「……ったく、本当に酒癖が悪いのは誰なんだっつー話だよな」
「それで……夕飯の献立はお二人で考えたんですか?」
「……うん。私もシールちゃんも、いつの間にか柊神社でお世話になっていたし、ちょっとした恩返し。でも、先生から花嫁修業って言われていたけれど、私たち、日本の食事だとこれしか知らないから」
「……大丈夫……だよな?」
不安に駆られた自分へと月子は微笑む。
「これが嫌いな人は日本人には居ないと思うから、多分大丈夫っ!」
「……それ、大丈夫じゃねぇような……。なぁ、さつき。正直なところ言ってくれ。……これで赤緒の機嫌、直るか?」
買い物袋いっぱいに買い付けた今晩の夕飯の材料にさつきは微笑みながら頬を掻く。
「ど、どうでしょう……。それ、確かに私は好きですけれど……」
さつきは嘘がつけない様子で、愛想笑いを浮かべる。
「馬鹿ね。今の季節分かってるの?」
それとは対照的にルイの舌鋒は鋭い。
「な……っ! じゃあルイ! てめぇは献立とか考えたことあんのかよ!」
「ヘブンズで何度かね。あんたたちよりかは料理ぐらいできるつもりよ」
「本当かぁ……? じゃあ、オレらはルイよか下ってことかよ……」
「まぁ、大人数で囲むのにはちょうどいいし、賞味期限が近いのはあんまりないし……」
「月子ぉ……。何だかオレ、不安になって来た……」
それとは裏腹に柊神社は近づいてくる。
陰鬱なため息をついていると、さつきが気づいて声にする。
「あっ、赤緒さん……? 石段の下で……何してるんでしょう?」
まさかばったりと出くわすとは想定しておらず、シールは僅かに硬直していた。
「げっ……赤緒……」
「あっ……! シールさんっ! 月子さんっ! ……大丈夫、でしたか……?」
何故なのだか赤緒は涙ぐんでいる。
その理由が分からず、シールはついつい刺々しい物言いになっていた。
「な、何だよ……。別に赤緒がオレらのこと、心配するようなこたぁねぇだろ……」
「いえ、その……無事に帰って来てくれて何より……って、その買い物袋……」
「あ、ああ……ったく、昨日は言ってくれたな。ほれ! オレたちだって買い物くらいはできるんだ! 今晩はこれにしてもらおうか!」
ふふん、と自慢げに差し出した食材に赤緒は当惑していた。
「でも、これ……えっと、豚肉と鶏肉にネギに白菜に……それに椎茸? えっとぉ……何なんです? カレー……にしては具材が多いですし。肉じゃがにしてはジャガイモがないし……」
「……べ……」
「べ?」
「な……鍋だよっ! 日本の料理じゃ、全員分食えるもんって言ったらこれくらいしか知らねぇんだ! 悪いか!」
「鍋……? あれ? でも今は……」
そう、今は夏も近づき汗ばむ梅雨時だ。
そんな時期に鍋を囲むような日本人は居ないと聞かされたのがつい先ほど。
だが、今さら戻るようなこともできず、シールは買い物袋を突き出していた。
「……買い出しにかかった金だとかはこっちで出すからよ。その、なんだ……。赤緒はその……オレらのこと、タダ飯食らいだとか思ってんのかもしんねーけれど……」
こういう時にいい言葉が出てこない。
ついつい、いつもの粗暴な言葉遣いになってしまう。
赤緒はしかし、微笑んで頭を振っていた。
「いえ……っ! シールさんがちゃんと選んでくださったんですよね?」
「ま、まぁな……。でも! この季節に日本人が鍋囲むの……変なんだろ? じゃあ、メカニックだけで――!」
「いいえ。変じゃないですよ。シールさんがきちんと考えてくださった献立なんですから。ちゃんと成立させてみせますっ! そうだよね? さつきちゃん!」
「はい! ……シールさん、だから大丈夫って言ったじゃないですか」
赤緒とさつきが買い物袋を抱えたところで、シールは二人から視線を逸らす。
「……あれ? もしかしてシールちゃん、泣いて……」
「泣いてねぇっ……! 泣いてねぇからな……! 赤緒、その……昨日は悪かったよ……。だからもうちょっと……柊神社に置いてくれ」
赤緒は少しだけ呆けたような間を置いた後に、こちらへと歩み寄る。
「大丈夫ですよ。ちゃんとごめんなさいができたじゃないですか。それに、きちんと迷わずに帰ってくることも。だから、シールさんは大丈夫ですから」
頭を撫でられそうになって思わずシールは後ずさる。
「こっ、子ども扱いすんな! オレはお前よか六つは上なんだからな!」
「はいっ! じゃあみんなで囲いましょうか! お鍋、楽しみですねっ!」
華のように笑うのだから、シールはここまで緊張した自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
猛省したのも、何だか拍子抜けだ。
「……何だよ。これならいつも通りにすりゃあよかった……」
「けれど、赤緒さんとちゃんと、真正面から謝りたかったのはシールちゃんでしょ?」
「……月子。お前、それで全部覚えてんだろ? 昨日のこともその後も」
後頭部を掻いて尋ねると、月子はふふんと鼻歌を漏らす。
「何のことかなぁー。久しぶりのお鍋、楽しみだよね!」
本当に、一番食えないのは月子のようなことを言うのだろう。
柊神社から駆け出してきたエルニィと秋が買い物袋を覗き込んで聞き返す。
「えーっ! この暑いってのに鍋? 何でさー!」
「何でも何もないですよ。シールさんが自分で献立を立ててくれたんです。ならっ! 私は料理の腕を揮うまで! ですっ!」
赤緒が二の腕を回してやる気になって柊神社の玄関を潜りかける。
その時になって彼女はこちらへと振り返っていた。
「……何だよ。変だって言いたいんなら言えよ」
「いえ、その……。ううん、当たり前じゃ、ないんだから……。シールさんっ!」
「何だよ……」
「――おかえりなさい。最近、当たり前過ぎて言えてなかったかもなので……」
頬を掻いて赤緒は夕映えに微笑む。
こんな瞬間が、かつて自分にもあったような気がする。
薄っぺらい自尊心で誰かの想いを踏みにじりかけたこともあったか。
けれどそんな時に、いつだって微笑みかけてくれる存在が居た。
それは――。
「……何だよ。だからオカンって言われるんだぞ、お前は。……鍋、期待して待ってていいんだろうな」
「はいっ! みんなのために今日は美味しいお鍋、作っちゃいますよ!」
だからこうして徐々に。
少しずつの歩み寄りでいい、自分たちは家族に――成れる道もあるのだから。