JINKI 292 今はまだ幼き超越者

 普通なら両兵の側に問題があるとするところを、自分にも落ち度があったかもしれないとして、こうしてある意味では「敵情視察」に来たわけだ。

 何だか無理に聞いたのも少し悪かったかもしれない、と思い始めたところで頼んでいたハンバーガーセットが来る。

 それを目にしてさつきは項垂れていた。

「どうしましたぁ? もしかして、本当はハンバーガーが嫌い……?」

「あ、いえ……っ。思い出しちゃって……。結構前に、私が危なくなった時に、お兄ちゃん、私を連れてハンバーガー屋さんに来てくれたみたいで。その時の記憶は靄がかかったみたいに実感がないんですけれど、ハンバーガーの味と、お兄ちゃんの手のあったかさだけは覚えていまして……」

「姉さん、これ。フォークもスプーンもないんだが」

 文句を垂れるドクターオーバーになずなが懇々と言い聞かせようとして、さつきが割って入る。

「あっ、それ、私も思いました。……馴染みがないとそうですよね。フォークもスプーンも、お箸も要らないんですよ?」

 ふふん、と少しだけ先輩風を吹かすさつきに、なずなは思わずぷっと吹き出してしまう。

「何だかここに関してで言えば、まだまだみたいですねぇ」

 ニヤニヤとドクターオーバーを嘲笑するが、彼は意に介さずにハンバーガーに齧り付く。

 直後、その口元から感嘆の息が漏れていた。

「……旨い……。こんなに旨いものがあったのか、まるで知らなかったぞ……」

「大げさですねぇ……。ハンバーガー屋さんなんてどこにでもあるでしょうに」

「本当にどこか……遠いところから来たんですかね……。なずな先生の故郷とか……?」

「あっ、いや……彼は……」

「彼?」

 何だか言えば言うほどにボロが出るような気がして、なずなは口を噤む。

「姉さんはおっちょこちょいなんだ。許してやってください」

 口元を紙ナプキンで拭きながら、何てことのないようにドクターオーバーは告げる。

 諸悪の根源が何を、とついつい言い出しかけてなずなは頭を振っていた。

「……まぁ、弟のことはいいとして」

「そういえば弟さん、何てお名前なんです? 私のことは知っていらっしゃるみたいですけれど……」

 これはまずい、と息を呑んだなずなに比して、ドクターオーバーは何でもないように応じていた。

「ああ、失礼。瑠璃垣セリと申します。以後、お見知りおきを」

 まるで最初から考えていたかのようにドクターオーバー――否、セリは口にしてみせる。

「セリ……さんですか。私は……もう知っているかもしれませんけれど、川本さつきと言います。学校では……なずな先生の生徒で……」

「存じています。姉がお世話になっております」

「あっ、いえ、こちらこそ……」

 丁寧に礼節を弁えた挨拶を交わすセリとさつき。

 なずなは、今にも首輪の爆弾が起爆するのではないかと恐れながらも、咳払いする。

「さ、さつきさーん……。そういうことなら、私にお手伝いさせてくださいよぉ……」

「お手伝い……?」

「兄弟の仲が険悪になるのは、あまりよくないことでしょうから。……ちょっとしたお手伝いですよ」

「――よかったのか? ミスなずな」

「こら。姉さんと呼びなさい。どこに耳があるか分からないんですからね」

 ふぅん、と訳知り顔でセリは椅子に座り込む。

「あれがトーキョーアンヘルの主力なのだろう? 潰しておかないのか?」

「そういう野蛮な考えは持っていないんです。……あなたこそ、いいんですか? せっかくの機会を逃したようで」

「まさか。むしろこれからの機会には恵まれているとも。血続操主と直に会うのは初めてかもしれんが、いい刺激にはなった」

 こちらは戦々恐々としたものだが、となずなはアパートの壁に背を預ける。

「……ハンバーガーセット一つでさつきさんの悩みが消し飛ぶのなら、安いものですよ」

 結局、さつきには両兵と仲直りさせるためにハンバーガーセットを持たせ、そのまま解散したのだ。

 思えば、学校の外で遭遇したのならば敵同士と言う協定を自分から破ったことになる。

 ある意味では不利なのだが、さつきは刺々しく思うようなことはなく、学校の外でも自分に対し礼節があったように思える。

「教師としての生活が板についてきたか? ミスなずな」

「だから、姉さんと……。それですけれど、別に私は、この生活をいつまでも続ける気はないんですよ。いずれは終わりが来ます。その時に……後悔だけはしないように、って」

「言い聞かせている、か。殊勝なことだ。……一つ、聞きそびれたことがあった」

「何です? 無用なことなら……」

「いや、必要なことだ。何故、わたしをすぐに殺さなかった? 敵対組織の首魁だ、殺しても何ら問題はない」

 その問いかけに、なずなは嘆息をつく。

「……あなたが私たちに捕まってから……私のことを“ミセス瑠璃垣”と呼ばなくなった……それが理由では駄目ですか?」

 暫し、沈黙が流れた後にセリは笑い出す。

「何だそれは。そんなことが分水嶺か。……だが、今はまだよかろう。この生活を続けることにもな。ただ、こちらも注文が一つだけ」

「何なりと。……無理なことでなければ、ですが」

「無理なものか。……そうだな。明日の夕飯もあのハンバーガーセットで頼むよ。――姉さん」

 少年の姿で、今はまだ幼き超越者は妖しげなウインクするのであった。

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