片腕しかないとは言え、《バーゴイル》相手にナナツーでは明らかに劣勢である。
何度も斬り付けられ、その度に《ナナツーウェイ》が傷ついていく。
「なにを……何をやっているんですか! 金枝が帰れば済む話なんです! だったら! こんなところで誰かが犠牲になることなんて……!」
『その理屈……が、よぉ……! 屁でもねぇって言ってンだ! 乗り掛かった舟だろうが! 第一、てめぇはそんないい子ちゃんの理屈で京都から逃げ出したわけじゃねぇンだろうが! 何にも文句を言わねぇ人形であるつもりかよ、てめぇらは……!』
『滑稽な! ダテンシリーズとエクステンドの娘! 人形以外の価値があるとお思いか!』
《ナナツーウェイ》が後退し、その脚部が柊神社の社務所の一部を崩落させる。
眼前での人機同士の睨み合いに、我慢できなくなったのは赤緒であった。
「……金枝ちゃん……。これでも、まだ言うつもりなの……」
「だから、三宮だと……柊さん……?」
赤緒は真っ直ぐな眼差しで金枝を見据える。
「ここで小河原さんが戦ってくれているのは、きっと金枝ちゃんやあの女の人の事情を知ってのことなんだと思う。それでも……あなたはまだ、無言を貫いて、それで戦いを拒絶するの?」
自分の声が真に迫っていたためだろうか。
金枝は向かい合い、そして勝気な瞳を振り向ける。
「……だったら何なんですか。だって金枝は……っ! 金枝は……戦いたくなんてない! でもできることは、やってから……せめて誰かの記憶の中で、ちゃんと死にたい……。それだけなんですよ、金枝の中にあるのは……」
感情の発露に赤緒は頭を振る。
「……金枝ちゃんを死なせない。小河原さんも傷つけさせない……! 全部、私が守る……! だってそれが、トーキョーアンヘルの守り人の務めだから! だから――来て!」
赤緒が握り締めていたアルファーに強く念じて掲げる。
光が脳内で弾け飛び、スパークした輝きが天高く呼応する。
暗雲の空を引き裂き、一直線の眩い流星が柊神社へと降り立っていた。
「……これが……《モリビト2号》……」
気圧された様子で口にした金枝を前に、赤緒は超然として《空神モリビト2号》を操る。
『……これは旗色が悪いようですね。さしもの死なない人形の身体とは言え、主戦力である《モリビト2号》と相対するのは』
《バーゴイル》が両兵の《ナナツーウェイ》を突き飛ばして飛翔する。
「小河原さん!」
『……こっちは大丈夫だ。……それよか、奴を……』
『逃がすな、とでも仰りたいのでしょうが、ここは逃げに徹しさせていただきましょう。ダテンシリーズのうち一体と、そしてまだ未調整とは言えエクステンドの力……。予言しましょう。あなた方は遠からず京都に来なければいけない。全ての決着のためにね』
《バーゴイル》が翼を広げて加速度を上げて飛び去って行く。
その背中を追うような余力は、今のトーキョーアンヘルには残されていなかった。
「小河原さん……! 大丈夫……なんですか……」
『これくらいは掠り傷だ。それよか……そいつ。三宮金枝に月代アンナだったか。こいつらの事情を聞かなくっちゃ話にならん。オレは……ちぃと寝る。その間に決着つけとけ』
「寝るって……シール、ツッキー! すぐに両兵を《ナナツーウェイ》から引き出して! ……いくら化け物みたいに回復力があったって……!」
エルニィの声でシールと月子が《ナナツーウェイ》のキャノピーを強制射出させそこから両兵を救い出す。
「おい! 大丈夫か! 立てるんだろうな! 両兵!」
「小河原君、しっかりして……! 小河原君!」
「……うっせぇ、なぁ……」
文句を言う体力は残っているようだが、それでも重傷であるのは間違いない。
傷だらけの両兵を目の当たりにして、トーキョーアンヘルの誰もが平然とはしていられなかった。
「……小河原さん……!」
駆け寄ろうとした自分を南が制する。
「赤緒さん! ……今は、治療を受けさせないと。夕方に京都の連中と戦った傷だってあるわ。さすがの両でも、少しは休ませないとね」
「京都の連中って……あの人たちは、何を言っていたんですか……。ダテンシリーズ? エクステンドの、って……」
エルニィはシールと月子に両兵の搬送を任せつつ、救急病院へと連絡を取りつけてからぽつりと話し出す。
「……京都支部。それに、金剛グループの推し進めてきたっていう、計画。……話してよね。三宮金枝に、月代アンナ。君たちはボクらに喋る義務がある」
今はエルニィが場を制することによって辛うじて均衡が保たれている状態である。
ルイも、メルJも今に月代アンナと呼ばれた女性に詰め寄りたいのは明白であった。
金枝は瞳を伏せ、それから天を仰ぐ。
「……金枝は……どうすればよかったんでしょうか。マネージャー……」
苦悩する金枝へとアンナが手を握り締める。
まるでこの世で二人っきりしか、この苦しみを分かち合う術がないかのように。
「……金枝。あなたの痛みは私の痛みでもある。東京の皆さん。私たちは京都支部に……帰還する前にお話しします。現状の金枝と、私を取り巻く状況について……」
と、そこまで口にしたところで金枝は不意にアンナへと寄り掛かる。
「……金枝……ッ! ……眠ったようですね。人機の遠隔操縦なんて無茶をするから……。申し訳ありませんが、金枝の保護を継続してください。とりあえずは病院に……私たちも、無関係ではいられないでしょうから」
何故なのだろう。
赤緒にはそれが何か――自分にとっても痛みを伴う話のような予感がしていた。
――空中要塞シャンデリアの静寂に、差し込んだのはほんの一通の電子暗号であった。
「……我々の管轄下ではない、《バーゴイル》が一機、か。頼めるかい? 八将陣、ジュリ」
「いいけれど、セシルの坊ちゃんにしては迂闊ね。こういうのを抑止するために、ロストライフの地平に私を遣わして来たんじゃないの?」
研究室に訪れたジュリへと、セシルは振り向きもせずに無数の電子画面とキーボードで地上の情報をすくい上げる。
天高く、地上の叡智が届かない最上の楼閣――シャンデリアの情報網ならば世界の情報をものの十数秒で掌握できていた。
しかし、その完璧なシステムに三秒のロスが存在したのを関知してセシルは手を止める。
「……何者か、我々の関知網を逃れる術を持っているようだ。ロストライフ化した大地を行くレジスタンス組織のそれじゃない。もっと組織的な……そうだね。これは国家、かもしれない」
「件のグレンデル隊? なら、私はパスね。いくら八将陣とおだてられても、一人じゃ分が悪いったらないわよ」
「いや、グレンデル隊を擁する米国はだんまりを決め込んでいるようだ。国家レベルの……機密事項か。面白い。彼の国も一枚岩ではないと見える。しかし、今回は少し事情が異なる。伝え聞いているかもしれないが、日本の一都市にて胡乱なものが見え隠れしているようだね。――キョウト、か」
「西日本でしょ、それ。トーキョーアンヘルの動きに目を光らせていなくって大丈夫なの?」
セシルは片手で情報を精査しつつ、電子モニターに表示される京都の現状を把握しようとして、何度目かの妨害に遮断される。
「……この機を逃すまいと誰かが暗躍している……そのようだね。アンヘル京都支部の情報は意図的に僕の手にはない。……まったく。空中要塞シャンデリアの情報処理能力に比肩してみせるとなれば、前回のネズミと同類か。あるいは……もっと別の害獣が居るかもしれない」
「処理しろ、と?」
「あまり逸らないほうがいい。何せ、連中は顔さえも見せてないんだ。……二手三手先を読むのが戦術だよ。ここで僕らが慌ててしまって、結局第三勢力が得をするのが最もまずい。よって、京都支部に関してで言えば、潜入レベルで願いたいところだね」
「……潜入って……。あのね、セシルの坊ちゃん。日本地図って世界に比べれば、そりゃあ小さいものだけれどいざ移動するのは手間なのよ?」
「君は学校の教師だろう? うまくやってみせろ。それとも、それができない手腕ではないと及び腰になるかい?」
そこまで言われてしまえばジュリも引き際を見失ったのか、それとも最初からこちらの意図をはかろうしていたのか、嘆息をつく。
「……無理は承知ってわけ。いいわよ、これでも教師やるのもちょっと楽しくなってきたからね。私が進めてあげるわ。硬直していた時計の針って奴を」
「頼む。ああ、それと。今回は君以外の八将陣には一時的に行動の制限をかけさせてもらう」
「……あら。信用されていないのね。シバもカリスたちも」
「カリスたちはともかく、問題なのはシバだ。柊赤緒との接触をこの一件では止めさせて欲しい」
「……あのね、坊ちゃん。あなたがあの子に酷な運命を強いたんでしょうに。コピーなんて造らなければ、あの子はここまで事を急ぐ必要もなかった」
「いや、違うね。あそこであの駒を入れなければ、きっとシバは仕損じていた。それこそ致命的な一点で。僕はこれでも八将陣を束ねる超越者だ。君たちのことは駒である以上に、第一に考えているつもりだよ。無論、“人間”としての価値もね」
「……“人間”ね。あんたが言うと笑えるわ。分かったわよ。私の権限でシバには手出し無用を言っておく。けれどね、二度も三度も自分の掌の上で踊るとは思わないことね。きっと、近いうちにあんたの思い通りにいかないことが出てくる。その時に助けを乞うような道化を演じるのは勘弁なさい。だって、あまりにも滑稽だもの」
舌鋒鋭く返してきたジュリにセシルは静かに微笑む。
「……君らは本当に、僕の手の外で動きたがる。だが、それは本心かな? 駒は与えられた義務と、そして責任の上で動くべきだ。盤外で動くことの滑稽さは、むしろ君たち自身が一番よく理解しているだろう? こちらも言わせてもらう。――場外で死んでくれるな。八将陣ジュリ。超越者として命ずる」
「……そうね。場外乱闘で命を落とすのが一番、馬鹿っぽいわ」
セシルはようやく振り返る。
その時には研究室にはジュリの気配でさえも途絶えていた。
完全に静寂に包まれた狂気の園で、セシルは情報の津波を見返す。
京都支部より傍受されたのは一人の少女の情報であった。
「……カナエ・ミツミヤ。エクステンドの力を持つ、第三の少女、か。僕も楽しくなってきたよ、八将陣ジュリ。この世界の盤面を回す、王手の予感にね」