通信に意識を割いていたほんの一瞬、《キリビト・レキ》の拡散重粒子が着弾しかけて、慌てて両兵が持ち直す。
「……ごめん、両。《キリビト・レキ》へと引き続き、弾幕を切らさないで! ここでこいつを抑え込めれば……少しは……!」
『何や、随分と低い志やんか!どうせやったら、その骨董品でわしを殺してみるくらいは言ってみぃ!』
《キリビト・レキ》が内部格納アームを伸長させて射程を広げる。
超大型人機であるキリビトタイプにとってみれば、射程距離を延ばせば延ばすほどに戦局は優位に転がっていく。
『……ったく、貧乏くじって奴だな……! 両兵! 《ナナツーウェイ》で砲撃してくれ。オレはチャンスを見出して敵に肉薄する』
「近接格闘兵装でどうにかしようってンだろうが……大丈夫なのかよ。《トウジャCX》の装甲はそうそう堅くねぇンだぞ?」
『心配すんな。ヴァネットも居る。仕掛けるチャンスはあるはずだ』
『小河原……キリビトタイプの巨体、それに高出力兵装を積んでいる都合上、機動力は低いと見られる。私は今一度、アルベリッヒレインで仕掛ける。その際には……』
「任されたわ。私たちがリアルタイムで《キリビト・レキ》の装甲の継ぎ目を概算する。……正直、こういう時にエルニィの助けが欲しいのは本音だけれどね」
『お見合いしとる余裕あるんか! やったらこっちから向かわせてもらうわ!』
《キリビト・レキ》は全方位へと雷霆を放出する。
《トウジャCX》で接近を試みるが、やはりと言うべきか、その熱量は少しでも掠めるだけで装甲が融解してしまうだろう。
だが、メルJの機動力とそして翻弄する戦法がある。
今度は直上ではなく、横合いから貫くようにして機銃が掃射される。
『アルベリッヒレイン!』
『何度も同じ手ぇ、通用する思うとるとすればおめでたいこっちゃのう! とっとと消えろや!』
《キリビト・レキ》が放出するエネルギーパターンを変えたのを見計らい、南は計算を試みていた。
「放出軸から概算するに、キリビトほどの高出力人機でも血塊炉付近は脆いはず……! メルJのアルベリッヒレインが命中して欲しくない場所……その仮定で……ッ!」
「黄坂! あんまりヴァネットも勝世も持つわけがねぇ! 早くしてくれ!」
「分かってるわよ! ……装甲強度、柔軟性を兼ね備えた場所に血塊炉があると推測して……ああ、もう! 何でこういう時にエルニィが居ないのかしら……ねぇッ!」
エンターキーを押し込むと同時に絞られたのは《キリビト・レキ》の血塊炉があると目される部位であった。
『姉さん……! まだか!』
勝世の《トウジャCX》へと雷撃が見舞われる。
メルJの《バーゴイルミラージュ》のかく乱も限界に近い。
その中で、南はこの場に居る全機へと情報を共有化させる。
「見えた……! エルニィほどじゃないけれど、私だって前線張ってきたんだから……! 血塊炉の推定位置情報、伝達! ……両、それにメルJに勝世君も! 一気に決めちゃって!」
『心得た……! 唸れ、銀翼の――!』
黄昏色のエネルギーフィールドを帯びた《バーゴイルミラージュ》がスプリガンハンズを基点にして狙い澄ます。
『やらせる思うとるんか! 眠たい奴らやのう!』
真正面から愚直に仕掛ければ、キリビトの鉄槌を前に撃墜されるのみ――だが、勝世は《キリビト・レキ》の装甲版へと着地していた。
『悪いな! 足癖を失礼……ッ!』
『何やと……!』
《キリビト・レキ》が関知してアーム部を向ける前に、トウジャの特徴である踏み込む度に加速する強みを活かして勝世は《キリビト・レキ》の装甲を踏み抜く。
『推進剤付きの浴びせ蹴りだ! 少しは効くだろうがよ……!』
そしてそのまま加速して躍り上がり、フライトユニットの推進剤の助けも得て《キリビト・レキ》のバイザー状の眼窩へと銃口を向ける。
『……随分と、鬱陶しい真似をするやんけ! だがな、墜ちるのはおどれらじゃ!』
キリビトの装甲から排出されたのはプロペラを持つミサイルポッドだ。
翼を拡張させたかと思うと《キリビト・レキ》の周囲に拡散電磁波の皮膜を張る。
『プレッシャーの弾頭が……曲がる……!』
しかし、それでさえも織り込み済み。
南はむしろ、その瞬間を待っていた。
「……勝世君が至近距離まで近づいた好機、メルJのアンシーリーコートを弾くであろう特殊装備……さすがにこの状況で、Rフィールド装甲をアクティブにはできないはず。両! 精密狙撃、いいわね?」
「分かってっよ……! 照準……敵人機、血塊炉……!」
トリガーが引き絞られ、《ナナツーウェイ》の有する実体砲撃が着弾する。
『……プレッシャー兵器やないやと……!』
「……おあいにく様……こっちだって考えて戦ってるのよ……! 着弾確認、弾頭、着火……!」
南は手元に引き寄せていた着火ボタンを押し込む。
瞬間、命中した弾頭が爆ぜて《キリビト・レキ》の装甲版を捲れ上がらせる。
露となった血塊炉付近の装甲へと、メルJが大上段に刃を振り上げていた。
「行け、ヴァネット……!」
『――アンシーリー……コート……ッ!』
スプリガンハンズを叩き込むかに思われた刹那、《キリビト・レキ》を覆っていた電磁波フィールドが変位し、一点に集約される。
『備えがないと思うとったんか! 舐めるなや!』
アンシーリーコートの大出力斬撃は阻まれるが、それでも相手はその性能のほとんどを防御に費やしている。
「……両、第二射、用意できてるわね?」
「ああ。……ったく、直情型の馬鹿じゃなくっちゃ成功しない作戦だが……」
《ナナツーウェイ》が照準し、第二射を有効化しようとして不意に《キリビト・レキ》から伸長されたアームが《バーゴイルミラージュ》を掴み取る。
『何だと……!』
『おっと! 陸で張っとる厄介な連中には弾除けをさせてもらおうかいな! 今、わしを撃ったらこいつも巻き添えじゃ!』
両兵は砲撃を躊躇する。
それは無論、南もそうであった。
『……姉さん。命令を……!』
まさかメルJが捕獲されるとは思いも寄らない。
南が判断を遅れさせている間にも、《キリビト・レキ》は後退していく。
「……黄坂。このままじゃ射程外に出やがるぜ……」
「……分かってるわよ……。メルJ、聞こえてるわね?」
『……ああ。黄坂南、小河原……私は構わん。撃て』
その言葉に《キリビト・レキ》を操る操主が驚嘆の声を上げる。
『……おのれら正気か……? このまま誘爆すれば、わしだけやない、こいつも死ぬんやぞ……!』
「分かってるわよ、それくらい。……けれどね、あんたみたいなのをこのまま撤退させるのはもっとまずい。勝世君、やれるわね?」
勝世の《トウジャCX》がプレッシャーライフルを構えて陸地の《ナナツーウェイ》の砲口と共に《キリビト・レキ》を挟撃する。
「……悪いな、これで……終わらせ――」
『ちぃ……っ!』
今に引き金が絞られるかに思われた瞬間、《キリビト・レキ》の巨大装甲がパージされ、分離した本体が渦を巻いて周囲に雷撃を撒き散らす。
その攻撃で勝世の《トウジャCX》はダウンし、メルJの《バーゴイルミラージュ》はアームを切り裂いて自由になっていた。
『……ここでの勝負はお預けじゃ。……まぁ元々、潰せればええ程度に旦那には言われとったからな。さすがはトーキョーアンヘルの頭、即断即決、悪い判断力やないな。けれど、覚えとけ。わしらの本命はお前らちゃうんやからな』
再びドッキングした《キリビト・レキ》は稲妻を纏わせたミサイルポッドを放ちつつ、急速後退する。
それを追うべく両兵は何発か牽制砲撃を放ったが、どれも命中しなかったのだろう。
「……逃がしたな」
暗雲を垂れ込めさせ、《キリビト・レキ》の反応がロストする。
メルJの《バーゴイルミラージュ》が降り立ち、《キリビト・レキ》の電撃によって損傷した装甲を晒していた。
続いて《トウジャCX》が降下し、姿勢を崩す。
片脚で蹴りを見舞った時点で既に限界であったらしく、《トウジャCX》の装甲はぐずぐずに融けている。
「……勝世、生きてるか?」
『……何とかだな、コンチクショウ……。《トウジャCX》の機体制御系が全部ダメになっちまってる。あと数十秒、相手が持ち堪えやがったら危なかった』
『黄坂南、ありがとう。私を信頼してくれて』
メルJの賛辞に南は冷酷な判断を下したことを僅かに悔いたが、それでも全員が生き延びたのは奇跡的である。
「……今はいいわ。それよりも……あの操主、本命は私たちじゃないって言っていたわね」
「舞鶴防衛戦はどうなってンだ? 自衛隊の連中からの定時報告は」
南はインカムを引き寄せて舞鶴防衛戦へと繋ぐ。
「こちら黄坂。……近藤部隊長、そっちの戦局はどうなってる?」
『あ、ようやく繋がった……。数分間、通信が途絶えていましたので心配で……。こっちは何とか持ち堪えましたが、大きな損害です。《ナナツーマジロ》と《ナナツーウェイ》航空射撃部隊は半壊状態……。やられました、敵は《バーゴイル》だったのですが……』
「《バーゴイル》だぁ? ……おいおい、オレが鍛えた連中はそんなのにやられたってのかよ!」
『お、小河原さん……! それはその……言い訳ではないのですが、キョムの使っている《バーゴイル》とは違う、そんな感じがしました』
「キョムとは違う……? さっきも言っていたわね。どんな機体だったの?」
『《バーゴイル》には違いないのですが、隊列の組み方と言い、その統率力と言い、キョムの扱う無人の機体とは一線を画していました。まるで……』
「――まるで、操主が乗っているみたいに、か?」
言い澱んだ先を両兵は的確に言い当てる。
『……こちらの死傷者は幸いにしてゼロです。人機はしかし、舞鶴防衛戦を維持できず……辛うじて《ビッグナナツー》に艦載されていた機体は無事ですが』
「分かりました。ありがとう、近藤部隊長。《ビッグナナツー》の……みんなの機体を守ってくれて」
『いえ……ッ! これが私たちの仕事ですから……!』
通信を切り、南はこの場に居る全員に言い置く。
「……状況としては最悪ね。舞鶴に入港した《ビッグナナツー》は無事だけれど、海路と陸路を読まれていた。こちらの手の内はある程度露呈していると思ったほうがいいわ」
「黄坂。自衛隊の連中が言っていたことが気にかかる。操主ありの《バーゴイル》ってのは、もしかしたら……」
「慌てないで。慌てれば相手の思うつぼよ。私たちを明らかに潰すつもりだった《キリビト・レキ》の操主……けれど、本命じゃないと来た。つまり、京都支部と金剛グループの狙いは……」
『まさか……京都に居る赤緒たち……か?』
息を呑んだメルJに南は首肯する。
「……可能性は大いにある。けれど、相手も読み切れなかったみたいね。二つまでは抑えられても、まだ私たちには手がある。エルニィに連絡……したいところだけれど……」
こうして連絡することで生じる新たな波乱を相手が望んでいる可能性も高い。
直前までコールしかけて、南は手を止めていた。
『……姉さん。オレは《キリビト・レキ》の追跡に回る。この中じゃ、一番足が速いほうだ』
勝世の決意に、南は懸念を募らせていた。
「……けれど、勝世君。私たちはこのままじゃ……」
『それなら……そうだな。両兵、下操主で乗り合わせろ。ヴァネットは手痛いのを喰らってる。姉さんも状況を読み負けりゃ危ない。オレと両兵なら京都入りしてすぐに戦力になれるはずだ』
「……歯がゆいが、勝世の言う通りだな」
「……両?」
両兵は上操主席から降りる寸前で南の肩を叩く。
「……心配すンな。てめぇはよくやっているさ。今の判断も上々だった。アンヘルの責任者としてな。……オレと勝世で柊たちに合流する。まだ露見していないルートがあるんだろ? 人機搬入をそっちで確定させる」
「けれど、両……。キリビトタイプほどの機体を投入してくる敵なのよ? ……京都入りした時点で、相手の術中かもしれない」
「だったらなおさらだろ。……柊たちも即時戦力にしたいってのが本音だろうが、あいつらだって修学旅行ってのを楽しんでるんだ。ギリギリまでオレらで処理する。それが後方支援ってもんだろうが」
「……あんたも分かっちゃいるのよね」
「勝世! とっととコックピット開けろ! ……《トウジャCX》の足ならすぐに京都入りできる。問題があるとすりゃ、相手がどこまでやってくるかってところだが……今の戦闘を見るに、市街地戦も込みで考えていかなくっちゃいけなさそうだな」
「うっせぇ! そっちこそ、早く乗りやがれ! ……姉さん、それにヴァネットも。心配するなって! オレと両兵の奴が急行すりゃ、まだ間に合う。いい知らせを待っていてくれよ」
下操主席に乗り込んだ両兵がサムズアップを寄越し、《トウジャCX》が翼を広げて飛翔する。
「……本当に、難儀なものよね。待つだけの身分って言うのは……」
燃え盛る高速道路を視界に入れながら、南は呟くしかなかった。