「大声出さないでって。ここは学校だよ?」
『分かってますけれど……! 何だって三宮さんが……?』
「説明するとややこしくなるから、わざと言わないでおいたのにー。あっ、これもサプライズって奴?」
『冗談じゃないですよ! こっちは大変な目に遭ってるんですからね!』
「分かった、分かったってば。なに? 久しぶりに携帯電話持ったからテンション上がっちゃった?」
『……ちが……! ちが……わなくもないですけれどぉ……! 何だって私のクラスなんですか! 三宮さんって、確か中学生……!』
「その辺はねー。さすがにさつきのクラスにするとややこしいってんで、南が手を回してくれたんだけれど、最終的な判断はボク。ナイス采配?」
『ナイスじゃないですってば! ……三宮さん、転校生って……』
「あっ、それは嘘じゃないんだよ? 本当に転入手続きはしてあったみたい。あの月代って人のお陰だろうね。ただまぁ、どのクラスにするかだとか、タイミングだとかはこっち持ちで」
『……詳しく説明を聞く必要がありますよね?』
「三宮のほうで話してくれるんじゃない? ボクは先生としての仕事が忙しー。来週修学旅行でしょ? 変わってるよねー。中高一貫だからって全員が同じ場所に、なんて」
『だから、何で……』
「……早い話、さ。三宮をあのままにはしておけないだ。アンヘルメンバーの誰かがちゃんと見てあげないと危ない。何となくだけど、赤緒も分かるんじゃない? 三宮、あのままじゃきっと……悪くて死んじゃうよ」
『死んじゃうって……それって昨日の……』
「三宮との約束でね。他言無用なんだ、ごめんね。だから赤緒には詳細は省くけれど、割ととんでもない事態なのは本当。……正直、トーキョーアンヘルで抱えるのもギリギリな案件だけれど、乗り掛かった舟だ。しょうがないよ。《モリビト天号》はシールとツッキーが徹夜して解析してくれているし、京都支部の刺客が来てもいいように、こっちも準備を進めてる」
『で、でもですよ……? 私にできることなんて、何も……』
「悲観しないでってば。赤緒だってちゃんとトーキョーアンヘルの主力じゃん。もしもの時にはアルファーもあるし、それに……これはやっぱマジの話。三宮を一人にはしないで欲しいんだ。同情だとか、そんな安い感情じゃない。……彼女は本当に、必死の思いで東京まで来たんだ。それを……何とかして欲しい」
『何とかって……そんなこと言われましても……』
エルニィはちょうど担当するクラスの生徒たちが手を振ったので、手を振り返す。
「……ボクも、さ。一応教師って言う立場じゃん。変な話だけれど、三宮にちょっとの間でもいい。“普通”の生活をさせて欲しいんだ」
『……普通、ですか』
「そっ。特別なことなんてしなくてもいいし、起こらなくってもいい。ただただ、普通の日々をね。そういう点じゃ、ボクもちょっとなびいてるのかも。あんまりよくないね、これ」
『そ、その……私の普通でいいんですか? 本当に……?』
「もちろんだって。赤緒には期待してるんだよ? ……三宮に普通って言うものの価値、ちゃんと見せて欲しいな」
『……私なんかで務まるんですかね……それ』
「小難しく考え過ぎ! ……赤緒がいつもやってるようにしてくれれば、それでいいよ。じゃあね。教師とは言え、あんまし携帯触ってるとよくないし」
『あっ、立花さ――』
赤緒の言葉を遮り、エルニィは職員室へと戻っていく。
来週から修学旅行に行くのはちょうど赤緒のクラスとさつきとルイのクラスであり、その行く先も職員室のホワイトボードに書かれていた。
「……嫌だなぁ、因縁ってのはさ。どこまで行っても付いてくる。こんなだから……三宮は逃げ出したのかもね」
「――……切っちゃった……。もうっ、立花さんってば相変わらず一言二言足りないんだから……」
文句を垂れながら教室に戻ると、金枝は話題の中心になっていた。
「三宮さんだっけ? どこから来たの?」
「髪、キレー! どこの美容院に通ってるの?」
「三宮さん! 趣味とかあるの?」
その反響に赤緒が言葉を失っていると、マキが歩み寄ってくる。
「大人気だねぇー。まぁ、気持ちは分からなくもないけれど」
「お綺麗な方ですものね、三宮さん」
泉も同じ意見のようで、赤緒は頬を掻いて戸惑う。
「……うーん、でもなぁ……」
「でも? 赤緒がヒトを貶すなんて珍しい」
「あっ、いや……貶したつもりはないんだけれど……」
「そういえば、先ほどは大変なご様子でしたけれど、お知り合いなんですか?」
「あっ、うん……まぁ、ちょっとあって――」
言い切る前に机を叩く音が教室内に残響する。
金枝が机を叩き、出し抜けに立ち上がったのだ。
「……うるさいですよ。何ですか、物珍しい動物みたいに……金枝は物じゃありません」
マイナス百度の冷たさを伴わせた声音に、金枝を取り巻いていた生徒たちがうろたえる。
「えっ……その……」
「金枝はあなたたちとは違うんですよ。……何ですか。こぞって囃し立てて……。そんなに珍しいものが好きなら、珍獣でも探していればどうなんです?」
さすがに言い過ぎだ、と赤緒は割って入っていた。
「三宮さん! その……あんまりそういう言い方って……」
「なに……ホント、感じ悪い」
誰かが口走ったその一言で、金枝はさらに感情的になる。
「……今……。だから嫌なんですよ、他人なんて……!」
金枝は教室を飛び出そうとするが、それを赤緒が手首を掴んで制する。
「……離してください」
「……駄目……っ。今、三宮さんを離したら……多分……」
「多分何なんですか。……金枝はあなたみたいな人に……!」
「授業……! ほら、もうあと三分ほどで先生来るから……! 授業……受けよう……」
その言葉で何とか宥め、金枝は赤緒の手を振りほどいて席につく。
しかし、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っており、金枝に近づこうとする生徒は一人も居なくなっていた。
「……金枝は、悪くないんです……」
教師が入ってきて授業が始まる間際、金枝は隣の赤緒にしか聞こえない声音で、そう口にしていた。