JINKI 298 ネイルに夏色が咲く

「だってさー……自分の塗った時に失敗したら嫌じゃん」

「それは私も同じことで……まぁ、同調したのは間違いないんですけれど」

 それにしても、と隣でルイは自分の付け爪を器用に広げている。

「ルイさん、いつからそういうの得意になったんですか?」

「こんなの一般常識よ。まぁ、渋谷歩いているとそれなりにね。ファッションって言うのも気を遣うものだし」

「あー! 渋谷行ってるの赤緒に言わないでよねー! バレちゃったら大変じゃん!」

「……今まさにバレましたけれど。さつきちゃんも……?」

「まぁ、何度か……。それにしても……難しいですね……」

 さつきも自分の指先に刷毛で塗りつけている。

 彼女が試しているのは自身のパーソナルカラーである黄緑色であった。

 エルニィも自分の専用色であるところの黄色を、赤緒の爪に施している。

「……何だかくすぐったいんですけれど」

「我慢する! ……って言っても、ボクも上手くいかないこともあるもんだなぁ。普段、塗装とかしているから、こういうのってお茶の子さいさいだと思っていたんだけれど」

「……これから夕飯なのに、こんなことしてたら何も作れなくなっちゃう……」

「……赤緒? 言い出したのは赤緒なんだからねー。ボクのせいにしないでよ……」

「ルイさん! どうすればルイさんみたいに上手く塗れるんですか? それに付け爪も……!」

 さつきの疑問にルイは寝転びながら付け爪を翳す。

「知りたいの? じゃあ、五百円ね」

「お、お金取るんですか……?」

「当然よ。それと、私を崇め奉ること。一日一回の感謝は捧げなさいよね」

「そ、そこまでは……」

 さつきが遠慮すると、ルイがずいっと顔を近づけさせる。

「……何よ。さつきのクセに、このままオシャレの一つも知らないままでいいのよね?」

「そ、それはぁ……あれ? いつから居たんですか? お兄ちゃん……」

 両兵はすっかり言葉をかける機会を逸していたのか、赤緒も気づけないでいた。

「あれ、小河原さん。今日は大人しいから……いつから……」

「……結構最初のほうからだが。って言うか、何してンだよ。シンナーくせぇ……」

「あっ、そういえばちゃんと換気しないと! 身体に悪いですからね……!」

 両兵は自分たちを見渡してから、不遜そうに声を発する。

「……何があったってンだ? 爪に色なんて付けやがって……」

「あれー? 両兵、知んないの? マニキュアって奴」

「……物は聞いたことはあるが、実物を目にしたのは初めてだな。って言うか、立花。何だって柊の爪に塗ってやがるンだよ」

「だってぇー、ボクは自分の手に塗るのは最終手段にしたいんだもん。それまでは赤緒の爪で試行錯誤って奴」

「……それで柊は何もできんわけか。せっかくメシを貰おうと思って来たってのに、全員がこの調子じゃどうしようもねぇだろうが」

「お、小河原……私は大丈夫……だが」

 こういう時にメルJが率先して声を上げるのは珍しい。

 赤緒もこの状態では何もできないのでメルJに頼んでいた。

「すいません、ヴァネットさん……。小河原さんにお料理、作ってあげられますか?」

「……むっ。任されよう」

「……ヴァネットのメシ……? おい、大丈夫なのかよ、そいつぁ……」

「失礼なことを言うな、お前は。……心配せずとも調理の必要のないものを選ぶまでだ」

「立花さん。一応、何を作るのかのアドバイスだけはしたいので、このまま……」

「えーっ! 赤緒ってば我儘だなぁ! じゃあ、このまんま……ちょっと、指先動かさないでよ。動かすとただでさえはみ出しがちなのに……」

「あっ、すいません……」

 メルJが先導して両兵を連れて台所に向かうのを、エルニィはバックしながら自分を伴わせる。

「……おい、こんなんでメシになるのかよ。……ってか、何だ? お前ら、マニキュアだとか付け爪だとか……唐突に色気づきやがって、どうにかしたのか?」

 メルJは頬を掻いて、それから口にする。

「いや、元々は私が原因なところもあるんだ。だから、今日はちょっと重い腰を上げる気になったと言うか……」

「お前がぁ? ……一体何がどうなってこうなってやがンだよ……説明くらいはしてくれるんだろうな、柊」

 赤緒は指先を差し出しながら、うーんと説明の口を開く。

「……そもそもお昼に……ヴァネットさんが帰宅されたところからお話は始まるんですけれど……」

「――メルJはまたグラビアだ。最近仕事多いみたいだねぇ」

 欠伸を噛み殺したエルニィが居間で寝転がってマンガ雑誌のページを捲る。

 その様子があまりにも怠惰であったので、赤緒は洗濯物を取り込んでから注意を飛ばす。

「……立花さん? 何をやってるんですか。もうちょっと自覚を持ってくださいよ」

「えーっ、今日はお休みなんだからいいじゃんかぁ。ボクだって教職としての仕事はたくさんあるんだから。一昨日なんて徹夜だよ? テストの採点って大変なんだよねぇ。マルバツつけるだけなのかと思ってたよ」

 確かエルニィはさつきとルイのクラスを担当しているのであったか。

 自分では窺い知れない苦労があるのは分かっているが、それにしてもだらけ過ぎである。

「……けれど、立花さん。今日は何もないじゃないですか。先生だって言うんなら、ちゃんと示しがつくようにしてくださいよ」

「さつきとルイ相手に肩肘張ってたらどうにかなっちゃうってば。今は赤緒しか居ないじゃん? だらーんとしてもいいかなーって」

「よくありませんっ。そういうところが出て来ちゃうのが怖いところなんですから。……何を読んでるんです?」

 覗き込むと、分厚いマンガ雑誌の一面にはグラビア特集が組まれており、メルJは黒い水着姿で写り込んでいる。

 思わず雑誌を引っ手繰ると、案の定、エルニィが文句を飛ばす。

「赤緒ってば! 急に取んないでよー」

「……これ、男の人が読むようなマンガですよね……? 何でヴァネットさん……?」

「あれ? 聞いてないんだ? こういう仕事も増えて来るかもってこの間メルJが言っていたじゃん。男性向けのグラビアってのも大変だねぇ。無理してるのが表情筋で伝わってくるけれど」

 そう言われてみればメルJはミステリアスな微笑みを向けているものの、どこかで無理しているのか、普段の彼女を知っていると引きつっているのが分かる。

「……こういうお仕事もあるんだ……」

「あれ? 赤緒も興味出てきた? 何なら南の口利きで赤緒も一回くらいは一肌脱いで水着の仕事くらい――」

「な、何を言うんですかぁっ! 立花さんのえっち!」

 思わず雑誌でエルニィの頭を叩いたところで、むっとした彼女にマンガを引き戻される。

「……大丈夫だってば。モデルは食事制限とかすごく大変だって言ってたし、赤緒に務まるわけないじゃん。体重計と睨めっこしてる限りはねー」

 何だか自分の自意識ごと馬鹿にされた気分で、赤緒は真っ赤になって頬をむくれさせる。

「……もうっ! 立花さんはいつだってそう言う……」

 そこで玄関が開いたのを感じ取り、赤緒はぱたぱたとスリッパの音を立てて出迎えに行く。

「……あっ、ヴァネットさん……」

「むっ。赤緒か。どうした?」

 どうしてもつい先ほどの黒い水着姿のメルJがちらついてしまって、挙動不審になってしまう。

「……え、ええっと……」

 泳ぎ切った視線は自ずと彼女の平時とは違う部分に注がれていた。

「……あれ? ヴァネットさん、爪……真っ黒ですよ?」

「ああ、これか? 付け爪と言うらしいな。最近の撮影では結構使うから付けっ放しになってしまっていた」

「……付け爪……」

 メルJは鬱陶しげに外そうとするが、その前に赤緒は注目していた。

「……うおっ……? 何だ……?」

「いえ……すごい綺麗に塗装されているので、何だか見とれちゃって……」

「……少し見ていくか?」

 靴を脱いでメルJは居間へと向かい、付け爪を自分へと晒す。

 見れば見るほどに小宇宙が広がっているように色彩が施され、ただただ黒いだけではないのだと思い知る。

「……こういうのって、モデルさんがみんなやってるんですか?」

「いや、スタイリストが居るんだ。ネイリスト、と呼ばれているらしい。私にしてみれば、引き金が引きづらいからこういうのは要らんと思うのだが、マネージャーに言われてしまうと強く出られなくってな」

「ネイリスト……」

 そう言えば以前、マキに読ませてもらったファッション誌にそう言った職業が書かれていたような気がする。

 赤緒にしてみればファッション雑誌に載るような職業だと言うだけでも畏敬の念だ。

「なになにー? ああ、マニキュア塗ってるんだ?」

「マニキュ……何です?」

「マニキュアでしょ? ほら、このグラビアのメルJもやってるし」

 当たり前のように本人の前で雑誌を開くエルニィにメルJは瞬時にホルスターから拳銃を引き抜く。

「み、見るなぁ――ッ……!」

 咄嗟にエルニィが雑誌から手を離さなければ、その銃弾は天井を撃ち抜いていただろう。

 実際、銃弾は雑誌のメルJを正確に射抜き、誰も居ない境内へと抜けていく。

「うわっ……! 危なっ……!」

「ヴァネットさん! そ、その……屋内で銃抜いちゃ駄目ですよっ!」

「う……っ。すまん、つい……な。……立花が恥ずかしいものを見せつけるからだ」

「恥ずかしいものって……今さらじゃん。第一、世の少年たちの眼にはとっくに触れてるし」

「……うぅ……だからマンガ雑誌のグラビアは断りたかったんだ……」

 どうやらメルJも仕事と羞恥心の板挟みになっているようだが、こう言った時にタダでは転ばずに強いのがエルニィである。

 穴が開いた雑誌を拾い上げ、瞳を輝かせる。

「じゃあさ、弁償ついでに、ちょっと教えてくんない?」

「……教える……? 言っておくが、コネとかはないからな」

「そんなの期待してナイナイ! 赤緒じゃないんだからさ。ボクが気になったのはさ、その付け爪だよ」

「わ、私じゃないからって……って、付け爪?」

「そっ。メルJ、ネイリストにしてもらってるんでしょ? なら、ちょっとは心得もあるんじゃない?」

 どうやらエルニィはネイルに夢中の様子である。

「……それは、素人よりかは知っているつもりだが、私もしてもらってばっかりだぞ?」

「いいんだってば! マンガが駄目になっちゃったんだし、それくらいは教えたっていいよね?」

 メルJは押されて口ごもる。

 赤緒もネイルに関しての技量には興味津々であった。

「……ヴァネットさん、これ、自分でもできるんですか?」

「そ、それはだな……。原料だとかは分かるが、私がお前らにしてやれることは……」

「じゃあ、メルJ御用達のネイルをやっちゃわない? もちろん、お金はメルJ持ちで!」

 何だかエルニィの都合のいいように状況を回されているような気がして、赤緒は少しだけうろたえる。

「……いや、さすがにそれは……」

「えーっ! マンガ駄目にしたじゃん! これ、まだ買ったばっかだったんだからね!」

 そう言われてしまうとメルJも反論できないのか、渋い顔を作った後に周囲を見渡す。

「……内緒だぞ? あんまり私がこういう……お高く留まっているのだと思われたくないからな……」

 赤緒とエルニィはうんうんと頷く。せっかくの業界の内緒話だ。

メルJが囁こうとしたところで、にゅっと顔を出してきた人影に全員が瞠目していた。

「――それはとても気になるわね」

 わっ、と後ずさった赤緒はルイとさつきが顔を出したのを目の当たりにしていた。

「……ルイさんにさつきちゃん……。えっと、いつから……?」

「銃声が聞こえれば誰だって見に来るわよ」

 それはそうだ、と赤緒も納得する。

「その……何のお話をしようとしていたのかなーって、ルイさんと様子を窺っていたら……」

「メルJ、あんた自分を撃ち抜いてどういうつもりなの? それとも……こういうのに載るのはもう撃っても文句ないくらいには飽きている、と言うつもりなのかしら?」

 当のマンガ雑誌を掲げたルイにエルニィが後頭部を掻く。

「あっ、やっべ……ルイとマンガ代、折半だったんだった……」

 つまり、ルイも無関係ではないということだ。

 さつきも気にはなるのか、もじもじとしながら視線を振り向ける。

「……えっと、男の子が読むマンガ雑誌ですよね……? ヴァネットさん、グラビアですごく綺麗……なのに、何で撃っちゃったんです?」

「う……っ、それは……」

 どうやらここに居る全員に打ち明けなければならないと覚悟したメルJに、赤緒は少しだけ戸惑う。

「……大丈夫なのかな、これ……」

「今さら逃げられるなんて、思わないことね。メルJ」

 ルイに追い詰められたメルJは仕方ないと肩を落とす。

「……教えられることだけだぞ。それにしても……面倒な……」

 ――トーキョーアンヘル全員にネイルの授業を開くことになった顛末に、両兵はふぅんと訳知り顔になっていた。

「……つーか、爪に色なんて塗って何が楽しいんだよ。メシ作る時に邪魔だろうが」

「両兵! それは言いっこなしだし、何も理解してない意見だよ! いい? オシャレは指先から!」

「お、おぅ……。こういう時にお前が言い出すのは珍しいな、立花」

 少しだけ気圧された様子の両兵に、エルニィは続けざまに口を開く。

「当然! ボクだって乙女だもんねー。それに、こんな風に弱みを握れることなんて滅多にないし、ちょうど面白――こほん。興味深いじゃん、ネイルってのはさ」

「……大丈夫か? こいつ、本音出てるぞ」

「それはその通りなのだが……赤緒。料理はどうすればいい?」

「あっ……えっとぉ……」

 赤緒も今回ばかりはまるで役に立たないようで、エルニィに塗られた爪を眺めて悦に浸っている。

「……もういい。カップ麺を作る。いいな?」

「えーっ! どうせならちゃんとした料理食べた――!」

「いいな? と言っている」

 有無を言わせぬ論調で再確認すると、さすがのエルニィも折れた様子だ。

「……分かったよ。メルJの自活能力じゃ、それが限界だもん」

「……口だけは減らん奴らめ。こっちの醤油と味噌ラーメンにするぞ」

「あっ、すいません、ヴァネットさん。……私の手さえ自由なら……」

「構わん。……どうせ、落とすのも大変なんだ。夕飯はある程度どうとでもなるほうがいいだろう」

「……は、はい……。立花さんに無茶苦茶に塗られちゃいましたけれど……黄色も黄色でカッコいいなぁ……」

 この状態になってしまえば、赤緒もなかなか調理するのは難しいだろう。

 メルJは人数分のカップ麺にお湯を注いだところで両兵からの疑問を聞く。

「……そういや、黄坂のガキはこういうの器用だったな。あいつにも教えたのか?」

「ルイは最初から物覚えがよかったからねー。材料さえあればすっかりあの調子さ」

 エルニィが肩を竦めるのを、両兵は胡乱そうな眼差しを向ける。

「……お前はまだ爪に色塗っとらんだろうが。柊の代わりにお前が料理すればいいんじゃねぇの?」

「えーっ! みんながネイルで遊んでるのに、ボクだけー? ヤだよ、それって貧乏くじー!」

「……まさにそれなんだがな、私が」

 少し凄味を利かせて呟くと、エルニィはわざとらしく口笛を吹いて視線を逸らす。

「まっ! 今日くらいはいいじゃん! ボクも興味くらいはあったんだよ? 女子だしさー。赤緒でちょっと慣れてきたし、ボクも自分の爪塗ろうかなー! 緑と黄色でブラジルカラー!」

「あっ、ちょっと、立花さん! 練習って言って、私の爪を塗ってたの、やっぱりそのためだったんじゃないですか!」

 両兵はとことん何がいいのか分からないようで、キャッキャする赤緒とエルニィを横目に眉間に皺を寄せる。

「……もしかして、不機嫌なのか? 小河原」

「そらそーだろ。……メシ貰いに来たのにカップ麺なのは割が合わねー」

「……今日くらいは我慢してやってくれ」

 台所の椅子に座って対面する。

 赤緒たちは居間に戻ってネイルの続きをそれぞれ興じているようであった。

「あーっ! ルイ、それ高い奴! ボクが使おうと思ってたのにー!」

「ふん、あんたにはネイビーなんて似合わないでしょうに。私のような女にこそ、艶めいた青は輝くのよ」

「……わ、私もちゃんと塗れるようにしないと……!」

 台所から各々の反応を窺っていると、両兵はこちらを目にして尋ねてくる。

「……いいのか? お前もあの中に混じったっていいんだぞ?」

「いや、私は……ある意味では一抜けしたようなものだ。仕事でやっているからな」

「……まぁ、そうか。てめぇはもう飽き飽きって奴か?」

 そう言われてしまうと恥ずかしさのあまりのマンガ雑誌を撃ち抜いたことを思い返して軽い自己嫌悪である。

「……別に飽きたとか、そんな贅沢なことは言ってないし、思ってもいない。ただ、な。私も妙な気分ではある。この爪が……商売道具になると言うのは」

 自分の手元に視線を落とす。

 かつて血に濡れてきた指先。復讐の矢として引き絞られることだけに特化したつもりの指は、引き金を絞ることにしか使えないと思っていた。

だが、そうではないのだと皆が教えてくれている。

それだけで終わっていい価値ではないのだと、皆が押し上げてくれている。

その結実がモデル業であり、彼女らに返してあげられる己の意義だ。

「……モデル業。案外よかったのかもな。だってお前、少し軽んじるところあったろ?」

「……恥ずかしいところをお前にはそう言えば見せてしまっていたな、小河原。自分なんて嫌いだと……そう言っていたこともあったな」

「いいんじゃねぇの? あのメルJ・ヴァネットの指先を彩るのは血なんてもったいねぇよ。緑でも黒でも、青でもいい。何だっていいんだ。女の爪に血色ばっかりなんて似合わねぇだろ」

 女の指先に血色は似合わない――こういうことを本音で言ってくれるのだから、両兵には時にズルいのだなと感じる。

「……小河原。私は、この道を示してくれたこと、感謝している」

「何だ、気色悪ぃ。そういうのは大事な時にとっとけよ。感謝なんてただただ口にするのはそれこそご大層だぜ?」

「……かもしれないな。だが、私は悪くないと思えてるんだ。モデルも、爪を青く塗ったりするのも……。どれも似合わないようで、この身に馴染んでいる。不思議なものだ。つい一か月ほど前までは銃のトリガーしか知らなかった指なのに」

「……馬鹿言え。お前だって、そういう風にしか生きられねぇわけでもねぇよ。チャカが馴染んでるんなら、上塗りしろよ。それこそ、マニキュアみてぇにな」

 そう言われて少しだけハッとする。

 そうだ、乙女の指先はいつだって違う色にできる。その特権がある。

 時には付け爪を極色彩で彩り、指先に夜の気配を纏わせて。

 そうして、別の何者かに成れる感情は何も人機の硬い操縦桿を握るために生まれたわけではない。

 きっと、この柔い指先を持つ意味はあるはずだ。

 深い夏の気配を漂わせた花火色のネイルが右の手に二つ。

 今日のネイリストが施してくれたとっておきである。

 彼女曰く――女はその季節ごとに違う色調を宿らせられると言う。

 少女のように可憐に。

 淑女のように清廉に。

 指先から自分は自由になれる。

「……そう、か」

 思えばこんな簡単なことだったのだ。

 指先に滲んだ銃の硝煙をネイルで塗りつぶせればいい。

 それは女に生まれたことへの強みである。

「……どうした? おっ、右手だけやってンだな。花火か」

「……気づいてくれたのか? 小河原……」

「そりゃあ、気づくだろ。こうしてラーメンができるのを待つまでじーっと見てりゃあよ」

 両兵が見ているのは自分の爪先ではなく、どうやらカップ麺の出来上がりまでの時間らしい。

 ――それでも、たったの三分間。

 それは能動的に、意中の人の視線を釘付けにできる。

「……きっと、そういうことなのかもな。……あのな、小河原――」

 そこで三分のタイマーが鳴る。

 両兵はカップ麺に沿えていた自分の指の上から手を伸ばしていた。

「おっ、ようやくできたか。……うん? どうかしたか?」

「あ、いや……近い」

「あっ、悪ぃな。こっちも腹減っててよ」

「……いや、うん……」

「おーぅい! てめぇらいつまで爪で遊んでんだ! メシぃできたぞー! ……どうかしたか? ヴァネット」

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