相応に無理をしているように映ったのだろう。
思えばレジスタンスに身を落としてから彼女には心配をかけっぱなしだ。
「……心配は要らない。“王者”の刃は砕けない」
コックピットへと導かれ、バルクスは記憶媒体を起動させる。
そこには《ヒシャ》の構造的弱点が刻まれていた。
「学習システムを起動。戦略人機、《ヒシャ》に対し、最適な行動をトレースする」
《O・ジャオーガ》の眼窩に光が宿る。
今は包帯で片側の瞳が隠された隻眼だったが、これも操主と人機、似合いの姿だとバルクスは自嘲する。
「……行くぞ。《O・ジャオーガ》」
『隊長! 敵の随伴機は私たちが応じます。まずは《ヒシャ》を……!』
アイリスたちの操る青い《バーゴイル》が実体弾で応戦の火線を散らす。
「うむ……。その在り方、そしてヒトの営みを潰えさせる行い。許すわけにはいかぬ。……砕けよ」
《ヒシャ》は村落を押し潰さんと北側から向かってきている。
《O・ジャオーガ》に残されているのは一回飛翔する程度の推進剤だ。
しかしバルクスは打ち砕かれた村落の頭上を跳び越え、あえて村にこれ以上の被害が出ないように努める。
《ヒシャ》へと太刀を翳し、呼気を詰める。
「討たせてもらう……! ファントム……!」
超加速度に至るのと同時にバルクスは刀を投擲していた。
その刃が《ヒシャ》に突き刺さる。
しかし、独楽を思わせるその回転機構が損なわれた様子はない。
――だが、それでこそ。
バルクスはファントムの途上で太刀の柄を握り締め、加速のままに振り抜く。
《ヒシャ》の装甲板から火花が上がり、それは他でもない《ヒシャ》自身の回転能力によって誘爆していく。
「《ヒシャ》の構造的弱点はすぐに回転機構を止められないこと。皮肉だな。その驚異的な妨害能力こそが弱点に直結するとは」
回転する特殊装甲の一部にさえ、的確に刃を入れられれば《ヒシャ》は自壊する。
《ヒシャ》が爆炎を轟かせたその時には、バルクスは《O・ジャオーガ》を飛び退らせる。
今しがたまで頭蓋があった空間を射抜いたのは、空を舞う《ダークO・ジャ》の携えるリバウンドロッドの火力。
「村からは離れてもらうぞ……!」
ロストライフの黒に染まった砂漠を突っ切りながら、バルクスは追い縋る《ダークO・ジャ》の攻撃を機敏に回避する。
充分に村落から距離を取ってから、バルクスは機体を沈めさせる。
カチリ、とロックオンが成され照準警報が劈く。
「悪いな。私はこれでも諦めが悪いんだ。それに……諦めなければいいと、教えてもらった。それこそが勝者の言葉だとも。ならば、最後まで私は諦めん」
《ダークO・ジャ》がリバウンドロッドから黒い砲撃を見舞いつつ、地上で佇むしかないこちらへと距離を詰める。
脚部装甲が弾け、肩口を射抜かれる。
わざと嬲り殺しにしろとでも命令されているのか、ギリギリまでコックピットは狙われない。
リバウンドロッドが大写しになる。
その瞬間、バルクスの《O・ジャオーガ》は黒い砂漠に手をつかせていた。
マニピュレーターが捉えたのは、光の螺旋。
「これこそが……! この戦いを変えるだけの……暁の輝きだ!」
最大出力で砂漠に埋められていた前回の戦闘の残滓を掘り起こす。
黒い砂埃を振り払い、オートタービンがいななき声を上げていた。
それは世界を破る一撃。
この暗礁の夜を叩き据える、暁の王者の一撃。
リバウンドロッドをおっとり刀で振り直すだけの一瞬の隙。
それは千載一遇の好機でもあった。
オートタービンを全霊で振り抜く。
《O・ジャオーガ》の薙ぎ払った一撃は《ダークO・ジャ》の脇腹を砕くが致命傷にはならない。
空を主戦場とする《ダークO・ジャ》は《バーゴイル》に随伴され空へと上っていく。
こちらへと振り向いたその双眸には僅かながら恐れが宿ったのを感じ取っていた。
それに向けてオートタービンを突きつけて宣戦布告とする。
「……我々は屈しない」
シャンデリアの光がキョムの兵力を回収する。
破壊された《ヒシャ》もパーツを解析されないように爆破され、そのメイン推力である血塊炉は光の中に消え行く。
『隊長……! 大丈夫ですか……』
アイリスの青い《バーゴイル》がこちらへと追いつく。
「……ああ。我々はまだ……朝陽が遠ざかっていくのだろうな。だが、それでも……」
『……ええ。朝はやってきます』
遠くの地平から、黒に染まった砂漠を癒す朝の光と旋風が運ばれてくる。
――そうだ、どれだけ過酷な道であろうとも。
朝は、必然的にやってくるのだから。
「――積荷はこれでいいかしらね。トラックの運転、頼むわよ」
アイリスの確認にハザマは村落から回収した火薬へと視線を落とす。
「……皮肉なものだ。私たちは結局、命を救えなかった」
「それでも。隊長は踏みしだかなかったのよ。彼らが生きていた証を」
村落の被害はその全てがキョムによるものだ。
バルクスの命令はただ一つ、「村に被害は与えるな」であった。
だからこそ、《ヒシャ》に苦戦したのもあるが。
「……理解の外だな」
トラックの運転席に乗り込み、ハザマはエンジンをかける。
「……どれだけ明日が恐ろしくてもね。朝は無情にもやって来るものよ。だからこそ、明日が回って来なくなるまで、私たちは戦わなくっちゃいけないのかもね」
「しかし、《ダークO・ジャ》だったか。……あれも一つの脅威だ。排せなかったのは大きい」
「けれど、隊長は戦うわ。どれだけ理想を挫かれ、どれだけその正義を疑おうとね。《O・ジャオーガ》の……“王者”の刃は折れない、曲がらない」
「……“王者”の刃、か。それに魅せられたのだろうな、私も皆も」
青い《バーゴイル》が空を舞い、陸戦機はトレーラーに横たわった《O・ジャオーガ》を牽引する。
そのコックピットには今も静かに、厳めしい男が佇んでいるはずだ。
赦しを乞うのではない。
きっとその資格は、永劫に失ったであろう彼はただ、戦う。
思うところはあるのだろう。
悲しむだけの人間性もあるのだろう。
しかし、彼は涙しない。
それは“王者”に――白亜の鬼に相応しい結末ではないからだ。
ハザマは窓を開けて黒い砂埃が舞う戦場の風を撫でる。
今もまた、世界のどこかで命が消えてゆく。
それを、ただただ許せないだけの我儘で、自分たちは黎明に向けて駆け抜けていくのみであった。