「……滅茶苦茶失礼なことを言ってやがンな、こいつ……。言っておくがなぁ……! オレだって苦手なもんの一個や二個くらいはあるんだぜ?」
「えっ、あるの? 意外ー……両兵って何でも食べれればいいんだと思ってた」
エルニィが失礼な発言を上塗りしたので、両兵は苦々しい面持ちになる。
「……てめぇら、本当に失礼な連中だな。第一、ジンジャエールが飲めようが飲めまいが、別段責めるもんでもねぇだろうに。それに、気に病むもんでもねぇだろ。ジンジャエール以外の飲み物は別に平気なんだろ?」
「それは……好き嫌いはないつもりですけれど……」
「じゃあ、それでいいじゃねぇの。何だって寄ってたかってジンジャエールを飲めだの言うんだよ」
「ピザパーティーをするんだってば。その時にジンジャエールが飲めないのは損失でしょ?」
「ピザパーティーだぁ? ……また、とんだ唐突なことを思いつくもんだ。そんなもん、オレンジジュースでも飲めばいいだろうが」
「他の人たちがみんなジンジャエール飲むんで……肩身が狭いって言うか……」
ようやく状況を理解したのか、両兵は嘆息をつく。
「それで全員から苦手なジンジャエールを飲めって言われてるってわけかよ。……つまんねーことで言い争いすんなっての」
「けれどさ、空気感って言うの? せっかくのピザパーティーなんだし、ジンジャエールが飲めたほうがいいじゃんか」
「立花……そのピザパーティーにはオレも呼ばれてるって思っていいのか?」
「……まぁ、呼ぶつもりだったけれど」
その意見を聞いて、両兵はふむと首肯する。
「じゃあ、結論は一個だな」
「小河原さん……? 一体何を……?」
「――いやー、久しぶりにピザなんて食べたわ。これも少しはトーキョーアンヘルの仕事が安定化しているって思ったほうがいいのかもね」
そうこぼした南が両兵へと歩み寄る。
その足取りは千鳥足で、彼女にとってピザのお供はジンジャエールではなく酒類のようだ。
「そうかよ。……ま、たまには贅沢も悪かねぇよな」
そう言い置いた自分へと南は酒臭い吐息をつく。
「……あんた、珍しく呑まなかったじゃない。何で?」
「何でも何もあるかよ。今日はシラフの気分なだけだ」
「その割には……あんたが普段なら絶対選ばない、オレンジジュースなんてね。胃に穴でも開いたの?」
「胃に穴が開くとすりゃ、てめぇらの諍いに巻き込まれた時だろうよ。別に、たまには気分ってもんもあらぁ」
「……そう。でも、みんながジンジャエールで乾杯している中で、赤緒さんのこと、ちゃんと気遣ってあげることできたじゃないの」
どうやら南にはバレバレらしい。
取り繕うのも馬鹿らしくなって両兵はオレンジジュースを呷る。
「気づいてたんなら言えよ、ったく……」
「だってさー、たまにはいいんじゃないの? 赤緒さんがジンジャエールが苦手だって言うから、あんたが合わせてあげたんでしょ?」
「別に……。ただまぁ、苦手なもんを押しつけるのもそれはそれで辛いもんがあると思っただけだっての」
「なるほどね。あの子たちに軋轢を生まないため、か。あんたも一端にアンヘルの指導者ヅラが似合ってきたんじゃないの?」
「指導者ヅラなんてするつもりはねぇよ。……ま、誰か一人が割食うってのも変な話だろ。オレは誰の味方でもねぇつもりだよ」
「けれど、赤緒さんの味方になってあげたのね。今回は、だろうけれど。万年のんべぇのあんたがお酒を我慢するなんて相当よね。……これ、あげる」
南から差し出されたのは瓶の王冠であった。
「……何だこりゃ。瓶の蓋なんて一文にも成らねぇぞ」
「あら、知らないの? 向こうじゃ、ジンジャエールの王冠のコレクターも居るみたいだし、ちょうど刻印されているのも流行り物の映画のキャラクターだしね。もしかすると後々、価値が出てくるかも」
「本当かよ……。っても、何の足しにもならんと思っていただけに、これはまだマシか」
オレンジジュースを注ぎ直そうとしていると、背中に声がかかる。
「あ、あの……っ! 小河原さん……いいですか?」
心得たかのように南が肩を叩いて赤緒と入れ替わりに立ち去っていく。
「……何だ。居心地、悪かったか?」
赤緒はぶんぶんと頭を振る。
「いえ、その……無理させちゃったんじゃないかなって……」
「たまにはシラフのほうがいい時もある。別に無理なんざしてねぇさ」
「本当……ですか?」
ピザパーティーの喧噪がやけに遠く聞こえる。
エルニィたちが今も柊神社と格納庫を行き来して馬鹿騒ぎしているのが、どこか別の国の出来事のようだ。
「……苦手なもんを相手に押し付けるってのは正しいとは思えん。それだけだ」
「けれど、何もオレンジジュースなんて……」
「そうか? たまには旨ぇもんさ」
手元でジンジャエールの王冠を転がしていると、赤緒はそれに気づいて声を上げる。
「あっ、ジンジャエールの瓶の……。私、変かもですけれど、王冠は好きで……。お酒もジンジャエールも飲めないんですけれど……」
ちゃっかり王冠は貰っていたらしく、赤緒の手には三種類のジンジャエールの蓋がある。
「……まぁ、何だ。無理するもんでもねぇよ。自分のできる範囲で楽しめばいいのさ、こんなもんは」
「そう、ですかね……。あの、小河原さん。……私の我儘に付き合ってくれて、ありがとうございます」
「我儘でもねぇだろ。苦手なもんは苦手って言えよ。立花やメカニック三人娘は押しが強ぇだろうからな。言い辛いかもしれんが」
「……小河原さんは苦手なものとか、ないんですか?」
「……まぁ、基本的にはねぇな。選り好みすると生きていけねぇ環境だったのもあるが……」
そう言うと赤緒は少し寂しそうな顔をするので、両兵は知恵を絞る。
「……あぁ、ちょうど今、思い出した。てめぇとは違うが、どうしてもこれが苦手ってのが克服できねぇ奴が居てよ。そいつはどんだけ強い敵が出ようが、どんだけ苦難の連続だろうが挫けねぇ奴なンだが……カマキリだけは苦手なんだと」
「カマキリ……って、あの? 昆虫の?」
「おう。そいつはオレが会ってきた中でも一番の力を持つ操主だぜ? そいつがほんのちっぽけなカマキリが、いつまで経っても駄目なんだと」
その言葉に赤緒が思わずと言った様子で吹き出す。
「……笑えたな」
「あっ……他の人の苦手を笑うつもりはなくって……」
「分かってンよ。そういうもんだってこった。苦手だとか得手不得手ってのはな。あんま気にすんな。オレも多分……無自覚だろうが苦手なもんの一個や二個はあるだろうさ」
「あっ……両兵! 新しいピザ来たから早く食べないとなくなっちゃうよー! 赤緒もさー!」
呼びかけるエルニィに両兵は立ち上がる。
「しょーがねぇな、ったく。……立てるか?」
赤緒へと手を差し出す。
彼女は一拍だけ迷った後に、その手を取っていた。
「両兵! 早く来ないと全部食べちゃうよー!」
「お兄ちゃん、こっちに取り分けているから。赤緒さんも」
「……ずるいわね、さつき。こういうところで差を付けようって言うのね」
じとっとした目線で見据えるルイはと言うと、取り分けると言う意識がないのか自分と歩間次郎の分を確保してとっとと退却する。
「そ、そんなつもりはないですってば……。あっ、ヴァネットさんも」
「……むっ。それにしても、キムチとチーズを混ぜるとは……日本人の味覚も分からないものだな……だが、美味い……」
「てめぇも俗っぽいもんが好きだよなぁ、案外。……ん? どうしたよ、柊」
「いや、その……手、握ったまま……」
「おう、悪い」
すると、どうしてなのだか赤緒が頬を紅潮させる。
途端に女性陣からの追及の眼差しが矢のように飛んできていた。
「……お兄ちゃん……」
「両兵……」
「……最低ね」
「な、何だよ、てめぇら……。ったく、苦手なもんがあるとすりゃ、こういうところだろ……。分かんねーところで結託すんなっての」
オレンジジュース片手に、両兵は参ってしまう。
夏の近づいた外の空気が穏やかに皮膚を冷ましていく。
ピザを頬張りながら、両兵は酔えもしないオレンジジュースで喉に流し込む。
――だが、たまにはいいか。
誰かの我儘でもなく、誰か一人に寄り添うわけでもなく。
ただただ、シラフで夜空を仰ぐことも、時にはあるだろう。
「恨めしいってのも変だが……ったく。とことん苦手だぜ、こういう空気はよ」