JINKI 297 チョコレート泥棒は誰?

「勝手に食べましたね? 棚の上のチョコレートを」

「なっ……! とんだ誤解だよ! ボクが何でもかんでも食べる卑しい奴だとか思ってる?」

「……でも、立花さん以外なら誰なんです?」

「ちょっとは信用してよねー、まったく。えーっと、まずは実況見分だ。どこに隠しておいたの?」

 台所へと向かおうとするエルニィに、ハッとして赤緒は立ち止まる。

「……どうしたのさ」

「これ、立花さんの手なんじゃないですか? 私を隠し場所に誘導して、それで失敬するって言う……」

「もう! 赤緒はどこまでボクのことをケチ臭いと思ってるのさ! ……第一、犯人はボクじゃないって言うのは分かってるじゃん」

「……いえ、でもこの三日間くらいであんなになくなるなんて……」

「異常だ、とでも言いたげだね。そんなにいいお茶菓子だったの?」

「……南さんが旅行先から買ってきた高級チョコレートで……私と五郎さんとさつきちゃんだけの秘密だったんですけれど……って」

 じーっと胡乱そうな眼で凝視されて赤緒は失言だったと気づく。

「……別にいいけれどねー。南や赤緒がお菓子をどうこうしようが。……けれど、それってさ。最初からボクには一ミリもくれるつもりはなかったわけだ。ふーん……」

「お、怒らないでくださいよぉ……。立花さんに教えると芋づる式にルイさんにも伝わっちゃって、いつの間にか食べちゃうじゃないですかぁ……」

「それだ! ルイは? 取り調べはしたの?」

 そう言えばこういう時にルイも容疑者に上がるのだ。しかし、たまたま赤緒の脳裏に浮かんだのがエルニィであったために失念していた。

「あっ……ルイさんは、まだ……」

「ボクはいいんだ。ふーん、へぇー……」

 何かしら含むところがある言い方でエルニィは赤緒を責める。

「た、立花さん! そんな言い方しなくたって……」

「でも、犯人扱いされたからなー。そりゃー、ボクだって機嫌が悪くはなるよ」

 こうなってしまえば、エルニィには事の次第を話すほかないだろう。

 赤緒は台所まで手招き、隠し場所であった棚の上を指し示す。

「ここの段ボールの下が二重底になっていまして……そこに」

「わっ、本当に高級チョコレートだ。南もよく買ってくる余裕あったよねー。……で?」

「で、と仰るのは……?」

「いやいや! 赤緒ってば人が悪いなぁー。口止め料だとか他人を犯人扱いしたことだとか諸々あるでしょ?」

 赤緒は仕方なく箱を空け、半分ほど食べられてしまった状態の高級チョコレートを差し出す。

「……じゃあ、これで」

 何だか本末転倒な気もするが、これでエルニィが言い触らさないのならば安いものだと思えた。

「じゃあ、ホワイトチョコいっただきー! うーん! これこれー! 本場の高級チョコレートは違うなぁ!」

「……もう。これ以上は駄目なんですからねっ。元々はお客さん向けに取っておいたんですから」

「でも、南と赤緒と五郎さん、それにさつきは知っていたんでしょ? じゃあ、これは簡単なロジックだ。犯人が見えてきたね」

 まさか、一足飛びに犯人が分かるとは思っておらず、赤緒は面食らう。

「えっ……一体誰なんです……?」

「まず、五郎さんは除外だね。赤緒じゃあるまいし、お客さん向けのお茶請けに手を付けるとは思えない」

「……私じゃあるまいし、と言うのはまぁスルーするとして……。五郎さんが犯人の可能性はゼロなんですか?」

「じゃあ逆に聞くけれど、五郎さんと長く居るのは赤緒じゃん? こういうこと、一度でも五郎さんがしてきた?」

「それは……まぁ、確かに」

 五郎が勝手にお菓子を失敬したことなど一度もない。

 となると、犯人の目星は一気に狭まる。

「まずは一番の有力候補に行ってみよっか。赤緒も察しはついてるんでしょ?」

「それは……まぁ」

 あまり考えたくなかった可能性ではあったが、やはりと言うべきか――エルニィの足は庭先で作業する南へと向いていた。

「あれ? 赤緒さんにエルニィ。どうしたのよ、こんな真っ昼間に」

「それは南もそうじゃん。何やってんの?」

「いや、盆栽をちょっといじっていて……」

 南が剪定バサミで盆栽の枝をぱちんと切る。

「……ばーちゃんみたいな趣味だね。まぁ、それはいいんだけれど、南、これを見て何とも思わない?」

 赤緒が箱を差し出すと、南はあっと声にする。

「私がこの間買ってきた高級チョコじゃないの。まだ誰も食べてないわよね?」

「……南、とぼけるのは往生際が悪いって言うんだよ?」

「ん、何のこと? これ、多分美味しいのよねー。……って、待って? 私と赤緒さん、それに五郎さんとさつきちゃんにしかこれの存在は教えてないはずよね?」

「そうなんですが……これを」

 箱を開くと半分ほど食べられてしまった惨状が露わになる。

「な、何よこれ……! 半分も食べられちゃってるじゃないの!」

 慌てふためく南相手に、エルニィはちっちっと指を振る。

「南さー。演技ならもっと上手くやりなってば。状況証拠は揃っているんだよ? まず、このチョコレートの存在を知っていたのは赤緒と五郎さん、それに南とさつきなんでしょ? だったら、この中に犯人が居ると見るべきだよね?」

「……あ、あんたまさか……!」

「そのまさかさ。犯人は南! とぼけた振りして半分も失敬しちゃったくせに、ここ一番でボロを出したね!」

 ずびしと指差して宣言したエルニィに、南はうろたえた様子もなく応じる。

「いやいや、私じゃないってば。第一、私ならこんな半分だけ食べるなんて中途半端な真似をするわけないでしょ? やるんなら一気にやるのが私の信条だし」

 それに、と南はこちらへと向き直る。

「赤緒さんだって知ってるんだから、そんな迂闊な真似に出ると思う? 本当に独占したいんなら、そもそもみんなで共有もしないのが一番でしょ」

「……言われてみれば確かに。買ってきたのは南なんだから、そもそも誰かに言い触らすのがデメリットなのか」

「じゃあ、他の人ってことですかね……?」

「うーん……私としては気になるのは半分ってことよね」

 南が今度は探偵側になってチョコレートを検分する。

「半分が鍵……ですか?」

「うん。だって本当に過不足なく、ちょうど半分だもの。この犯人は相当に几帳面なんだと思うわ。あっ、でも一個足りないのか」

「それはボクがついさっき口止め料で貰っちゃった。他人を疑った罰だって」

 けろっとエルニィが言ってしまうものだから、南は腕を組んで自分を凝視する。

「……赤緒さん? チョコレートが半分なくなったのが事件なのに、その報酬で誰かにあげちゃったら意味ないんじゃないの?」

「……わ、分かってますけれど……私も無条件で立花さんを疑っちゃったから……」

「じゃあ、私にも権利はあるわよね? 一個もーらい」

 何でもないように南が失敬するものだから、エルニィが声を上げる。

「あー! 最終的な取り分が減っちゃうじゃんか!」

「知んないわよ。他人を疑ったんだから、それくらいは当然よね。犯人扱いなんてされたら堪ったもんじゃないわ」

「うぅ……最終的にボクが取り分を全部もらうつもりだったのにー」

 とんでもないことを考えていたエルニィを他所に、赤緒は考えを巡らせる。

「……うーん、だとすれば誰なんでしょう? 柊神社の誰かではあると思うんですが……」

「あとこのチョコレートを知っていた人物……で探っていくとして……でも、それはないわよね」

 同じ結論に行き着いたのか、赤緒も頷く。

「……ですよね。さつきちゃんが食べちゃうなんてこと……」

「あっ! それじゃない?」

 唐突にエルニィが大声を発したものだから、赤緒はびくついてしまう。

「そ、それって……?」

「ほら、南がさっき言ったじゃん。犯人は几帳面だって。じゃあさ、アンヘルで一番几帳面で真面目なのって誰かって言えば……」

 その赴くところの先に、赤緒はうろたえる。

「……さつきちゃん? いやいや、さすがにそれは……」

「いいえ、赤緒さん。可能性がないとは言えないわ。これこそ、想定外のロジックよね……絶対に犯人じゃない人間が犯人だ、と言う」

「あ、あり得ませんよ! さつきちゃんですよ?」

 普段からさつきにお世話なっていると言うのに、こんなところで犯人として勝手に祀り上げていいはずがない。

 その心情は二人にもあったのか、僅かに躊躇う。

「……そうよね。さつきちゃんにはお世話になってるし……」

「だよねー……。でもさ、これも逆の論法なんじゃない?」

「逆と、仰るのは……?」

「つまりはさ。普段の行いが真っ当であればあるほど疑われないっていう……。ボクらだってそうそう簡単にさつきの行いを糾弾はできないじゃない。そこを狙っての……」

「い、いやいや! さすがに……」

 エルニィの論法に辟易していると、玄関が開いた音が耳に届く。

「ただいまー。今日の晩御飯の買い出しを……って、あれ? どうしたんですか? 皆さん、息を切らして……」

 南とエルニィ、そして赤緒は玄関先へと急行していた。

「……さつきちゃん。気を悪くしないでね? その、この間買ってきた高級チョコレートがあったじゃない?」

「あ、はい。ちょうど赤緒さんが今、持っていらっしゃる……」

「このチョコレートが、ちょうど半分、減っていたんだ。……ずばり、犯人はさつきだね? 証拠はこの几帳面さ! こんなのさつき以外にあり得ない!」

 またしてもずびしと指差して宣言したエルニィにさつきは当惑する。

「えっと……半分に減っていたんですか? チョコレートが?」

「そうなのよ。……あまり言いたくないけれど、こういう時に失敬するのはアンヘルメンバーなんじゃないかって」

「それで私……ですか」

「さ、さつきちゃん? 私は反対したんだよ? なのに、立花さんも南さんも、勝手に思い込んで……!」

「ちょっと、赤緒! 自分だけいいように振る舞うのはなしだってば!」

「そうよ! 私たちの気持ちにもなって!」

 とは言われてもさつきが犯人のはずがないのに、確信したのはエルニィと南のほうではないか。

 反論しかけてさつきが挙手する。

「あの……」

「……まさか、本当にさつきちゃん……?」

「あ、いえ……違います。私じゃないです……」

「だ、だよねぇ……。まったく赤緒と南ってば、勝手にさつきを犯人扱い……」

「ちょっと! 立花さん! 自分だけ!」

「そうよ! あんたが一番にさつきちゃんが怪しいって言ったんじゃないの!」

「み、南と赤緒には言われたくないなぁ! 几帳面なのが犯人だって言い出したのは南じゃんかぁ!」

 言い合いをしていると、さつきは箱を検分する。

「……これ、そもそも開いていましたっけ?」

 さつきの意見に赤緒は箱の状態を精査する。

「……何だか、ちょうど留めてあったセロハンをハサミで切ったような跡があるね。って言うか、確かに……」

 南が買ってきた当初は開封されていなかったはずだ。

 なのに、自分が棚の上を確認した時には既に開いていた。

「じゃあ、南じゃん。ちょうどハサミ持ってるし」

「これは選定バサミだってば。……って言うか、最初の状態が開いていたの? となると、話は変わって来るんじゃない?」

「と、言いますと……?」

 問い返す自分にさつきが言葉を継ぐ。

「箱を開けた誰かが居る、と言うことになりますね。その誰かがチョコレートを半分持って行ったのか、あるいは開けただけなのかは分かりませんけれど……」

「じゃあその誰かでしょ。犯人ってのは」

 何だか短絡的に話を結び付けようとするエルニィに、赤緒と南は揃って怪訝そうにする。

「……何だかあんた、いつになく慌ててない? こういう時に二手三手先を読むのが天才でしょうに」

「そうですよ。……そう言えば、立花さん、もしかして最初からチョコレートを貰うためにわざと……」

「ちょっと待ってよ! ボクなわけないじゃん。赤緒が開けた時点で、チョコは半分だったんでしょ?」

「あ、そっか……」

「そっか、じゃないってば……。しっかりしてよ。それに、南が言うのも変。ボクと南は口止め料でチョコを貰ったんだよ? それなのに、こういうのを言い出すって」

「えっ、チョコもらったんですか?」

 さつきの言葉に、赤緒は仕方なく箱を開く。

「……さつきちゃんも、一個食べて? ちょっととは言え、疑っちゃったし……」

「あっ、じゃあ……」

「何だか、どんどんチョコが減っていく気がするんだけれどー」

 不本意だとでも言うようなエルニィに対し、赤緒と南は考えを巡らせる。

「……じゃあその……それこそ、こういうのって」

「……よねぇ? でも、存在を知らなかったのに、そんなこと……?」

 自分と南が考えているのは同じのようで、言葉にしかねているとちょうど二階から降りてきた人影に遭遇する。

「……何よ。人の顔をじろじろと……」

 不遜そうなルイの声音に赤緒は箱を差し出す。

「……ルイさん、もしかして……」

「やっぱりそうじゃん。ルイ! チョコ泥棒の犯人はルイだね?」

「違うわよ」

 すとんと反論されてしまってエルニィは気勢を失うが、それでも持ち直す。

「で、でもさ! 他に誰が居るってのさ!」

「……そもそも、それってチョコレートなの? 初めて見るんだけれど」

 そうなのだ。

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