JINKI 285 最適な朝に

「……悪い癖ですよ、弟子を焚きつけるなんて」

「何のことかねぇ。私はただただ操主の健康のために促しただけだよ」

 どうやら柿沼は確信犯らしい。

 水無瀬は嘆息をついてから、三人へと声を発する。

「……今日の夕方までですよ」

 その一言で刻限も決まったようであった。

「よし! そうと決まりゃ、青葉! お前が起きれる最上の目覚まし時計を作ってやるから、何でも言えよ!」

「シールちゃん! 私、負けないよ! 青葉ちゃん、安眠が一番大事なんだから。強制的に起こすようなのじゃ駄目だよね?」

「ツッキーもシールも分かってないなぁ。操主なんだから一発で起きれるのがいいに決まってるじゃんか!」

 めいめいに図面に設計図を描き出す。

 青葉は少し戸惑いながら腰を下ろしていた。

「じゃあえっと……本当にどんなのも作れるんですよね……?」

「遠慮すんなって! 完璧な目覚まし時計を作ってやるからよ!」

 やる気を出したシールに対し、月子も万全の姿勢で図面にペンを走らせる。

「何でも言って! 青葉ちゃんのオーダー通りに作ってあげる!」

「部品代だとか、この際言いっこなしでいいからさ。どうせばーちゃんたちがこういうのはちゃんと支払ってくれるんだし、何でも作っちゃうよ!」

 三人の熱量に比して青葉は面食らいつつも応じる。

「……じ、じゃあ……。えっと、一発で起きられる奴って言うのは……」

「一発で起きられる奴だね? じゃあこれ!」

 エルニィが提示したのは目覚まし時計から二本のコードが流れているタイプのものであった。

「……時計……は分かるけれど、このコードは?」

「決まった時間に電流を流すの。これなら起きれるでしょ?」

 とんでもない発明に青葉は絶句する。

「エルニィよぉ……人道的って言葉知らねぇのか?」

「何さ、シール。じゃあいい案あるの?」

「一発だろ……じゃあこれなんてどうだ?」

 シールの描き上げた図面には時計の上に針を有する設計だ。

「ま、まさかこの針で……」

「馬鹿! んなわけねぇだろ。この針はな、2000から5000ヘルツの音を出す効果があるんだ。これは俗に人間が不快と感じるとされている音程でな。……そうだな、分かりやすく言うと、黒板をひっかく音あるだろ? あれに近いものを出す感じだな」

 思い出すだけで青葉は全身が総毛立つのを感じていた。

「あ、あんな音を出すの……?」

「おう、嫌だろうが一発で起きれるだろ?」

「シールちゃん、そんなの朝から聞かされる身にもなりなよ。先生たちは操主のメンタルサポートも必要だって言っていたでしょ。だから、これ!」

 月子が描いたのは時計に装着された水槽であり、形状だけで言えば少しファンシーに映る。

「これ……何なんです?」

「ここ、スポイト状の部分があるでしょ? ここから額に向けて水を垂らすと、青葉ちゃんの額に水が落ちて嫌でも起きちゃうってわけ!」

 笑顔で語られるがシールとエルニィは青ざめる。

「……それ、いわゆる最も残酷って言われている処刑法じゃ……」

「ああ。額に水を垂らされ続けると発狂するって奴だろ……」

 まさかそんな恐ろしいことを平然と月子が提案するとは思っておらず青葉は拒否していた。

「処刑法……? む、無理です! 無理……! 起きれないのは辛いですけれどそこまでじゃ……」

「えー、いい方法だと思ったんだけれどなぁ」

「……こいつ素面でこれなのが怖いんだよなぁ……」

「ホントそう……ツッキーってたまに目的のためなら平然と狂気になる面があるよね……」

「い、一発で起きれなくっていいですから……その……安全な方法で起きれるのじゃ駄目ですかね……?」

「安全ー? もう青葉ってば我儘だなぁ……」

 安全と文句を言った途端に我儘になるのか、と思いながらも三人が描き出す目覚まし時計を目にしていた。

「じゃあこれ! 音響帯をオーケストラとかの太鼓の音とかに設定した奴!」

「そんなもん、部屋で鳴った日にゃオレらも大変じゃねぇのか……? ったく、エルニィはしょーがねぇな。オレが手本見せてやるよ。ほれ! ライトと連動して強制的に点滅させる奴だ! 人間、絶対に起きちまう光の強さってのがあってな、それを利用したもんなんだがよ」

「うーん……安全ってなると、これかなぁ。枕の内側に空気を入れて、起きる時間になったら膨れ上がって自然と安眠姿勢から矯正するって言うのなんだけれど」

「……だから、ちょっと怖ぇんだって、月子……」

「ホントそうだよね……ツッキーの頭にはどういう起床風景が流れてるのさ……」

 三人の提案を受けながらも青葉は困り果てていた。

「うーん、その……じゃあ……」

 ――就寝時間の直前になって青葉は格納庫に収められている《モリビト2号》を一度見ておこうと思って足を運んでいた。

 するとどうやら先客が居たようでその人影に青葉はびくつく。

「……って、両兵?」

「おう。何だ、青葉かよ」

「青葉かよって……あっ、今朝はゴメン……ちょっと、大げさだったかも……」

 そう言えば謝っていなかったことを思い出し、しおらしく言うと両兵は何でもないように頬杖をついて《モリビト2号》を眺める。

「……あー、まぁ手痛い一発はもらったが何でもねぇよ、あんなもんは。黄坂の奴のほうがよっぽど痛かったもんだぜ」

 愛想笑いで誤魔化していると両兵が不意にこちらへと目線を振る。

「……何だ、眠れねぇのか?」

「うーん、と言うより起きるのがちょっと不安かも。結局、いい目覚まし時計は作ってもらえなかったから……」

 あの後、何度か協議を重ねたが今のところは未定と言う形に落ち着いていた。

「起きれねぇのが辛ぇんだったか」

「うん、まぁ……カナイマじゃ簡単に起きれたのに……」

「いいことなんじゃねぇの?」

「いいこと……?」

「ここじゃ、てめぇはそんだけリラックスしてるってことだろ。カナイマじゃいつ古代人機が襲って来るかも分からんかったし、それに男共ばっかりの中だ。安心もしてなかったんだろうさ」

「……けれど、今になって……変かもだけれどあの日々が愛おしいなって思えるの。身勝手かな、こんなの……」

「いや。オレもそういう性質なのかもしれん」

「……両兵も?」

 そう言えばカナイマアンヘルでは両兵は真っ先に眠るべき時には眠っていたことを思い出す。

 こうして夜更かしすることも案外少なかっただろう彼は今、モリビトをじっと眺めている。

「……あの、両兵。もしかしてあんまり眠れていないの?」

「うん? あー……まぁ、お前ならいいか。まぁな。眠れねぇってほどじゃねぇが、眠りはちぃと浅くなったのかもな」

「……それって私のせい……」

「アホ。そういうところが朝の起床を邪魔してるんじゃねぇのか? 被害妄想もその辺にしとけ。オレはただ単に、女共が牛耳っているこの工場が何だか居心地が悪いってだけだ」

 両兵は男子だけの宿舎とは言え全裸で徘徊していたこともあったので、余計にだろう。

 そう思うと少しだけ可笑しく、青葉は笑いかけていた。

「……笑えるじゃねぇの」

「あっ、本当だ……」

「最近、昼は操主訓練、夜はとっととメシ食って寝ろってのが押し付けだったのかもな。少しは肩の力を抜けよ。オレらは家族みてぇなもんだろうが」

「家族……そう、なんだよね……」

 今ばっかりはその言葉が染み入ってくる。

 カナイマに残した面々は無事だろうか、怪我をしてないだろうかと考えるだけで胸が詰まる思いだったが、今は自分の職務をこなすべきだろう。

 きっと、自分が操主として立派になることが最も彼らにとって意義のある貢献になるはずなのだから。

「……ありがと、両兵」

「何にもしとらんがな、オレは。そうだ、オマケにこれ」

 両兵がこちらへと寄越したのは小さな目覚まし時計であった。

 簡素なもので黄色の外装にオレンジ色のボタンがあるだけの四角い目覚まし時計だ。

「……これ……」

「オレのでお下がりだが、やる」

「……いいの? だって両兵は……」

「オレのはメカニックの連中に見繕ってもらうさ。てめぇが今必要なんだろ? なら、くれてやるよ。それで明日はちゃんと起きろよな、青葉」

 手のひらに収まる程度の大きさしかない目覚まし時計は、粗野な両兵の性格とはまるで正反対な代物だった。

「……うん。約束する」

「いいから行けって。……朝はきちんと起きろよー」

 両兵が振り返らずに手を振ったので青葉も目覚まし時計を片手に手を振る。

「うん。……おやすみ、両兵」

「ああ。おやすみ。青葉」

 何故なのだろう。

 明日からはちゃんと起きられる予感だけは、弾んだ胸の中に明確だった。

「――うん……? ああ、そろそろ時間か」

 広世は膝を立てた《モリビト雷号》の足元で火の番をしつつ、目覚まし時計のアラームに起き上がっていた。

「広世。火の当番、変わるよ。そろそろ時間でしょ? 《ギデオントウジャ》で周辺警戒」

「ああ、分かってるよ。……けれど、青葉。それ、カナイマから持ってきた私物だよな? 随分と小っちゃいって言うか……」

 アラーム代わりの目覚まし時計は黄色い外装にオレンジのボタンでこざっぱりしているが少し可愛らしい。

 青葉がそれを使っていると言うのならばそれもチャーミングポイントの一つだったが、彼女は目を伏せる。

「うん……これ、すごく大事な目覚まし時計なんだ。これなら私、どんなことがあっても起きられるの。貰いものだから大事にしないとなんだけれどね」

「へぇー……俺はてっきり青葉が元々持っていたもんかと思っていたけれど……」

 貰い物か。ならばきっと、いい出会いを重ねてきたに違いない。

「広世も言ってね? これは貸せないけれど、朝起きるのに苦戦してたら……きっといい方法があるんだって教えてあげるんだから!」

「……そりゃ、随分と頼もしい。でも俺もそのアラームに慣れちまったから、そうだな。また何か、違う方法を自分でちゃんと作っておくよ」

「行ってらっしゃい、広世。朝ご飯作って待ってるからね」

 手を振る青葉へと振り返して、広世ははて、と思い至る。

「……でも、あんな可愛らしい目覚ましを使っていたなんて……きっとエルニィだとか、ルイだとかかな。それか南さんか……。でもこの三人が青葉に物をあげるか……?」

 疑問に思いながら広世は降り注ぐ朝陽を視野に入れて呟く。

「……まぁ、いいや。今日もいい朝なのはハッキリしてるんだからな。よし、仕事……!」

 気合を入れ直した広世を見送り、青葉は黄色の目覚まし時計をそっとセットしていた。

「……今朝もちゃんと、起きれたよ。ありがとうね」

 さっぱりとした目覚めに、今はただただ感謝を――。

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