「アレ……? もしかしてクリスマスのことを言ってる?」
「そうじゃなくって……! って言うか、レイカルたちの前でそれはまずいだろ」
声を潜めるカリクムに小夜も声量を下げる。
「……まずいって、何が」
「何がって、レイカルたちは信じてるだろ。サンタとかって言う……」
その言葉を聞きつけたのか、レイカルが目を輝かせて机からがばっと起きる。
「サンタ? そうだ、そろそろクリスマスじゃないか! 今年もサンタは来るのかなー!」
その段になって小夜も気付く。
そうだ、まだサンタクロースを信じている純粋無垢な子供たちだって居るのだ。
「……作木君の家の方針はどうなってるのかしらね、そう言えば」
「そりゃ、レイカルがあの調子なんだ。創主だって夢を壊したくないんだろうさ」
「その言い分だと……カリクム。あんたは何もかも分かっているって感じね。いつからサンタを信じないようになったってのよ」
ナナ子の言及にカリクムは腰に手をやってナンセンスだと言うように応じる。
「馬鹿だな。あんなの信じるほうがどうかしてるだろ? ……ただまぁ、信じちゃってる奴に水を差すのも変だよなって思ってさ」
「いつになく、あんたらしくない……。こういう時に、レイカルはまだ信じてるんだって馬鹿にするのがいつものあんたでしょうに。……まぁ、どっちにせよ、ね。確かにサンタ問題ってのは根深いわ」
「小夜はいつから信じなくなったの?」
小夜は記憶を手繰りつつ、いつからだったか、と思い返す。
「……うーん、正直なところで言えば物心ついた時にはほとんど……って言うか。そもそもパパが結構、その辺は担ってくれていたって言うか。ちゃんとサンタの仮装までしていたっけ。でも、子供ながらに分かっちゃうのよね。サンタクロースなんて便利な存在は……」
そこで言葉を濁したのはこちらをじーっと見つめるレイカルを発見したからだ。
危うく口を滑らせるところだった小夜は言葉を飲み干す。
「……っと、いけないいけない。レイカル、あんたのところにはサンタは来るの?」
「もちろんだ! 割佐美雷! 一年間、いい子にしていれば靴下にプレゼントを入れてくれるんだぞ!」
ここまで純粋に物事を信じているレイカルに対して、サンタクロースなんて居ないとは言い切れない。
「そ、そうよね……。ふぅー、危なかった……」
「小夜、そろそろクリスマスなんだから、レイカルの創主とまたどっか出かけるのか?」
「そうしたいのは山々なんだけれど、今年は仕事のスケジュールが入っちゃってね……。クリスマスデートとはいかないみたい」
何だかその点でも落胆してしまう。
子供の頃なら無条件で気持ちがそわそわしていたこの季節も、いつの間にかただただ慌ただしいだけの年の瀬に落ち着いてしまったのは自分が大人になったからだろうか。
少なくとも、子供の頃がよかったかどうかで言えば、微妙なところだ。
大人には大人のクリスマスの過ごし方があるし、子供には子供の楽しみ方がある。
そこに無粋な意見を差し挟むべきではないのは明白。
「けれど、クリスマスもいつの間にか過ぎていくだけになったって言うのはいい傾向なのか悪い傾向なのかしらね。私たちもそういうの慣れちゃったって言うべきなのかしら」
「……そんなこと言って、ナナ子は予定があるんでしょう?」
「伽クンとはまた別日に会うってば。……さすがに仕事で忙しいルームメイトを放っておくほど冷血じゃないからね。小夜、帰って来るの遅いんでしょ? ちゃんとあったかいクリームシチューを作って待っておいてあげる」
何だかそれは嬉しいのか、それとも気を遣わせているのか。
小夜は腕を組んで考え込む。
「けれど、レイカル。それにウリカルも。サンタに何をお願いするの?」
「私は強くなることだな! 強さを与えてもらいたい!」
「……毎回言っているような気がするけれど、サンタに強さを頼んで何が貰えるの? ウリカルは?」
「あ……私……」
何だか戸惑いがちなウリカルに、まさか、と小夜は手招く。
「ちょっと来なさいよ。言い辛いんなら、私だけ聞いてあげるから」
ウリカルは耳元まで飛翔し、小さな声で耳打ちする。
「その……お父さんとお母さんが一緒に過ごしてくれれば、私はそれで。……お母さん、レイカルさんと違ってサンタさんを私は信じていないので」
それは少しだけ意外だったが、そもそもウリカルは摺柴財閥の生み出した作木とレイカルの無限ハウルを基に解析されたオリハルコンサイボーグ。
それに加え、ラクレスから一般常識も教わっているのならば、サンタクロースが居ないと分かっても不思議ではない。
「……なるほどね。でも、あんまり賢く立ち回るのもよくないわよ? クリスマスぐらいはワガママ言ったっていいんじゃない?」
「そう、でしょうか……。けれど欲しいものとかよく分かんなくって……」
「その時の欲しいものでいいのよ。ウリカルは何がいいの? 私が聞いておいてあげる」
ウリカルは指をちょんちょんとしながら、何度か躊躇った後に口にしていた。
「その……あったかいジャケットが欲しいですかね……。最近、寒くなって来たので……あ、でも無理なら全然――!」
「いいってば。こういう時に遠慮するのがいつも正しいわけじゃないからね」
ナナ子へと目配せする。
彼女はサムズアップを寄越していた。
「任せなさい! ちゃんとサンタに伝えておくわね!」
「うん? 何でナナ子がサンタと知り合いなんだ?」
レイカルの疑念に小夜は大慌てで応じる。
「そ、それはねぇ……レイカル。えっとぉー……そう! 大人ってのは実はサンタクロースの電話番号とかを知ってるのよ」
「何だと! そんなものを知っているのか? 羨ましいーっ!」
地団駄を踏むレイカルに、何とかかわせたか、と安堵の息をつく。
「……なぁ、小夜。あんまし嘘ばっかり言ってると、後々辛いぞ?」
「な、何よぅ、分かった風なこと言っちゃって。……そういうカリクムは? 欲しいものとかないの?」
「私ぃ? ……別にないってば。欲しいものなんて、その時々だし」
「何だか今日は醒めているわね、カリクム。けれど、素直になったほうがいいと思うわよ? 何だかんだで、サンタは素直で一年間いい子にしていたからプレゼントをあげるんだし」
「そんなの、関係ないだろ。私にとってはクリスマスも他の色んなことと変わんない行事だってば」
ナナ子が説いても言うことを聞かないのは珍しい。
そもそも、カリクムはサンタクロースもそうなら、クリスマスと言うイベントに少しだけ冷笑的なのが窺える。
「……カリクム。あんた、結局何がいいのよ。欲しいものは口に出さないと結果にならないわよ?」
「……別にいい。私にとってのクリスマスってのは、美味いものを食べられる日くらいなんだからな」
「――とは言っていたものの、絶対カリクムは何かが欲しいと思っているのよね……」
帰宅するなり小夜はクリスマスカタログのページを捲る。
衣服や装飾品、それに色とりどりのおもちゃなどが並んでいるカタログを眺めつつ、小夜は嘆息をついていた。
「……カリクムの強情さも困ったものよね。あれで絶対、強がっているのだけは分かるんだから。……けれど、あそこまでカリクムが強情なのも不思議よね。何かあったのかしら……聞けば答えるのかしらね」
(いやー、小夜さん。そういう詮索はあまりおススメしませんよ? ほら、誰しも言い辛いことって一つや二つはあるじゃないですか)
「そうよねぇ……でもそれを待っていると、本当にクリスマスも過ぎちゃうし……」
そこまで返答したところで、小夜は声の主へと振り返る。
カグヤがカタログのページを覗き込みつつ、こちらの視線に気づいて手を振る。
(ふふっ……冬なのに出て来ちゃいましたー! こんばんはー)
「か……カグヤ……? って、何で出て来ちゃってるの? あんた、夏限定なんじゃ……」
(あれー? そんなこと言いましたっけ? 確かに幽霊と言えば夏の風物詩ですけれど、年の瀬も幽霊は意外と出るんですよ? あっ、これってあれじゃないですか? 除夜の鐘で煩悩を払うから、その前借り? みたいなものだったり?)
「……何でいちいち疑問形なのよ。冬先に幽霊なんて似合わないってば」
(そうですかねぇ。よっこいしょっと)
こたつへと足を入れるカグヤだが、透明なので座ってもほとんど変わらない。
小夜は遠慮して足を引っ込めようとするとカグヤが押し留める。
(小夜さん、お構いなく。私、幽霊ですので足が引っかかったりはしませんよ。何せ……足なんてありませんからねー! うふふっ、幽霊ジョーク!)
「……それ、全然笑えないから。って言うか、あんたが出て来るってことは確か、カリクムの無意識下でのハウルの放出……って言うか主張だっけ? じゃあ何? カリクムからのメッセージを私に伝えてくれるってこと?」
(あくまでも私は無意識下でのハウル集合体なので、カリクムとイコールではないんですが、大まかにはその認識で合っています。けれどまぁ、今回は私の失態ですね)
「失態って……あんた、何を仕出かしたのよ」
そう問いかけるとカグヤは困り果てたように腕を組んで呻る。
(うーん……これは言うと怒られちゃうかもなんですけれど、カリクム、サンタを信じていないじゃないですか)
やはりその一件か、と小夜はこたつを挟んでカグヤと向き合う。
「……何かあったの? それこそ、摺柴財閥関係だとか、エルゴナの話だとか……」
(あ、いえ。今回はそう言った深刻な事態ではないんです。ただ、私が過去にポカをしちゃって……)
「ポカって……?」
固唾を呑んでそれを問い質すと、カグヤはからっと笑っていた。
(いやー、サンタクロースを演じようとしちゃって……まぁいわゆる身バレをしてしまいまして。枕元で靴下にプレゼントを入れているところを見られちゃったんですよね)
「それが……カリクムがサンタを信じてない理由……?」
(カリクムにはできれば夢を見て欲しかったんですけれど、私がドジをしちゃったせいで、他の行事はともかくクリスマスのサンタクロースだけは信じなくなっちゃったんですよね。これは先輩創主として私の責任です)
「あ、いやそこまで畏まらなくっても……でも、その一回で? あんたはカリクムとすごく長い間一緒に居たってわけでもないでしょうけれど……」
(その一回で、でしょうね。私がもうちょっとしっかりとサンタを演じられればよかったんですけれど……)
つまり、カグヤのやらかしによってカリクムはサンタだけは信じられなくなったのだろう。
その後のカグヤの不慮の死によって不信感を増したのもあるのかもしれない。
「……なるほどね。けれど、それはカリクムもカリクムよ。何が欲しいのかさえ言わないなんてちょっと頑固って言うか」
(でも、こればっかりはしょうがないんですかね……。小夜さんはサンタクロースを信じられなくなってからも、クリスマスは嫌いになったりしなかったんじゃないですか?)
「……まぁ。子供ってその辺、現金だからね。どれだけサンタクロースなんていう空想の存在が居ないからって、ある意味じゃ一年で最も約得な日を逃すわけがないって言うか……」
(それも、私はある意味じゃカリクムから奪っちゃったんですよね……。あの後死んじゃいましたし……)
何だか空気が重苦しくなってきたので、小夜は切り替えようとわざと大声を張っていた。
「あのね! ……カグヤが後悔するのも分かるし、カリクムの気持ちも分かるわよ。けれど! 今は私が創主で、そしてカリクムは今年のクリスマスを……素直じゃないなりに楽しめないのは、ちょっと損って言うか……よくないことだと思うの」
(……そうですね。カリクムにはもう少し……夢を見て欲しいのもあるんです。私がそそっかしく死んじゃったから、取り返しがなかなかつかなくなっちゃいましたけれど。あっ、これは幽霊ジョークでして)
「……分かっているけれど、あんまし笑えないんだってば。うーん、分かった! じゃあ、あんたたちの分、私が買ってあげるわよ」
(えっ? 私の分も……ですか?)
意想外そうに自分を指差したカグヤに小夜は頷く。
「他に誰が居るのよ。……あんたも幽霊とは言え、カリクムの無意識なんだから欲しいものの一つや二つはあるんじゃないの? それがもしかしたら、カリクムの意固地さを解く鍵になるかもだし」
(私の欲しいもの……うーん、何でしょう。そう言えば生前、あまり物を貰ったりあげたりとかは縁がなかったかもしれません)
「友達とかは? あんた、その性格なら結構居そうだけれど」
(友達は……摺柴財閥に囲まれた際に遠ざけられたり、疎まれて縁を切られちゃったり……だから私、あんまり友達居ないんですよね。無縁仏って言うか……あっ、これは自虐的幽霊ジョークでして……)
「分かったから。……悲しくなるからやめて」
とは言え、カグヤ自身が欲しいものなどあるのだろうか。
如何にカリクムの無意識がこうして形になっているとは言え、彼女に捧ぐ物は何も思い浮かばないのが現状である。
(あっ、けれど欲しいものって言うと違うかもですけれど、一つだけ。クリスマスはカリクムと一緒に食べたものがあるんです。それは――)
――仕事を終え、小夜はようやく帰宅を果たしていた。
クリスマスの夜。
特別な聖夜も、今年ばかりは作木と過ごせないのは心残りだ。
「おかえりー、小夜。クリームシチュー、できているわよ」
「ありがと、ナナ子。カリクムは?」
ナナ子は困ったように微笑む。
「……ヘソ曲げちゃったのかもしれないわね。何だか早めに寝ちゃったみたいで……」
「そう。カリクム。カーリクム!」
ベッドで不貞寝しているカリクムを揺さぶる。
案の定、寝入ったわけではないらしく不機嫌そうにカリクムが返答する。
「……何の用だよ、小夜。クリスマスなんて、何でもないんだからな。いつもより早く寝るに限る……」
「あんたのそういう意地張るところ、嫌いじゃないけれど、ちょっとは素直になったほうがいいんじゃない? ほら」
小夜が掲げたのは近くのコンビニで買い付けた――。
「……それ、小夜……」
「クリスマスはこれを食べていたんでしょ? ……お節介な先輩創主から小耳に挟んでね」
「それって……コンビニのおでん?」
小夜はコンビニおでんをこたつの上で広げる。
カリクムはベッドから飛び起きて、それから浮遊して近づいてくる。
「……何で知って……」
「さぁね。けれど、カリクム。一つ覚えておきなさい。あんたの創主は、あんたが思っている以上に強引で、強情で、そして我慢強いってこと。あんたがクリスマスを楽しめないって言うんなら、その上であんたを楽しませてあげる。それくらいはやってのけるのがあんたの創主ってことよ」
「……何だよ、それ。小夜ってばやっぱり……ぶきっちょだよな」
「放っておきなさい。さ、食べるわよ。確かがんもどきが好きなのよね、あんたは」
「……お節介な先輩創主、か。そいつはずっと……覚えていてくれたんだな。私がこれが好きなのを」
「そうよ。そんでもって、今のあんたの創主として、私はあんたとクリスマスを過ごしたい。それに対して、駄目だとかは言わないわよね?」
「……本当、強引な奴だよな、小夜は」