それを教師陣も黙認しているようだ。目に余ることがなければ取り上げられはしないだろう。
『……まぁ、ボクもこうして赤緒に繋ぐのに必要だったし。そういや、つい十分前に南と両兵、それに月代は関西入りしたみたい。一応、護衛に自衛隊とシールとツッキーが付いてるから、大丈夫だとは思う』
「……そう、ですか……」
『不安そうだけれど、まぁそこまで深刻になることはないってば! 空はメルJが押さえてるし、海路ではあるけれど、一応《ビッグナナツー》に艦載されている人機もある。まぁ、対外的にはばーちゃんたちの身分じゃなかなか入港は難しいだろうけれどね。港町にもしもの時のために備えて貰っているよ』
どうしてなのだろう。
ちゃんとエルニィたちが万全を期してくれているのは分かるのに、胸を掻きむしるような不安に駆られてしまう。
それは金枝の微笑みに嘘が混じっているのだとどこかで感覚しているからか。
あるいは、自分はまだ金枝のことを何一つ分かっていないからか。
同じ布団で眠ったのに、金枝の気持ちを分かった風に言えてしまえない自分が情けない。
『……赤緒。沈黙してると何も分からないよ』
「あっ、すいません……。何だか考えちゃって……」
『まぁ、修学旅行を楽しむことだってば。南も言ってたでしょ? 一番は修学旅行が何の不備もなく終わること。色々確かに滞ってはいるけれど、その後でいいって』
「……それは、はい。ありがたいんですけれど……」
『不安に思う気持ちは分かるけれど、赤緒一人でどうにかなる話でもないんだしさ。ボクのほうでも気を付けておくけれど、赤緒が一番近いんだからそれとなく気遣ってあげてよ』
エルニィは金枝の事情を知っているはずだ。
なのに、何も知らない自分に任せてくれている理由が未だに分からない。
「あの、立花さん……。少しだけでも、三宮さんのこと、教えてくれる気は――」
『ないよ。それは三宮との約束だからね。約束だけは守らないと。それにね、ボクは別段、三宮を憐れんでいるわけでもないんだ。だって、修学旅行はみんなのものだからね。……おっと、そろそろ点呼の時間だ。赤緒のほうも高等部とは言え、同じようなのがあるだろうしねー』
「あっ、あの……! 立花さんは私に……何を期待してくれてるんですか……?」
通話が切られる間際に追いすがるようにして聞いてしまったのは何故だったのだろう。
エルニィは考え込む様子もなく、即答する。
『そりゃ、赤緒の性格を考えてのことだね。それに三宮のことも。赤緒なら大丈夫! 期待とかそんな大層なもんじゃないよ。ただただお願いしてるだけだもん』
「そのお願いってのが……」
『あっ、そろそろヤバいかも。じゃあね!』
無理やり気味で通話が途絶える。
赤緒は言いそびれた言葉一つ、飲み込んでいた。
――そのお願いと言うのがとてつもなく重いのだ、と。
ここで言い出さなかったのは自分なりの責務もあったのだろう。
車両へと戻った時、金枝がババ抜きで夢中になっているのを少し安堵してしまったほどだ。
「……私が、三宮さんにできることって……」
――今回、できることは何一つないと断言されてしまえばなずなも反感を覚えずにはいられない。
「……とは言いましても、ドクターオーバーの身柄は我々の物で……」
『言ってなかったかな。京都支部と金剛グループの蜜月はどうしようもない領域に入っている。《ナナツーシャドウ》での隠密行動は禁じておく。今回は領域外だよ。僕たちもできることを模索してはいるけれどね』
「……ビットウェイ様、私は命令があれば、いつでも――!」
『逸らないことだ。何事も、慎重に慎重を重ねてようやくだよ。僕たちはそうでなくとも勝利者としての立ち回りを演じなければならない。そのために、アンヘルもキョムも、そしてグリムの眷属でさえも利用する。今回、京都支部が率先して敵の役回りを演じてくれるのであればそれに乗るのもやぶさかじゃないさ。何せ、我々“ハイド”は米国の裏側で動いているんだからね。突かれること自体がまずい』
なずなは新幹線の車両連結部で携帯電話に言葉を吹き込む。
「……ですが、ドクターオーバーは……」
『彼に関しては君に一任したい。それは変わらずだよ。京都まで付いてくるほど厚顔無恥じゃないだろう?』
ドクターオーバー――セリは留守番を買って出ていた。
自分にしてみればそのほうが都合もいいのは事実だが、あまりにもすんなり受け入れたのは裏があるとしか思えない。
「……ビットウェイ様。ドクターオーバーの継続監視任務には就かせていただきます。その上で……今回の京都支部の胡乱な動きを制するまでもないと言うのですか」
『何度も言わせないでくれ。京都支部を叩いて出る程度の埃なら、本国が出るまでもない。僕らは監視だけでいい。《ナナツーシャドウ》で無暗に出れば、ここ一番で引っ張り込めないことにもなりかねない。本当の闇に肉薄するのには材料が足りないんだ』
「……では、私は……」
『教職、大いに結構じゃないか。修学旅行は少し羽を伸ばす機会だと思ってくれていい。休めとは言わないが、ドクターオーバーの継続監視に疲れてもいるだろう? 君はアンヘルの動向と、そして起こる事象に巻き込まれた側のスタンスでいい』
なずなは別の車両に居ると言うジュリの動きを探ろうとするが、相手も教師としての仮面を被っているのならば同じように動きにくいはずだ。
何よりも、キョムがこの好機に何もしてこないのは不自然を通り越して不気味ですらある。
「……分かりました。《ナナツーシャドウ》はもしもの時には空輸でお願いします」
『ステルスペイントを施された輸送用の機体がある。それでアルファーの有効領域まで肉薄できればそれでね。ただ、これは最終手段にしたい。僕はまだ、彼らと出会うのには早過ぎると思っているからね』
「……失礼」
携帯電話を切ってから、なずなは気配に振り返る。
「あっ……えっと、そろそろ点呼だって。なずな先生?」
「どうしたんですかぁ? さつきさん、不安そうですよぉ?」
「……い、一応は委員長なので……」
「そうですねぇ……じゃあ点呼に戻りましょうかぁ」
普段の口振りに戻りつつ、なずなはさつきのことも考えの内に入れなければと試算する。
もし――不利に転がった場合にはアンヘル所属の操主は使える。
問題があるとすれば、アンヘルの操主がこの機会に四人も集まっていることだ。
「遅いわよ、さつき」
ルイは冷静に言いやりつつ、エルニィとトランプに興じている。
「あっ……何でー? ジョーカーの確率は低いはずなのにー!」
じたばたするエルニィに対し、さつきは慌てて制していた。
「もう! 立花さん! そろそろ点呼だってなずな先生を呼んでくれって言ったのに、何でトランプしてるんですか!」
「あっ、つい……。じゃあ点呼始めるよー。いいー? 駅に着いたら素早く! ちゃんと列になって慌てずに行動すること! 何かあったら大変なんだからねー!」
中等部の引率者であるエルニィも確か《ブロッケントウジャ》の操主であったか、となずなはそれとなく思い返す。
この車両だけでも、アンヘルの操主が三人。高等部にはもう一人と、それに京都支部から逃げてきた「三宮金枝」。
これだけの重要人物が揃うことも少ないと言うのに、上は「何もするな」の一点張り。
そうなってくると、なずなはただの諜報員であるのに疑念を抱いてしまう。
――もし、ここで破壊工作をすればアンヘルの主力を潰せると言うのに、何もするなと言うのは……。
そこまで考えた自分を見透かしたように、エルニィが振り返る。
「以上! 三十八名! じゃあ、瑠璃垣先生は引き継ぎをお願いねー。ボクは先生方に合流するから、悪いことは考えないようにね」
「……了解しましたぁ」
お互いに無言の了承を交わし、なずなは生徒たちの引継ぎを行う。
エルニィの眼を掻い潜って破壊工作をするのはまず不可能だろう。
ここで釘を刺されてしまったのだ、それにさつきも自分には警戒しているようである。
ならば、せいぜい道化を演じようではないか。
「ではでは~、皆さんっ。私から離れないでくださいねぇ!」
茶目っ気たっぷりに言いやる自分は、今回ばかりは端役――そう断じてなずなは役割に準ずるのであった。