JINKI 301-8 暗躍する影と、彼らの日々

「……何だよ、てめぇか。いいのかよ、諜報員としての仕事をほっぽっちまって」

「ちゃんとこれでも仕事はしてんだ。……ほれ、見るか?」

 ソファに座り込んだ勝世に、両兵は大人しく差し出された写真を見やる。

 そこにはオレンジ色のRスーツに身を包んだ金枝が写し出されていた。

 だが、目は虚ろでまるで焦点が定まっていない。

 疲弊し切った面持ちのその双眸に、昨夜の頑固さは見られなかった。

「……隠し撮りかよ。ったく、友次のオッサンと言い、てめぇもシュミが悪ぃ」

「オレじゃねぇよ。友次さんの仕事で入手したんだ。……なぁ、これ、どう見る?」

「どう見るも何も、顔色悪そうだなとしかな。……あと個人的なことを言わせてもらうんなら、そうだな。まだ会って二日と話しちゃいねぇが、らしくねぇ感じがする」

「らしくない、か。お前の慧眼はたまに当てになるんだよな。……京都支部は正直、クロもクロ。真っ黒だ。金剛グループとの癒着だけじゃねぇ。《モリビト天号》だってそうだ。あの機体にはプロテクトがかかってるらしい」

「……プロテクトぉ?」

「他の操主じゃ動かせねぇってことだ」

「……おい、そりゃ何つーか。合わないんじゃねぇのか? 人機は実戦兵器だ。操主の選り好みするような人機なんざ造ってる場合かよ」

「その通りなんだがな……。どうにも……友次さんも探り探りらしい。あのオッサンが慎重なんだ、オレなんざ一発でこうさ」

 親指で首を掻っ切るジェスチャーに、相当暗部へと潜っていることを悟る。

「……そのヤバい奴が、何だって東京に来やがった。あの月代とかいう姉ちゃんに聞いた限りじゃ、助けて欲しくってここまで来たってことだが……」

「月代アンナ……ねぇ。もしかして聞いているかもしれんが、そいつは偽名だ。正体は……金剛グループの造り出した、人形。経歴も何もかも、全てが嘘。それどころか、京都支部に配される前の過去なんて存在しねぇ」

 さすがにそこまでのことは聞き及んでおらず、両兵は勝世へと目線を向けずに声だけで返す。

「……いいのか? そんなもん、橋の下で話すのには……」

「橋の下が逆にちょうどいい。エルニィちゃんから貰った資料と、友次さんから渡された経歴を洗い出すに……マジにねぇんだ。月代アンナっていう女は、世界にどこにも」

「……おい、だがそれは奇妙を通り越して……おかしいだろ。だって、あの姉ちゃんは……どう見ても」

「そう、生きて動いている。それが一番、変なんだ。過去もあるように見えただろうが、何もかも建付けばっかりのもんなんだよ。催眠術とは違うが、一種のそういった状態に近い。月代アンナと言う人格を……そうだな。一番分かりやすい物言いを使うなら、“演じている”、とでも言うべきか」

 両兵は昨晩のアンナの言葉振りを思い返す。

 だが、そんなものはどこにも感じさせなかった。

 きちんとした人間の厚みがある、そういった言葉と人格に思えたのに――。

「……なら、なぁ、おいまさか……! 三宮金枝ってのも……!」

「そこは安心してくれ。三宮金枝は実在する。こっちは間違いなく、裏も取れている。京都支部のテスト操主だった。……だがつい一か月前、状況が変わっちまったことになっている」

 そこから先を、自分は聞いていいのかと両兵は自問する。

 昨夜、金枝自身が自分に知られることを拒絶したはずだ。

 そこにどういった考えがあったのかまでは分からない。

 しかし、こんな場所で知っていい経歴ではないはずだ。

「……待て。オレはそれを聞くような資格はねぇよ」

「なに! もしかしててめぇ……もうとっくに金枝ちゃんといいカンケイだとか……!」

 別のことで誤解して首元を絞め上げてくる勝世に両兵は必死にタップする。

「ま、待てって……! タンマタンマ! そんなことはねぇっての! ……ったく。大体、あんなのまだガキだろうが」

「ガキだと? あれでも結構いいカラダしてて……って、話が逸れちまった。で、結局聞くのかよ。聞かないのか?」

 拘束を緩めた勝世を振りほどき、両兵は咳払いする。

「……よしておくよ。オレはあいつに、何か知らんが嫌われてるみたいだからな」

「なら、なおさらだろ。直接聞く機会がねぇってんなら……」

「だからだろ。……少なくともこうして橋の下で聞いていいことじゃねぇはずだ」

「……誠実なんだか頑固なんだか……。まぁ、じゃあ余計なことは言わないでおくが、忠告として。三宮金枝にあんまし肩入れはしねぇほうがいい。あの子は抱え過ぎちまってる」

 勝世なりの線引きのつもりだったのだろう。

 あるいは、少し付き合いが長いなりの警句のつもりか。

「……オレはあんまし誰彼構わず背負うつもりはねぇよ。トーキョーアンヘルの面子だってそうだ。あいつらがどうしても……助けて欲しいって言わない限りは手を差し伸べるのも違ぇだろ。そうじゃないってのはお節介ってもんだ」

「お節介ねぇ。そのお節介でどうにかなってる連中だってことは……ちょっと待て。もしもし?」

 勝世は携帯電話を取り出し、通話先の相手へと声を吹き込む。

「えっ、それってのは……! いや、オレなら今は大丈夫っすけれど」

 勝世がこちらへと視線を振り向けるところを見るに、恐らく相手は友次か。

「……分かりました。合流します。……両兵、悪いニュースと最悪なニュース、どっちを聞きたい?」

「どっちも悪いじゃねぇか。……てめぇの優先順位で話せよ」

「じゃあ悪いほうから言わせてもらうぜ。……三宮金枝はトーキョーアンヘル預かりとなっていたが、その処遇に関して京都支部の偉いさんが引き渡しを求めてきている。曰く“貴重なテスト操主を我々から奪うつもりか”ってな。……どの口が言ってんだとは言いてぇが……」

 両兵は加藤の姿を思い返す。

 あの男は――ただの人間ではないように映った。

 死ぬことでさえも恐れていない、ヒトの域を超えた存在だ。

 加えて《バーゴイル》を操るほどの操縦技能があるのならばこれから先、立ちはだかる可能性が高い。

「……最悪なほうを聞かせろよ」

「最悪なほうは……赤緒さんたちの学校が計画している修学旅行の行き先だ」

「修学旅行? このクソ忙しい時にか?」

「アホ。忙しいからこそ、南の姉さんもちゃんと学校生活を送って欲しいってんでそこには介入してこなかったんだが……これも奇縁かもしれねぇな。さつきちゃんたちと赤緒さんのクラスは修学旅行に向かう。その行先は――京都」

 まさか、と両兵は息を呑む。

「……これも織り込み済みだってのか?」

「そこまでだとは思っちゃいねぇ。……あまりにも、な。出来過ぎているっつーのか。ああ、それと。お前がさっき聞くのを躊躇った話なんだがな。言うしかねぇよな。……三宮金枝は今日から赤緒さんのクラスに転入した。もちろん、彼女も修学旅行に同行することになるだろう。……嫌でも帰るんだ。因縁の地、京都へと」

 金枝は必死になって逃れてきたと言うのに、それでさえも運命は許さないと言うのか。

「……ンだよ、それ……。三宮はだって……! ここまで何とか逃げて……!」

「だから、オレだって辛いんだって言ってんだろうが。三宮金枝は、己の運命と向き合わなくっちゃいけねぇ。そんな時に……赤緒さんたちだけでどうこうできるかは分からねぇんだ。両兵、これはお願いじゃねぇ。ただの……そうだな。それなりに付き合いが長いなりの、提案なんだが……」

 勝世が次の瞬間に何を言うのかを、両兵は嫌でも分かる自分が憎々しかった。

「――その……三宮さん……」

「一人で来たんですね。それは褒めてあげますよ」

 放課後に屋上で――その約束を守ったのは何もエルニィから金枝のことを任されたからだけではない。

 金枝の周りにはあの後、誰一人として寄り付かなかった。

 それは彼女が張り巡らせた刺々しい雰囲気と、そして一喝したことによって確定的となったのだろう。

 それでも、赤緒は逃げずに金枝と対峙していた。

「……あんな言い方、よくないよ。三宮さん、私、せっかく一緒のクラスになったんだから……仲良く――」

「仲良く? 要りませんね、金枝には。第一、仲良くしたってどうするんです?」

「だって……同じアンヘルじゃない」

「京都支部はそうは思ってくれませんよ。トーキョーアンヘルの主力って言うのは、そんなことも分からないんですか?」

 金枝の論調は相変わらず厳しい。

 しかし、ここで歩み寄らなければ自分が頼られた意味がない。

「……私、分かんないよ。でも、きっと意味があるはずなんだと思う。私にしかできないこと、多分あるはずだから」

「多分? きっと? ……不確かな言葉を口にするんですね。まるで自分がないように」

「……うん。まぁその、実はそうなんだ。私、さ。実は三年前より前の記憶がないの」

 何でもない話題の延長線上で口にしたつもりだったが、金枝は一瞬面食らってから、軽蔑の眼差しを向ける。

「……最低ですよ。そんなこと言うなんて。冗談でも――」

「冗談……とかならいいんだけれど、本当。うん、信じられないよね? こういうのって、あんまし……」

 頬を掻いて無理をして笑うと、金枝は唇を噛む。

「……何でですか。何でそんな風に……笑えるんですか。記憶がないって、本当なら、そんな風に笑うことだって……」

「うん。ちょっと前まではできなかったんだけれど、でもね。変えてもらったの。立花さんや、南さん。ルイさんに、さつきちゃん。ヴァネットさんも。……それに何よりも、小河原さんに。私は戦いの中で、少しずつ変われた。だからこそ、ここに居るの。アンヘルだから、操主だからだけじゃない。たった三年しかない自分でもちゃんと……愛せるんじゃないかって」

「……自己愛がない人だったんですか。柊さんは」

「と言うよりも、なんて言うのかな。自分なんてたった三年しかないんなら、生きていく価値もないんだって。どこかで思っちゃっていたんだ。けれど、小河原さんに言われちゃった。“どこまでも自分を犠牲にして、勝手に死ね”って」

「……酷いことを言いますね、小河原両兵は」

「でも、その言葉で背中を押されなかったら、きっと今も……私は私が生きていく価値を見出せなかったと思う。人機に乗って戦うことも、戦って何かを、守れることも。何も分からなかったんだ。だから、小河原さんには感謝してるの。もちろん、アンヘルのみんなにも。三宮さんには、そういう出会いはなかったの?」

「……出会い、ですか。金枝は別に……。いえ、ウソをついたって仕方ありませんね。金枝は、南さんや、エルニィさんに会えたことで、ちょっとは前向きになれたんです。記憶喪失とかじゃないですけれど、金枝はずっと、一人で……。けれど南さんが、何度も京都に来てくれて……。金枝はその度に、ちょっとずつ、マシになって来られたんだと思うんです。けれどまだ分からないのが、一個だけ。普通って一体、何なんでしょうね……」

「普通……」

 エルニィから、金枝に与えて欲しいと言われた「普通」――それはきっと、自分のような人間ではなかなか難しいに違いない。

 それでも、エルニィは自分を頼ってくれている、ちゃんと力になれるのだと思ってくれているのだ。

 ならば、それに応えるのがトーキョーアンヘルの仲間として正しいはず。

「……三宮さん。ちょっとずつでいいから、私たちと一緒に帰らない?」

「……何でですか。別に一人でも迷ったりしませんよ」

「うん、まぁ東京を案内するのも兼ねてなんだけれど。だって、三宮さん。京都で私の手を引いてくれたじゃない。だから、今度は私が……」

 手を差し出す。

 金枝はうろたえ気味にこちらの手を眺めている。

「……言っておきますが、金枝は群れるのが嫌いです」

「うん。でも一歩ずつでいいから……私たちと帰らない?」

 しばしの沈黙が流れていたが、やがて金枝は自分の手を取る。

「……これは別に、金枝があなたに屈したわけじゃありませんよ。ただ……ただ、帰り道で何かあったんじゃ、エルニィさんたちに申し訳ないですからね」

「……うん。行こっ」

 手を引いて赤緒はまず屋上から金枝を連れ出す。

 こんなところで一人で居ていいはずがない――そう思えた自分の気持ちが伝わったのか、金枝がぎゅっと手を握る力を込める。

「……その、足……速いです」

「あっ、ごめんね……。でも、私も――」

「赤緒ーっ!」

 不意に声がかけられ、赤緒は顔を振り向ける。

「あっ、マキちゃんに泉ちゃんも……」

「待っていましたのよ、赤緒さん。そちらは……三宮さん、でいいんでしたか?」

 赤緒が説明する前に金枝は陰に隠れる。

「……柊さんだけじゃないんですか……」

「私の親友なんだ。マキちゃんと泉ちゃん」

「ふぅーん……三宮金枝だっけ?」

 マキが金枝を上から下まで観察するのを、金枝は目線を逸らす。

「……な、何ですか……」

「いや、美少女だなぁって思ってさ。きっとクラスのみんなも、それで興味津々だったんだと思うよ? 三宮さんをどうこうする気なんてないってば! そんな泥まみれの犬みたいに震えてないでさ! 私たちと帰ろうよ!」

 底抜けに明るいマキの声に、金枝は目を見開く。

 ああ、これだから――自分もきっと安心できるのだろうな、と赤緒は感じ入っていた。

「三宮さん、東京はまだあまり土地勘はないんですよね? でしたら、喫茶店にでも寄りましょうか。おすすめのお店があるんですよ? ね? 赤緒さん」

「……うん。そうだね。せっかくだし、一緒に帰ろう」

「……か、買い食いは駄目って……」

「そんなの律義に守ることはないってば! ほら! 私たちは女子高生なんだからさ、せっかくの特権、ちゃんと使い尽くさないとね!」

 マキが先導し、泉は自分の歩幅に合わせて歩いてくれる。

「……その、柊さん。いいんですか……。校則は……だって」

「いいんだよ、三宮さん。私たちは、だってアンヘルの操主である前に、女子高生なんだから。その特権を使わないのは、私も損だと思う」

「女子高生……」

 魅せられたように金枝が呟くと、泉が声をかける。

「三宮さんは、どのようなご趣味があるのですか? 立ち振る舞いからスポーツでもやっていらっしゃるのかなと思ったのですが」

「あ、えと……。金枝は、別に何もやってない……です」

「えーっ! もったいないなぁー! 画になる美少女なんだからさ。今度、モデルになってよ! 何だかインスピレーション湧いちゃった! 今度の主人公は美人薄命……うん! いいマンガ描けそう!」

「マキちゃんはもうプロの漫画家さんなの。泉ちゃんは華道の名家出身で、もう針路を二人とも決めてるんだ。すごいよね」

「そう……なんですか。でも、金枝は……特に得意なものもないし……」

「三宮さん! 喫茶店じゃ、何頼むの? コーヒーは飲める?」

「いや、その……苦いのは駄目かも、です……」

「大丈夫ですよ。行きつけの喫茶店にはちゃんとブラックじゃないコーヒーもありますし、ソフトドリンクも充実しているんです」

 相変わらず自分の背中に隠れ気味だが、金枝は少しずつマキと泉の話に耳を傾けているようであった。

「……その、笑わないでくださいね……? 金枝は、苦いのも辛いのも全然駄目で……」

「大丈夫っ! 私もブラックはたまにしか飲まないし。でも、マキちゃんはよくブラックを頼むよね?」

「まぁ、漫画家にとって眠気は一番の敵だしねー。眠気覚ましにブラックを飲むことも多いから、必然的に好きになっちゃった!」

「……お、大人なんですね……皆さんは」

「皆さん、なんて仰々しい言い方はよしてってば! 私はマキ! こっちは泉!」

 歩み寄りはきっと、思ったよりもちゃんとできているはずだ。

 金枝は自分の顔と二人を交互に見やる。

「……うん。呼んであげて。二人とも私の大事な友達だから」

「じ、じゃあ……マキ……さんに、泉さん……」

「うん! やっぱり画になるなぁー。髪の毛は地毛? 銀髪なんて珍しいけれど」

 指で四角を作って金枝にフォーカスするマキに、金枝は戸惑いがちに応じる。

「うぇ……っ。そ、その……はい。地毛ですけれど」

「三宮さんは美人ですから、マキちゃんも興味があるんですよ。クラスの皆さんだって同じだと思います」

 美人と言われたせいか、金枝が頬を紅潮させる。

「……お、お世辞は言わないでください……。金枝はそういうの、嫌いです……」

「お世辞でなんて言ってないと思うよ? 三宮さんは綺麗だから、クラスのみんなも近づきたかったんだと思うし」

「そ、それこそ……余計なお世話ですよ……」

 しかし、今は嫌がっていないようだ。

 赤緒はマキと泉と通い詰めている喫茶店へと金枝の手を引く。

「じゃあ、ちょっと寄って行こっ。私たち、多分ちゃんと話せばいいはずだもの」

「――……遅かったじゃないか。姉さん」

 相変わらずパソコンと向かい合って忙しくキーを叩いているセリに対し、なずなは呆れ返って返答する。

「……こっちは忙しいんですよ。一週間後には修学旅行があるので」

「その件なんだがな、わたしが調べた限りでは生徒の名簿に気になる名前を見つけた。これを」

 ぺらりと書類が差し出され、なずなは参加する生徒の名簿に目を通す。

「……これ、三宮金枝って……」

「まず間違いなく、話題に挙げていた京都支部のテスト操主だろう。《モリビト天号》が持ち出されたと言う情報もある」

「……どこからの情報なんです?」

「個人的な企業秘密、と言う奴だ」

 セリはウインクして得意げにキーをタイピングする。

「……まぁ、こうなるとは思っていましたけれどね」

「その返事を見るに、姉さんの所属している組織でも三宮金枝の東京入りは関知するところだったわけか」

 こちらへと切り込んでくる言葉に、まるで迷いはない。

 一度でいいからそういう風に生きてみたいものだ、となずなは辟易する。

「……コーヒーでも淹れましょうか。そうしたほうが話は進みそうですし」

「ああ、頼む。昼過ぎからずっと詰めっ放しでね。わたしが思うに……三宮金枝を巡っていくつかの機関が動き出そうとしているようだが、それを制した団体が居る」

「団体? アンヘルですか?」

「そう思いたいだろうが、もっと早く制した陣営が居た」

 豆を抽出し、芳しい香りが鼻孔をくすぐる。

 ものの五分ほどで黒々とした液体となり、並々とマグカップに注ぐ。

 セリは画面から視線を外さず、自分の手から受け取っていた。

「……もっと早く? 一体どこなんです?」

「姉さんは諜報員だろう。もっと自分で感知したいとは思わないのか?」

「……じゃあお言葉ですけれど、一日中パソコンで全世界を見ている人間と、教職として働いている人間の使える時間は限られているんですよ」

「それはそうだ。肝に銘じておこう」

 セリは全く悪びれた様子もない。

 しかし、ハイドからの報告もなかった。

 それを鑑みるに、三宮金枝の身柄と《モリビト天号》に関してはセリが探り当てた勢力が先んじたのだろう。

「……一体、どんな相手が……」

「一つ。キョムではない。キョムは、一日前の都心への《バーゴイル》の出現を契機として、ようやく動き出した。あれにしては遅い動きだ。ならばこそ、何かしら手を打っていると見るべきだろうな」

「キョム以上に、今の盤面を制することができる陣営……?」

「金剛グループ。姉さんは聞いたことはないか?」

 なずなは予め自分の中に知識としてあった情報を手繰り寄せる。

「……確か、ロストライフの地平を主戦場にしている、武器商人、のようなものだと聞いたことくらいは。南米におけるキョムの実験機の鹵獲や、試験操主の選定などを行っていると」

「何だ、結構知っているじゃないか。そうだとも、金剛グループは兵器開発で巨万の富を得た、この時代の地上における最大勢力に等しい。殊に、ロストライフ化した土地で商売をするんだ。まさしく死の商人、か。アンヘル、ベネズエラ軍部以外では最も早くに人機開発に着手した企業と言えるだろう」

 セリはブラックコーヒーを口に含んでから、画面上に金剛グループの資産情報を呼び出す。

 兵器開発だけに留まらず、傭兵事業にも手を入れているようであった。

「……その金剛グループが、情報の優先権を?」

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