JINKI 301-7 訪れた日常と非日常

 あの後、エルニィらは金枝の事情を聞いたはずだったが、一言も教えられなかった。

 それは別に自分だけではなく、南と《モリビト天号》の修繕をするシールと月子、それに友次のみが真実を知るところとなったらしい。

 アンヘルメンバーには明かされないまま、金枝はどうなってしまったのだろう。

 あまりにも重々しいものを背負っているように思われた金枝のあの細い肩を、誰かが救ってあげることができたのだろうか。

「赤緒さん? 本当にぼんやりしていらっしゃいますわ。保健室でも……」

「あっ、大丈夫だから。……うん、そう……大丈夫」

 そう言い聞かせなければ学校に通うこともできなかっただろう。

「変な赤緒ー。あっ、女王バチだ」

「ほらー、席につけー。ホームルームを始めるわよー。……っと、その前に。今日は大事なことを伝えなければいけません。突然ですが転校生を紹介します。さぁ、入って」

 薄ぼんやりとした日常の中で、不意にピントが合った瞬間があるとすればまさにこの時だっただろう。

「……えっ。何で……」

「自分で名前、書ける?」

 カッカッと自信に満ちた音を響かせてチョークで黒板に名前を記していく。

「……三宮。三宮金枝です。……よろしく」

「……あっ。あー――っ!」

 思わず立ち上がってしまった赤緒に対して、ジュリが眉根を寄せる。

「柊さん? ホームルームの途中よ?」

「いや……だって……えっ? 夢……とか?」

 自分で頬をつねってみるが、普通に痛い。

「……何やってんの。大丈夫?」

「いや、だってその……あれ? あれれ……?」

「三宮さんは、親御さんの事情で京都から転勤してきたの。今日からクラスの一員だから、仲良くしてあげてね」

「……金枝は別に、仲良くとかはいいんですけれど……」

「ぶつくさ言わない。ほら、席は……そうね。ちょうど柊さんの隣が空いてるわ。座ってもらえる?」

 カツンカツンと靴音を響かせて、金枝は何でもないかのように自分の隣の空いていた席に座る。

「えっ……ええっ……?」

「柊さん、うるさいわよ?」

「いや、だって……だってぇ……?」

「うるさいですね。東京の人ってのはみんなこうなんですか」

 金枝も落ち着き払っているせいで赤緒はより混乱していた。

「じゃあホームルーム始めるけれど、連絡事項ねー。えーっと、来週に迫った修学旅行ですが、ちゃんと準備はしているかどうか、後々班分けするからそのつもりでね。ちゃんと話し合いなさいよー。教師は引率とは言え、あんたたちはもう高校生。節度を弁えて、きちんと恥ずかしくないように。分かった? 柊さん」

「あっ……へぇ……っ?」

「……分かってないようね。もう一度聞くわ。分かった? 柊赤緒さん」

 フルネームで呼ばれてようやくここでいじられていることに気づき、赤緒は恥じ入るように顔を伏せる。

「……はひ……すいませんでした……」

「分かったらよろしい。じゃあ、このまま歴史の授業にするけれど……前に習ったことの復習からするわよー」

 クラスメイトの中でマキと泉は違和感に気づいているのか、こちらをちらちらと見るものの他の生徒は既に関心はないらしい。

「……どうなっちゃってるの……これ」

 呟いている間に、赤緒は袖を引っ張られたのを感じ取って目線を振り向ける。

「……柊さん」

「あ、あへぇ……っ? どうしちゃったの……?」

「教科書。忘れてきましたんで見せてくださいよ」

 何も言えない状態の赤緒へと金枝は転校生として振る舞ってくる。

 既に頭の中がいっぱいいっぱいだったが、赤緒は何とか日常へと戻る策を見つけようと教科書を差し出す。

 その教科書の隅に、金枝がちっちゃく文字を書き連ねていた。

「放課後、屋上で」と丸っこい文字で記す。

 それと同時に、唇の前で金枝は指を立てていた。

 赤緒は頭の中がこんがらかってくる感覚を味わいつつ、ショート寸前の理性で何とか授業を受けていた。

『――……ど……どどど……どうなってるんですか! これ……!』

 案の定、予め渡しておいた携帯電話から連絡が来て、職員室からエルニィはそそくさと出ていく。

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