「……立花さん、いいんですか? 私たちの班と個人的にこんな……」
「いいの、いいの! “偶然”、さつきの班と行き先が一緒でー、“偶然”! こうして居合わせただけだし!」
どう聞いても偶然とは程遠い必然性に閉口していると、ルイがバス停を指差す。
「京都はバスで回るみたいね。時刻表は……なんて見づらいのかしら」
「できるだけ余裕を持っておかないと、乗り遅れちゃいますよ。えーっと……旅のしおりには、確か……」
予め用意していた旅のしおりを開いて京都の交通事情を照らし合わせるも、実際の土地と頭の中で考えていたのとはまるで違う。
「碁盤の目、でしょ? どこをどう通っても元の位置に戻るようにできているらしいから、最悪の場合は来た道を辿ればいいだけなんだってば」
「……そう言えば、立花さん……」
「立花先生! でしょ?」
「……た、立花先生は前にも来たって言っていましたよね、京都……」
「そっ! そん時は赤緒が迷子になって大変だったんだからねー。そう言えば、今回は大丈夫なのかな? 赤緒って抜けてるから、ちょっと見ないとすぐどっか行っちゃう」
「そっちはちゃんと班分けをしてあるようですので大丈夫なんじゃ……? 私たちも班行動をしないと……」
「さつき、これ。結構いけるわ」
少し目を離した隙にルイは鯛焼きを買い付けており、班長であるさつきは思わず注意を飛ばす。
「ルイさん! 勝手に買い食いしちゃ駄目じゃないですか! 予算は決まってるんですよ! ねぇ、立花さん……」
「うん? 何だって? やっぱり関西はたこ焼きだなぁ」
エルニィもどこから買ったのだか分からないたこ焼きを片手に悠々自適だ。
さつきは頭痛を覚えつつも、今しがた自分が居る場所の把握に努める。
「……えっと、ここが三条だから……こっちに行くと四条ですね……。私たちが向かっているのは金閣寺ですから……」
「さつきさー、難しく考えなくってもいいんじゃないの? お寺なんてどこだって一緒なんだから、適当に済ましてとっとと宿で休もうよー。ボク、引率で疲れちゃったー」
「あー、もう! そんなこと言い出したら修学旅行の意味ないですよ! ……いいですか? 修学旅行ってのはちゃんとしないと!」
「あー、はいはい。班長さんとしてご立派。うーん、ルイ。別のところ行かない? すぐに金閣寺って行けるわけじゃないんでしょー?」
「そうね。ここには載っていないけれど、私の下調べでは四条界隈が結構、いいお店があると見たわ。立ち飲み居酒屋なんてどうかしら?」
「おっ、乙だねぇ。平日の真っ昼間っからしゃれ込みますか!」
「ルイさんも立花さんもー! いつもの柊神社じゃないんですから、お酒は駄目ですよ! 引率の責任ってものがあるんでしょう!」
自分が一喝すると、ルイとエルニィはいつもの悪戯っ子の面持ちに困惑の汗を浮かべる。
「……えーっ……せっかくいい地酒があるって聞いたんだけれどなぁ」
「私も、せっかく京都に来たんだし、ゲイシャ、テンプラ、ハラキリと行きたいところね。日本の三大目玉なんでしょ」
「いや……テンプラは食べ物ですし、ハラキリはもう別次元って言うか……」
どこまでも日本を誤解している二人相手にあまり時間をかけると、こちらの班分けも意味がなくなってしまう。
「さつきってば、ここは京都なんだし、もうちょっと楽しもうよー。ボクも舞妓さん見たいー」
「舞妓さんを見ようとすると、私たちじゃ入れないところになっちゃいますってば! ……そういうのは大人の嗜みなんです!」
「ボク大人じゃん? はいはーい! 引率者ー!」
「私も地酒には興味があるわ。舞妓とゲイシャはどうやって対決するのかしら。四条には映画館もあるようだし、そこで史上最強の激突が描かれるのかもしれないわね」
ああ言えばこう言うエルニィと完全に京都を曲解しているルイにさつきは肩を落とす。
「……駄目なんです! 金閣寺をまずは観に行くんですから! 他のところは二の次!」
「金ぴかのお寺なんて見て、どうすんのさー。ってか、近いなら映画館に行っちゃわない? あれでしょ? ボク聞いたことあるなー。ピンク映画がこの辺でやってるって」
「ピンク……」
「オトナの映画ね」
ルイの返答にさつきは顔を真っ赤にして反論する。
「だ、駄目ですよ、そんなの……! って言うか、京都に来てまで何をするつもりなんですか!」
「えーっ。せっかくの映画館なのにぃー。……ねぇ、この銀閣寺ってのは金だから銀なの? 本当に? 京都リッチ過ぎない?」
「金閣寺から出撃したゲイシャを銀閣寺で舞妓が迎え撃つのよ。知らないの?」
嘘八百を撒き散らすルイに辟易しつつ、さつきは京都の路線図を辿る。
「……二人の相手をしてたら日が暮れちゃう……。えっと、こっちが金閣寺行きだから、次の停留先は……」
行き先を探していると、不意にエルニィが呟く。
「そういやさ、赤緒たちはどうしてるのかな。ちゃんと三宮を……エスコートできてるのかなぁ」
「……立花さん、赤緒さんたちと連絡を取っているんじゃ?」
「そりゃー、一応携帯は持たせたけれど、あんまし連絡し過ぎても野暮じゃん。さつきってば分かってないなー」
自分たちの班行動に便乗するのは野暮でないのか、という指摘は置いておいて、さつきは問い返す。
「……でも、三宮さん。こっちに戻って来るのに、何も辛くないわけがないんですよね……」
「まぁねー。三宮にしてみれば、一応は逃げて来たようなもんだから。ある意味じゃ、因果からは逃れられないってことなのかも」
「……立花さんと南さんって、確か三宮さんの親御さんと……」
「それ以上は。駄目だよ、いくらさつきでもねー。三宮には三宮の事情があるんだから」
少し踏み込み過ぎたかもしれない。
自分らしくないと言えばその通りだが、元々は金枝の所在が心配なのもある。
「……分かっていますってば。そう言えば、月代さんは? 三宮さんのマネージャーなんですよね?」
「マネージャーだから、三宮をいつでも捕捉できる場所に居るはずだけれど、こっちからの連絡には出ないって言う一方的と言う感じかな」
「それっていいんですか? ……だって、《モリビト天号》を動かせるような人材で……」
「ま、最大限の譲歩って奴かも。三宮の身柄をボクらトーキョーアンヘルが確約する代わりに、自由意思を持って動いてもらうって言う……って、さつき。そんなこと、ここで喋っていいはずがないでしょ。班行動!」
ハッとしてさつきは口を噤む。
自分とルイ以外のクラスメイトも居るのだ。
しかし、彼女らは友達同士で会話に興じており、今の発言が利き留められた感覚はない。
「……修学旅行なら、志麻さんも一緒ならよかったのにな……」
彼女はどうしているのだろう。夕映えの図書室がよく似合う読書家は、身体が弱いと聞いたので、今回の修学旅行では不参加なのだろうか。
結局は聞き出せずにいたな、と思っているとバスが到着する。
「あっ、これに乗るの?」
「待ってくださいってば……。えーっと、こっちに行くと、進行方向じゃないから……」
「メンドーだから乗っちゃえ!」
エルニィが乗ったのを嚆矢としてルイも乗り込む。
こうなってしまえば自分も乗らないわけにはいかず、金閣寺に着くかどうかはともかく班を率いる。
「……もう! 相変わらず勝手なんですから……じゃあ、これに乗りましょうか」
バスに揺られながら京都の街並みを観察する。
東京と大きく違うのはどの建物も背丈が均一であることだ。
「……ちょっと不思議な光景ですよね。映画のセットに紛れ込んだみたいで……」
「京都は景観条例があるから、大きい建物は滅多にないんだよ。あったとしても京都駅の前で見た京都タワーくらい? この辺は特にかもね」
「何でです? やっぱり古都だから……?」
何でもない疑問のように尋ねたが、エルニィは不服そうに返答する。
「……キョムの侵攻は京都にも及んでるんだ。ロストライフ化が近いってなれば、迎撃用の予算が下りることもある。もしもの時に人機が反撃しやすいように京都を作り変えようって派閥も居るってこと。京都支部のやりたいように街をいじられているようで、ボクとしちゃちょっと不満だけれどね」
京都支部との牽制もあったのだろう。
エルニィの口調には苦々しいものが窺えたが、自分は一人の操主として彼女の戦いをサポートするしかない。
「……でも、この街が……戦場になるのは、悲しいですよ」
美しい古都を業火に焼くのは誰であろうとも忍びないはずだ。
エルニィも気持ちは同じなのか、窓の外を眺めながらぼやく。
「……それは言いっこなしだよ。でも……ボクらが守るべきなのはきっと、そういうことなんだろうね」
「――赤緒ーっ! こっち向いてーっ!」
マキに声を投げかけられて赤緒が振り返ると同時にシャッターが切られる。
「あっ、マキちゃん。カメラはどう? 写真は足りそうかな?」
「うーん、どうだろ。フィルムも馬鹿にはならないからねぇ。でも! 京都旅行来てよかったなぁ! いい刺激になるよ。東京じゃ、こうはいかないし!」
マキは指で四角を作ってフォーカスを絞り、今しがた撮影した場面を切り取る。
「……これが清水の舞台……。思ったよりも大きいね……」
ちょうど自分たちは清水寺に訪れており、古式ゆかしい光景が眼下には広がっている。
下方を覗き込むと、ひやりとした感覚を覚えるほどには高い。
如何に人機に乗ることに慣れていても、こうした瞬間は唯一無二だ。
「三宮さんは清水寺に来たことはあるのですか?」
「……あのですね、金枝はあまり外を出歩かなかったと言うか……よくある話じゃないですか。東京に住んでいるからってみんながみんな東京タワーに上ったことはないでしょう? それと同じですよ。京都人はこういう観光スポットみたいなところには来ないんです」
「じゃあどこに行くのさ? えーっと……新京極だっけ? 京都の真ん中って言うと」
旅のしおりを捲りながらマキが問いかけると、金枝は自信満々に胸を反らす。
「ふふーん♪ まだまだ甘いですよ、お二人とも。京都にはたくさん、それこそ数え切れないほどの名所があるんです。金枝のおススメなのは、やはり裏通りに面した古書店とかですね」
「古書店……。えっと、古い本が売ってるの?」
いまいちイメージできずに赤緒が疑問符を浮かべると、金枝は好機を得たかのように口数が多くなる。
「古書店は面白いですよ。色んな本が売ってるんです。普通じゃ何万円もするような本が並んでいるのは壮観ですからね」
「へぇー、三宮さんも結構本には造詣が深いんだ? じゃあさ、漫画本とか置いてあったりはしないの?」
「……マンガは……金枝は詳しくはないですが、いくつか見たことはありますね。京都では納涼祭りと言って、夏時分になると古本市が催されることもありますから」
「やっぱり、三宮さんは頼りになりますね。私たちだけだと有名どころしか知らなかったでしょうから」
泉が褒めると金枝はふふーんと自慢げにする。
「任せてください! 京都の街並みに関してで言えば、金枝の知らないところはありませんからね!」
こうして金枝が京都旅行を楽しんでくれるかどうかは赤緒にとっては懸念事項だったが、今は杞憂のようであった。
マキと泉相手にこの一週間で打ち解けたのも大きいのだろう。
「でもさ、京都って本当のところ、碁盤の目だっけ? あれって本当なの? どっかで迷ってもどうにかなるって言う」
「本当ですよ? まぁ、この辺は観光名所なのでちょっと違うかもですが」
「見てください! マキちゃん! ソフトクリームが売っていますよ!」
清水寺から離れる坂道で売っているソフトクリームに、全員でお小遣いを掻き集めてめいめいに買い付ける。
「でも、不思議……。京都ってもっとお堅いものだと思ってたから……」
赤緒の感想に金枝は頬を掻く。
「……まぁ、間違ってはいませんよ。観光都市ですからね。清水寺だけではなく、金閣寺や、祇園四条など歴史的な街並みは他の都市にはないものでしょう」
「金ぴかのお寺なんてあるんだよねー。じゃあさ、銀閣寺は銀色ってこと?」
「マキちゃん。銀閣寺はそういうのではありませんよ。けれどマキちゃんのインスピレーションを刺激するものかもしれませんわね」
清水の舞台だけでもマキはテンションが上がっているようで、今ここに原稿があれば煮えたぎるパッションを叩きつけているだろう。
「うぉー! すぐに原稿やりたいー!」
「帰ってからのお楽しみにしましょう。三宮さんは、どの辺りに住んでいらしたんですか?」
ある意味では絶句するような質問だったが、金枝は何でもないように返答する。
「祇園のほうですね。あそこは舞妓さんが居たり、なかなか見ごたえのある町屋さんがあったりと見ているだけでも面白いですよ」
何だか自分が思っていたよりも金枝はマキと泉に心を開いているらしい。
嬉しいのだが、ちょっと嫉妬してしまう部分もある。
「祇園……ってこっから遠いの?」
「まぁ、バスを乗り継いでければ大丈夫ですよ。それよりも、金枝はお腹が空きました。そろそろお昼にしませんか?」
「おっ、いいねぇ! 関西なんだし、京都名物って言ったら……たこ焼き?」
「マキちゃん、それは大阪じゃない? でも、京都って何があるんだろ」
「にしんそばとかはありますけれどね。この辺のお店はなかったかな……」
にしんそば、と聞いてもパッと思い浮かばず、赤緒の脳内にはにしんがそのまま乗っているそばが抽出されている。
「……京都に来たら、これを食べろってのがあればいいんだけれど……。事前に調べた限りじゃ、私たちもまだまだだなぁ」
「八つ橋はありますけれどね。焼き八つ橋と生八つ橋」
「焼き……生? 何が違うんです?」
当惑した自分に金枝はちっちっちっと指を振る。
「甘いですね、柊さん。八つ橋は京都のフェイバリットお菓子ですよ?」
「八つ橋は聞いたことがあります。和菓子なんですよね?」
泉はさすが華道に精通しているだけはあってそういった機微には聡いところがある。
「そうです。とは言っても、あまり日持ちするお菓子ではないので、関西圏だと赤福餅が有名だったりと、案外分からないものですけれどね」
得意げに教鞭を振るう金枝は上機嫌で、赤緒は京都行きが決まった当初の彼女の横顔とは違うのを感じ取る。
当然だ、誰でも知っていることを誰かに教えてあげるのが嬉しくないわけがない。
とは言え、金枝の常識もところどころ虫食いのようで、時折変な返答をしているようでもあるが。
「えーっと……渡月橋? ってこっから行けるんだっけ?」
「電車に乗れば行けますが、少し遠いですね。本日分の行動予定はこなせているので、お昼を食べてから午後の予定は決めましょう」
「でも、夕方の六時には宿に集合しなければいけませんから、思ったよりも余裕はないですよね」
学校が指定した旅館は現在地からバスで一本だとは言え、あまり観光に夢中になっていると時間を忘れてしまいそうだ。
「あっ! 赤緒ー! ほらこれ! お土産売ってるよー!」
「もう、マキちゃんってば……お土産は最終日に買う予定でしょ?」
そう言いながら覗き込むと、金ぴかのキーホルダーがその手に握られていた。
ちょうど剣の形状になっており、カシャンカシャンと鉄の音が響く。
「……マキちゃん、それは男の子のお土産じゃ……?」
「それに、そういうのってどこでも売ってるよ……?」
「いやー! せっかくなんだし、こういうチープなのも買おうかなって! 三宮さんはどう? こういうの結構好き?」
唐突な質問に金枝は少しだけ困惑した様子だ。
「あ、……えっと、はい? お土産と言うか、オモチャと言うか……。東京の人はこんなのがいいんですか?」
「……まぁ、よくある定番だし」
頬を掻いて困惑する赤緒に対し、マキは自信満々にお土産をプレゼンする。
「やっぱさ! 剣と魔法って燃えるよねー! こういうの一個くらい持っていてもいいかなって思うんだけれど、なかなかなー。ほら、女子だし普段使いってわけにはいかないじゃん!」
そう言いつつもマキのテンションは高い。
旅行先の高揚と、金枝の反応を楽しんでいる節がある。
「……そ、そう言われてみれば……カッコいいかも……」
「でしょー? 三宮さん! どうせならペアで買わない?」
「ペ、ペアですか……? このキーホルダーを……?」
さすがにそれは悪乗りし過ぎなのではと思ったが、金枝は意を決したように龍の装飾が施されたキーホルダーを握り締める。
「じゃあ、その……これがいいです……!」
「おっ、なかなかにお目が高いなー。じゃあとっとと買っちゃおっか!」
早速会計を済ませたマキと金枝は、包装を施された小さなキーホルダーをお互いに交わす。
「けれど、こういうところのお土産って目移りしちゃいますわね。これも旅行の醍醐味なのでしょうけれど」
泉はここでは買い物はせず、最終日までに色々と選別しようとしている。
赤緒自身もここでの買い物は控えようと思っていたのだが、お揃いのキーホルダーを誇る二人は素直に羨ましい。
「……ねぇ、泉ちゃん。私、ちょっと誤解していたのかも」
「三宮さんのことですか? ……最初は、確かに近寄りがたかったものもありましたが、マキちゃんも赤緒さんも、ちゃんと歩み寄りをしたではありませんか」
「……ううん。二人の協力がないと私……三宮さんにここまで近づけなかったと思う。きっと、心の距離だって同じ。私はね、中学校の時から二人に助けられっ放しだね。だって
あの時だって私……二人に手を引かれなかったらどうなっていたか分からなかったもの」