JINKI 301-11 旅立ちと因縁と

 班分けで幸いにしてマキと泉と一緒になったのはありがたい。

 赤緒は準備を進めている最中でノックされたのを聞く。

「はいはーい! ……立花さんかな?」

 扉を開けるとそこに佇んでいたのは意外な人物であった。

「あっ……えっと……確か月代さん……?」

「お世話になっています。……少し、お話をいいですか」

「あっ、ちょうど荷物はひと段落着いたので、いいですよ。部屋で……」

「ちょっと境内で。……聞かれるとまずいわけではないのですが、金枝はもう?」

「……はい。眠っている様子ですね。三宮さん、すごく楽しみにされていて……! 私とマキちゃんと泉ちゃんと同じ班になったのがありがたかったって言うか……」

「そう、ですか。金枝が楽しみに……」

 そういえば京都は金枝とアンナの故郷であったか。

 少しだけでも話を聞いておくのも悪くないだろう。

「……分かりました。ちょっとお話ししましょう」

 赤緒はアンナと肩を並べて夜更けの柊神社の境内に踏み出す。

 静まり返った夏の近づく空気が、ぬるめの風となって届いてくる。

「……柊さん。金枝のこと、ちゃんと見てくださってありがとうございます」

「あ、いえ……私こそ……。ちゃんとできているのかな、って思うんですけれど。立花さんに任せられちゃいましたし」

 縁側に座り込むと、アンナは社務所のほうを見やって眼鏡の奥の瞳を細める。

「……不思議な場所ですよね。人機の格納庫があるかと思えば、こうしてちゃんと神社でもある」

「……格納庫は以前にみんなで作ったんです。人機で組み立てて……」

「人機で……? 戦うのではなく、ですか」

 心底想定外のようなアンナの言葉に、赤緒は微笑む。

「……その頃はまだみんな、思ったよりも仲良くできていなかったんですけれど、ちゃんと作りましたね。思えばあれがきっかけだったのかもしれません。ヴァネットさんも、さつきちゃんも。……みんな、どこかできっかけを待っていたんだと思います」

「それは……金枝も、なんでしょうか?」

「月代さん? でも、三宮さんは月代さんに助けてもらったって言っていましたよ? 京都支部から逃亡するのに、月代さんが協力してくれたからだって」

「……そこまで金枝は話したのですね」

「あっ、聞いちゃ駄目でしたかね……?」

 頭を振ったアンナは夜空を仰ぎ見る。

「……どうしてなんでしょうね。金枝には自由になって欲しいのに、私は自分のエゴを持て余してしまう。きっと、自分の境遇の中で、足掻いて欲しいんでしょうね。私自身、どこかで金枝が本当の意味で自由になる日はないんだと思い込んでしまっている」

「そんなこと……! 三宮さんは月代さんのこと、ちゃんと恩人だって仰っていますよ。それに、いいマネージャーだって」

「……既にお聞きかもしれませんが、私は金剛グループから金枝を監視するためにマネージャーと言う身分に選ばれました。金枝にしてみれば、自分を縛る大人の一人だったに違いありません。だから、なんでしょうか……。私は、できる限り、金枝に償いをしてきたつもりなんです。それもあの子にしてみれば、重い代物だったかもしれませんが」

 アンナは懺悔しているのだろうか。

 それとも、ここまで金枝が行動してきたことに対して、どこかで不器用さを感じているのかもしれない。

「……三宮さんは、でもちゃんと、私たちに言ってくれました。京都への修学旅行、楽しみにしているって。それは私の思い違いじゃないのなら、本心だったと思います。三宮さんにとって、京都はただただ苦しいだけの場所じゃないのだと」

「……柊さん。あなたは本当に、そうだと思いますか? 《モリビト天号》を稼働させ、そして戦うことだけを詰め込まれてきた金枝のこれまでを、変えられるのだと」

 その問いかけにはすぐに答えてはいけないような気がしていた。

 簡単に答えが出るようなものなら、彼女らはとっくにしがらみから逃れているはずなのだから。

「……分かりません。これまでの何もかもを変えるなんて、不可能かもしれませんし。でも、私は希望なんだと思うんです。人機を動かせる素質があること、そして自分の力で自由になれる資格があることは、ちゃんと……」

 自分も出会いの中で強くなって来られた。

 人機を操ってキョムとの戦いの連鎖で、時に傷つきながらも前に歩むことができたのだと。

 そこに後悔がないとは言えない。

 どこに落とし穴があるかなんて分かったものではない。

 それでも、自分の力でここまで来られたのは紛れもない事実なのだ。

「……《モリビト2号》が、私をここまで来させてくれたんです。誰かを守ること、誰かのために何かをできる自分になれること……。最初は、自分になんて何もないって思ってましたけれど、最近は違うのかなって」

「……それを教えたのは小河原両兵、ですか」

「……小河原さんだけでもないんです。きっと、トーキョーアンヘルの誰が欠けていても、私はここまで迷いながら来ることはできなかったんです。そう……迷うことは、悪いことばっかりじゃないんです。だって、自分で決断できたって思えるんですから。私、ほんの二か月ほどの経験ですけれど、ちゃんと思えるようになれましたっ!」

 最後のほうは空元気で言葉尻を上げると、アンナはフッと微笑む。

「……強いんですね、柊さんは。私は黄坂南さんと一緒に、バックアップに移ることになります。別ルートから京都入りして、金枝の修学旅行をサポートするように……楽しい思い出を、楽しいままで終わらせられたらきっと……いいはずですからね」

「……月代さんにとって、三宮さんはすごく大事なんですね。私で言えば、五郎さんみたいに。五郎さんはちゃんと、私のことを見てくれているんです。操主になる前も、なってからもそう。手のかかる妹みたいに思われているんですかね……」

 頬を掻いて口にすると、アンナは少しだけ茫然としていた。

「……どうしました?」

「あ、いや……妹、ですか。考えたこともなかったな、って」

 そんなに飛躍したことを言ったつもりではなかったのだが、赤緒は言葉の穂を継ぐ。

「……家族って、ちゃんと大事にしたいですし。私にとって、それは五郎さんであり、トーキョーアンヘルの皆さんであり……三宮さんもそうなんです。だって、同じアンヘルの一員として、モリビトに乗っているんですから。私は三宮さんの、思い出をありがとうって言いたいんです」

「……金枝もそう思っていると……祈ることは間違いではないんですかね。ただのマネージャー身分で言えることではないのかもしれませんが」

「きっと、それっていいことなんですよ。三宮さん、月代さんの前ではしゃんとしているじゃないですか。それって多分……お姉ちゃんの前でちゃんとする、そういう単純なものに近いって言うか」

 足をぶらぶらとさせて赤緒は取り留めもないことを口にする。

 アンナはどこかその相貌に憂いを浮かべながらも、こちらの言葉を最後まで聞いていた。

「……私が、金枝の姉……ですか。そうであれば、もしかしたらきっと……いえ、言いっこなしですよね」

 アンナは立ち上がり、月明かりを浴びていた。

「……月代さん?」

「柊赤緒さん。金枝のことをよろしく頼みます。……だって、修学旅行なんですから。マネージャーが介入するのではなく、もっと距離の近い誰かのほうがいいに違いないんですし」

 アンナは不器用に笑う。

 その微笑みがどうしてなのだろう、金枝よりももっと昏く重いものを抱えているように映ったのは。

 彼女もできれば救いたい――だが、いつだって救えるのは手の届く範囲の誰かだけだ。

 それも思ったよりも手狭で、なおかつ取りこぼすのが常である。

 だから、赤緒はハッキリ言えなかった。

 あなたも救いたいのだと、そう言い切れればどれほど楽だっただろう。

 それを誤魔化すだけの沈黙でさえも困惑の種で、赤緒は星空を眺める。

「……明日になったら。私は柊神社を出立します。黄坂南さんと同行して……そして、京都へ……」

 何故なのだろう。

 その先は、まるで暗礁の只中の闇のように、アンナ自身も分からない様子であった。

 ――カードを一枚捲るのに、三分が経った頃合いで金枝は呟く。

「……あれ? どうしたんですか、柊さん。さっきから止まってますよ?」

 あっ、と思ったその時にはマキがトランプを捲って七並べを完成させる。

「赤緒、ぼんやりし過ぎー! これで私が全勝!」

「マキちゃん、カードゲームはめっぽう強いですものねぇ」

 赤緒はふと、窓の外を流れていく景色に視線を振る。

 ちょうど富士山を超えた辺りで、改めて感じ入る。

「……本当に東京から離れちゃったんだ……」

「赤緒さー、今度はババ抜きやろっ! 三宮さんもそれなら勝てるでしょ?」

「負けません……。言っておきますが、金枝はババ抜きで負けたことはこれまでないんですよ」

 ふふーん、と自慢げに胸を反らす金枝には、これから京都に向かう憂いなど一ミリもないようであった。

 自分の考え過ぎか、と赤緒は昨夜のアンナの横顔をどうしても思い出してしまう。

「……赤緒さん? ババ抜きは嫌なんですか?」

「あっ、そんなことないよ……? よぉーし! 負けないんだからっ!」

「けれどさー、三宮さんも分かりやすいよねー。赤緒ほどじゃないけれど」

「何を言ってるんです。金枝はポーカーフェイスで腕を鳴らした自慢があるんですよ」

「そうかなー? それにしては……右から三枚目に意識が集中しているようだけれど?」

「な――っ! ……もしかしてエスパー……?」

「三宮さん。視線がそっちに行っていますよ。マキちゃんは表情を読むのがお上手ですから」

「く……な、ならシャッフルし直すまでです……!」

 金枝がシャッフルし直して手札を調整するが、やはりと言うべきか生来の素直さは消せないのだろう。

 今度は左側に視線が集中している。

「じゃあ、これっ」

「あっ……じゃなかった。ふ、ふ~ん……何でもないですよ……」

「三宮さんさ。京都のどの辺に住んでいたの? もしかしたら三宮さんのご実家とか行くことになったりとか?」

 マキはトランプを捲りながら雑談に事欠かない。

 それは他の生徒たちも同じようで、高校生とは言っても学生には違いないのだ。

 長旅の予感に、皆が胸を高鳴らせているのが分かる。

 新幹線を貸し切りと言う機会もなかなかない。

 持ち込んだフィルムカメラで記念撮影する一団も居た。

「こらー。あんたたち、京都に着いたらすぐに行動開始だからねー。気を抜くのもいいけれど、ちゃんとする時はするのよー」

「……そう言いながら、女王バチはお酒飲んでるし」

 マキがぼやくと、ワンカップを置いてジュリは不貞腐れる。

「何か言ったかー? これでも引率は大変なんだから。教師の苦悩も分かってよねー」

 この調子だと、中等部の引率であるエルニィも大変そうだ、と赤緒は感じる。

 そう言えば、段取りを何度も確認するのはうんざりだと夕食の場でこぼしていたか。

「はいっ、赤緒のジョーカーはこれだね?」

「ああっ! マキちゃん……ズルいよ?」

「ズルくないってば。って言うか、あんなに分かりやすかったのに赤緒、ジョーカー引いちゃうんだもんなぁー」

「……引きがよくなかったの。もうっ、シャッフルし直さないと……」

 むくれてトランプを混ぜ直した赤緒は金枝の横顔をそれとなく見やる。

「……あっ、三宮さんまたそっち凝視してる! じゃあこっちだ!」

「……むむっ……。何で分かっちゃうんですか。さてはエスパーですね?」

 内心では京都行きが金枝の精神をすり減らすのではと思っていたが、今のところは大丈夫そうだ。

 少しだけ安堵した途端、ババ抜きの番が自分へと回ってくる。

「さぁ! ……柊さん、引かせてください!」

「あっ、えっと……」

 気まずくって目線を外した赤緒に、金枝は首を傾げる。

「どうしたんです? 金枝が引かないと駄目じゃないですか」

「あっ、うんっ! そうだね……」

 我ながら誤魔化しが下手なものだ、と落胆する。

 とは言え、新幹線の旅はほとんど初めてで、心躍るのはよく分かる。

 あっという間に景色が過ぎ去っていくのは、普段はもっと速い機動兵器である人機を操っている身なのに、心持ちが違うものだ。

「……旅をするって、いいのかもねー。私ももっと早く、取材旅行とか行きたかったなぁ、京都」

「マキちゃん、卒業するまでには全国制覇でしたっけ? マンガのネタになりますものね」

 マキは泉にはそんなことを話していたのか。

 何だか取り残された気分で、赤緒は金枝の震える指先を認める。

「……三宮さん……?」

「あっ、こっち……またシャッフルしないとですね……」

「三宮さん、分りやす過ぎー。赤緒といい勝負かもねー」

「もう。言いっこなしですよ。ババ抜きの勝負は最後まで分からないのですからね。……さぁ、引いてみてください!」

 金枝は嘘を吐けない正直者なのは既に三人の共通認識となっており、上手い具合にマキはジョーカーをかわす。

「じゃあこっち!」

「……むむっ。何で分かっちゃうんですか……」

「三宮さん。ちょっと……私、席を外すね」

「勝負はついていませんよーっ!」

 唐突な携帯電話の着信に赤緒は連結車両へと駆け抜けていく。

「赤緒ー。携帯の持ち込みは禁止」

 扉の前で陣取っていたジュリに見咎められつつ、赤緒はしーっと唇の前で指を立てる。

「ジュリ先生っ! ……緊急事態なんですよ……」

「あのさー、赤緒。私は教師だから、生徒同士の揉め事には基本的には不干渉だけれど、三宮のこと、どう思ってるの」

「どう、って……」

「あれで楽しんでいるように見える? 本当に?」

 赤緒は一度振り返る。

 金枝はマキと泉と打ち解けてくれたようであった――少なくともこの一週間、少しは友情を育めたはずである。

 だが、ジュリはその友情に異を唱えたいようであった。

「……私たちの友情が……嘘っぽいって言うんですか」

「嘘っぽいとまでは言わないよ。あんたたちは今を生きてる女子高生なんだし、それに対して私みたいなのがあれこれ言うことは趣旨に反しているだろうからね。けれど、これは年長者としての警句。こういう風に、何でも上手くいっているように映る時が、一番危ないもんよ」

 そう口にしてジュリはワンカップの酒を呷る。

「……何でも上手くいってる時が……」

「何でもない。分かった風に成るってのも考え物ねぇ、我ながら」

 その言葉尻が気にかかったが、赤緒は何度もコールされるものだから連結車両へと踏み入っていた。

「……はい……」

『何? どったのさ。そっちは楽しくないの?』

 通話口から漏れ聞こえるエルニィの声に、赤緒は何とか持ち直そうとする。

「……いえ、大丈夫です。どうしたんです? こんな時に」

『こんな時だからこそだよ。……三宮の様子はどう? 何か気になることがあったら共有しようと思ってさ』

 金枝に関してで言えば、今のところ大きな波乱はない。

 むしろ、静か過ぎるほどだ。

「三宮さん……無理してるのかな……」

『無理しているように映るの?』

「……あ、いや……マキちゃんや泉ちゃんとババ抜きしてて……ずっと楽しそう……なんですけれど」

『じゃあ楽しそうじゃ駄目なの?』

 そう言われてしまうと断言はできず、どうしても先ほどのジュリの言葉が脳裏を過ぎる。

「一番上手くいってる時が……怖いって……」

『何の話? まぁ、赤緒が一番近いしね。そこんところ、赤緒に任せたのはボクだから。経過報告を聞こうと思ってさ。携帯は取り上げられそうだとかはない?』

「……一応、大丈夫みたいです。携帯禁止って言うのも、まぁ形だけって言うか」

 何人かは携帯電話を持ち込んでいる生徒も居る。

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