JINKI 286 きまぐれの麦わら帽子

「……何だこりゃ。籠でも作ってンのか?」

「籠じゃないってば。ストローハットだよ」

 ようやくこちらに気付いたエルニィの声に両兵は胡乱そうな眼差しを向ける。

「……ストロー……」

「麦わら帽子よ。分かりやすく言えばね」

 南まで忙しくかぎ針で編んでいるのを両兵は目の当たりにして当惑する。

「……何だってそんなもん……。買えばいいだろうが」

「買ったら台無しじゃないですか。手作りだから意義があるんですよ……っと」

 赤緒が手元から視線を外してこちらに意識を割いたせいで編み込みの一部が緩んでしまう。

「あっ、ルイさん。もっと強く編まないと解けちゃいますよ」

「そんなことを言って、油断を誘う気でしょう? さつきの手助けは受けないわよ」

 ルイは何度も網目の数を数えているが、その度に間違えているらしくどんどんといびつな形になっていく。

 この状態で頼れるのは少しだけ距離を置いているさつきと、それに何故なのだか彼女らを遠巻きに眺めているメルJくらいだ。

「……何だってこんなもん……。ブームなのか?」

「いや、それはちょっと違うかもなのだが……」

 メルJが頬を掻きながら言葉を濁すと言うことは彼女が発端か。

「……ンだよ、珍しいこともあるもんだな。聞かせてみろ。ちょっとは解決に近づくかもしれんし……何よりこの状態じゃいつ晩飯にありつけるか分からんからな」

 さつきとメルJが目線を交わして、それから麦わら帽子作りに躍起になる一同へと嘆息をつく。

「その……最初はヴァネットさんがモデル業で貰って来た麦わら帽子がきっかけだったんですけれど……」

「――立花さん。今日の晩御飯は何がいいですか?」

「あっ、今日はさつきなんだ。うーん……どうしよっかなぁ」

 居間で寝転がりながら雑誌を捲っているエルニィにさつきは少しだけ対応を迷う。

 普段なら赤緒がだらしないと叱るところだが、自分はエルニィ相手にそこまで強く出られない。

「……そろそろ夏が近くなってきましたね」

「そうだねー。薄着でも涼しい日が多くなってきたのはいいことかも。格納庫なんてさ、ほとんど地獄みたいなもんだから。そういや、シールとツッキーも今日は《ビッグナナツー》勤務だっけ」

 月子とシール、それに秋はたびたび港で停泊する《ビッグナナツー》に招集され、その度に憔悴しきった顔をして帰って来るので少しだけ心配だった。

「シールさんたち……大丈夫なんですかね」

「まぁ、師匠であるばーちゃんたちが付いているし、悪いことにはならないでしょ」

「毎度疲れて帰って来るから……何かちゃんと食べ甲斐のある夕食がいいですかね……」

「それはそうじゃないの。さつき、まさかそうめんだとかそういう手抜きめいたものにするつもりじゃないでしょうね?」

 ゲームに興じながら振り向きもせずにルイが声にする。

「そうめんは別に手抜きとかじゃ……って言うか、ルイさんはいいんですか? 新型トウジャの試験だとか……」

「いいのよ、別に。毎日やらないと忘れちゃうわけじゃないし。それに、向こうの要請でね。まだフレーム構造レベルの《エスクードトウジャ》を乗り回すと兵器開発に支障を来すとかで」

「それ、半分程度しか聞いてないじゃん。新型トウジャはルイのは陸戦機だけれど、可能ならトウジャの最大速度を出したいからって開発部に任せたんでしょ。陸戦だと速いのは強みだからねー」

 エルニィは雑誌を捲りつつ欠伸を噛み殺す。

 新型機の話をしているのにその当事者である二人はどこかのほほんとしていた。

「えっと……ファントムの性能だとかを上乗せするんでしたっけ……?」

「それもどうなんだかねー。噂に聞いた限りじゃ、京都支部では装甲も頑丈な新型の開発を推し進めているとか。そうだとすれば、内部分裂も視野に入れて開発しないと。もしアンヘル対アンヘルなんてことになったら、こっちに優位がないとね」

「あっ、そのためのブロッケンの新型ですか?」

 エルニィは確か《ブロッケントウジャ》の新型を用意していたはずだ。

 だが当の彼女はうーんと懐疑顔である。

「ボクのブロッケンは可能ならもっと全領域に向けたいって言うか、今のままだと極端な装備になりつつあるトーキョーアンヘルをサポートするためにねー」

 自分が聞いても半端になってしまうのでさつきは戸惑う。

「あの……詳しくお話聞いても私じゃ、あまりですかね……」

「そんなことないよ? 操主が人機のことを理解するのは当然の義務だし、それに分かってくれたほうがありがたいよ。赤緒みたいにいざ実戦ってならないとエンジンかかんないのも困り者だしねー」

 自分は《キュワン》の担当だからか、どちらかと言えば前を行くルイや赤緒とは別運用を想定されているだけに、エルニィの言葉も分からないでもない。

 トーキョーアンヘルの配置では後衛――つまり、前衛の人機を十全に支援することが求められているはずだ。

「……京都支部って、仲悪いんですか? 私が前に行った時は、そんなに……」

「仲が悪いとかそうじゃないけれどさ。……うーん、ちょっと動きが見えないって言うか、まぁそれに関してはまた大々的に言うことになるとは思うけれど。南も探りを入れているみたいだけれどね」

「だから、その予算案じゃ通らないって言ってるでしょうが! そっちの都合で予算を減らされたりしたんじゃ、こちとら路頭に迷うっての! いい? 今言った予算案の倍はくだらないわよ、それで!」

 黒電話を叩きつけて、ふんと息を漏らす南がこちらへと歩いてきたのが視野に入ったのでさつきは思わずかしこまる。

「その……お疲れ様です、南さん。何か……上手く行ってないんですか?」

「あ、ああ、別にそんなことは……いや、ないとは言い切れないか。一応、議会予算だとかその辺のわちゃわちゃしたものがね。通ったり通らなかったりで……」

 後頭部を掻いて苛立たしげに文句を垂れる南にエルニィは目線を振り向けずに応じる。

「要は、南米のカナイマだとかだって予算を減らすわけにはいかないってのに、トーキョーアンヘルの前線に充てるお金がないって言うんでしょ? ケチくさいよねー、相変わらず」

「本当にそう……! 私たちが前線で命削ってるってのに、後ろで指示ばっかり出す奴らは……」

「あの……今日はできるだけ、スタミナの付く夕飯にしましょうか。夏バテとかも近くなってきますし」

 自ずと慮った声になる。

「あら、そう? じゃあ焼肉……はさすがに豪勢過ぎるか」

「さつきー、ボクはお肉ねー。南は遠慮して野菜炒めでも食べてればー」

 エルニィがアンニュイに雑誌を捲る。

 南はその雑誌を後ろから取り上げていた。

「あっ、何すんのさー!」

「黙らっしゃい! あんた、またいい加減なこと言って……って、これファッション誌じゃないの。色気づいてきたわねぇ、あんたも」

「返してってば! それ、メルJが毎月持って来るバックナンバーなんだからねー」

「……それを何であんたが読んでるのよ」

「……いいじゃん。ボクだって女子だし。それに、日本の夏ってどう過ごすもんかなって思っていたところなんだからさ」

「へぇー、夏特集か。また海にでも駆り出す?」

「いいけれど、車だとかは南が出してよねー。夏の海はそうじゃなくっても日焼けとかあるだろうし」

「日焼け……そうだ、そろそろ日焼け止め買わないと」

 さつきは夕飯の買い出しメモに書き付ける。

「必要なの? さつきは中学生じゃないの」

 ルイはと言えば、こっちには目もくれずにシューティングゲームを忙しなくプレイしている。

「る、ルイさんや立花さんだって中学生……って立花さんは先生ですけれど、あまり年齢は変わらないじゃないですかぁ……。じ、女子の嗜みですよ」

「女子ねぇ……」

 何か一家言ありそうなエルニィの言葉にはツッコまずにいると、玄関が開いた気配がしていた。

「あっ、赤緒さんが帰って来たかな」

 さつきはぱたぱたと出迎えに行くと赤緒はメルJと一緒に帰宅していた。

「さつきちゃん、ただいまぁー。ヴァネットさんと帰り道一緒になっちゃって……もしかしてこれから買い出し?」

「はい。あ、でも赤緒さんたちは帰ったばっかりなので私一人で……あれ? ヴァネットさん、それどうしたんです?」

「むっ、これか?」

 メルJが被っていたそれを手元で転がす。

 幅広の麦わら帽子であり、長身のメルJにはよく似合っている。

「撮影用のものを貰ったんだって。よく似合ってますよ、ヴァネットさん」

「……そう言われると面映ゆいな……」

 頬を掻いて照れるメルJにさつきはその麦わら帽子を見るなり気付く。

「あっ、これ多分手作りですよ」

「あれ? さつきちゃん、分かるの?」

「はい。旅館で働いていた頃、編み物が好きな方がいらっしゃってよく教えてもらっていたので。へぇー、編み方もちゃんとしてるし、結構上級者の方なんですね」

「スタイリストの一人がそういう趣味のようでな。私にはよく分からないから適当に応じていたんだが、よく似合うからと渡されたんだ」

「ヴァネットさん、スタイルいいから……夏の海とかだと視線を独り占めなんだろうなぁ……」

 赤緒が思っていることも分かる。

 長身ですらっとしているメルJならば、海の視線は独占だろう。

「……よして欲しい。確かによく言われるが、私自身はあまり肌を晒すことはその……抵抗があるんだ」

 普段の格好からは想像もできないその発言にぼんやりと聞いていると、赤緒が思わず口にする。

「えっ……だって普段だって露出は……むぐっ」

 言い終わりかけて大慌てで失言だと判断して口を噤んだのだろうが、そこまで言ってしまえば断言したようなものである。

「……もういい。そんな目で見ていたのか、お前らは」

「わ、私は別に……」

「で、でも、いい仕事ですね、これ。麦わら帽子って作るのすごく大変なんですよ? なのに、ちゃんとこれ、真心がこもってるって言うか……」

 赤緒の失敗を取り消そうとしてさつきは麦わら帽子に話題を逸らす。

「むっ……やはりそうなのか。被りやすいな、とは思っていたんだが」

「麦わら帽子って作れるんだ……さつきちゃんは物知りだなぁ」

「結構、用意するもの自体はそこまで大変じゃないですよ。ただ、編む時に段数だとかきちんとしないとへたっちゃうんで難易度は高いんですけれど」

「そうか。……苦労の代物なんだな」

 メルJが視線を落としていると、エルニィが声を飛ばしてくる。

「さつきー! いつまでやってんのさ、買い出しでしょー……って、メルJと赤緒じゃん。どうしたの? その麦わら帽子。貰い物?」

 これはややこしくなってくるぞ、と予感している間にもメルJは説明する。

「ああ。モデル業で貰って来てな……」

「手作りなんですって。すごいですよね」

「へぇー! 麦わら帽子って作れるんだ! ……そうだ」

 エルニィが笑って先ほどまで読んでいた雑誌の見開きをこちらへと見せつける。

 そこには「夏の視線を独り占め! キュートな麦わら帽子の作り方!」とあった。

「麦わら帽子の作り方……へぇー、そんなに予算はかからないんですね」

 きちんと道具とそれにかかる予算まで特集されており、自分の手柄でもないのにエルニィは得意顔だ。

「えっへん! どう? せっかく現物があるんだし、ボクらでも作ってみない?」

「私たちが? けれど、道具とか……」

「ここに、今しがた買い出しに行く人が居るじゃん」

 まさか自分のことを言われているとは思っておらず、さつきは遅れて認識する。

「えっ……もしかして私のこと言ってます?」

「後で予算は出すからさ。ちょっと買って来てよ」

「そ、そうは言いましても……」

 こういう時、赤緒はストッパーになると思っていたが、誌面を眺めて彼女はぽつりとこぼす。

「手作り麦わら帽子……いいなぁ」

 こうなってしまえば味方はメルJだけだと目線を振り向けるが、彼女も困惑し切っている。

 その誌面に写っている白ワンピース姿のモデルは自分自身であったので、反論は照れくさい部分があったのだろう。

「よぉーし! じゃあさつき、後は任せた! みんなで作ろー、麦わら帽子っ!」

 ――そこまで説明を終えてさつきは疲れ切っていた。

 何せ、全員分の麦わら帽子の材料を買ったかと思えば、めいめいに雑誌の作り方と睨めっこしながら作るのだが、誰も彼も上手くできていないのである。

「……まさかこんなことになるなんて思っていなくって。赤緒さんも夢中ですし、夕飯はまだ先になりそう……」

「困ったことに、私が写っている部分をずっと見られているせいでむず痒くって何も言えん。……厚顔無恥になり切れんとこうなるのか」

 メルJは全員分のバックナンバーのどれもこれも自分の特集記事なので強く言えないようであった。

 両兵はそれにしても、と文句を発する。

「何で黄坂……てめぇまで。他はまだ分かるが……」

「何よ、両。私だってカナイマじゃ器用過ぎる美人操主と言われていたのよ。これくらい、朝飯前……って、あれれ? 何だがごちゃごちゃになっちゃった……」

「……器用過ぎるも、美人も誰も言ってねぇし、こういうところでねつ造すンなよな、ったく。にしても、手作りで麦わら帽子ねぇ……」

「これから先のシーズンで必要になって来るんだから、全員分あったほうがいいでしょ? 何かの時にメルJみたいにぜひモデルに! とかのスカウトもあるかもだし」

「そんなもんかぁ? ヴァネットのやってるのは大変だろうに。それに、どいつもこいつも……ガタガタじゃねぇの」

「こ、根気とコツが要るんですよ……。あれ? どこまで編んだっけ?」

「あ、赤緒さん。段数をちゃんとカウントしないと、ぺちゃんこになっちゃいますから」

 さつきが助け船を出すも、皆が雑誌を注視して夢中になっている。

「そもそもだが……編み物が得意な奴はここに居たか?」

 一応、とさつきが挙手する。

 他は全員、静まり返っていた。

「……よくそんなザマで難しい麦わら帽子を作ろうなんて思えたよな……。作り方が載ってんのか、どれどれ」

「お、小河原……仕舞ってくれ……」

 メルJが顔を手で覆っている。

 相当恥ずかしいらしく、平時のクールなメルJとはかけ離れていた。

「いや、これも仕事だろ? 別に恥じ入ることじゃ……結構複雑だな。これを素人にやれってのかよ」

「私も、編み物とはちょっと違うからって言ったんですけれど……皆さん、この通り……」

「……無謀にも立ち向かって……か。どうにも重症でいけねぇ。いいか? 編み物もそうだが、立体物を作るってのはだな、出来上がるイメージをちゃんと持ってねぇと何でもへたっちまう。さつき、かぎ針余ってるか?」

「あ、うん……あるけれど」

「じゃあ貸してくれ。えーっと……まずはだな、形状と大きさをざっくり決めンだよ。プラモでも何でも同じだ。デカさが決まってねぇとどうしようもねぇ。で、寸法だとか何だとかを考えながら、一段一段間違えねぇように編む。これはマジに地道な作業だな。えっと……これで編み数を間違えずに編んでいくとだな……」

 不思議と両兵が編んでいく様子は様になっていて、さつきは思わず口にしていた。

「お兄ちゃん……もしかして帽子編んだことあるの?」

「あン? ねぇよ、ンなの。だが、基本がちゃんと雑誌に書いてあるのはありがてぇな。んで、じっくりじっくりと根気強く編んでいく。出来上がりは……そうだな。デカさはヴァネットの持ってきた現物くれぇでいいか?」

「あ、ああ……だがそんな簡単に――」

「できたぞ? ほれ、一個目」

 あれよあれよと言う間に両兵は麦わら帽子を完成させる。

 メルJがためしに被るとその完成度に目を瞠ったようであった。

「……すごいな、頑丈にできている……」

「一個作りゃ、基本は分かった。だが、こんな面倒なもん、作っちまうよか既製品買ったほうがよくねぇか? マジに時間かかるのが好きなんだな」

 かぎ針を交差させる両兵に、それは、と言いかけてさつきは口を噤む。

 赤緒がガタっとかぎ針を取り落とし、続いてルイも不格好な帽子を置いていた。

「ん? 何だよ、てめぇら。ちゃんと工程を踏んで編めばそこまで時間かかるもんでも……」

「お……」

 赤緒がぷるぷると拳を震わせる。両兵は何のことだか分からずに首を傾げていた。

「お……?」

「お、小河原さんの、分からず屋ぁ――っ!」

 赤緒が口にしたのを嚆矢としてルイも立ち上がる。

 エルニィも悪戦苦闘していた作業の手をぱたりと止めていた。

「お、おいおい! 途中でやめちまうもんじゃねぇだろ……! もったいねぇな」

「……両兵さ。ボクらが何でここまで必死なのか、まさか分かってないとか……?」

「うん? あー、そろそろ夏が近ぇから帽子作ってンじゃねぇの? 違うのかよ」

 さつきは額に手をやって頭を振る。

「……お兄ちゃん。“見せたい人が居る”から、女の子は頑張ってるんだよ? それを男の子のほうが器用に作っちゃうと……」

「ん? よく分からんが、そうか。他人に見せるんなら、余計にきっちり作らねぇとだろ。えーっとだな、ここの工程のコツは……」

「もういいですっ! ……本当にそういうところなんだから!」

「な、何だよ……ってか、全員怒ってねぇか?」

「それは……今回ばっかりは……」

「さつきちゃん、早く夕飯の支度にしよ!」

 赤緒がエプロンを締めて台所に向かっていく。

 さつきも仕方なくその背中に続いていた。

「……な……まぁ、メシになるのはいいけれどよ。何だか居心地悪ぃな、おい」

 メルJがそれとなく雑誌を回収する。

「さぁーて、夕飯だ……。何だか気持ちが抜けちゃったなぁ」

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