「それを南が言うー? 普通、こういう時には五郎さんや赤緒でしょー?」
金枝の視線が自分に注がれる。
五郎がウインクしたので、赤緒は任された心地で頷いていた。
「……三宮さん。おかわり、大丈夫そう?」
「あ、はい……じゃあ、うどんをおかわりで」
「食い過ぎて人機の体重制限超えんなよなー。赤緒じゃねぇけれど」
シールの物言いに赤緒は耳まで真っ赤になってぷんぷんと声を張り上げる。
「シールさんっ! 私は……最近じゃ、まだ大丈夫なんですから……!」
「そうかー? この間の模擬戦で体重はかった時はギリギリだったぜ?」
「シールちゃん。乙女の秘密なんだから、ここはしーっだよ」
「つ、月子さんまでぇ……。私は……ちゃんと節制していますからっ! 今日もご飯は一杯分だけ! いただきますっ!」
奮起して食事するのが金枝にとっては可笑しかったのか、それに関しても笑われてしまう。
「……あれ? でも月代さん、ここには居ないですよね……。あの人は……」
――ついつい一足早くに食事を終えたので台所に向かうと、アンナは洗い場に立つ人影に遭遇していた。
「……むっ。貴様は、確か月代と言ったか……」
「……あなたは、メルJ・ヴァネット……さん」
「ヴァネットでも上の名前でもどっちでもいい」
「……いいんですか? 皆さん、楽しそうにご歓談されていらっしゃいますけれど」
「私は副業でモデルをやっていてな。自分の食事制限は自分でやっているんだ」
「副業で……モデルを? アンヘルの操主をやりながら……?」
まるで信じられない論調に、メルJは視線を振り向ける。
「そうだ。私は……これでも一応は、自分で自分の生計くらいは立てようと思ってな。赤緒たちにこづかいを貰っていたのでは示しがつかん」
そう言ってコップ一杯の水を飲み干したメルJは既に片づけを終えたようで、台所の椅子に座り込んでいる。
その姿もどこか様になっていて、アンナは気後れしていた。
「……強いんですね、ヴァネットさんは」
「強い、か。そう言われることも多いが、私はそんな風に見られることにも慣れたのかもしれないな。私自身、ただの強がりだとは思っているが」
「……強がり……? でも、確かメルJ・ヴァネットさんと言えば、《シュナイガートウジャ》を立花博士から強奪して、キョムへと対立していたと」
「……お喋りな人間も居たものだ」
アンナは思わず口が滑ったと後ずさる。
「すいません……悪く言うつもりはなくって……」
「いや、構わん。私はそうすることでしか、あいつらに会えなかった。それも成るように成った、とこの国流で言えばそうなのだろうな」
メルJの情報は京都支部と金剛グループで伝えられた限りであったが、まさか彼女がここまでトーキョーアンヘルに心を許しているとは思わなかった。
「……私はあなたが……グリム協会と呼ばれる存在の打倒を目指していることくらいしか……」
「グリム、は確かに私の敵だ。キョムも同じくな。倒すべきだと思っているが、笑うかもしれないが以前よりかは切迫したものを感じていないんだ。何でなんだろうな。いや、分かり切っているか。この笑い声が聞こえるだろう?」
居間からは喧騒と笑い声が絶えない。
まさか、金枝が打算も何もなく、夕飯の席で笑えるようになるとは思いも寄らない。
「……私は、ただ……金枝を解放してあげたかった。その運命から。けれど、それだけじゃ駄目だったんですね。私は金枝も自分自身を映す……鏡のようなものだと思っていたんです。己の辛い境遇と同じように、金枝は耐え忍んでいた。耐えて、その末に壊れるか狂うかの瀬戸際しかないと思っていた。……けれど、そうじゃないんですね。金枝は笑える。金枝は、まだ誰かと一緒に笑顔になれる。……私とは、違う」
「……別段、自分を可哀想がることに対して何か思っているわけでもなければ、私も驕っていた側だ、何かいい言葉を投げられる身分でもない。ただ、三宮金枝とお前は違うだろう? どうして、そこまで思い切れる? 月代アンナ、お前は三宮金枝には成れない。それはあちらも同じことだろう。誰一人として、同じように振る舞うことなんてできないんだ」
「……メルJさんは前向きなんですね。少し、意外でした」
「これも誰かさんの受け売りだ。足掻くだけ足掻いてみせろとな。足掻いた末に何もないなんてことはない。自分なりの悪足掻きだって、何かになり得る。その時に、隣に誰が居るのかは分からんが」
「……いい言葉を送ってくれる人が居たんですね」
「……そうでもないさ」
アンナは丼鉢を洗いかけて、メルJへと背中越しに言葉を投げる。
「……私の境遇は、教えた通りです。ダテンシリーズ。戦うためだけの殺戮人形。こんな私でも、心はあるんだって金枝は言ってくれるんです。自分を助け出してくれたのだから、心はあるはずだって。……でも、分からなくなるんです。救われたかったのは金枝ではなく、私だったんじゃないかって。だから、笑っている金枝に顔向けできない」
金枝の笑顔が眩しくって、あの場所に居続けることはできないでいた。
あんな風に笑うのだ、と初めて知ったのだから。
「……私も馴れ合いは好きなタイプではないが、それでもお前自身、思うところはあるのだろう? なら、それを貫けばいい。三宮金枝はお前を最初に頼った。その意味くらいはな、あるはずなのだから」
メルJが席を立つ。
アンナは振り返れないでいた。
「……そんなこと、私自身よく分かってるはずなんですよ。なのに……金枝の幸せを純粋に喜べない、私は……」
――きっと、一番に卑怯者なのだ。
その言葉を飲み込んで、アンナは唇を噛んでいた。