「そりゃー重々承知だ。……何だ、そりゃ?」
「風見鶏よ。知らないの?」
南がわざわざ格納庫の屋上に上がってやっていたのは、木製の風見鶏の設置であった。
「……何だってそんなもん。整備班に任せちまえよ」
「駄目だってば。私特製のデザインだもの。男連中には分かんないセンスなのよ」
確かによくよく目を凝らせば、風見鶏の中央には背中から羽根を生やした少女のデザインが施されている。
「……何だそりゃ?」
「天使よ、天使。ほら、“アンヘル”って天使って意味なんでしょ?」
長髪にぶかぶかの服を着込んだデザインの天使のモデルは明らかに青葉である。
「……随分と不格好な天使だなぁ、おい」
「ちょっと、私のデザインセンスに文句でもあるの? ……これでも手先は器用なんだからね」
「それもよく知ってンよ。……何だって今さらそんなもん作ってんだ? 風見鶏なんざ、南米じゃほとんど意味ねぇだろうが」
「うーん、ちょっとね。……青葉の存在に触発されたって言うか、何て言うかねー。ほら、あの子ってうぶで可愛いじゃない?」
「中の上くらいの見た目だろうが。まだまだガキだよ、あんなもん」
「あんたも失礼な奴ねぇ。まぁ、私が髪の毛をロングにすることなんて一生ないし、ああいうのに憧れがあるって言うのもあるのかも」
「憧れねぇ……。それにしても、何だって本人に見えねぇところに飾るんだ? 整備班だってこんなところ、わざわざ来ねぇだろ」
「馬鹿ねぇ。風見鶏は一番高いところに据えないと意味ないのよ? それに……ここだとよく見えるじゃない? 朝焼けって奴が」
視界の中にはジャングルの地平を抜けてくる陽光が地平線を照らし出す。
こうして、ラ・グラン・サバナに朝が来る。
それはともすれば、地球の反対側でも同じように。
南は細かい調整を施しながら、風見鶏の仕上げにかかっていた。
「……なぁ、黄坂よぉ。青葉には見せてねぇんだろ? それ」
「……まぁ、気恥ずかしくってね。両、あんたも秘密は守ってよね。私は何かしてた、程度でいいんだから」
「……秘密なんざ、てめぇと抱えるのは一個や二個じゃ収まりつかねぇだろうに。いいぜ、これは一個貸しだな」
「……借りは作りたくない性分だけれど、しょうがないわねぇ」
南が小指を差し出す。
それを奇妙なものを見るように眺めていると、彼女はせがむ。
「何やってんの。約束ってのは、ちゃんと形あるものにしないと意味ないでしょ?」
「……形あるもんねぇ。てめぇとの約束はこれっきりってわけでもあるまいに」
「それでも、よ。いつか青葉が……これを見つけた時のためにね。貸し借りはしておくべきでしょ?」
それもそうか、と不思議と納得して両兵は指を絡ませる。
「嘘ついたら針千本のーますっ! 指切ったっ!」
「……おっかねぇなぁ。こんな秘密程度で……」
「いーのよ、こういうのがあったってね。さぁて! 設置完了! 見てみなさい。この天使が見る方向、ちゃんと東側だから。いつか迷ったって、こうして風見鶏ならぬ風見天使が道標になってくれるのよ」
「……天使なんざ、お呼びでもねぇよ。だが、まぁ神頼みってのもたまにはあらぁな。その時には……」
その時には天使でも悪魔でも頼り抜いてやろう。
「両兵ー? 南さん、何やってるのー!」
「何でもねぇよ、アホ馬鹿。今降りる」
黎明の光と共に風が吹き込んでくる。
明日に繋がる旋風が巻き上がり、天使の示す方角の反対側をプロペラが回る。
険しい丘陵を朝焼けの輝きが塗り替えていく。
それは幾百の夜を超えた、癒しの光に映っていた。
「……まぁ、いつかは。この光に感謝することもあるかもな」
「――あっ、起きた。大丈夫? さすがにあんたでも、死んだんじゃないかって」
南の声で夢の皮膜から剥がされた両兵は、まだ軋んで痛む身体を持て余す。
「……夜になっちまったのか?」
「こら。急に起き上がらない。あんた、私を庇ってまで落ちることはなかったのに」
「……首筋が柔らけぇんだが」
「喜びなさい。私の膝枕よ」
「……おっかねぇから、今すぐ起きてぇ」
「失礼なことを言うと、はったおすわよ」
南の減らず口を鑑みるに、彼女に怪我はないのだろう。それだけを安堵にして、両兵は息をついていた。
「……で? 何だって風見鶏……」
「風見鶏? あんた、やっぱり知ったんだ?」
夢と現実がごっちゃになって口から出た言葉の符号に、両兵は疑問符を浮かべる。
「……あっ、違ぇか。あれはカナイマの時の……」
「そのカナイマの時の。……送られてきた写真のコピー、見る?」
そう言えば結局エルニィは何の画像を受信したのだろうか。
南が差し出したのはカナイマアンヘルの格納庫を背にして、人機から降りた青葉があの日、取り付けた風見鶏ならぬ風見天使を掲げている写真であった。
笑顔の青葉と目線がかち合い、両兵は言葉を失う。
「……青葉が?」
「そっ。格納庫を整理してたら、あの日取り付けた風見鶏を見つけたんだってさ。何だか幸運の象徴みたいでどうしても東京に送りたかったってワケ。……不思議な縁よね。私が気まぐれで取り付けたものが、こうして巡り巡って来るなんて」
天使のモデルが自分だとは気づかなかったのだろうか。
長髪の天使はしかし、今ばっかりは青葉だけと言うわけでもない。
だって、目の前にも――。
「……何だ、そっくりじゃねぇの」
「本当にね。青葉も元気でやってるみたいで、私も嬉しいわ」
「……そういう意味で言ったんじゃねぇけれどな。なぁ、約束を覚えてンのは……」
「何? あんた、まさか本当に頭でも打ったんじゃ……?」
やめておこう。
何だかそれは――フェアじゃないような気がするから。
「……別にいい。なぁ、オレは起きなきゃ駄目か?」
「……もうちょっとだけなら、サービスしてあげる」
けれど、と南は案の定、小指を差し出す。
「バラしたら針千本、か。変わんねぇよな、お前も」
「何よ。あんたらしくもない、先回りしたようなことばっかり言うのねぇ」
「どうってことはねぇよ。ほれ」
小指を絡めさせ、何度目か分からない秘密を共有する。
――そうだ、秘密を抱えるのならばお互いに少しみっともないくらいでちょうどいい。
笑顔の青葉が眩しいのならば、それはなおさらだろう。
「嘘ついたら針千本……って、あれ? こんなこと、前もあったような……」
「前って何回目だよ。黄坂。てめぇとは死ぬまでこうして、何度目か分かンねぇ、約束を交わすんだろうな」
しかし、悪い気はしない。
膝枕で寝そべったまま、両兵と南は指を離す。
「じゃあこれで……何だかまぁ、お互いに秘密の多い大人ねぇ」
「そういうもんなのかもな。……風見鶏の向かうところの、光差す方へ、か」
それはきっと、先の見えない夜を超えるのには最適な天使たちの導きだろう。
こぼれ落ちそうな星空の下、胸中に結んで両兵は瞳を閉じるのだった。