「両兵っ! 何か気づいたことない?」
「あン? 何がだよ。……メシの準備はまだなのか」
静かに落胆しているとエルニィが自分の周りでぴょこぴょこと動く。
「ほらほら、ボクがなーんかいつもと違うなって思わない?」
両兵はエルニィの顔をじっと見つめる。
そうするとどうしてなのだか向こうから視線を逸らす。
「何だよ。何か変わったことがあるんなら顔を見ねぇと話しになンねぇだろうが」
「いや、さすがにボクも女子だし、見つめられっ放しは……」
「そーかよ。柊、居るか?」
台所に顔を出すとどうしてなのだか赤緒とさつきがそわそわとする。
「あっ。その……小河原さん、何か気づいたところはないですか?」
「何だそりゃ。似たようなことを立花の奴も言っていたが……さつきとお前もか?」
さつきは無言で首肯する。
どうやらここは自力で見つけ出せと言うことなのだろう。
しかし、違和感も何もなく両兵は首を傾げる。
「……変わったところって言ったって、オレは化粧品だとか何だとかは言っておくが全然分からんからな。お前らがそういうのをオレに求めているんだとすれば、筋違いっつーか」
「……もうっ。一見して分からないなんて」
「……ヘソ曲げんなよ。さつきも変わったところがあンのか?」
「そ、その……私はちょっとだから……」
「ちょっとっつったって……」
両兵はさつきを仔細に観察する。
髪型が大きく変わった様子もなく、かといって香水や化粧をしている風でもない。
「……何だってんだよ。そろそろ種明かしして欲しいところだが」
「自力で気づいてくださいよ。……それにしても、ヴァネットさんの言っていたことって本当だったんだ。男の人って、あんまり関心ないんですね!」
「勝手に落胆すンなよ……しょうがねぇな。女がどうのこうのってのは分からんもんなんだよ」
「そ、その……お兄ちゃんはやっぱり分かんない?」
「分からん。それと玄関先散らかってたぞ。何であんなにメジャーを……」
廊下で行き会ったルイが片手にスナック菓子の袋を持って自分の前で立ち止まる。
直後、エルニィと同じくぴょんぴょんと跳ねられて両兵は困惑してしまう。
「……言いたいことがあるんなら、てめぇら口で言え。何だって察してもらおうとするんだ」
「……分からないのね」
「分からん。つーか、菓子。食っていいのかよ、柊がまた言うんじゃねぇの?」
ルイにしてみれば注目がスナック菓子に行って心外だったのか、ふんと鼻を鳴らして菓子袋を自分に差し出す。
ちょうど小腹が空いていたのでそれを受け取ってスナック菓子を頬張りつつ、両兵は二階から降りてきたメルJへと視線を向ける。
「小河原、来ていたのか」
「おう。何だ、ヴァネット。てめぇはぴょんぴょんしねぇんだな」
「ぴょんぴょん……? 何のことだ?」
「いや、多分どうでもいいことなんだろうが……連中、オレの前で何かに気づかないかってずーっと言ってくンだよ。何だか参った気分だぜ。答えのない設問を出されている感じっつーか」
メルJは何かを言おうとして、悟ってか口を噤む。
「……小河原。本当に何も気づかなかったのか? 誰一人?」
「何だよ、てめぇもそうだとか言い出すんじゃねぇだろうな? 言われたってオレには分かるもんなんて一個もねぇよ。……これ、食うか? 黄坂のガキに貰ったんだが」
スナック菓子の袋を差し出すと、メルJは数枚つまんでからハッとする。
「……体型を維持しろと言われていたのだった」
「ああ、モデル業の? てめぇも大変だな。食ったり食わなかったりするんだろ? よくやるぜ」
「……小河原、それには気づくのに他の者たちの違和感には何も気づかなかったのか?」
「そりゃあ、お前。モデルやってるてめぇと他の連中は違うだろ。まさか、体重が減っただとかそれを見た目で分かれって言うんじゃねぇだろうな? そりゃどだい無理な話だぜ?」
そもそも体型だとか体重だとかを一見して理解しろと言うのは無茶だ。
いつも体重計と睨めっこしているのならばともかく、一朝一夕で変わるものでもないのだろう。
「それはそうだが……まさか、本当に? 誰一人として?」
何故なのだかメルJも意外そうで、両兵は目を丸くする。
「それに気づけってどこまでなんだよ……。全員分だろ? 誰が重いだとか軽いだとかは知らねぇって」
「いや、体重ではなく。……むぅ、ここまで言っても伝わらんか」
「伝わらん伝わらん。何だっててめぇらはそう、見かけをどうこうしようと躍起なんだ」
「あれ? 両、来ていたのね」
ひょっこりと顔を出した南に両兵は片手を上げる。
「おう。お前は……言い出さねぇよな?」
「何のこと?」
「いや……何でもねぇんだが」
南は無断でこちらの抱えていたスナック菓子を失敬する。
「よく分かんないけれど、あんたの役割なんだったらちゃんとしなさいよ。そうじゃなくっても、トーキョーアンヘルはただでさえチームワークが乱れたらそこまでなんだからね」
何だか自分一人の意見で統率が乱れるとでも言われているようで両兵は納得がいかない。
「……とは言ってもだな、見事に何も分からんのだ。こっちだってお手上げだっつーの」
全員の刺すような殺気じみた視線は感じるものの、変化があったと言われてもまるで分からない。
居間の隅でスナック菓子をぽりぽりと頬張っていると、再びエルニィが問いかける。
「本当に分かんない? 本当に?」
「マジのマジに、だ。何だってお前らは分かると思ってンだよ。一向に分からん。そもそも、変化なんてあンのか? まさか、“普段と何も違うことが間違いでした”なんて言う、変化球の間違い探しってのはなしだぜ?」
「……ちぇっ。何だって分かんないのかなぁ」
居間に食器と食事を並べていく赤緒とさつきに目配せされるが、どちらもまるでピンと来ない。
「……これ、いつまで続くんだよ。罰ゲームとかじゃねぇんだからよ」
「……その、お兄ちゃん。本当に分かんないの……?」
「さつきちゃん! 小河原さんは本当に分からないんだから、相手にすることないよ! ……って、ここまで言っても一ミリも分かってなさそうだし……」
「何なんだよ。間違い探しをしようにも普段の様子が分からんとどうしようもねぇだろ」
「じゃあ、ヒント。玄関にメジャーがたくさんあったのは何ででしょーか」
エルニィから出し抜けに問題が出され、両兵はスナック菓子を口に運びながら思案する。
「……デカい荷物を送るからその寸法でも図っていたとか、じゃねぇの?」
「ブッブー! ……本当に分かんないんだ?」
「だから、いい加減間違い探しはやめろっての。どんだけ言われたって、オレが分かるかと言われりゃ、そんなもん……」
「おや、小河原さん。今日も来られたんですね」
五郎が声をかける。
食卓を用意する五郎と赤緒たちを見比べて、その段になってようやく違和感に気づく。
「……何だかてめぇら、デカくなってねぇか?」
その解答にエルニィを含む、トーキョーアンヘルの面々は心底呆れ返っていた。
「……もしかして五郎さんと見比べてようやく分かったの? 何だかなぁ……。メルJー、全然効果ないじゃんかぁ」
エルニィがスリッパを脱ぐ。
それは厚底になっており、彼女らの身長をプラス五センチほど底上げしていた。
「それって……」
「シークレットブーツ、ってものらしいよね。それにしたって、本当に事ここに至るまで分からないなんて……両兵はボクらのこと、普段ぼんやりとしてしか見ていないの?」
シークレットブーツと明かされて両兵はようやく合点がいく。
「メジャーが散乱していたのは……それをはかっていやがったのか。……でも何でだ? 今さら身長を伸ばしたって何の得もねぇだろ」
持論を展開した自分に対し、赤緒が説明を始めていた。
「そもそもは……ヴァネットさんがお昼に帰って来た時に大量のシークレットブーツを持って帰って来たことからなんですけれど――」
――居間で寝転がっているエルニィは雑誌を捲りつつ生欠伸を噛み殺している。
「立花さんっ。もうちょっとしゃんとしてくださいよ。平日のお昼ですよ」
「とは言ってもなぁ……。赤緒さ、最近ボクは身体測定をやったんだけれど」
「ああ。中学校のほうでですか?」
「うん。まぁ、教員だけ受ける特殊なものだったんだけれど……ボクってさ。あんまし身長高いほうじゃないじゃん?」
エルニィが背伸びしようとするが、僅かに自分に届かない。
「まぁ、成長の度合いとかもありますし……」
「それでも赤緒より下なの納得いかないー! 何だって身長ってすぐに伸びないんだろ」
「えっとぉ……そうだ! 牛乳! 牛乳飲めば伸びるって言いますけれど……」
「うーん……牛乳ねぇ……」
エルニィの目線が胸元に注がれたのを感じ取って、赤緒はハッと手で覆い隠す。
「な、何ですか! 立花さんのえっち!」
「いや、そこもそう言えば大きくなるとは限らないのか……。うーん、何とかさ。今すぐに身長を五センチくらい伸ばせないもんかなぁ」
「そんな無茶なことを言ってないで、ちゃんとしてくださいよ。きっちりしていれば身長だってすぐに伸びますから」
「本当に? いい加減なこと言ってない?」
そう詰め寄られれば赤緒も確証めいたことは言えないでいた。
「うっ……で、でもですよ! 栄養をちゃんと取って、ちゃんと睡眠すれば伸びますってば! 立花さんは慣れない日本生活でちょっとだけ伸び悩んでいるだけかもしれないじゃないですか」
「そう思えりゃいいんだけれど……さつきやルイみたいに明らかに幼児体型なら諦めもつくんだけれどなぁ」
それはそれでさつきとルイに失礼ではないのか、と思っていると玄関が開いた気配がしていた。
「あっ、さつきちゃんたち帰って来たのかも」
ぱたぱたと玄関に出迎えに行くと、そこには段ボールを抱えたメルJが困惑顔で佇んでいる。
「あれ? ヴァネットさん今、帰って来たんですか? ……どうしたんです? その荷物」
「……モデル業で余ったものを押しつけられてしまってな」
メルJは玄関先に段ボールを置いてから、ふぅと嘆息をつく。
「何なんです、これ。……開けても?」
「ああ。何でもないんだが……必要ないと言うと、それは私の背丈が高いからだと言われてしまってな。ぐうの音も出ないでいると、次の撮影の時の参考にしてくれと。それにしたってこんな量は要らんと突っぱねればよかったんだが……」
どうにもメルJ自身、相当腹に据えかねているようだ。
「大変なんですね、モデル業って……って、これ靴ですか?」
どこからどう見ても自分の見知った靴――もっと言えばスリッパレベルにしか見えない薄い生地のものであった。
「ああ、だが中敷きを見てみろ」
「中敷き……あっ、これちょっと底が厚くなっていて……」
「俗に言うシークレットブーツ、と言うものらしい。私には不必要だから使わないが、撮影相手には使うかもしれないから、こういうものが存在するとは知っておいてほしいのだと」
ちょうど身長の話をエルニィとしていたところだったものだから、赤緒は段ボールの中にあるシークレットブーツを物色する。
自分の足のサイズに合致するものを見つけ、メルJへと問いかけていた。
「その、履いても……?」
「いいが、思ったよりもずっと使いづらいぞ? このようなものに頼らなくってはいけないと言うのがモデル業の面倒くささと言うか……」
赤緒がシークレットブーツを履くと、それだけで視野が変わってくる。
「わわ……っ! 何だかいつもより視線が高くなって……くらくらする……」
「気を付けろ。それで転ぶこともよくあるらしい。目線が五センチ変わると人間、物の見え方も違うものだ」
「わっ……倒れちゃう……っ!」
「だから、気を付けろと……」
倒れかけて即座にメルJに抱えられる。
いつもよりメルJの顔が近くなって赤緒は思わず赤面した顔を逸らしていた。
「そ、その……近い、です……」
「あ、ああ……すまん。……それにしても、分からん感情だな。背丈なんて低いほうがいいのに」
シークレットブーツを脱ぐとメルJは心底不思議そうに首をひねる。
「えっとぉ……ヴァネットさんって身長いくつでしたっけ……?」
「むっ……確か180くらいだったか」
180センチと言うと普段ならば完全に見上げてしまうような身長差だが、赤緒はシークレットブーツの中でもさらに厚底なものを探し出す。
「……たとえば、ですけれど、ヴァネットさんと他のモデルさんが並ばないといけない時って……これ、使うんですか?」
「使っているところを見たことはある。私は使ったことはないのだが、ほとんどの日本人のモデルは私より背は低いからな。雑誌のグラビアや表紙で背丈を不自然なく合わせる時にはシークレットブーツもそうだが、台座を使って上手く錯視を利用することもあるらしい。詳しくはないがな」
メルJ単体の写真ならばともかく、確かに日本人女性で180の長身はなかなか居ないだろう。
それに並び立とうとすれば自ずとこういったものが必要になる。
何だか華々しい舞台の裏側を見せられたようで、赤緒は少しだけ高揚していた。
「じゃあ、私みたいな身長でも、こういうのを使えば……」
「赤緒くらいのモデルは大勢居る。そういうこともあるな」
「なになにー? 赤緒ってばぁー、そろそろ三時のおやつにしてよー!」
エルニィが合流して来たことで、これは厄介になるぞと思った矢先、彼女は案の定シークレットブーツに着目する。
「それ、何? 靴ばっか……」
「シークレットブーツですよ。これを履いて身長差を埋めるんです」
「へぇー……これでモデルをねぇ……。ねぇ、一個思いついちゃった」
どうせロクなことではないのは分かっているが、赤緒は一応問いかける。
「危ないこと……?」
「危なくないってば。ルイとさつきが帰ってきたら、全員でやってやらない? これを履いたボクたちに、両兵が気づくかどうか。そうだなぁ……気づいた人にはどうせだからご褒美とかね」
ご褒美、と言われて赤緒も尋常な気分ではいられない。
「そ、それって……」
「メルJ、これって身長差を埋めるためにあるんでしょ? じゃあ、せっかくだし両兵とデートでも、かな?」
「で、でででっ……デートって」
「何さ。赤緒、今さら怖気づいちゃって。ボクら全員でこれを履いてみて、気づかれた人の特権ね?」
「待て、立花。そうなるとシークレットブーツが不要な私は……参加できないではないか」
「あれ? メルJ、両兵とデートしたいの?」
そう返されれば強気なメルJは返事に窮したようだ。
「そ、それはだな……違うが、私だけ不参加と言うのも……その……」
「分かった、分かったってば。じゃあ、メルJは誰も気づかれなかった時の特殊枠ってことで!」
「特殊枠……何だかそれはズルくないか? お前らが気づかれやすい状態からのスタートだろうに」
「文句があるんなら勝負には乗らない?」
挑発されれば売り言葉に買い言葉なのは分かり切っている。
「馬鹿にするな。お前らが即席で背丈を伸ばそうと、どうせ小河原のことだ。分からないに決まってる」
「そうかなー? じゃあ、思いっ切り伸ばしちゃおっか。えーっと、ボクの身長が152だから、五センチアップしよっかな。赤緒はどうする?」
「わ、私、参加するの前提……」
「しないの?」
そう問い返されれば今さら降りることなどできないのだと実感する。
「……わ、分かりましたよぉ……。さっき履いたのが五センチアップだから……三センチくらいでいいかな?」
「いいの? 気づかれないかもよ?」
確かに報酬が両兵とのデートなら、少し不自然なくらいがちょうどいいのかもしれない。
だが、あまりがっつきたくないのは自分とメルJの共通認識であった。
「じ、じゃあ五センチ……これで私の身長は162……すごいなぁ。こんなの男の子の視点じゃないですか……」
そもそもシークレットブーツを履き続けるのもなかなかの労力だ。
この状態で両兵に真っ先に気づかれようとすれば、自ずと不自然な挙動になる。
「メルJ、赤緒の身長をちゃんとはかっておいてよね! サバを読まれたら公正な勝負になんないし!」
メジャーを取り出し、エルニィは身長差が開き過ぎないようにメルJへと採寸を依頼する。
不承気にメルJは自分たちの身長をはかっていた。
「……何で私がこんな真似を……言っておくが、シークレットブーツは意外と分からんように作られているのだからな。不自然過ぎると逆効果となる」
「で、でも……! 皆さんに勝ちたいです……っ!」
自分の言葉にメルJはため息を漏らす。
「身長なんて高くないほうが似合う服もたくさんあるのだがな……」
「じゃあ、ルイとさつきが帰ってきたら全員でやってみよー! これで両兵が誰にも気づかなかったら、それこそ普段どんな顔してるんだって話だよねー!」
「――って、笑ってさすがに分かるラインを仕掛けた、と。へぇ、涙ぐましいじゃない。あの子たちの努力よ? それも」
事の次第を聞かされた後に、トーキョーアンヘル全員分のお叱りを受けた両兵は縁側で肩を竦める。
「努力ってもんかぁ? ……身長なんざ、世の中には身の丈っつー言葉がちょうどあるんだ。背丈を偽装したっていいことは一つもねぇっての」
「赤緒ー! 牛乳、もう一杯!」
「私も、ちょうだい。……ちょっと苦手だけれど、飲むしかないわね」
身長の誤魔化しが通用しなかったせいか、エルニィとルイは牛乳を一気飲みしている。
「お、お二人とも……あまり飲むと、お腹がゆるくなっちゃいますよ……」
「そんなこと言って、赤緒だけたくさん飲もうとしてるんでしょ! ……まぁ、赤緒の場合、違うところに栄養が行きそうだけれどねー」
「な、何ですか! 私だって身長を伸ばしたいんですからねっ!」
牛乳を一斉に飲み干す面々を目にしてから、げんなりとして両兵は項垂れる。
「何だって身長なんて伸ばしたがンだよ。どうせ、何年かすりゃ嫌でも背なんざ伸びるだろうに」