カプセルの中で漂っていた肉体へと意識を定着させ、降り立つと同時に部下たちから服飾を預かる。
漆黒の詰襟服に、そして黒の学帽。
それらを纏ってから、会談の場へと歩を進める。
ネクタイを結び直し、襟を整えて白一色の部屋へと赴いていた。
「……随分と遅かったですね。加藤支部長」
「これでも急いだほうですよ。記憶の定着には時間がかかるのです。それもこれも、あなた方の技術の賜物だ。金剛グループ、機関長の――」
「――コンコルザ。まさか名前まではお忘れではありませんよね? 加藤支部長」
コンコルザと名乗った男はバイザー越しの舐めつけるような視線を向けてくる。
「……裏切りがあるとは聞いていなかった、三宮金枝だけで逃走を図ったのだと」
「それがですね、ちょっと厄介なことになったのですよ。ワタシの苦労も分かっていただきたい。あの場所が特定できたのも、我が金剛グループの技術力があってこそ」
加藤はネクタイピンを指先で弾き、白い長テーブルを挟んでコンコルザと対面する。
「……まさか私もスペアの肉体を使わざるを得ないとは。これはそちらに請求すればよろしいのですかね」
「支払いは現金で一括。金銭、資本主義と言うシステムは素晴らしい。金さえあればある程度のことはできるようになっている。物流、兵器開発、人造人間計画への投資エトセトラ……」
「あまり私たちの手を煩わせないでいただきたい。こちらも危険があった……ああ、そうか。あれが――小河原両兵か」
「記憶の定着に時間がかかると仰った割にはお早い様子。それほどに鮮烈でしたか? 一回“死んでみる”と言うのは」
コンコルザの試すような物言いに対し、加藤は椅子に深く腰掛けて足を組む。
「……死んでみなければ分からぬものもある。恐ろしいですな、死してなお、この世界に居座ると言うのは。まさしく魂の存在、信じざるを得ない」
「こちらとしてみれば、あなたたちの製造にかかった時間もコストも回収するのは惜しい。結果だけ見せていただきたいのです」
加藤が顎でしゃくると、テーブルの中央につい数分前の戦闘の模様が映し出される。
現れたモリビトタイプの拳で押し潰されたところまで再生されて、その額へと自ずと手をやる。
「……しくじった、か」
「上々の結果ではありませんか? 彼女が現れなければ、あなたも死の世界を知らずに済んだのに。いえ、これも結果論ですか? “死んでみる”のもいい経験でしょう?」
コンコルザは嘲笑混じりにそれらの言葉を使う。
加藤にしてみれば、このスペアの肉体が無事に起動するかどうかも分からなかったのに、いい気なものだと胸中に結ぶ。
――所詮は机上の空論でしかない兵器開発がお得意な、死の商人、か。
「……感心しませんな。人形作りにうつつを抜かすと言うのも」
「ですが、これもキョムの技術の一つです。これで正式に、ワタシたち金剛グループと手を組む気になってくださいましたか?」
「……分からないのはそれもです。何故、キョムとドクターオーバーを蹴って、我々の側につくのか」
その問いかけにナンセンスとでも言うようにコンコルザは応じる。
「ワタシはね、とても好きなのです。人間の業とでも呼ぶべき、金品。そしてこの世界に蔓延るシステムそのものが。愛おしくって堪らない。ヒトはかつての創世神話で、天使より一つを与えられた。即ち――武器です。武器は素晴らしい。その銃弾一つで市場を回す力となる。だからこそ、武器と金はセットなのですよ」
狂った破壊衝動そのものをコンコルザは愛おしげに語る。
「……我々には他とは違う武器があった。それがあなた方の目に留まったと言うことですか」
「人機の建造。それに伴う、操主の補填。どれもこれも、我々は資産を惜しまない。血続操主を巡って、かつて世界を黒に染めようとした男は極東国家に手を伸ばそうとした。それはご存知の通り。その結果が、八将陣。……ですが、今のキョムに与するのは、少し……そうですね、惜しい、と言うべきでしょうか」
「何故です。相変わらず宇宙要塞シャンデリアに陣取っている彼らの優位は変わらないのに」
コンコルザはぱちんと指を弾き、それから喜悦の笑みを浮かべる。
「ずばり……圧勝と言うのもつまらない、という一事です。一方的なムリゲーなんて誰も考えちゃいない。今のワタシたちがキョムに手を貸し、東京のアンヘルたちを圧倒する、それはなるほど、最適解であり最短でしょう。でも、ゲームを勝利するのに何も毎回最善手だけが勝利の定石とは限らない。時には遠回りしてみるのも一興……」
部下がコンコルザの席へとワインを運ぶ。
血のように赤いワインがグラスに注がれ、彼は祝杯でも挙げるかのようにそれを天高く掲げる。
「……ゲーム、ですか。あなた方は命でさえも、ゲームを回す資金の一つだと思っていらっしゃる」
「違いますか? こうして勝利の美酒に酔う。そのためには皆が皆、命を懸けなければ。そうでなければ、それはつまらない、冷め切ったゲームと化す。ワタシも、加藤支部長も同じく、命を懸けている」
「……替えの駒がありき、ですが」
「無論! プレイヤー側には優位な条件が与えられなければならない。加藤支部長、縛りプレイと言うのをご存知で?」
「……いえ、遊戯には疎くって」
「あえて自身に不利な状況を作り出し、その局面を最大限まで楽しむ! これもゲーマーの嗜みですよ。ちょうどこのワインのように、味わい深く甘美な」
舌でワインを味わい尽くし嚥下する。
この男は悪辣の芽なのだろうと加藤は自身のことも意識の隅に置きながら考える。
部下が運んでくるワインは上質な、三十年物の逸品であった。
鼻孔をくすぐる香りに、これが生き返る、ということかと実感する。
つい数分前まで、自分の意識は肉体と言う楔を解き放たれて飛び立ち、そしてこのスペアの身体に定着しようとしている。
一生に一度。
人類ならば誰もが夢見る、輪廻転生。
その末に待つ生まれ変わりを、今自分は一代で成立させた――その感覚に怖気が走る。
如何に何度もシミュレーション上では可能と判断されたとは言え、やはり死んでみるのはぞっとしない経験だ。
震え出す指先は人間らしさの発露か。
それを抑えるべく、加藤はワインを味わうでもなく喉に流し込む。
陶酔の液体は喉を流れ、食道を通じ、胃の腑へと落ちていく。
当たり前のように実行される人体の神秘に、加藤は全身が恍惚に包まれるのを感じていた。
「……これはまるで死の味だ」
「いいものでしょう? 三十年物です」