通信先のフィリプスの声に苦渋が入り混じり、広世は通信機に問い返す。
「どうした? フィリプス隊長」
『……いや、これも私たちの責任もあるのだと思ってな。まさか、ここに来て……アンヘル同士、抗争のような形になるとは……』
「レジスタンスのせいじゃないよ。現にフィリプス隊長たちはよくやってくれているじゃないか。みんなが居なかったら、俺たちだけじゃ古代人機もキョムの侵攻も押さえ切れていないし、何よりも……」
何よりも――こうして施設潜入まで漕ぎ着けたのは前線で戦ってくれているレジスタンスの日々の情報戦も大きい。
広世は操縦桿を握り締め、ゆっくりと降下軌道を取る。
『……それならばいいんだが……。カナイマの懐事情と照らし合わせてみれば、私たちは決して上々の戦果を挙げているわけでもない。ウリマンアンヘルの基地に忍び込むなんて、背信行為だと思われてもおかしくはない』
そう、今自分たちは軍部との癒着もあったウリマンアンヘルの前線基地に潜入を果たしているのだ。
その理由はこれから先に戦い続けるための糧とするためである。
「……《マサムネ》、戦術光学迷彩を解除。にしても、ぞっとしないな。……廃棄されたとは言え、軍事基地なんだから……」
キョムの新型機が装備していたステルスペイントを改良した光学迷彩をゆっくりと解除していく。
ステルスペイントは人機の血塊炉の固有振動数に反応して付与されるため、実機のエネルギーを吸い上げる諸刃の剣だ。
殊にこうして潜入任務でもない限りは、アンヘルの事情を鑑みれば使うことさえも躊躇われる叡智の代物だろう。
《マサムネ》の着地と同時に可変プロテクトを慣れた所作で解放し、広世は機体を前転させながら無音で降り立つ。
「……フィリプス隊長、表からは何とか潜入完了した。裏の資材奪還任務は任せたい。できるよな?」
『誰に言っている……と強気に出たいのは山々だが、我々もあえて型落ちのナナツーで固めている。正直、最低限の任務達成だけでも祈って欲しいところだな』
「……だな。俺も正直、ブルってるのが本音さ。秘匿任務なんてやるもんじゃないよな、キョムの破壊工作でもあるまいし」
ウリマンアンヘルの前線基地はほとんど放棄されたとは言え、まだ投光機は起動しており、恐らくは基地を保全するための戦力くらいは残されている。
軍部との癒着が明らかとなったウリマンアンヘルでは、《ナナツーウェイ》程度の武装が残存部隊とも思えない。
『……恐らくはトウジャ相当の使い手は残っているはずだ。そして件の……。各員、警戒を怠るな……!』
フィリプスの声が通信機に居残る中で、そうだ、と広世は思い至る。
全てはつい数時間前にカナイマアンヘルへと帰投を果たした川本の身柄に関してから始まる。
「――こら、広世! 警戒しないと危ないよ!」
ちょうどペーパーバックを読んでいたところなので広世は文字列から顔を上げる。
「……青葉。けれどさ、こうして隊列を組んで……わざわざ狙ってくれって言っているようなものってのも……」
青葉は《モリビト雷号》のコックピットハッチをわざと開けて、有視界で声を張り上げている。
「だからじゃない! 川本さんが帰って来るって言うんなら、私たちもちゃんと頑張らないと」
少し不満ながら、広世は自動操縦モードに設定しておいた《ギデオントウジャ》のコックピットへと視線を投じる。
姿勢制御バランサーは滞りなく起動し、歩くだけならば操主の指示を必要としない。
しかし、これが戦闘となれば話は別で、マニュアルに切り替える際の隙は明確に存在する。
「……でもさ。川本さんもウリマンからの使者だって言うんだろ? なら、俺たちがわざわざこうして雁首揃える必要ってあるのかな」
「貴重なメカニックの人材だし、それに川本さん……毎回疲れた顔で帰って来るんだもん。心配だよ……」
「……それは確かに」
川本宏は元々、カナイマアンヘルの代表者に近い立ち位置の整備士であった。
だが、彼は黒将との戦いに打ち勝ったアンヘルから去らなければならない運命であったのだ。
ペーパーバックの文字を追いながら、広世はその時のことを回顧して呟く。
「……あの時……本当にみんなバラバラになっちまったよな。勝世の奴も……今はどうしているんだか」
勝世は操主をやめて諜報員になり、ルイは海を渡ってモリビト2号を引き継いだはずだ。
別段、それを未練がましく思っているわけでもないが、時折考えてしまう。
――立ち位置が違えば、操主をやめることになっていたのは自分かもしれない、と。
こうして《ギデオントウジャ》の専属操主になっているのも、ほとんどその時の運任せのようなものだ。
案外、物事と言うのは運で回っている部分が多く、人間の判断など介入しない、それこそ神の手だけが介在する時もあり得る。
そうなのだと、妙に達観するようになってしまったのは今読んでいる本が、僅かに哲学めいたテーマを扱っているからであろうか。
《ギデオントウジャ》の心地よい揺れに身を任せながら、広世は前衛を担当するフィリプスたちの声を聞いていた。
『だが、ここ一番で役に立つのは経験則だろう? 広世。我々は川本氏を何としても無傷でカナイマまで帰させばならん。なに、行き帰りの駄賃は勝利という名の報酬で払ってもらうとしよう』
「……正直、実直だよ。フィリプス隊長はさ」
『どうだかなー、それも。隊長、数日前には切らすともったいないからって消費期限の過ぎた缶詰を食べて腹を壊したこともあるじゃないですか。実直って言ってもいいことなんて半々くらいだよ、広世』
『あっ、こら、キム……! それを言ってくれるなよ』
レジスタンスの面々のやり取りに青葉がくすっと微笑んだのを広世は垣間見ていた。
「……あのさ、青葉。川本さんを連れ帰るのはいいんだけれど、どうして俺たち全員で出払う必要があるんだ? それこそ、フィリプス隊長たちを信じていないわけでもないのに……」
「うーん……それは山野さんたちに聞いてみないと、私もちょっと……。でも、川本さんが建造に携わった人機が日本で大活躍したって聞いたよ?」
「ナナツーの発展機、《ナナツーライト》に《ナナツーマイルド》、か。……俺は一度見た限りだから、実用データまでは目を通していないけれど」
「駄目じゃない。よく言われてるでしょ。実地運用に至った人機開発データはオープンソースなんだから、それは前線の操主は見ておくようにって」
「それはそうだけれどさ。……自分が扱わない人機まで見る余裕なんてないって」
そうでなくとも、《ギデオントウジャ》の調整には時間がかかっているのだ。
現行の開発されている人機の中では、恐らく最新鋭の空戦人機。
加えてキョムのやり口は徹底している。
まずは黒ガラスの異名を取る《バーゴイル》だが、こちらのコストに対して無人AIによる運用でしかないこの機体は解析班曰く、あまりにも低コストなのだと言う。
ビーム兵装であるリバウンドライフルだけでも型落ち人機にとっては驚異的だ。
その上、飛行能力を有する《バーゴイル》は、今のカナイマアンヘルではそうそう敵に回したくない相手である。
だと言うのに、《バーゴイル》の実戦投入のみならず、キョムは新型機を多数南米の地へと放り込んでくる。
カラカスが落ちて、もう二年が経つ。
爆心地では今もキョムの試験型人機が幅を利かせ、人間の住めない汚染が色濃いと伝え聞いている。
その汚染区域での戦線を維持するのが主に軍部で構成されているウリマンアンヘルの仕事だ。
彼らは大国の息がかかった部隊を編成し、中には血続でさえも実験部隊に投入しているらしい。
血続操主の前線運用は日本以外では恐らく、南米だけとなるだろう。
広世はふふんと鼻歌を混じらせる青葉を《ギデオントウジャ》のコックピットブロックから眺めていた。
「……何だか楽しそうだな、青葉」
「えっ……そう、かな。……うん、でも川本さんに会えるのなら……楽しみ、かも」
『……望郷の調べ、か。いい歌だ、黒髪のヴァルキリー』
「も、もう……! 囃し立てないでくださいよ……!」
フィリプスの冗談で湧き上がり、少しはこの行軍もマシなものに思えてくる。
その時であった。
「……待て。そろそろ目標地点のはずだよな? ……信号弾が上がって来ない。――各員、警戒態勢」
その一言で全員の了承が取れたかのように武装を固める。
前衛のナナツー三機は盾を構え、後衛に位置する《モリビト雷号》の射線を確保していた。
しかし、平時ならば精密狙撃姿勢に入れる青葉の《モリビト雷号》は依然として、コックピットを開いたままである。
「……相手からの要求だからな、仕方ないが……」
もしもの時、青葉が危険に晒されることだけは避けなければならない。
広世は《ギデオントウジャ》の姿勢を沈めさせ、両腕のブレードを構えていた。
「……広世。川本さんたちは……? これで私たちを陥れたのだとしたら、ウリマンとの交渉が成り立たない」
「分かってる。今、探査網を走らせているところだけれど……」
探査の網に熱源がかかる。
ハッとして広世は習い性で後退していた。
直後、眼前のジャングルが焼き切られ爆炎が生ずる。
『空か……!』
「いや、違う……。《バーゴイル》にしては……そこだ!」
咄嗟に左腕の武装を構え直した広世の《ギデオントウジャ》へと肉薄したのは不可視の敵影であった。
接触した一瞬だけ、その姿が露わになったもののすぐに周囲の景色に溶けていく。
「……視えない人機……! だが、光学迷彩程度で、俺たちを抑えられるもんか! フィリプス隊長、敵機の動きを鈍らせる! レジスタンスのナナツーは盾を構えたまま、周辺警戒! ギデオンに追いつくレベルだとすれば……相手は……」
『トウジャタイプの可能性が高い、と言うことか……! しかし、トウジャの機動性で視えないとなれば、厄介な敵となるぞ……!』
《ナナツーウェイ》は盾を構えたまま、それぞれ背中を見せないように密集陣形を取り、ライフルを照準しようとする。
「青葉……! 雷号の装備じゃトウジャ相手なら不利だ! 敵の機体識別が降りるまでは、精密狙撃モードを解除したほうがいい」
「……うん。けれど……」
青葉はまだコックピットを開いたままだ。
そのままでは、いつ敵が切り込んでくるか分からないと言うのに。
「青葉! 聞こえてるんなら、コックピットブロックを閉じてくれ! ……いくらウリマンの交渉条件だからって馬鹿げてる! コックピットを開いたまま戦える相手じゃない!」
《ギデオントウジャ》で可能な限り青葉の守りに入り、広世は声を張り上げていた。
不可視の人機はジャングルを火炎放射器のような装備で焼き払いつつ、じりじりと戦闘範囲を狭めて来ている。
「……ジャングルが……! みんなの帰るところが……!」
うろたえた青葉へと敵は仕掛けるに違いない。
この中で最も戦闘能力が高い人間を狙うのだとすれば、これはまさに千載一遇のチャンスだろう。
しかし、同時に解せない部分もある。
――何故敵は、自分たちの行軍予想地点を察知できたのか。
そもそも、ここに自分たちが来ることはウリマンアンヘルに暗号通信で知らされていたはずだ。
まさか、アンヘル内部での裏切り――? そこまで考えが及んだ瞬間、肌を粟立たせる殺意の波に広世はブレードを振り下ろす。
「なんの!」
敵は火炎放射器だけではなく、近接用の実体装備も持っているらしい。
刃が《ギデオントウジャ》へと至ろうとしたのを察知し、広世は切り結ぶ。
「視えないって言ったって……! そこに居るんなら……!」
回し蹴りで敵機を捉え、機体を浮遊させて足で挟み込む。
「推力全開……!」
背面のバーニアを点火し、《ギデオントウジャ》の推進力で敵人機諸共、ジャングルの湿地へと叩きつける。
砂埃が舞い上がり、それが干渉したせいか敵の纏う光学迷彩が緩やかに解除されていく。
「フィリプス隊長! 今だ!」
『このチャンスを逃しはせん! 照準、敵不明人機――!』
実体弾を照準しかけたレジスタンスのナナツーだったが、その時割って入った声に制されていた。
『待った!』
今に引き金が引かれる寸前で放たれた声と、そして信号弾。
ナナツー部隊がそれに気づいて動きを止めた一瞬の隙を突いて、敵人機は《ギデオントウジャ》を振り払う。
「この……! 逃がすわけ――!」
『待ってくれ! 広世君!』
その声と拡大化されたモニターに映し出された姿に広世は攻撃を中断させる。
「……川本さん……? 何で……?」
川本は信号弾を再び発射し、今にも踏みつぶされかねない人機の戦闘領域で通信機に声を吹き込む。
『……追撃はよしてくれ。……これはお願いだ』
「……川本さん……?」
茫然自失の青葉は《モリビト雷号》の砲身を降ろす。
その間にも敵人機との距離が離れていくのが、熱源関知センサーで窺えた。
「……どういうことなのか……説明してはもらえるんだろうな、川本さん」
警護の軍人たちに囲まれた川本は険しい面持ちのまま、静かに頷いていた。
――会談の席に山野たちを交えないのは道理に反する、として川本の説得によってようやく、カナイマアンヘルの面々は顔を合わせたことになる。
だが、相も変わらず川本の一挙手一投足を監視するのはウリマンアンヘル所属の軍人たちであった。
その相貌が昏く沈んでいるのを広世は察知する。
「……どういうことなんだ、川本。まさか、お前らの差し金じゃねぇだろうな? 会敵したって言う、不明人機」
山野の眼差しは鋭い。
川本はまるで罪人のように、目線を伏せる。
「……そのまさかです。あれは我々、ウリマンアンヘルの開発した新型人機でした。名称をガロウズ。――《ガロウズトウジャ》、と言うのが正式な識別コードとなります」
「……《ガロウズトウジャ》……」
「元々、トウジャベースの機体開発はウリマンが担っていたんだ。それを今さらどうのこうのって言うわけじゃねぇ。……だが、分からんのは何でその新型機が青葉たちを襲ったのか、だ。そして停戦命令に《ガロウズトウジャ》の操主は従った。……どういうカラクリになっている?」
「あれは従った、と言うよりもその隙を逃さなかった、と言うのが正しいのかもしれません。親方。血続操主が今の南米じゃ重宝されていることは……」
「無論、知っているが、それがどういう繋がりがある?」
川本は周囲を固める軍人たちに目線を振る。
彼らの無言の圧に同席している自分や青葉ですら、余計な言葉を差し挟めなかった。
「……米国上層部に、新型人機部隊の編成案が通ったのは、前回お話しした通りです。名をグレンデル隊、と言いますが……」
「そいつらがどうかしたってのか?」
「……率直に言わせてもらいます。グレンデル隊はウリマンアンヘルで開発されていた《ガロウズトウジャ》を奪取。その後に、こちらの追跡を振り切って逃亡。合流地点として目されていたのが、ちょうど青葉さんたちが会敵した場所となっています」
「ちょっと待て。……そりゃ、得心がいかねぇ話じゃねぇか。こちらの行軍予測地点に、《ガロウズトウジャ》を奪った連中が張っていたってのか?」
「……すいません。僕は青葉さんたちを信じて、敵の合流地点に配置するしか……」
そこまで聞いて山野も悟ったのだろう。
広世も拳を握り締めて、軍人たちを睨んでいた。
「……俺たちを囮にして、《ガロウズトウジャ》を誘い込んだ。川本さんが帰還するのを知っていれば、必ず最大戦力を投入する。そこに不自然さがないようにして……」
そこまで聞いてフィリプスは嘆息をつく。
「……体よく利用されたってことか。しかし、ウリマンって言うのはいつからここまで物騒な組織になったんだ? 元はと言えばアンヘルだろう? 我々だってキョムとの戦線に、その上厄介な荷物を掴まされることだってある。協力体制を取れないのか?」
「それは無理だと思います。……彼らはあくまでも上からの指示に従っているだけ。ウリマンアンヘルは事実上の解体処分を受けるでしょうが、それも織り込み済みでしょう。名前が変わるか、頭が挿げ代わるかまでは分かりませんが、僕は引き続きウリマンへと現場主任として派遣される立場となります」
「そんなのって……! だって川本さん、何も悪いこと……してないじゃないですか……」
堪りかねて青葉が声を発していた。
その様子に川本は申し訳なさそうに頭を振る。
「……ごめん、青葉さん。……みんなも。巻き込んでしまった」
顔合わせの場に重苦しい沈黙が降り立つ。
その中で山野が口火を切る。
「……ウリマンの不手際の火消しを迫られたんじゃ、堪ったもんじゃねぇ。《ガロウズトウジャ》の一件、俺たちは手を引かせてもらう」
「山野さん……? けれど、俺たちがやらないと……!」
「聞こえねぇのか、広世。元々、新型のトウジャタイプなんて相手取ることはねぇ。ただでさえ、キョムでいっぱいいっぱいな前線に、要らない禍根まで持ち込むこたぁねぇって言ってんだ。《ガロウズトウジャ》がどういう思惑で解き放たれたのかは問わねぇよ。ただな、川本。この世には道理ってもんがある。その道理にもとるようなことがあるんなら、同じアンヘルだとしてもここは退かせてもらうぜ」
山野は帽子を目深に被り直し、それから懐に忍ばせていた煙草のパッケージを取り出していた。
車椅子を押す古屋谷とグレンに続き、広世は青葉を残して面会室を出ていく。
格納庫の手前の薄暗がりまで赴いたところで、山野へと広世は声をかけていた。
「……いいのかよ、山野さん。そんな符丁まで持ち出してまで、やるってことなんだろ?」
もしもの時の暗号であった。
山野がアンヘルの宿舎内で煙草を持ち出す時には後々で秘密の話がある――それはウリマンアンヘルの軍人以外なら誰でも知っていることだ。
無論、青葉も分かっている。
分かっていて、川本と同席することを選んだのだろう。
「……気ぃ利かせて悪いな、広世。だが、ウリマンの連中が迂闊だとしても青葉が現状、最も警戒される操主であることくらいは分かっているはずだ。青葉があの場に残ったのが川本の処遇を含めて正しいだろうさ」
「……《ガロウズトウジャ》を破壊する」
「逸るなよ、若造が。……ただな、こっちもここまで一杯食わされて黙ってられるかよ。川本の奴が間に合わなけりゃ、青葉がやられる可能性だってあった。それくらい、敵は手段を選んでいられねぇってことだろうさ」
「……どうするんだよ。《ガロウズトウジャ》は強かった。……俺の推測で悪いけれど」
「いい。話せ」
山野に促され、広世は《ガロウズトウジャ》と打ち合った感触を思い返す。
「……キョムって感じじゃ、なかった。キョムならあんな回りくどい立ち回りなんてしない。もっと最短距離で、俺たちを圧倒してみせただろう。……話に出ていたグレンデル隊がきな臭い。多分だけれど、奪取ってのは表向きで――」
「元々、ウリマンが開発に噛んでいた《ガロウズトウジャ》の引き渡し、だろうな。十中八九。アンヘルが開発した人機を軍に使われるってのが印象がよくねぇのは上も下も分かってるさ。それに、レコードにあった光学迷彩、あれも妙っちゃ妙だ。キョムのやり口なら姿を消したまま奇襲を浴びせ、一撃離脱。これが正しい。お前と何度も交戦して、その上青葉を取り逃がす。それは言っちまえば、そうだな。手ぬるい、の一言だ。恐らく、川本の奴は《ガロウズトウジャ》引き渡しに反対したんだろうさ。だが、そこは軍部の息がかかったアンヘル。一研究主任が口を挟める領分じゃねぇ。……嫌いな物言いだが、高度に政治的な、って奴なんだろう」
そこまで山野は分かっていて、あえて突き放す物言いを選んだのだ。
川本も額面通りではないとは言え、辛かったに違いない。
「……どうするんだ? このままみすみす舐められたまままじゃ、終われない」
「それはその通りだ。おい、古屋谷。地図を出せ。……ここに中継地点がある。ウリマンの放棄した前線基地だ。キョムとの戦線が拡大した最初期に捨てられた場所だが、賊が身を隠すにはもってこいの距離だと思わねぇか?」
煙草の先端で示された地図は手傷を負った《ガロウズトウジャ》が逃げ込むのには絶好の場所だ。
「……ここで件のグレンデル隊に引き渡しが行われる、って?」
「元々の引き渡し場所で対人機戦闘が行われたんなら、相手も警戒してくるはずだ。だからこそ、ここで叩く。言っておくが警戒システムは生きている可能性が高い。忍び込むってなりゃ、ウリマンとカナイマの協定に亀裂が走る」
「……秘密作戦、ってことか」
「血塊炉の固有振動数を読まれたら露呈するかもしれん。広世、まだ腕は鈍ってねぇだろうな? ギデオンの代わりに《マサムネ》をくれてやる。今回みたいなことに打ってつけな、局地戦闘用仕様だ。なに、これも高度に政治的、ってことにしてやればいいんだよ」
にやりと口角を吊り上げた山野に、広世も自ずと笑みが漏れてくる。
「……いいのかよ。カナイマアンヘルがそんな盗っ人みたいな人機を用意して。後で説明できる?」
「説明責任は上が持つ。俺たちは所詮、どんだけ偉くなったって現場主義だ。言っておくが青葉は連れていけねぇぞ。もしもの時に基地を守る奴が居ねぇからな」
「……俺と、連れていけるとして、レジスタンスの少数精鋭……」
「そうだ。舐められたままじゃ終われねぇよな? 川本だって悔しいに違いねぇ。俺たちを尻拭いに使った礼はきっちりとしてやれ」
「……山野さん。あんた、ワルだよな。アンヘルは正義の味方じゃなかったの?」
「何言ってんだ。正義っつーんなら道理があるって言ったろ? 俺たちは、俺たち自身の味方だ。誰が何と言おうと、それだけは譲らん。……現や両兵が残していったアンヘルの魂でもある。やれるな? 広世」
アンヘルの魂――それを穢されたまま引き下がれるものか。
「今さら、嫌だって言ったって、俺はやる。ここを立ち去った勝世や、他の連中のプライドまで……あいつらに利用されて堪るかよ」
――《マサムネ》の両腕にはグレネードランチャーと、そして対人機用の機銃が装備されている。
局地戦闘用仕様を施されたこの機体には装甲面での不利は解消されているが、通常人機に比べれば脆いのは違いない。
「……さすがにウリマンアンヘルの捨てた基地、か。警戒網は生きているって読みは当たったみたいだな」
グレンデル隊とやらが合流してくるまでの概算時間は分からない。
それまでに《ガロウズトウジャ》と接触し、可能ならば撃破する。
もしそれが難しくとも、フィリプスたちと共に基地に打撃を与えられれば上々だ。
『……広世。ジャミングが起こったとすれば、それがチャンスだ。恐らく、敵人機を回収する際には、米国上層部は何だって使ってくる』
「爆撃……とかは勘弁願いたいけれど。証拠を残さないのなら、それが一番スマートな手かな」
件のグレンデル隊が出張ってくる可能性は低いと見られている。
そもそも、新型機の接収に来ているのに、送り狼で被害を出したくはないはずだ。
『それにしても、川本さんもちゃんと言ってくれれば……こんな強硬策に出ずに済んだのに……』
『ぼやくな、キム。あの人も役割がある。我々を救うべく、前線に出たのだってもしかしたら止められていたのかもしれない。ならば、私たちは任せられたことをこなすだけだ』
「……《ガロウズトウジャ》の破壊と排除。これから先、米国主導のグレンデル隊が力を持つことへの……これが精一杯の対抗策か」
広世は《マサムネ》で静寂の中にある基地内を突き進む。
片耳に嵌めたインカムはジャミングの周波数を読み取れるようになっていた。
息を詰める。
鼓動だけが妙にうるさい。
隠密作戦には青葉だって気づいているはずだ。
それでも止めるような言葉をかけられなかったことだけが、自分にとっては幸いだったのだろう。
「いつまでも弟みたいに思われてるんじゃ……やっていけないよな……」
途端、通信網が遮断される。
熱源関知が全て消失し、広世は廃棄基地へと影を落とす、巨大な全翼型の機体を仰ぎ見ていた。
「……爆撃は勘弁だって言ったのに……!」
いや、グレンデル隊に《ガロウズトウジャ》が渡った時点で、特一級の監査対象だ。
基地一つ「なかったこと」にするだけで清算されるのならば、それでよしと飲み込む連中が居ても何ら不思議はない。
投光機が示し合せたように停止し、残ったのは暗闇だけだ。
その暗闇で、凝ったような漆黒の機影を広世は目の当たりにしていた。
「……《ガロウズトウジャ》……!」
相手もこちらに気づき、頭部を振り向ける。
途端、基地を激震していたのは爆発の余剰衝撃波であった。
「……フィリプス隊長たちがやってくれた……! 俺は……こいつを押し留める!」
携行爆薬による破壊工作が実行されている間に、広世は《マサムネ》で《ギデオントウジャ》へと突貫する。
しかし、地上での速度は《ギデオントウジャ》のほうが遥かに上だ。
「……ガロウズと違うのは、空戦向きにチューンされたと言うよりも、地上特化型か……!」
踏み込む度に速度を上げる《ガロウズトウジャ》はその痩躯を活かして基地の陰に潜り込む。
広世は呼吸さえも殺して操縦桿を握り締めていた。
――恐らく、相手は血続操主。血続ではない自分がマニュアルの人機でどこまで追従できるか。
熱源関知は静まり返っている。
ここ一番で頼りになるのは鍛え上げた操主としての第六感だ。
その時を待ち望む。
狩人のように、あるいは、高潔なる狼のように。
牙を突き立てる時を、ただ、ただ――。
夜のしじまが押し包む。
敵は黒い高機動型の人機だ。
一瞬でも反応が遅れれば仕損じる。
――だが、自分は。
コックピットを叩く、舞い上がった砂礫の反響音。
機体の姿勢制御バランサーが僅かに軋んだ、その一瞬。
「……そこだ!」
至近距離まで近づいて来ていた《ガロウズトウジャ》が三叉の爪を開いて頭部を叩き斬ろうとする。
それを反応し、広世はわざと姿勢制御を崩して《マサムネ》の躯体を下げさせていた。
爪がコックピットのすぐ頭上を行き過ぎる。
それと《マサムネ》の装備した銃口が《ガロウズトウジャ》の中枢部を叩いたのは同時。
雄叫びと共に、広世は引き金を絞る。
銃撃は確かに、《ガロウズトウジャ》の血塊炉を射抜いたはずであった。
だが、血続操主の反応速度はほんのレイコンマ一秒以内の遅れを取り戻す。
機体を横滑りさせて直撃をかわした《ガロウズトウジャ》が、まるで銀盤の上のスケートリンク選手を思わせる挙動で背後へと回り込む。
広世は足元へとグレネードを掃射していた。
地盤が爆ぜ、噴煙が《ガロウズトウジャ》の反撃を中断させる。
爪が明後日の方向を貫いたのを関知して、広世は《マサムネ》を全開で駆動させていた。
「可変プロテクトを解放……これで……!」
地上すれすれで可変した《マサムネ》が《ガロウズトウジャ》へと機首を突きつける。
《ガロウズトウジャ》は舞い上がり、《マサムネ》に突き上げられた状態で雲間を抜けていく。
「……空戦人機に……! 敵がトウジャだって言うんなら、俺が負ける道理はない……! それに……!」
今にも弾け飛びそうな操縦桿を必死で握り締める。
手のひらの皮が裂け、血が滴っていた。