もう一機が回り込んで来ようとするのを察知して機体を沈み込ませ、口中に呟く。
「……ファントム」
超加速度に掻き消えた機体を見失った《バーゴイル》二機へと瞬時に肉薄し、武装をブレードへと持ち替えてその頭部を寸断する。
『まだ一機だけだ。概算時間は残り三十五秒』
オペレーターの声が響き渡り、焦る思考回路を持て余しながら《バーゴイル》の牽制銃撃をかわす。
「……舐めてくれて……。こっちのが当たらないと思ってるんですか……!」
反撃の引き金を引くも、《バーゴイル》の機動力に遠く及ばない機体は地上で縫い留められたかのように足を止めるしかない。
これでは体のいい的だ。
『専属操主へ。残り二十八秒』
「……分かっていますよ……! ……うるさいですね」
煩わし気に言葉を搾り出し、連動した火器管制システムで《バーゴイル》を狙う。
しかし、《バーゴイル》は重火器の弾丸を潜り抜け、何と接近戦を挑んで来ていた。
――明らかに格下だと思われている。
その確証に銃剣形態で斬りかかってきた《バーゴイル》を、乗機の膂力で押し返す。
「馬鹿にして……! 墜ちるのはそちらですよ……!」
ブレードで胴体を割ろうとするが、相手も距離は心得ているらしい。
銃剣で弾き返しつつ、リバウンドの弾頭でこちらの動きを制する。
舌打ちを滲ませて加速し、羽交い絞めにしようとしたが《バーゴイル》はマニピュレーターを逃れ代わりのように足蹴を見舞ってくる。
激震したコックピットと、そして僅かなブラックアウト。
ほんのレイコンマ一秒未満の隙だが、それでも致命的だ。
コックピットに《バーゴイル》の銃口が据えられる。
咄嗟の武器はない。
光がコックピットを焼き尽くさんとしたところで、声がかかっていた。
『ジャスト十五分。訓練プログラムを終了します』
その声で眼前の《バーゴイル》も、自分の操っていた新型機も消え去り、残ったのはシミュレーション用の四角い試作マシンだけだ。
今しがたの死の感触が嘘のように、慌ただしくデータ収集が行われる。
『専属操主は三十分間の休憩の後、再度試験を行います』
シミュレーターから歩み出した途端、急かすようにして名前を呼ばれる。
『聞こえていますね? ――三宮金枝試験操主』
「聞こえています。……何ですか。金枝が試験をサボるとでも?」
『こちらもあまり時間はないのです。試験には遅れないよう』
オペレーターの声を聞きつつ、金枝は更衣室で試験型Rスーツの襟元を緩める。
操主のバイタルから、脳波、そして精神状態と何もかもを丸裸にするRスーツは金枝にとっては拘束具と何ら変わりない。
「……試験って。どうせ座学なんて役に立たないのに……」
それでも金枝は人機のマニュアルに目を通していた。
自分が乗ることになる機体名称を指先でなぞる。
「……モリビト……」
モリビトタイプの機体特性と、そして能力値。
加えて京都支部で常に更新される情報網も知っておかなければいけない。
刷新される情報は、京都支部にとっての武器だ。
「三宮金枝」という存在と共に、大きな武装として屹立する。
「……けれど、キョムが襲ってくればお終いでしょうに」
キョムの人機のデータベースも記載されていたが、そのほとんどが黒塗りだ。
曰く、大国の情報を抜き取った末に、その情報のほとんどがブラフを仕込まされていて使い物にならなかったと聞く。
それだけ現時点で、世界は人機産業に注目している兆しだろう。
次なる金のなる木となれば、誰もが躍起になって開発に勤しむ。
問題なのは、人件費と、そして時間。
どれだけ操主を集めたとしても、使い物にならなければ意味はない。
そして時間は何よりも有限である。
と、更衣室の扉がノックされ金枝は視線を上げていた。
「……どうぞ」
「金枝、マニュアルには目を通しておいた?」
眼鏡越しに怜悧な眼差しを投げるのは黒スーツに身を包んだ女性であった。
金枝は冊子を閉じて、それから口にする。
「言いたいことはそれだけですか」
「それだけよ。あなたのメンテナンスを行うのが、私の使命だもの。何よりも、京都支部のマネージャーとしてね」
――マネージャー。
その言葉の軽薄さに反吐が出そうになる。
「メンテナンスとか言いますけれど、金枝はもう乗ると決めたんです。今さら覚悟を問い質すのも違うんじゃないですか」
「もちろん、操主の意見は尊重するわ。けれどね、金枝。あなたには今、三つほどの問題がある」
金枝は眉根を寄せて、マネージャーに問い返す。
「……聞かせてもらいたいものですね、それは」
「まず一つ。……あなたの乗機となる機体の確保に手間取っているわ。元々、京都支部で建造するつもりだったけれど、聞いた通り。一か月前の東京でのグリムの眷属による大規模なテロ行為が行われ、京都支部における権限の一部が奪われている。そのせいで開発に遅れが生じているのよ。大国は人機産業には噛みたいからね。煽りを受けているってわけ」
「……日本で人機を新しく造るのが気に食わないと言うわけですか」
「もう一つ。今回、建造される人機は特殊な人機。陸海空、全てで運用する想定がされている以上、ただの一度でさえも敗退を許されない。……要は慎重になっているのね。最終点検まで時間がかかるわ。無論、あなたのメンテナンスも兼ねてだけれど」
「……聞きたいんですけれど、負けないなんて当り前じゃないんですか? トーキョーアンヘルは負けて来なかったから、今日までの平和があるんです。話にあったグリムの眷属だって、退けてみせたって言うんですし」
「そうね。勝つのは当然、負けるのは論外。その言い回しは合っているわ。僅かに異なるのは、そこに我々が勝利すべきなのはキョムだけではないと言うこと」
このマネージャーは、自分の口から言わせたいのだろう。
ほとほと呆れ返ってから、金枝は口火を切っていた。
「……トーキョーアンヘルも脅威の対象ではある。京都支部はそこまで恐れているのですか。自分たち以外の人機保有組織を」
「有り体に言えばね。トーキョーアンヘルの人機の保有量と、そして実戦向きの人機の開発は協定に差し障りがあるレベルよ。大国なら、使わなくなった人機は回して来いと圧力がかかっているようだけれど、日本はキョムとの戦闘の最前線。さすがにトーキョーアンヘルの要求を突っぱねられるほど太い相手も居ないって言うわけ。何せ、東京が陥落すれば全てが終わる、そのレベルまで来ているのよ」
「だからこその、バックアップの京都支部じゃないんですか」
マネージャーはこちらへと歩み寄り、自分の手をそっと握る。
「……辛い目に遭わせているとは思うわ。けれどね、金枝。勝てる時に勝てないと、全てを見失う。あなたにはまだ課題がある。……三つ目。あなたのお爺様に関してのことよ」
その言葉に金枝はきゅっと心臓が委縮していた。
「……お爺様は……」
「やっぱり、あなたの操主としての戦いを認めてはくれないみたいね。……分かっていたことだけれど、これが一番の課題だわ。けれど、心配しないで、金枝。私はあなたを、戦わせられるようにしてあげる。だって、いつまでも籠の鳥なんて、可哀想ですもの」
――可哀想。
そんな言葉で自分の人生は装飾されてしまう。
たとえるのならば、どこにも居場所などないような。
誰かに褒めて欲しいなどは思っていないつもりだ。
だが、努力の証を誰かに認めて欲しい、ただただ、自分の思いの丈をぶちまけるのはいけないことなのだろうか。
「……金枝? どうしたのよ。調子でも悪い?」
「……いえ。マネージャー。金枝は今のところ、どれくらい戦えると思いますか?」
その問いかけにマネージャーの眼差しが鋭くなる。
「……それは要らないおべっかはなしでいいのよね?」
首肯すると、マネージャーはこれまでの戦歴が書かれた書類を捲っていく。
「血続操主としては悪くないスペックをしているわ。これまで東京や南米で観測された血続操主たちの情報を統合してね。ただ、人機の戦闘においては実戦経験が最も重宝される。今のところ、京都支部に仕掛けてくるキョムの尖兵がないのはありがたいんだがどうなんだか。いずれにせよ、金枝。あなたにはもっと強くなってもらうわ」
悪くないスペックと言うのは、誤魔化しの言葉のように思えてしまう。
「……金枝は、強くならなくっちゃいけないんですよね。誰よりも、強く……」
「あまり操主の責任を感じることはないわよ。搭乗機によっては既存のトーキョーアンヘルの操主を超えられるかもしれないし。それに、あなたはまだ試験操主。京都支部唯一のね。それを考えてみれば、よくやっているほうだと思うわ」
マネージャーが憐憫や、あるいはその場凌ぎのことを言っているわけではないのは分かる。
だが、あまりにも自分には時間がない。
操主としての戦い方を極めるのにも、いつまでもだらだらと戦っているわけにもいかないのだ。
「……マネージャー。金枝に勝てる方策をください。そうじゃないと……このままじゃ……」
「金枝……けれど焦りは禁物……失礼。はい、もしもし」
マネージャーが携帯電話でやり取りする相手には心当たりがある。
こちらが悟った通り、彼女は声を潜めていた。
「……それは……! いえ、三宮金枝はやります、やれるはずです。試験操主のお話はこれからと思ってください。それに、撃墜スコアも悪くないんです。あとは戦闘経験値さえあれば……」
『そうは言いますが、我々にしても使える駒は使い尽くしたい。三宮金枝女史に関してで言えば、新型機のロールアウトを待っている間もないんですよ。京都支部の財政はかなり厳しいと伝え聞いておりますが?』
「……京都支部はこれからなんです! 三宮金枝にチャンスをください。彼女ならやれるはずなんです!」
必死にお歴々を説得するマネージャーに、思わず金枝は立ち上がる。
「マネージャー……それは金枝が……!」
「金枝……心配しないで。……はい。もちろんです。皆さんの融資を無駄にはさせません。京都支部では新型機の建造も進められており……」
『それは構わないですがね。頼みますよ。ワタシたち、“金剛グループ”を失望させないように』
その言葉で通話が切られる。
まだ普及したばかりの携帯電話から漏れ聞こえるツーツーと言う音に、マネージャーは頭を振る。
「……何で分かってくれないの……! 京都支部も、それに上の方々も焦り過ぎなのよ……! 操主を一から作るって言うのがどれほどなのかを……!」
「そ、その……マネージャー。金枝は……その、迷惑をかけているんじゃ……」
出かけたその言葉にマネージャーは自分の肩をがっしりと掴んで向き合う。
「いい? 金枝。……あなたは出来る子なの。それは誰しも認めざるを得ない。血続操主として、あなたはちゃんとやっているわ。何の心配も要らない。京都支部から輩出された初の人機操主……日本が誇る最強の“守り人”になるために……!」
その時、マネージャーの携帯電話が再び鳴る。
「はい……。予算委員会の話ですね。……分かっています、参加しますので少し……」
マネージャーは目線でこちらへと了承を交わし、足早に立ち去っていく。
金枝は更衣室のベンチに座り込み、掌を眺める。
非力な小さな少女の指先。
しなやかな白い肌は、穢れも知らず。
「……金枝にもできることがある……そう言ってくれた人は、今は……」