その疑問に金枝は取り押さえられたまま、静かにこぼす。
「……前後は重要じゃないんですよ。問題だったのは、資金不足だった京都支部に大量の融資を行える存在が居たこと。そして、京都支部の元々の上層部がそれに乗った結果、頭が挿げ変わったことなんです」
「……なるほどな。目の前に甘い蜜がありゃ、そりゃどんな連中でも飛びつかざるを得ないか。その結果、自分たちの居場所を追放されたんじゃ世話ァねぇが、それでも京都支部はそっちを選んだんだろうさ。だがよ、資金不足を解消したとして根本の問題は変わらねぇんじゃんねぇか?」
「と、言うと?」
両兵は指を折って物事を整理しつつ、友次を睨み返す。
「京都支部は元々、トーキョーアンヘルのバックアップの立ち位置だった。ってのに、トーキョーアンヘルを謀ったってのがどうにも納得しづらい。オレはここで違和感があると思うんだよな。京都支部で建造されたって言う《モリビト天号》、それにテスト操主であるこいつ……三宮金枝。加えて強化人間に血続のアルファー封じだと? ……条件が揃い過ぎている。こんなのが偶然であって堪るかよ」
確かに両兵の言う通り、対トーキョーアンヘルの条件があまりにも揃っている。
まるでこれでは、最初から――。
「小河原君が言いたいことは分かりますよ。これではまるで……最初からトーキョーアンヘルと事を構えるつもりだったんじゃないか? と。……それに関しても調べを尽くしているんですがね。どうにも見えないことが多いんですよ」
「見えないだと? 下調べはあんたと勝世の十八番だろうが」
友次は金枝へと視線を振り向け、それから手帳を読み解く。
「……元々、血続の操主を手に入れたいのはどの勢力も同じ。三宮金枝さんが選抜されたのは偶然だったでしょうが、《モリビト天号》の操主として据えられたのは必然、と言うべきでしょうか」
「分かりやすく言えよ。……三宮は何らかの理由で嵌められた。加藤とか言ったか? あの胡散臭い野郎の仕業かまではハッキリしないが、どこかで三宮の力を利用しようとする派閥が出るようになった。……そいつらが金剛グループか」
「正直……金剛グループと京都支部の蜜月はどこまでなのか、我々でも見当がつかないんです。ただの協力体制にしては、あまりにも……ですが」
「……要は分かっていることは思ったよか少ねぇってことか」
「でも、友次さん。南さんやエルニィの調査もあるんでしょう?」
自分を取り押さえている黒髪の整備士の問いに、友次は思案する。
「それなんですがね。南さん、お願いできますか?」
友次が道を譲ったことで南がようやく病室に入ってくる。
「……三宮金枝さん。まずは……ごめんなさい。あなたをこんな風に……辛い思いをさせるつもりなんてなかった……」
頭を下げる南に、金枝は覚えず言葉を返していた。
「そんな……! 頭を上げてください! ……金枝はだって、あなたたちが希望を見せてくれたから、こうして……操主に……」
「それも功罪両面って感じだね。ボクらはもっと早く、京都支部の動きに気づくべきだった。けれどグリムの眷属やグレンデル隊、それにキョムの侵攻に手いっぱいで、三宮に手を差し伸べるのがあまりにも遅れてしまった。……ボクの失態でもある」
「だから……! 金枝は何でもないですから、その……謝らないでください。だって、皆さんは、金枝を……鳥籠から解放してくださったんですから」
「……とのことだ。思い悩むのはなしにしようぜ。今は、一刻も早く京都支部をぶちのめす。それが先決だろ」
両兵の言葉に南は腕を組んで難しい顔をする。
「……それなんだけれどねぇ……。正直、《バーゴイル》の運用やらこちらへの攻撃やらいくらでも証拠はあるんだけれど、あくまでも日本におけるアンヘル同士の内ゲバ……ってのが見方みたい。つまるところ、内々の闘争は自分たちで決着を付けろって言うのが、南米で今ものうのうとしている連中の考えってわけ」
「南米のお歴々は今回の騒動に首を突っ込む気はないようで。あくまでも国内でのトラブルならば、そっちでどうにかしろと。……困ったものですが返す言葉もない」
どうやら誰も彼もが困り果てているらしい。
ここ一番でどうにかしたいのに、自分が原因であるせいで金枝は何も言えないでいた。
「……その、やっぱり、金枝が京都支部に――」
「それは違ぇ。それだけはハッキリしている」
遮って放たれた両兵の言葉に南も友次も首肯する。
「それには同意ね。こちらが下手に出ると京都支部は今回のような牽制程度ではなく、まず間違いなく東京の都市機能の掌握くらいはしてくるでしょう。相手は南米で鹵獲されたキョムの人機を使っている。これはつまり、こちらの資材や資金力を遥かに上回っていることの証。だからこそ、仕損じるわけにはいかないのよ。エルニィ」
「はいはーい。ちょっと調整に手間取っちゃったけれど、《モリビト天号》の解析結果が出たよ」
エルニィは筐体をネット回線に繋ぎ、忙しくキーボードを打って《モリビト天号》の詳細データを呼び出す。
「どうなってンだ? あれは何で、こいつの……アルファーなしで動きやがった?」
「うーん、どうにも天号と三宮の間には何か……まだこっちの解析では不明瞭な繋がりがあるみたい。それが人機の遠隔操縦を可能にしているみたいだけれど」
「天号のほうに仕掛けがあンのか?」
「どっちとも言えないなぁ……。《モリビト天号》は確かに優れた人機だ。兵器としての性能を突き詰められているし、フライトユニットを必要とせずに長距離飛行が可能で、なおかつ銃火器の威力も折り紙付き。装甲だってモリビトタイプならではの高さだし、パワーなんて《空神モリビト2号》を凌駕しているんだよ? こんなの……よくこの短時間で建造に成功したもんだよ」
エルニィは爪を噛んで画面上の《モリビト天号》のデータを見据える。
「それもこれも資材があってこそでしょうね。カナイマやルエパではここまでの人機を用意すらできなかったでしょう」
「だが、モリビトタイプだって言うんだろ? なら、基礎は同じのはずだよな? オレやトーキョーアンヘルの面子だって操縦できないわけじゃねぇはずだ」
「……それは……無理だと思います」
ようやく言葉を発した自分へと全員の視線が向けられていた。
「無理って……そんなはずがない。人機は決戦兵器だ。血続なら誰にでも……血続じゃなくっても下操主席なら……」
「だから、無理なんです。特に天号は……。金枝の中に眠っている力を誘発させて、操る人機ですから」
「……裏がありそうだな。話せよ」
両兵に促されるも、金枝はむっとしてそっぽを向く。
「……小河原両兵の前では話したくありません」
「てめぇ……。ンなこと言ってる場合かよ」
「気持ちの問題です。小河原両兵なしなら、お話ししましょう」
「……仕方ないわね。両、席を外してくれる?」
「おいおい、マジに言ってんのか? この先、京都支部と戦闘になるかもしれんのだろ? ……こいつのワガママなんざ通していいのかよ」
「それでも、だよ。ボクらには時間もなければ余裕もない。三宮が答えられることなら、それを聞き出しておきたいんだ。特に、あの人機……《モリビト天号》との間に生じているデータはね。加藤は確か、エクステンドの力って言っていた。その言葉、ボクらは一度聞いたことがあるはず」
「……八将陣、シバか。あいつが柊の力……謎の武装を呼び出した現象のことを言ってやがったな。あれは何でもない、ただただデタラメを口走っただけかと思っていたが」
「……柊さん……? あの人も、エクステンドの力を……?」
そこまで言いかけて、金枝はしまったと口を噤む。
「分かってンのなら話せよ。力になってやるって言ってンだ」
「……言いたくありません。小河原両兵の速やかな退室を望みます」
「あっ! てめぇ……! そんな場合じゃねぇって何度言わせりゃ……」
「……両兵」
「小河原君、お願いしますよ」
エルニィと友次の二人に詰められ、両兵は致し方なしとでも言うように肩を竦めていた。
「……オレは病人だぜ? まぁ、仕方ねぇンだろうが……埋め合わせは頼むぞ、マジに」
「分かってるわ。私たちはあくまでもバックアップ。前を行く赤緒さんたちを勝たせるのが目的なんだからね」
「……それが分かってンのなら、これ以上食い下がりはしねぇよ。立花、後を頼む」
「任せて。じゃあ、三宮金枝。君が知っている情報を差し出して欲しい。もちろん、守秘義務もあるだろう。秘密は守るよ」
金枝はこの場に集った全員を見渡す。
整備士の女性二人に、友次。それにエルニィと南――逃げ出せるとは思わないほうがいいだろう。
その上、自分は監視対象だ。
京都支部にしても、トーキョーアンヘルにしてもそう。
――どこに行ったって、価値なんて変わりはしない。
「……少し……長い話に、なるかもしれませんが……」
――ツイてねぇと、文句を垂れるのは自分らしくもないがそれでも重傷を負ったのに医務室を追い出されるのもなかなかに運がないのだろう。
それとも、金枝と再会した時点でこれは決まり切ったことであったのだろうか。
昨日の出来事であるのに、とても遠い昔のようにさえ感じてしまう。
金色の夕映え、二度と相見えるはずのなかった、あの相貌。
幼いながらに勝気な瞳を崩さなかった少女は、しかし疲弊し切っているようであった。
それが京都支部を牛耳る、加藤なる男の悪辣な手腕によるものであるのか。あるいは見え隠れする金剛グループと呼ばれる存在の仕業か。
「……こんな時、勝世や友次のオッサンみてぇに煙草にでも逃げられりゃよかったんだがな」
あてどない気持ちを持て余したまま、両兵は松葉杖片手にリノリウムの廊下を歩いていく。
すると、月光で照らされた薄明かりの先でじっと夜空を眺めている人影を発見する。
「……確かあんた、月代って言ったか」
「ああ、小河原両兵さん。金枝は……」
「あいつには参りっ放しだぜ。勝手にオレのベッドに潜り込んで来やがったくせに、追い出されたのはこっちなんだからよ」
その文句に相手――アンナは静かに微笑んでいた。
「……申し訳ありません。金枝は生まれつき、とても寝つきが悪く……そういうことも京都支部でも度々ありました。私のベッドに入ってきていることも、よく……」
「そうかよ。あんたも苦労してンな。あんなワガママ娘、マネージャーだとしても願い下げだろ」
「……いえ、金枝は……私の生に意味をくれた、そんな少女なんです」
白銀の月明かりが差し込む中で、両兵は自動販売機に手を伸ばそうとして、そう言えば持ち合わせがなかったことに気づく。
「……くっそ。そういや金なんて持ってなかったか」
ぼやいているとアンナが硬貨を入れて指を伸ばす。
「奢りますよ。金枝と私を守ってくれた、ささやかなお礼です」
「……なら助かるぜ。コーヒーを頼む」
「傷は大丈夫なんですか? アルファー封じの時もそうですが、ナナツーで《バーゴイル》に立ち向かうなんて無謀ですよ」
アイスコーヒーの缶が差し出され、両兵は壁に背中を預けながらプルタブを引く。
「なんてこたぁねぇさ。これでも何度も死にかけの無茶はしてきた。それに、何だ。あのままじゃ三宮どころじゃねぇ。あんただって危なかったんだろ? 他の連中だってあんなの誰も予想できなかったさ。なら、オレ程度でも踏ん張らないとな」
乾いた喉へと無糖の苦さを流し込む。
アンナはホットコーヒーを口に運んでから、頭を振っていた。
「……あなたたちを害するつもりはなかった。むしろ、逆なんです。あなたたちに助けてもらいたかった。私と、金枝を……いえ、私のことはいい。金枝だけでも……」
「詳しい話は立花たちが聞いてる。オレは邪魔なんだと」
「……私の口から、言えることならば、何でも……」
少し思案した後に、両兵は首を横に振っていた。
「……いや、やめておく。何だかそれは……ズルって奴なんだと思っちまうからな」
「……そう、ですか。あなたは誠実なんですね」
「よせよ。嫌われる勇気がねぇだけの臆病者さ」
「ですが、私の伝え聞いていた限りでは……あなたは相当な地獄を見てきたはずです。南米での古代人機との攻防戦に、八将陣との戦い。そして……黒将を打ち破ったと」
「どの辺で尾ひれがついてンのか分かんねぇけれど、オレは大したことはしてねぇさ。隣に居た奴が相当に覚悟して戦ってくれただけだよ」
「……津崎青葉さん、ですね?」
「……青葉のこと、知ってンのか」
「データ上の話です。南米を今も解放しようと日夜戦っている、黒髪のヴァルキリーと……」
そのあだ名に両兵はへっと笑う。
「あいつにしちゃ、御大層なあだ名を付けられたもんだ。まだカマキリ怖ぇだとか言ってンのかな。地球の反対側で……あいつは……」
月光を仰ぎ見る。
月夜は地球の反対側では昼間だ。
今も、キョムとの戦線を青葉は戦い抜いているのだろうか。
その隣に誰が居るのかは分からない。
山野たちが無事なのかも、時折南から聞く限りでしかない。
それでも、予感はある。否、これは予感ではなく確証かもしれない。
――青葉はずっと、戦い続けているのだと。
「……青葉さんが大事にしていた、モリビトなんですね。あれは……」
「《モリビト2号》か。ヒトの想いを背負い過ぎちまってる機体さ、あれも。だからなのかもしれんねぇな。時折、人間の気持ちに応え過ぎちまうきらいがある。今回だってそうだ。柊の声で来た《モリビト2号》は、その気になりゃ《バーゴイル》なんざ蹴散らしていただろうぜ。それをしなかったのも、同じく柊なんだ。……あいつの強ささ。あっ、本人の前で言うなよ。調子に乗るからな、すぐに」
こちらの言葉振りにアンナは微笑む。
「……いい信頼関係を築けているのですね。あなたたちは」
「……どうなんだろうな、それも。オレがそう振る舞って欲しいって願っているから、あいつらもそうしないのかもしれん。エゴなんだよ、結局は。オレはオレの思うようになって欲しいってどっかで思ってる。……何であんたにここまでマジになって話してンだ。アホらしい、戻るわ」
両兵が踵を返そうとした時、アンナの声が背中にかかる。
「……それはあなたも私も……きっと同じような、辛さを抱えているからかもしれませんね。分かるでしょう? 血続専用となった人機を操ると言う意味を」
両兵は肩越しに視線を振り向ける。
アンナは片手へと視線を落として震えているようであった。
「……あんたもキてんのか?」
「……分かりません。分かりませんが、同時にこうも思います。才覚のない人間が人機と言う巨大な力を振るう意味。それは過ぎたる力になってしまう。何故、人機がヒトの形をしているのか……一度も考えなかったわけではないんです。《モリビト天号》は私のような存在、簡単に喰らい尽くしてしまう。それは金枝も……きっと同じだったのでしょう」
「……三宮もあんたと同じように、限界が近いとでも?」
「京都支部の実験で、金枝は幾度となくその臨界点まで接触させられました。その結果として、身に着けた鎧なんです。今の……彼女の力は」
「鎧、ね。……オレにゃ、それは鎧に似た呪縛に見えるぜ。それはあんたもな」
「……私……」
「ダテンシリーズだとか難しいことはあいつらに任せる。オレはオレのやれることをやるだけさ。それがオレにできる精いっぱいさ。もちろん、最後の間際まで人機の操縦桿は握る。他の奴に任せるのも性に合わん。……オレはきっと、オレがなくなっちまうその時まで、みっともなくっても足掻いて、その先に何か一個、欲しいんだろうな」
「……それはアンヘルの皆さんの笑顔ですか?」
「あんまし穿った見方をするもんじゃねぇってこった。オレもあんたも。助けを求める声があったら、死んでも守る。それくらいの気概がありゃ、それでいい。ごっそさん。コーヒー助かったぜ」
松葉杖を突いて両兵は病室へと戻る。
ふと、振り返ったその時にはアンナの姿はもうなかった。