レイカル 64 1月レイカルと正月太り

 その中で冬休みの宿題を与えられたウリカルに比して、レイカルとカリクムはどこか気だるげにしている。

「……どうしたんだよ、小夜ー。ミカンくれよー」

「カリクム、あんたもそうだけれど……何か全体的に丸くなってない?」

「丸く? 気のせいだろ。私たちオリハルコンは太りもしなければ痩せもしないからな!」

「いや、確かに丸く……うーん、これは私の色眼鏡が入っちゃってるのかもだけれど、あんたたち、ちょっとサボり過ぎじゃない?」

「とは言ってもなー。ダウンオリハルコン退治も年末年始は休むもんだろ? 私たちだってそうそう忙しくするのも変だし」

「そりゃあ、そうだろうけれどさ。世の中には警察だとか、オリオンだとか竹内会だとかが居るわけだし、私たちが年柄年中忙しくするのも変だけれど……やっぱり。あんたたち、正月太りしていない?」

 レイカルは年が明けてから五日間ほど見ているが、ほとんど動いていないように映る。

 それはカリクムも同じで、テレビで芸人のネタを見ては爆笑していた。

「……私たちが丸く……? なぁー、ヒヒイロ。私たちが丸いなんてそんなことないよなー?」

 当のヒヒイロは削里と将棋盤を挟んで駒を打っている。

「……待った」

「よいですが、今年も待ったは五分までですぞ。……はて、何でしたか、小夜殿」

「いや、レイカルたちの様子を見て、何とも思わないの? 変だってば! 絶対正月太りしてるし! 寝正月だし!」

 ヒヒイロはレイカルたちを検分し、それからふぅむと呻る。

「……私としては正月くらいは稽古を休んでもいいと思っているのですが」

「それだとレイカルたちは正月が終わる頃には戦えなくなってるんじゃないの?」

 ナナ子の問いかけにヒヒイロはすっと片手を翳す。

「試してみましょうか。レイカルや。ちょっとハウルを撃って来るとよい」

「何だとぉ……よっこいしょっと」

 寝返りを打ったレイカルはやっとのことでヒヒイロと向かい合う。

 その時点で怪しかったが、レイカルはハウルを出そうとすると、どうしてなのだか硬直していた。

「……ど、どうしたの? いつもみたいに馬鹿力のハウルを――」

「……出せない。どうやって出すんだったっけ……?」

 まさか、と小夜はカリクムへと視線を向ける。

「か、カリクム! あんたは……!」

「馬鹿にするなってば。レイカルなんてしょっちゅう忘れちゃうんだからなー。私は歴が違うし」

「では、カリクムも撃って来るとよい」

 ヒヒイロが挑発するとカリクムは寝返りを打ってようやくのところで立ち上がる。

「馬鹿にするなよぉ……よっこいしょっと」

「絶対変! よっこいしょなんてあんたたち二人とも言ったことないし……!」

「何を……ほう! そい!」

「本当、小夜ってば大げさだよなぁ……はっ! ほっ!」

 しかし、レイカルとカリクムのハウル操作は散漫なままで、ヒヒイロの身体に命中するどころかそもそも放出さえもされない。

「な、何でだ……! 弱くなっている……?」

「ちび化しているわけでもないのに……ハウルが出せないなんて……!」

「いや、愕然としているところ悪いけれど、あんたたちの格好見れば一目瞭然って言うか……。やっぱり、原因は正月太り?」

「そのようですね。ウリカルよ、撃てるか?」

 ウリカルはと言うと律儀に正座してテレビを観ていた。

「あ、はい。……はっ!」

 ウリカルの練り上げたハウルの砲弾がヒヒイロの手へと着弾し、ヒヒイロはと言うと達人の所作でそれを弾く。

「うむ。よいハウルじゃ」

 その模様を見て、レイカルとカリクムはショックで口をあんぐりと開けていた。

「……ば、馬鹿な……。私でもあれくらいは何でもなくこの間までできていたのに……」

「ど、どうして……? ちょっとハウルを使わなかっただけで……?」

 ナナ子がレイカルとカリクムを交互に見てから、ヒヒイロへと確認の眼差しを送る。

「ずばり、正月太りと怠け癖ね。年末からこの先、まともに戦っていなかったから鈍っちゃったのよ」

「私もそうだと判断いたします。二人とも、精進が足りんぞ」

「ちょ、ちょっと待て! ハウルを使っていないって言っても、普段から放出されるハウルがあるはずだろ?」

「そうだよ! 創主と契約オリハルコンはハウルの循環が成されているはずで……! それが一方的なんてことはないんだからな!」

「……あれ? そうなのか?」

 ここ一番で疎いレイカルの反応にカリクムは額に手をやって項垂れる。

「……ということは、やはり正月太りで鈍ってしまった感覚を今一度研ぎ澄ます必要性がありそうですね」

「でも、どうするってのよ。この調子じゃ、正月分のハウルの放出だけで一か月くらいはかかりそうだけれど……」

「教師役を立てましょう。ウリカルよ、やれるな?」

「えっ……で、でも私……! レイカルさんとカリクムさん相手に教師なんて……!」

「大丈夫よぉ……あなたが適任なんだからぁ」

「……そう言うラクレスは……」

 追及の眼差しをナナ子と二人で送ると、カリクムは妖艶に微笑む。

「あらぁ? 私の教え子の実力に疑問でもぉ?」

「……いや、何でもない。でも、一週間やそこいらでしょ? そんなことってあり得るの?」

 ヒヒイロは何やら考え込んでこちらへと返答する。

「思うに……たった一週間とは言え、ハウルを溜め込み過ぎたのではと。先にもカリクムが言った通り、ハウルの循環は創主と契約オリハルコンの間で成り立っているもの。それが一方的であったり、あるいは解消の糸口が分からぬとなれば、自ずと廃棄ハウルとでも言うものが溜まっていくと想定されます。今の二人は廃棄されるエネルギーが上手く循環できていないようですので」

「……えっと、つまり……?」

「要は寝正月の怠慢ですね。力の使い方を一時的に忘れているのでしょう。ウリカルはその点で言えば適任の教師役です。小夜殿、それにナナ子殿も。レイカルたちを元に戻すために協力していただけますか」

 断る理由はないが、ずっとハウルを出そうとしてごろんと転がるレイカルたちを目にすれば不安も募る。

「……大丈夫かしら……? これ……」

「――じゃあ、まずは走り込みをします! この季節は辛いですが、走っているとあったかくなるので」

 ウリカルは「鬼教官」と書かれた鉢巻を巻いて、ジャージ姿で首からホイッスルを下げている。

 その姿はテレビドラマで学習した熱血体育教師のそれだ。

「……いいんだけれどさ、ちょっと一個だけ」

「どうぞ」

「……私たちってそもそもハウルを固めて飛べるじゃない? 何だって走るなんて非効率的な真似を?」

「それは創主である小夜さんたちに連動させやすくするためです。小夜さんに作木さん、準備はできましたね?」

「呼ばれたと思ったら……まさかこんなことになっているなんて……」

「不幸はお互い様よ、作木君……。それにしても、寒っ」

「今日は今シーズンで一番の冷え込みらしいですので」

 小夜と作木はトレーニングウェアに身を包み、レイカルとカリクムは柔道着に身を包んでいた。

「何だって創主の側はそんな動きやすそうなカッコなんだよ!」

「いや、だってこの寒空で風邪引いちゃったら大変じゃないの。私はちゃんとお正月休みが終わったら仕事のスケジュールがあるんだからね」

「創主様! カッコいいです!」

「そ、そうかな……。こういうトレーニングウェアってそういえばあんまり着たことないかも……」

「今じゃ、高校生でも体育の授業じゃこういうのって聞くわよ? 昔みたいに冬空でTシャツ短パンってのもないんだから」

 小夜はまず準備運動を行うが、作木は戸惑ったままだ。

「……その、どうすれば……?」

「どうすればって、作木君、いきなり動くと肉離れとかしちゃうから動く前には準備運動を……」

「いや、その……。どうするんです? 準備運動って」

 小夜が仰天して目を見開いていると、自転車に跨ったナナ子がなるほどね、と得心する。

「そういえば、作木君は運動全般が苦手だっけ?」

「あ、はい……。お恥ずかしながら……」

「私はアクションを担当することもあるからインストラクターに教わることもあるけれど……作木君はそっか、一般論よね。……うーん、とりあえず屈伸だとか、柔軟運動をしてみる? ほら、ちゃんと曲げて」

 小夜が柔軟運動を手伝おうとすると、作木は頬を紅潮させる。

「いや、その……近い、です……」

「近づかないと柔軟できないってば。……心配しなくっても、さすがにいちゃつくつもりはないわよ。レイカルたちが調子を取り戻さないとダウンオリハルコンに襲われたら一発だろうし」

「あっ……ですよね……」

 どうしてなのだかがっかりしたのを感じるが、小夜はさっぱりで作木の関節をほぐす。

「作木君……カタいわねぇ……。こんなで背丈ばっかり高いんじゃ、苦労したでしょうに」

「いたたた……っ! そこは曲がりませんってば……!」

「我慢する! ……さぁ、走る準備ができたわよ!」

「……こういう時にいちゃつく口実を作ればいいのに、まぁ今回ばっかりは余裕もないか。よぉーし、四人とも準備はいい?」

「いつでも!」

「私は絶対、鈍ってなんかいないんだからなー!」

「では……」

 ウリカルがピィーとホイッスルを吹き、ナナ子の走らせる自転車の籠に入って自分たちを先導する。

 思えば小夜自身、僅かとは言え休息を貪ったせいか、少し身体が重かった。

「何だかいつもより身体が鈍いと言うか、重いような……」

「言ったろ! 創主とオリハルコンはハウルを連動させてるんだ! ……だから、オリハルコンがバテると創主もバテやすくなるって……」

 既に息を切らしているカリクムからの初情報に小夜は目を見開く。

「何それ! じゃああんたらの怠慢の結果が私に返って来るっての? ……って、あら、作木君……?」

「ちょ……ちょっと休憩……」

 ぜいぜいと息を切らす作木に小夜は呆れ返る。

「まだ五十メートルくらいじゃないの。……体力作ったほうがいいわよ?」

「と、とは言いましても……」

「小夜ぉ……もう限界。そもそも、走るなんて非効率なんだよな! なぁ、レイカル――って、うわっ!」

 カリクムが目を向けた先で、自身から放出される汗が雲を作っているレイカルが必死に走っている。

「ぜぇ、ぜぇ……ウリカルぅー……何メートルだぁ……?」

「あと五キロです! 皆さん、ファイト!」

「ご、五キロ……五キロって何百メートルなんだ……?」

「ちょっ……ちょっとタイム!」

 ナナ子の自転車が急停車し、カリクムはレイカルの肩に手を置く。

「その、本当に大丈夫か? これ、やらせないほうがいいんじゃ……」

「いや! 私は絶対、強くなるんだ! ……それにしても身体が重いな。くそぅ……もっと早く動けぇ!」

 レイカルが必死に足を動かすが、ハウルが空回りしているのか浮遊している。

「レイカル! ちょっと落ち着いて! 浮かんじゃってるから! ……作木君は……」

「だ、大丈夫……です……!」

 とは言え、汗まみれの作木をあまり急に運動させるものでもない。

「ウリカル、ちょっと一旦待って! そこのベンチに……」

 ベンチに座り込んだレイカルと作木に対し、小夜は問いかける。

「作木君、正直に答えてね? ……お正月から先、走ったことは?」

「……ないです」

「……もっと正直なところを聞くわね? 走り込みを大学に入ってからしたことは……?」

「……高校以来です」

 だろうな、とは思っていたがまさかここまで体力がないとは想定外だ。

 小夜はがっくり来るものを感じつつ、いくつか整理していた。

「……オーケー、よく分かったわ。レイカルにやる気があっても、作木君のほうに体力がないんじゃ話にならないし……無理にハウルを消費しようとすると作木君の側から差っ引かれちゃうみたいね」

「つまり……レイカルに無理にハウルを使用させようとすると、作木君の疲労が半端じゃないってこと? はい、お水」

「あ、ありがとうございます……げほっ……!」

「一気に飲まないで。ゆっくりと飲みなさい」

 ちびちびと水分を取らせつつ、小夜は考えを巡らせる。

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