JINKI 297 チョコレート泥棒は誰?

 ルイが犯人だとすれば、このチョコレートの箱を見る機会がない。

 なのでルイを犯人だと思いたい気持ちはあるのだが、事実上不可能なのである。

「……えーっと……南が何やかんやでバラしていた、とか?」

「それだったらちゃんとルイにも口止め料を払うわね。それに、その論法じゃ私が疑われた時点でアウトじゃないの」

「自称天才に、赤緒に、南に……さつきまで。あんたたち雁首揃えてこんなことに躍起になって恥ずかしくないの?」

「……返す言葉もないわね……」

「ですね……」

 だがせっかくの高級チョコレート。

 犯人を見つけ出さなければ収まりがつかないのもある。

「はぁー……こうなってくると、またルイにも口止め料かぁ……」

「このチョコレートボンボンを貰うわ」

 こちらが止めるまでもなく、ルイはチョコレートを口に放り込む。

「……となると、もう誰も居なくないですか?」

「いえ、まだ一人だけ……。でも、まさかねぇ?」

「で、ですよねぇ……」

 笑い合っているとちょうど境内で射撃訓練をしていたメルJがひょっこりと顔を出す。

「……何をやっているんだ、お前らは。こんなところで」

「うーん……一応、やっとく?」

 エルニィの確認に赤緒は不承気に頷く。

「……まぁ、一応」

「メルJ……多分、どっかで耳にして、それでいつの間にか失敬したんだろうけれど……チョコレート泥棒は君だね?」

 何だか歯切れの悪い宣言になってしまったが、メルJはきょとんとする。

「……それはチョコレートなのか? まさか、全員で犯人探しを?」

 明らかに馬鹿にした論調に赤緒と南、それにエルニィがダメージを受ける。

「……ま、まぁ……」

「お高いチョコレートですから……」

 メルJは嘆息をついて、それから箱を指差す。

「私じゃない……とは言っても今の感じからして、確証は一個もなかったようだが。そもそも、箱に何かあるんじゃないのか?」

 背面の成分表や内容物の表記は英語なので、赤緒には読めないでいたのだ。

「……うーん、そんなの分かるの?」

「英語くらいはな。そもそも、お前らだって分かるだろうに。何で、そこから確かめないんだ。……確かに、チョコレートと、それから“紅茶”が付いていた、となっているな」

 ここに来て寝耳に水の事実に赤緒を含め全員が戸惑う。

「……こ、紅茶? 紅茶なんて入っていたんですか?」

「そう書いてある。……何で誰も読まないんだ。紅茶のパックと、それからチョコレートが十六個入りとある」

「十六個……あれ、変だよ。だってこれ、ボクと南と、それにさつきとルイが食べた分でちょうど……」

 残り十二個。

 つまり、最初から――。

「チョコレートは一個も減っていなかったってことですか……?」

「そのようだな。となると、紅茶を持って行ったのは誰かという話になるが……」

「おや、赤緒さん。皆さんもこんなところでどうなさったんです?」

 五郎が社務所からこちらへと向かって歩いてくる。

 その手には袋入りの紅茶があった。

「ご、五郎さん……それ……」

「ああ、ちょうどお客さんが来ていらっしゃったので、お茶を出そうかと。普段使いの緑茶がなかったので、紅茶を振る舞おうとしたのですが」

「じゃあ……犯人は五郎さん……?」

「はて。犯人……?」

 首を傾げる五郎に、赤緒はそもそもちょうど箱の半分が空いていたから誤解したのだと思い返す。

 チョコレートの箱の半面が紅茶なのだとすれば、チョコレート泥棒は他でもない。

「……チョコ泥棒は……私たちだった、ってことじゃないですか」

「――おーす。メシ食いに来たぞー……って、何だ? いい匂いがすんなと思ったら紅茶パーティーかよ」

 それに、と両兵はテーブルの上にある茶菓子へと目を向ける。

「……こんな無防備なことあるか? 明らかに罠だろ。オレは触らんぞ」

「ふん。両にしてみればいい判断じゃないの」

 物陰に隠れていた南に、それにアンヘルメンバーが顔を出す。

「……これで両兵に押し付けられたのになぁ……」

「押し付けられたとは何だ。柊、何でそんなにがっくり来てんだよ」

「いえ、その……とんでもない早とちりだったので……」

 どうしてなのだか赤緒は疲れ果てている。

 他のメンバーも似たようなもので、高級茶菓子を前に手を出そうともしない。

「……何なんだよ。普段はもっとがっつくだろうが」

「まぁ、色々あったのよ……。で、今しがた紅茶を全員分振る舞ったわけなんだけれど、あんたも要る?」

「おう、貰えるもんは何でも貰うぜ。……って言うか、こんだけ高級品なんだ。争奪戦があったんじゃなかろうな?」

「……まぁ、当たらずとも遠からずって感じで……」

 どうしてなのだかごにょごにょと締まりない。

 両兵は振る舞われた紅茶へと口をつけてから、チョコレートを頬張る。

「ああっ、そんな……。そんな価値の一欠けらも感じていない食べ方をするなんて……」

 エルニィの文句に両兵はぼりぼりとチョコを頬張る。

「何言ってんだ。チョコレートなんざ食べねぇと駄目になっちまうだろ? そろそろ夏なんだ。溶けちまったら何の意味もねぇ」

「……で、でもさぁ……もうちょっとありがたみって奴……」

「ありがたみも何もあるか。菓子があれば食うのが一番のありがたみの感じ方って奴だろうに」

「そ、それもそうなんだけれどさぁ……」

 両兵はずずっと紅茶を喉に流し込み、異国情緒のあるチョコレートを噛み締める。

「うん、美味ぇ。……何で全員、遠巻きに見てるんだよ。お前らも食えって。オレだけ食ってると何だか悪ぃことしてるみてぇだろ」

「じ、じゃあ……遠慮なく……」

 どうしてなのだか赤緒が一番戸惑っているようである。

 ルイとメルJに比べて、赤緒とエルニィ、それに南の面持ちは暗い。

「……高い菓子食ってンだからよ。もうちょっと明るい顔しろよ」

「……いえ、まぁ……そうよね。少なくともこの中にチョコレート泥棒は居なかったわけだし」

「……チョコレート泥棒だぁ? とんだヒマなことをしてる奴も居るもんだな」

 両兵は箱の半面に敷き詰められたチョコレートを見やる。

「やっぱりさ、最初からチョコレート泥棒なんて居なかったんだよ。それを、赤緒が……」

「わ、私のせいですかぁ……? まぁ、でも今回は……反省してます」

 しゅんとする赤緒に少なくとも自分は――この面子相手に泥棒してまでチョコレートを食べたいとは思わないな、と両兵は続けて頬張るのだった。

「でも本当……泥棒してまで欲しいもんかねぇ。甘くて苦いチョコレートなんてもんを」

 それはきっと、泥棒の側からしても甘い誘惑には違いないのだろうが同時に苦いことも混ざっているだろう。

 赤緒たちは相変わらず、何だかチョコを食べる様子に締まりがない。

「……おいおい、せっかくの高級茶菓子、まずそうに食ったらもったいねぇよ。それに、だ。たとえチョコレート泥棒が居たとしたって、ここじゃ許すだろ」

 その言葉に赤緒はきょとんとする。

「許す……? そう……ですかね」

「おう。どうせ棚の奥に後生大事に仕舞っておくよりかは、食うきっかけを作ったほうがいい。それは誰にとってもそうだろ? もちろん、チョコレートにとってもな。カナイマじゃこういうのも嗜好品の一つだったもんだ。腐らせるよりかは食っちまったほうがいい」

 自分なりの慰めのつもりだったが、いい方向に働いたのか彼女らは互いに視線を交わしてから、ようやくチョコレートに手を伸ばす。

「じゃ……遠慮なく……」

 ようやく全員の面持ちがマシになり、チョコレートを楽しむ気になったようである。

「……甘いもんを食うんだ。泣きべそ掻きながら食べるようなもんじゃ、きっとねぇはずだからな」

 それに――チョコレートのような甘い予感はきっと、誰しもが楽しめるようにできているはずなのだから。

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