JINKI 301-2 迎撃準備

 前を行くのはトレーラー車を牽引する《ナナツーウェイ》だ。

『沖田! 二つとも新型だ、丁寧に扱えー』

『了解です。……それにしても、《シスクードトウジャ》……見れば見るほど……』

「いいでしょー! ボクの開発っ!」

 エルニィが下操主席で茶目っ気たっぷりに言い放つ。

 すると、沖田と呼ばれた自衛官が少し困った風に返答していた。

『いやー……あはは。自分には人機の造形美はちょっと分かんないですけれど、強そうですね……』

「立花さん。自衛隊の皆さんを困らせちゃ駄目ですよ」

 上操主席で言い含めると、エルニィは頬をむくれさせる。

「何だい。赤緒ってばさ、これは模擬戦だって何度も言ったよね? 勝ち負けよりもお互いの機体の能力を引き出すことが重要だって。……それなのに?」

 振り向いて不貞腐れるエルニィに赤緒は言葉もない。

「……いや、あははー……ちょっと夢中になっちゃって……」

「ちょっと? ……ちょっとで空中パージなんてやられたらメカニックとしちゃ困るんだけれど? にしても、《シスクードトウジャ》のほうも参ったもんだなぁ。ルイの格闘戦に特化した能力で詰めていたけれど、メルJの機動力特化の使い方も欲しいし……悩ましいところだよ、なかなかね」

 エルニィは早速仕様書をコックピットで作っている。

 それもこれも、今次作戦におけるトーキョーアンヘルの戦力増強を謳ってのことだった。

「……いいんですかね……? 小河原さんに頼らないようにする、戦い方って……」

「いいんじゃないの? 南から言い出したんだし。第一、確かに一理あるなって思ったのは事実だもん。これまでここぞと言う時には両兵が乗ってくれていたけれど、いつでもそうとは限らないじゃん。ボクらだけでも戦えるようにしておかないと、もしもの時に備えるんならねー」

 前回のグリムの眷属強襲事件からひと月も経っていないが、あの時でさえも危うい綱渡りであったのは間違いない。

 もし、メルJの精神面に問題があれば、あの時点で敵に負けていたのだ。

 その上、グレンデル隊と呼ばれる米国主導の組織も見え隠れする以上、トーキョーアンヘルのリーダー格である両兵をそうそう前に出すわけにもいかない。

「小河原さんは……」

 両兵はと言うと、自衛隊駐屯地の隅で《ナナツーウェイ》に乗って声を張り上げている。

「ほら、あと十周! キョムもアメリカも待ってくれねぇんだ! 人機に乗れる奴は貴重だかンなー。体力付けとけー!」

 型落ちの《ナナツーウェイ》に乗って自衛隊の操主訓練生たちは必死に外周を走っている。

「……私たちみたいな血続トレースシステムなしですよね? すごい疲れるんじゃ……」

「まぁ、それでもやってもらわないとねー。ボクらだっていつでも前に出られるわけじゃないし、専守防衛ってのは日本の言い分だから」

「へばってんじゃねーぞ! 《ナナツーウェイ》を手足みてぇに使えるようにしとけー!」

 相当きついのか、鍛え上げられたはずの自衛隊員が次々と脱落していく。

「……あの、私たち……」

「こんなことしている場合でいいんですか、って? 赤緒、ちょっとこっち」

「はい? 何ですか――あぅっ!」

 エルニィに顔を近づけたところでデコピンをされて赤緒はうろたえる。

「いつもそうだけれどさ。赤緒も自分の役目を軽んじ過ぎだよ。両兵が言うもんじゃないけれど、ボクらにはボクらにしかやれない役割ってのがあるんだから。《空神モリビト2号》の正式ロールアウトだってそう。これまでは騙し騙しだったけれど、《モリビト2号》もチューンナップしていかないといけない。空戦くらいはお手の物になってよね」

 赤緒はエルニィにデコピンされた額をさすりつつ、コックピット周辺を見やる。

 空戦人機において必要とされるのは瞬発力と判断力。

 それを鍛えるのは一朝一夕では不可能であり、これまでの血続トレースシステムよりも色濃い人機との結びつきが必要になっていた。

 当然、複雑になったシステムは操主にとって負担となる。

 特に空戦におけるセオリーを叩き込まされた上に、《シュナイガートウジャ》に組み込まれていた戦闘データは赤緒にとっては苦難の連続だった。

 まず、《シュナイガートウジャ》自身の戦闘データは今、米国政府の管理下に置かれている。

 持ち出しすらも厳しく制限されたそれを、現状のメルJの有するメタデータと照らし合わせて再現した結果、完成したのが《空神モリビト2号》だ。

 元々、ベネズエラでの最終決戦で用いられていたのだと言うが、その時のデータは欠損しており、一部の再現はできても全体では作り直せないと言う結論であった。

 だが、エルニィとメルJが力を合わせ、そして前回のグリムの眷属による東京強襲の際に得られた《シュナイガーノルン》のデータが結実した形となる。

 しかし、赤緒一人ではまだ扱い切れず、下操主が絶対に必要な不完全な人機なのだが、それを解消するためのツーマンセル――新たなチームワークであった。

《シスクードトウジャ》には元々トウジャ乗りの経験があったメルJと、そして人機全般を乗りこなせる器用さからルイが適任となっている。

 そうなってくると《空神モリビト2号》の下操主が争点であるが、エルニィ自ら志願していたのである。

「だって、赤緒このままじゃ一生、両兵を専属下操主にしそうなんだもん」とは彼女の弁だ。

 これまで幾度となく両兵に頼ってきたのは事実であったので、赤緒は沈黙するしかなかったのもある。

「赤緒ー、今の動き、算出しておいた。多分、シールとツッキーがデータを返してくると思うけれど、これを参考にしたら大丈夫だと思う」

「もうできたんですか? ……早い……」

「時間も有限なの! 考えても見てよ! キョムの戦力の最低単位は《バーゴイル》なんだからね? 飛行人機相手に、これまで相手取って来たのだってなかなか貴重なんだから。それに! ……何度も言うけれど、本当のところは赤緒単騎で乗るのがベスト! ボクがサポートできるのは今回みたいなツーマンセル前提の場合だけ」

「えっ……でも、小河原さんなら……」

 言いかけた自分へとエルニィがじろりと睨みを利かせる。

「……赤緒、もしかして両兵を独占するつもり?」

「し、しませんよ……っ。なんてこと言うんですか、立花さんは……!」

「……ならいいけれど。両兵の操主としての戦闘経験値は折り紙付きだ。そうだね、センスで言うんなら青葉ともまた違う……ものはあるかな。現状、トーキョーアンヘルで抱えている操主でマニュアル操縦ができるのって、ボクとルイ、それに両兵だけかな。一応、シールとツッキーもできるけれど、戦闘用人機の操縦のサポートは難しいだろうし」

「あっ、そうなんですか……? 下操主なら……」

「赤緒さー。何だってどうしても下操主が必要なわけ? 血続トレースシステムの性質上、下操主ってほとんどお役御免なんだよね。だって言うのに、一人じゃ乗りたがらないし」

「そ、それはぁ……っ。……何ででしょう?」

「こっちが聞いてるんだけれど? ……まぁ、赤緒のそういうところは分かってるつもりだし、今はいいやぁ……。とにかく、空戦人機に慣れること! あとは無理な機動はしない! シールたち、カンカンだよー」

「で、ですよね……。あとで謝らないと……」

 エルニィは持ち込んだ筐体と向かい合いながら、忙しくキーボードを叩いている。

 正直なところで言えば、《空神モリビト2号》のフライトユニットの能力を発揮するのに赤緒自身は全く役に立てていない。

 それどころか足を引っ張っているかもしれないのだ。

 現に先刻の戦闘でも、空戦能力はエルニィに頼っている部分も大きく、また爆雷を仕掛けるなど自分では思いつきもしない作戦を立案したのはエルニィならではである。

「……あのー、立花さん。《空神モリビト2号》のその……昔のデータって……」

「ほとんど残ってないよ。あれも貴重だったんだけれどねぇ……青葉がテーブルダストから帰って来た時には綺麗さっぱり……消えていたってわけ」

「じゃあ、青葉さんの戦い方を参考に、とかは……」

「赤緒が青葉みたいに? 無理じゃん。青葉は特別だからねー。それに、マニュアル操作が基本なんだよ? 赤緒、今の操縦でもやっとなのに、できるの?」

「うっ……ですよねぇ……」

「それに、だ。青葉と赤緒は違う。違う操主なんだから、無理して目指そうとしなくてもいいんだってば。《モリビト2号》のフルスペックを発揮できるのは確かに青葉だけれど、それを言ったらルイだって元々はモリビトの操主として据えられるはずだったんだから強いよ。けれどね、状況が状況ってのもある。赤緒は自分なりに、ちゃんと強くなれているよ。ボクが保証する」

「……で、ですかね……。自分じゃ分かんないから……」

 頬を掻いて照れていると、エルニィが陰鬱なため息をついていた。

「強くなっているけれど、すぐに調子になるところは玉に瑕かな」

「も、もう……っ! 言わないでくださいよぅ……」

 しょげていると、エルニィはカラッと笑っていた。

「まぁまぁ。テンションに左右されるのも青葉と違って赤緒っぽいし。それにね、ボクはこう言うとなんだけれど、いい傾向だとは思ってるんだ」

「いい傾向……ですか?」

「赤緒、最初のほうに比べて誰かを傷つけるだとか、そういうのに対してのすごい抵抗力があった頃よりかは戦い慣れてきたってことだよ。さっきだって、ちゃんと《シスクードトウジャ》の急所を狙ったでしょ? そういうのって積み重ねていくしかないんだよね。やっぱりさ、青葉だって最初はそうだったんだし」

「青葉さんでも……ですか?」

「青葉でも、だね。ロボットオタクのもやしっ子だったけれど、けれどなー、多分世界で一番――人機を愛しているんじゃないかな。それだけは間違いようのない事実だよ」

「世界で一番……人機を……」

「……赤緒にはまだ難しい話かもね。けれど、ボクらメカニックとしちゃ、なんて言うんだろ。冥利に尽きるって言うかさ。操主が完璧な状態で戦えるようにするのが仕事だから。青葉のガッツはすごかったもんだよ」

「ガッツ……そ、その……立花さん。私にもそのガッツ……ありますかね……?」

「うーん、まだ分かんないや。けれど、人機に乗り続ける限りは可能性はあるかもねー」

 再び作業に戻ってしまったエルニィの背中に、赤緒は一つ頷いてからコックピットを降りる。

「おっ、お疲れさまー、赤緒さん。どうだった? 空戦人機の感想は」

「あっ、南さん……お疲れ様です」

 軽い調子で片手を挙げた南に、赤緒は思案する。

「一言で纏められないかもしれないけれど、《バーゴイル》相手に優位を取るのには、ウチじゃメルJくらいなものだったからね。一応、ルイもフライトユニット装備の経験はあるけれど、今のモリビトの操主は赤緒さんだから。それに、エルニィも協力してくれているでしょ?」

「あっ、はい。立花さん、ちゃんとよくしてくれて……」

「まぁ、元々シュナイガーの設計はあの子だからねー。世界初の空戦を想定した人機の設計者ってなれば一家言どころじゃないものもあるでしょうし。……とは言え、戦闘データを持っているのはメルJだから、複雑なのかもしれないけれど」

 南と共に自衛隊の仮設テントへと戻ると、そこにはつい先ほどの模擬戦のデータが既に参照されている。

「うーん……《シスクードトウジャ》のほう、ちょっと息が合ってないような気がするわね……」

「ルイさんとヴァネットさんでも、ですか?」

「いや、それは逆かな。二人とも一流の操主だからこそ、出るひずみみたいなものがあって。息がバラバラと言うよりかは、それぞれ手綱を握ろうとして人機のほうが参っちゃっている感じね。人機の中でもトウジャタイプは特殊なのよ。上と下の呼吸が乱れると一番にバランスが取れなくなっちゃう」

 南は菓子盆に盛られた茶菓子を頬張り、推移するデータを眺めている。

「……《空神モリビト2号》のほうは……その、大丈夫なんですかね?」

「大丈夫って言うのはどう言うことを聞きたい? 赤緒さん的には実戦は無理だと感じた?」

「そ、それは……」

 思わず口ごもってしまう。

 本心で言えば、両兵の下操主のほうが落ち着くのは当然だ。

 だが、それはトーキョーアンヘルのこれからのためによくない。

 エルニィに言われたことの繰り返しになってしまう。

 両兵はどれだけ自分たちが縋ろうが、一人。

 ならば強くなるのならば、自分たちアンヘルメンバーのほうだろう。

 言葉を飲み込んだ自分の沈黙を悟ってか、南は緑茶を湯飲みに注ぐ。

「そりゃあね。両のほうが安心するのも分かるわ。……けれど、これは私からの進言でもある。両を頼ってくれるのは嬉しいけれど、あいつだって、みんなのサポートができるわけでもない。それは一人の人間としても、だし、リーダーとしてもね。もちろん、みんなを平等に見れれば一番いいんだろうけれど、それも難しいでしょうし」

「……だから、今は教官役に……?」

「おらー! ナナツーの戦闘はこんなもんじゃねーぞ! 走り込み、もう三周!」

 声を張る両兵に、《ナナツーウェイ》が列を組んで駆け抜けていく。

「……まぁね。教えるのは向いているし、自衛隊の人たちも操主になってくれるんなら心強いもの。それはトーキョーアンヘルのみんなの負担を減らすためでもあるんだけれど。おっ、茶柱」

 湯飲みを覗き込んで口にした南に、赤緒は尋ねる。

「その……南さんは小河原さんとは長いんですよね? こういうこと、前もあったんですか?」

「前って……ああ、もしかして青葉のこと聞いた? ……そうねー。けれど、青葉は強かったから。両が居なくなったって分かってからでも、ずっと戦い続けていたわ。あの子は……誰よりも人機を愛している。だから、どれだけ辛くっても前を向けるんでしょうね」

「南さんは? 違うんですか……?」

「……今日の赤緒さんは何だか見透かしたことを言うのねぇ。ま、私は確かに青葉ほど強くはなれなかったわ。でも、前を向かないとね。失ったものを振り返ったってしょうがないし、前線を任せられている以上、私はアンヘルの責任者だろうしね」

「あっ、ごめんなさい……。何だか聞いちゃいけないことまで……」

「いいのよ、別に。私だって隠し立てしているわけでもないし。あっ、けれど今回の模擬戦、四人ともちゃんと全力で向かい合ってくれて助かっているわ。このデータを提出しろって急かされていてね」

「……提出……? 私たちの模擬戦のデータを、ですか?」

「そう。この辺は赤緒さんたちにはあまり心労をかけさせるのも悪いから伏せていたんだけれど」

 南は模擬戦で算出されたデータを纏め上げ、報告書の形に仕上げていく。

「……米国ですか?」

「エルニィから聞いた? まぁ、そっちにもあるんだけれど、今回は国内かしらね」

「国内って……日本の中にアンヘルよりも優先度の強い組織なんてあるんですか?」

 南は眉根を寄せてペンで書き留めていく。

「そういう反応よねぇ、普通は。けれど、まぁあるのよ、色々とね。体面上、と言うか。赤緒さんは知っていると思うけれど、京都支部ってのが今はちょっと厄介でね」

 京都――赤緒にしてみれば一度訪れた程度の地だ。

 確かアンヘルの支部が作られている予定くらいの知識でしかない。

「京都支部は……確かまだ……」

「まぁ、正式には設立前なんだけれど、あっちはあっちで米国や他の諜報機関と仲がいいみたいでねー。公式記録では極秘だけれど、これ、見てみる?」

 フロッピーディスクを読み取ると、パソコンの画面に三次元の図面が起こされていく。

 その堅牢な装甲と、そして鋭角さを伴わせたシルエットは――。

「これ……!」

「そう、モリビトタイプに、まぁ映るわよね」

 いやに落ち着き払っている南に、赤緒は戸惑う。

「……これって、みんなは……」

「エルニィ以外にはメカニック三人娘には共有しておいたわ。あっ、両もだっけ。けれど、不明瞭な情報を共有するのも気が引けてね」

「……京都支部がモリビトを……」

「建造している、と見るべきよね。ある意味じゃ、牽制以上の代物になる。開発コードも纏めて引っこ抜いてハッキング……こほん、ちゃんと受け取ったわ」

 何やら胡乱な言葉が聞こえたような気がしたが、赤緒は浮かび上がった文字列を読み取る。

「……モリビト――《モリビト天号》……。新しい、人機」

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