敵機は先ほどまでの打ち合いから考えて、空戦に特化しているとは思えない。
三叉のその爪が機首を握り潰す。
《マサムネ》の駆動系に警告音が走る中で、広世は声を放っていた。
「それに俺は――勝世と一緒に半年以上もトウジャに乗っていたんだ! 付け焼刃のトウジャ乗りに、負けるものかよ……!」
機首が砕かれる。
翼へと機銃が至近距離で掃射され、飛行機能が次々と奪われていく。
警告は鳴り止まない。
だが、ここで手離していい道理はない。
そう、道理だ。
道理が許さないのならば、自分が相手を逃がすわけにはいかない。
「山野さんの想いに、川本さんの想い……それを踏みにじったんだ……! ただで帰還できるなんて思うなよ!」
装備した機銃を全て《ガロウズトウジャ》へと照準する。
敵は爪の内部に格納されたメインウェポンをコックピットに向けてくる。
この局面、恐れを抱いたほうが負ける――そうだと分かっているのに、笑みがこぼれて来るのはこの極致にある種の芸術さえも感じているのか。
あるいは、静花と黒将に見出された操主としての矜持か。
今に引き金は絞られかけて、高空を突き進む《マサムネ》へと熱源警告が迫る。
「……ジャミングの効果範囲から出たのか……!」
途端に大写しになったのは、先刻振り仰いだ全翼機だ。
対空ガトリングが放射され、《ガロウズトウジャ》がこちらを振りほどいて推進剤を逆噴射させる。
広世は舌打ちを滲ませて咄嗟の操縦技術を発揮する。
《マサムネ》の機体を横ロールさせてガトリングの弾丸を回避していたその時には、声が焼き付いていた。
『……《マサムネ》の操主……』
「……女の声……か」
ほんの一瞬、しかし永劫とも言える交錯。
『……二度と忘れない……!』
怨嗟にも似たその声が遠ざかる。
全翼機に回収された《ガロウズトウジャ》へと、広世は高度を下げながらも瞳だけは逸らさなかった。
「……ああ、俺も。忘れるもんかよ……!」
「――またやったの、広世」
手のひらに包帯を巻いて医務室を出たところで、青葉に行き会う。
「あ、ちょっとさ。不注意で……」
「もう。私が見てないと本当に無茶するんだから」
手を取られ、広世はまごついてしまう。
どれだけエース機を相手取っても、青葉の前では年相応の身になってしまう自分が少し情けない。
「あのさ……青葉……っ」
「何? 言っておくけれど……許したつもりはないから」
青葉にも秘密作戦は既に知れ渡っているはずだ。
ウリマンアンヘルの放棄した基地は、あの夜のうちに「謎の第三勢力」によって破壊工作を受けた、と公にはなっているが。
しかし、公然の秘密のようなもので青葉はしげしげと自分の手のひらを観察する。
「……川本さん。よかったじゃないか。感謝して帰ってくれたんだろ?」
「結果がよければ全部がいいってわけじゃないんだよ! ……広世だってこれだけの怪我で済む保証なんてないんだから!」
「分かってるよ……。ただ、さ。もうちょっと信じてくれよ。俺だって……男なんだからさ」
「知らない! 不良になっちゃうなんて信じられない! 広世の馬鹿っ!」
どうやらしばらくは青葉のご機嫌を取らなければいけなさそうだ。
それも当然か、と思って歩み出そうとしたところで、背中に声がかけられる。
「……けれど……。山野さんたちの考えに乗って、戦ってくれたんだよね。見てなかったけれど、カッコよかったよ。ありがとね、広世」
「……感謝か罵倒かどっちかにしてくれよ。気持ちがおっつかないだろ」
ふふん、と青葉は鼻歌交じりに立ち去っていく。
その背中が見えなくなってから、広世は傷の痛みが滲む手のひらを握り締めていた。
「……まぁ、でも。いいかぁ。カッコよかったって言われるの、悪い気分じゃないしな」