「それはそうだよ。今のモリビトならそれなりの飛翔高度の安定性があるとは言え、敵も飛んでくるからねー。調整次第じゃ上手いこと《バーゴイル》にも追いつける性能じゃなくっちゃ」
下操主席に収まっているのはエルニィで変動値を観測している。
「……前はシャンデリアまで立花さんを助けに行けましたけれど……」
「それは垂直飛行の場合でしょ? 《空神モリビト2号》は空中戦も加味しているんだから、ちょっと違うよ。そもそもさ、何でモリビトとシュナイガーが違うのか、要点を分かってる?」
不意に尋ねられたものだから、赤緒は《空神モリビト2号》を機動させながら思案を浮かべる。
「……えっと、速さ……とかですかね」
「赤緒にしてはまぁまぁの解答じゃん。ま、簡単な話。空戦人機と陸戦機では埋めようのない速力の差があるってこと。フライトユニットがあったってあんまり差は埋まらないかな。何でかって言うと、そもそもそういう設計になっていないから。《モリビト2号》とトウジャタイプじゃ、機体フレームの軽さも違うし。まぁ、だからこそモリビトのパワーは信頼に足るんだけれど」
エルニィは算出されるデータを概算しつつ、《空神モリビト2号》の速度と追従性をモニターしている。
「速度では《シュナイガートウジャ》どころか……《バーゴイル》にも及ばないんですよね……?」
「まぁ、あまりマイナス思考には成んないことだよ。《バーゴイル》なんて操主を乗せていないんだから多少の無茶が利くのもあるし。それに、モリビトくらいの重量で飛ぶってなると、血塊炉三基を常にフルパワーで稼働させないと辛いところもある。……要は、モリビトって元々シュナイガーみたいな戦い方ができるようには設計されていないだよね。元来は対古代人機への迎撃目的だし」
『エルニィ、今のところ《空神モリビト2号》のスピードとルートからの許容値は想定内だ。このまま空中ファントムを試してみてくれ』
シールの声が聞こえ、赤緒は丹田に力を込める。
「は、はい……っ。……ファントム!」
機体を仰け反らせて循環パイプを軋ませ、巡る血塊炉の血脈を一気に絞る。
途端、超加速度に至った《空神モリビト2号》が自衛隊の駐屯地を抜けていく。
ソニックブームが地表を吹き飛ばし、砂塵が舞い上がる。
『赤緒さん。少しだけルートをずれているから、もうちょっと補正値を参考にしてくれる? 速過ぎても安定性を重視したいから』
「わ、分かりました……!」
月子の補佐で赤緒は巡行ルートに戻りつつ、機体の速度を落とさずにアクセルを踏み込む。
それにしても――と、明らかに鋼鉄の巨体は飛ぶようにはできていないのだなと今さらの感慨が浮かんでくる。
《シュナイガートウジャ》のように自在に空を舞う術を持つ人機ならばともかく、モリビトタイプで空戦を繰り広げるのは難しそうだ。
「……立花さん。モリビトの重さじゃ、空戦機と戦うにしても不利なんじゃ……」
「接近戦に持ち込めればまだ分はあるんだけれどねー。知っての通り、空戦人機は大体接近戦はあまり得意じゃないんだ。飛ぶために装甲を犠牲にしているのもあるからねー」
「でも、シュナイガーは接近戦も……」
「あれは想定外の改造なの! ……メルJも困ったもんだよ。スプリガンハンズは元々、どうしても相手が剥がれてくれない敵に対して使うものなんだから。基点にしてエネルギー磁場を流転させて突撃するなんて仕様じゃないってば」
エルニィは後頭部を掻きながら嘆息を漏らすも、今はもうメルJの行動にさして怒りが湧いていないのが窺える。
それもこれも、今までの自分たちが絆を重ねてきたお陰だろう。
赤緒は静かに微笑もうとして熱源警告にハッとする。
「……三時方向に熱源……! そろそろ追いついてくると思っていましたけれど……」
「来たみたいだね……! ルイ! そっちの都合はどうなってるの?」
『相も変わらず、言うことを聞かない下操主のサポートで困るわ』
『そう言ってくれるな、黄坂ルイ。私だって下は慣れないんだ』
相変わらずの舌鋒の鋭さを誇るルイに対して、少しだけ気後れした様子でメルJの声が続く。
《空神モリビト2号》の針路を遮るようにして対峙するのは、薄紫色の塗装が施された痩躯の人機であった。
両腕にリバウンドシールドを有し、流麗な立ち振る舞いは自ずと操主であるルイ本人と被ってくる。
「あれが、新型機……!」
「開発名称、《シスクードトウジャ》……! ルイとメルJの機体だよ、赤緒! 気合入れて!」
「は、はい……っ!」
《空神モリビト2号》に警戒を強めさせる。
《シスクードトウジャ》は片腕を翳し、それから挑発めいた手招きをする。
『どこからでもいらっしゃい。所詮、自称天才と赤緒の即席コンビ。軽くいなしてあげるわ』
『それはこちらも言えた義理はないのだが……今はよかろう。赤緒に立花! 私たちを倒してみせるんだな……!』
「……赤緒っ! あっちもやる気満々だし、やっちゃおっか!」
「はい……! まずは、速度面で圧倒しますっ!」
「全推進器をブースト! フライトユニットを展開……ハイマニューバ!」
《空神モリビト2号》の全容が刺々しく変移していく。
翼を広げ、全身から薄青に近いオーラを迸らせる。
「……これが、《空神モリビト2号》の……力!」
全身に満ち満ちる膂力でまずは接近、そのまま片腕で《シスクードトウジャ》を押し込もうとしたが相手は軽い挙動で跳躍する。
飛び越えられたのを関知して赤緒は片腕に格納されたガトリング砲を掃射する。
ペイント弾が飛び交う中で、《シスクードトウジャ》は自衛隊の宿舎を足掛かりにして反転し、蹴り技を見舞う。
赤緒は僅かにうろたえて後退したところで、《シスクードトウジャ》はそれを好機として距離を詰めていく。
間断のないキックが浴びせかけられ、赤緒は防戦一方に追い込まれてしまう。
「……こんの……! 赤緒、リバウンドで距離を稼いで! 格闘戦術はルイの独壇場だ!」
「分かって、います……! リバウンド磁場を高出力に設定……っ!」
「出力値はボクのほうで再設定……これを――喰らえーっ!」
手元のキーボードを叩いてエンターキーを親指で押し込んだエルニィに合わせて赤緒は《空神モリビト2号》の盾を翳す。
リバウンドの斥力磁場が形成され、放出された力場が《シスクードトウジャ》を吹き飛ばす重力を構築していた。
だが、さすがはルイとメルJ。二人の反応速度はアンヘルでもトップクラスなだけはある。
瞬時に回避し、機体を横っ飛びさせて《空神モリビト2号》の相貌へと拳をめり込ませる。
『今の。致命的ね』
拳が振るわれただけで、あえて装備しているリバウンドの盾を起動させない一撃。
舐められている――その感覚に赤緒は戦闘意識を研ぎ澄ませる。
「そんなのっ!」
モリビトの肩より強化ECMが放出され、《シスクードトウジャ》の関知系統を一時的に翻弄する。
相手はしかし、後退ではなく前進を選んでいた。
果敢に突き進み、モリビトの盾による防御を誘っている。
「赤緒! 防御を組んじゃ駄目だ! 次に防御に徹した瞬間を狙って、ルイは突き込んでくる!」
「分かっていますけれど……! 剥がれて……くれないっ!」
フライトユニットに内蔵されていたブレードへと持ち替え、赤緒は《シスクードトウジャ》を遠ざけようとしたが、ルイとメルJが乗る機体は判断も素早い。
ブレードの軌道を潜り抜け、機体を沈めさせてローキックを間接駆動系へと叩き込む。
姿勢制御バランサーが弱体化し、今にモリビトが倒れかけたのをエルニィが下操主席でサポートする。
「させるもんか!」
推進剤を逆噴射させて相手の気勢を削ぎつつ、《空神モリビト2号》は再び戦場を空に固定していた。
一瞬の油断すら命取り。
しかも、《シスクードトウジャ》を駆る二人は歴戦のエース。
「……近接も、ましてや遠距離も得意なんて……!」
「そうだね、反則クラスだ……。だけれど、そんな二人を倒せなくっちゃ、ボクらだって!」
「は、はい……っ!」
赤緒は《空神モリビト2号》の両腕にブレードを握らせ、交差させて構える。
『距離を取ったのに近接武装? ……舐めているのはどっちかしら。メルJ、とっとと終わらせるわよ』
『しかし、《シスクードトウジャ》には遠距離武装はほとんどない。あれが誘いである可能性も……』
『そんなの。自称天才と赤緒が考え付くわけないでしょ。勝負は一秒の差で決まる。私たちのタッグが最強だって分からせるのよ』
『……承知した。下操主は上操主の判断には絶対だからな』
《シスクードトウジャ》は飛翔用の翼を展開し、空中戦に打って出る。
「……赤緒。ルイのあの性格だ、誘いには乗ったみたいだね」
「ええ……。あとは……私が勝てるだけのチャンスを得られるかどうか……!」
《シスクードトウジャ》に近接戦を挑むつもりは毛頭ない。
赤緒は片方のブレードを投擲する。
当然、《シスクードトウジャ》は盾を使うまでもなく弾き落とすが、その一瞬でも眩惑のチャンスとなる。
「ガトリング……発射!」
腕に内蔵されたガトリングを放つことで、目くらましにしようとしたが、ルイはその程度で退くような性格ではない。
『……馬鹿にして。こんな豆鉄砲で……!』
さらに高空を取った《シスクードトウジャ》は明らかにこちらよりも空戦に慣れている。
――だが、それでこそ。
「……そこ!」
《空神モリビト2号》より延長されていたのはワイヤーだ。
そのワイヤーの先端部に仕込まれていたのは機雷である。
ちょうど《シスクードトウジャ》の針路上で弾け飛んだ爆発に、相手が僅かに怯んだ隙。
それを逃さず、下段より赤緒はモリビトを仰け反らせて加速させる。
「……ファントム……!」
『こんな搦め手……赤緒が考え付くわけ――!』
「お互い様だね、ルイ! 上操主の足りない部分を補填するのが下操主の役割だ!」
爆雷による眩惑を考え付いたのはエルニィの策だ。
《シスクードトウジャ》の機動力は目を瞠るものがあるものの、一度そのリズムを崩されてしまえば立て直しに時間がかかるのは必定。
加えて、空戦において上を取るのは必勝パターンの一つだが、ルイにはまだ空戦機の経験が足りていない。
賭けに勝ったのは自分たちだ――と赤緒はブレードを振りかぶる。
《シスクードトウジャ》へと命中しかけて、その像が掻き消える。
感覚したその時には、《シスクードトウジャ》は空間を飛び越えたとしか思えない速度で背後に回り込んでいた。
「……速い……!」
『なるほど。確かに黄坂ルイには空戦人機の経験が足りてない。その上で、空で無防備になったところを強襲。立花、お前らしい戦闘パターンに裏打ちされた戦法だ。……だがな、お前が言った通り、上操主の足りない部分を補うのが下操主の役割だ』
「……今の一瞬で、戦闘の権限をメルJが握ったって言うの……! 赤緒、まずい……! この距離じゃ――!」
エルニィが言い終わる前に、盾を手甲のように装備し直した《シスクードトウジャ》が空を駆け抜ける。
噴射剤を用いた超加速度。
ただ加速しただけではない。
余剰推進剤を目くらましに使うと同時に、機体のエネルギーを前面へと集中させている。
肉薄した《シスクードトウジャ》の気迫に、赤緒は気圧されていた。
先刻までの足並みが揃っていない《シスクードトウジャ》ではない。
メルJが手綱を握り、空戦人機の常勝パターンを踏んでいる。
赤緒は咄嗟にブレードで斬りかかるも、その挙動を軽い裏拳で弾き返した《シスクードトウジャ》のアイカメラが輝く。
『ぬるいぞ! 銀翼の――!』
「赤緒! 逆噴射で強制ファントムさせる……! 大丈夫、ボクの概算スピードのほうが……メルJの攻撃実行よりも……!」
エルニィが手元のキーボードで強制的にフライトユニットを前面展開し、予備の推進剤を点火させて距離を稼ごうとしたが、その時には世界は銀色に染まっている。
『アンシーリー――コートッ!』
逆噴射で逃げては勝てない――赤緒は一瞬の交錯でそう判断する。
「……月子さん、シールさんも……ごめんなさいっ!」
「……赤緒、なに――」
エルニィが言い終わるよりも先にフライトユニットがパージされる。
衝撃で機体そのものが下方に強制排除され、メルJの放った必殺攻撃を受け止めたのは空っぽの武装だけである。
『……なに……?』
突き抜けたエネルギーの奔流がフライトユニットを撃ち抜く。
その瞬間、赤緒は《モリビト2号》の片腕を《シスクードトウジャ》の血塊炉付近に据えていた。
「これで……っ!」
ゼロ距離で放たれたガトリングの砲撃と、そして《シスクードトウジャ》の放つ蹴り技がモリビトの肩口を捉える。
脚部にはリバウンドの刃が装備されており、コックピットへと向けられていた。
『そこまで!』
南の号令がかかり、二機は何とかお互いを引き剥がそうとして、もつれ合ったまま着地する。
『おい、赤緒! 何てことしやがるんだ、まったく……! 《空神モリビト2号》と《シスクードトウジャ》の模擬戦だろうが。フライトユニットをパージする馬鹿がどこに居るんだよ!』
地上で《テッチャン》に乗ったシールの怒声が響き渡り、赤緒は首を引っ込める。
「す、すいません……!」
『すいませんで済みゃメカニックは要らねぇんだよ! 月子、フライトユニットは無事か?』
『うーん……やっぱり損傷はあるかな。空中での強制排除なんてマニュアルにはないから……。それに、《シスクードトウジャ》のほうもだけれど、ヴァネットさんの技に耐えられるようには造っていないし……』
疑似的とは言えアンシーリーコートを放った《シスクードトウジャ》の推進部が黒ずんでおり、盾には明らかな損壊がある。
『……知らん。もっと頑丈に造ってくれ』
『おい! ヴァネット! 何でもかんでもシュナイガーみたいになるとは思うなよな! シュナイガーだって元々はあんな機動は想定してねぇんだ! ……ワガママな操主ばっかで困るぜ……ったくよぉ!』
《テッチャン》三機がそれぞれえっさほいさと《空神モリビト2号》と《シスクードトウジャ》を輸送する。