JINKI 301-13 ヒトモドキ

【13】「ヒトモドキ」

 優れたソフトウェアはハードウェアを凌駕する――そうなのだと確信した加藤は無数に分裂した自我を取り戻していた。

「……人形使いと言うのは、なかなかに大変な代物だ」

「ですが、面白い視座でしょう? 自らを戦闘兵器として細分化するのは」

 頭部に装着したコネクターを加藤は取り外す。

 今しがたまで舞鶴防衛戦を戦い抜いていた自我境界線が曖昧となり、僅かに眩暈を覚えていた。

「……これが、対人機戦闘ですか」

「我が社の開発した“分岐盤”の調子は如何です? 《バーゴイル》程度の電脳ならば、同期するのも難しくはない」

 加藤は頭上に組み上がった機械を仰ぐ。

 無数の循環パイプがうねり、生物の脳髄を模倣したような形を持つ巨大な遠隔操縦装置――通称、“分岐盤”。

「……これも、三宮金枝のエクステンドの力を解析したからこそ、可能であった」

「仰る通り。遠隔操縦技術は何も血続の専売特許ではございますまい。我々が開発と実装に漕ぎ付けた愛おしい人形たちへと、加藤支部長の優れた頭脳を遠隔で“接続させる”。これこそが我が社の“分岐盤”の有用性! 操主一人につき、一機の人機と言う時代はもう古いのですよ!」

 これも戦争の技術か、と加藤は汗を拭う。

 如何に安全が確約されたシステムといえども、自分を切り売りするのはいい心地とは言い難い。

 だが、それもソフトウェアが優先される時代の到来を予感させていた。

「……人機開発というハードウェアではなく、血続に頼らぬ人海戦術で場を制する、ですか。まだ慣れていない敵ならばこれでも有効でしょうね」

「そう言えば、《キリビト・レキ》は一時撤退した様子。……なるほど、戦闘データを見るに、あのダテン=スーでさえも脅威と言わしめた、とすると十中八九、こちらも当たりを引いた模様」

 コンコルザは身に着けたサングラスのブリッジを上げる。

 どうやらその端末に情報が同期されたらしい。

「……京都支部と金剛グループ、共にトーキョーアンヘルへの叛意あり、とされましたか」

「別段、遅いか早いかだけの話ですよ、支部長。既にダテン=スーにはキリビトを使っての三宮金枝の捕獲を命じてあります」

「京都が戦場になる、ですか」

「何か不満でも? 確かに、キョート、美しい都市です。ですが、我々の力で焼け野原にするにはとても打ってつけだ。都市部にキリビトを出せば、少しはパニックにはなるでしょうが、キョムとの戦闘がなかったわけでもありますまい。存外、市民は落ち着いているでしょうね」

 キリビトタイプを前線に出したのは伊達でも酔狂でもない。

 キョムの侵攻なのだと市民に誤認させるためだ。

 そして、キョムならば――市街を焼き、ロストライフ化することに躊躇いなどあるはずがない、と。

「……いやはや、私も赴任して少し情が移り始めているのかもしれませんね。京都は美しい街だ。だからこそ、僅かに躊躇いがないと言えば嘘になる」

「躊躇い? それは何です? 美しいものを美しいままに終わらせる、という名の代物ですか?」

 コンコルザはワイングラスを片手に部下たちへと“分岐盤”の整備を行わせていた。

 部下の一人が自分のグラスにも赤ワインを注ぐ。血のように赤く、そして甘美なる香りを嗅いで、加藤は違和感を覚えていた。

 指先を伸ばしている自分は本当にここに居る「自分」なのか――“分岐盤”を使う前の自分と、こうしている自分は同一人物と呼べるのか。

「……いけませんね。自己認識のパラドックスに陥るとは」

「想定の範囲内ですよ、加藤支部長。如何に人形に身を落としたとは言え、人間である以上、意識から完全に理性を剥離するのは困難です」

 コンコルザは赤ワインを飲み干し、そして満足げに口角を吊り上げる。

 まさに、今しがた自分が感じたことでさえも「仕様」であるとでも言うような傲慢な面持ち。

 だが、今さら真っ当を名乗れるほど人間じみた思考回路になっているつもりもない。

 共犯の証のように加藤もワインを嚥下する。

 舌先で転がったつんとした甘美な香りに、ようやく呼吸を整えていた。

「……コンコルザ代表。キリビトタイプの実戦投入は早計であったのではないですか? 彼女は知らなかったようですよ」

「ああ、そうでしたか? いやはや、専属操主に気を配れぬとは、三流の誹りを受けても何も言えないですな」

 どれもこれも虚飾とでも言うようなコンコルザの物言いに、加藤は目線をグラスの底に落とす。

「……ダテン=スーは了承した様子でしたが、彼女の精神に関しての調書を読ませていただきました。少し……戦闘に際し、逸る傾向にあると」

「おや、不安ですか? しかし、それは言いっこなしです。三宮金枝のエクステンドの力、そして月代アンナを充てたのは我々の功績なのですから。そうでなければ、無為な戦闘訓練を積ませているところだった」

 ここで指摘したところで水掛け論か、と加藤は再び注がれていく赤ワインを見やる。

「エクステンドの力に着目したのは御社の功績が大きい、重々承知しているつもりです。三宮金枝の操主適性はC。戦いを積めば積むほどに、彼女は自我境界線が曖昧になる、傾向があった」

「ちょうど今しがたの代表のように。人機操主はそれを“取り込まれる”と表しているようですが、カナイマアンヘルのレポートと南米での軍部と癒着していたウリマンアンヘルの調査によると、どれほど優れた操主でもそれは免れないと書かれておりました。血続でさえも例外ではない、と」

 コンコルザはワイングラスの縁を指先でなぞる。

 赤ワインがグラスで揺れ、血色が反射していた。

「血続操主でさえも逃れ得ぬ、人機と交わることによる功罪、ですか。トーキョーアンヘルも知らぬはずがないのですが、隠し立てでもしているのでしょうかね。いずれにせよ、血続操主は消耗品。どれだけ騙し騙し使うか、の一点に尽きる。その点で言えば、《モリビト天号》、あれは素晴らしかった。純然たる兵器としての人機。戦うためだけの鋼鉄の巨神」

 だが、それも手の内になければ厄介の種となる。

《キリビト・レキ》は確かに優れた駒であろうが、それを操るダテンシリーズには不明瞭な部分も大きい。これはコンコルザが意図的に秘匿しているのだろう。

 こちらの陣営が最終的な勝利者になればよいと言う考え方だけではこの男に読み負ける、と加藤は思索を巡らせていた。

「《モリビト天号》がとっておきの人機であることは同意ですよ。兵器開発に際して生じる恍惚とはあのようなことと言う。天性と偶発性、そして最終的な完成度。“天”の名を戴くとはまさにこのこと。いやはや、日本語には詳しくはないのですが、天と地より始まりし物語には精通しているつもりです。全ては、天が生じ、大地が生まれる」

 天と地。

 天号と礫――。

「私にしてみれば、不都合な存在は排除するに限る。たとえ、それが天と地、互いに共鳴する存在であろうとも。どちらが居なければどちらかが存在してはならぬと言う道理はありますまい。この世界は不均衡でありながらも、その内に理路整然とした仕組みを有しているのです。血続操主と強化人間も同じこと」

 再びグラスに赤ワインが注がれる。

 加藤はグラスを揺らしながら、その瞳をコンコルザに向けていた。

「人形使いは人形と同一化してはならない。遣うものと遣われるものが同一では、なるほど、確かに不均衡と呼べるでしょうね。己の映すのに、曲がった鏡に異を唱えて何とする、といったところでしょうか。歪んでいるのならば、歪んだまま世界に拮抗し続けるのがよろしい」

 コンコルザの下へと部下が受話器を差し出す。

『旦那。《キリビト・レキ》の損傷具合なんやが、このまま京都入りしてええんかいな。京都にはトーキョーアンヘルの操主共が居るんやろうが』

「おやおや、ダテン=スー。あなたらしくもない。眼前の敵には噛み付くのが相応しいでしょうに。迷っているのならば命じます。――《キリビト・レキ》を用いて京都に集ったトーキョーアンヘルの有象無象を一掃なさい。あなたにはそれができる、できるように設計しました」

 設計か、と加藤はコンコルザを見据える。

 どこまでも醜悪で、なおかつこの世の絶対性を覆すこともできない言葉だ。

『……わしが負ける言うとるつもりやないな? ……承知した。《キリビト・レキ》は負けん。このダテン=スーも同じことや。奴らを京都と言う街ごと、ぶっ潰したる』

「頼みますよ。あなたにはかなりの額を投資したのですからね。それと、先刻の会敵状況から鑑みて、あなたを迎撃したのは黄坂南を含む、トーキョーアンヘルのチームである可能性が高いと出ました。舞鶴防衛戦はハズレを引かされた可能性もある」

『何やそれ。舞鶴はどうこうして墜とす言うとったんちゃうんか、京都の代表様は』

「聞こえていますよ、ダテン=スー。滅多なことは言わないように。それと、あなたの本懐は三宮金枝の奪還。分かっていますね? いつものようにただただ殺すだけでは駄目なのですよ?」

『重々分かっとるわい。それにしても、さっきの連中には冷や汗もんやったわ。ナナツーでわしのキリビトを墜とそう言うんやからな』

「それができるのが黄坂南と……そして小河原両兵……特一級の監視対象です。《キリビト・レキ》のレコードを確認しますが、あなたをそこまで追い込んだのならば、両名が居たとしても不思議ではない」

『殺せんかったのは旦那にとっての不都合か?』

 コンコルザはその問いかけにナンセンス、と応じる。

「やめましょう。殺す、殺さない、なんて野蛮な物言いは。我々金剛グループはいつでもスマートに物事をこなすものです。《キリビト・レキ》の損壊状況を見て、次手を打ちます」

「……随分とやられているようですね、あのダテン=スーは」

「いやはや、申し訳ない、加藤支部長。彼女はまだ不安定なのです。強化人間とダテンシリーズ、双方を同時期に進めたとは言え、如何に頭角を現した個体を選出してもいささか確定要素には程遠い」

「……ヒトはヒトを作り、操るようには出来てはいないと言うわけですか」

「まさか! 金剛グループは生命の生死を超越しております。あなたの魂を人形に定着させたのもまた、我々であることをお忘れなく」

 既にオリジナルの自分は死んでいる。

 今の自分はこの世界に堕ちたただの影法師に過ぎない――その主従関係を理解しろと言われれば、ある程度は飲み込める。

 飲み込んでもいい、はずだったのだが。

「……一級のワインの味には、遥かに劣る」

 飲み干した美酒はただただ、拭えない血の味がしただけだった。

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