっちは分かりますが操主で言えば分からないことのほうが多い」
「うーん……つまり?」
「若いのはせっかちでいかんの。要はメカニックなら助言はできるが、操主には何にも言えんだけさ。それだけのシンプルな、のう?」
「……分かった風なことを言わないでください、春さん」
「分かっておるんだから仕方なかろう。さて、津崎青葉さんだったか」
「は、はい……!」
思わず背筋を伸ばすと柿沼は柔らかい論調で話しかける。
「なに、緊張することはない。モリビトを動かせるのはあんたやエルニィ、それにあの坊だけなんだろう?」
「坊……あっ、両兵のこと……?」
「春さん。あまり穿ったことを言っては……」
「だが何も言わんのも不義理とは思わんかい? 目覚まし時計が欲しいとのことだったねぇ」
「あっ……でもお仕事のお邪魔になるんなら、別に……」
「何も邪魔じゃないさ。月子、シールにエルニィも」
「は、はひ……っ」
思わず声が裏返る月子とシールへと柿沼は言いやる。
「目覚まし時計くらい朝飯前だろう。作ってやりな」
そう転がるとは二人も思っていなかったのだろう。
茫然として聞き返す。
「その……目覚まし時計を、ですか?」
「聞いていなかったのかい? 二人とそれにエルニィもだよ」
「えーっ! ボク、この設計図で忙しいー! 青葉のだらけ癖でしょー? 本人が解決すればいいじゃんかぁー!」
それを言われてしまえば何も返答できない青葉であったが、柿沼は頭を振ってエルニィを諭す。
「天才であるお前さんが作ってやりなと言っておるんだよ。それに……一番いい目覚まし時計を作れた者には少しばかり褒賞を与えてもいいかもしれないねぇ」
その一言で三人の闘志に火が点いたのか、さっと図面を用意しこちらへと詰め寄ってくる。
「青葉ちゃん! どんな目覚まし時計がいいの? 何だって作ってあげる!」
「何言ってんだ! 青葉はオレの目覚ましが一番いいんだよな? オーダーメイドで仕込んでやるよ!」
「何言ってんのさ! ボクのが一番!」
「えっ、ちょ、ちょっと……」
困惑しているのを奥で柿沼が微笑んでいるのを青葉は発見する。