記憶喪失で、何もかも灰色の世界に堕ちていたあの頃に、極彩色の世界に連れ出してくれた最愛の友人たち。
きっと今回も自分を救ってくれたのと同じように、マキと泉は特別なことなんて何一つないとでもいうように手を繋いでくれた。
当たり前だけれど、確かな幸福。
どんなに探し回っても、眩く輝く星々のように得難く、そして手を伸ばす価値のある存在。それを金枝も知れたのは、自分だけの力ではないのだ。
「……何だかすごいな。友達って言うのって」
「赤緒さんもお友達ではありませんか」
泉の屈託のない笑顔に赤緒は柄にもなく照れてしまう。
そう言えば、救われたのは自分だけではないのだろう。こうして友愛を育むことで互いに手を伸ばし合っているのだ。
「……あのね、泉ちゃん。私、正直すごく不安だったの。三宮さんが、心の奥底から楽しめるのかな、って。……でも、心配し過ぎだったのかも。マキちゃんも、泉ちゃんも。みんなが三宮さんを助けてくれている。それって、何だか得難いことなんじゃないかなって」
「友達じゃないですか、赤緒さん。遠慮なんて要らないんですよ」
「……うん。そうかもね」
マキはと言えば、金枝と一緒にガチャガチャに興じている。
観光地なのにパンダの景品狙いなのはどこか滑稽にさえ映るが、それがマキなりの金枝との付き合い方なのだろう。
「あっちゃー……。またダブったよ」
「金枝に回させてください。今度こそ、コンプリートしてみせますよ」
「……もうっ、二人とも。京都にせっかく来たのにガチャガチャしてるなんてもったいな――」
そこで不意に激震が襲う。
赤緒はよろめきながらも、丹田の底に響き渡るこの残響音は真っ先に確証があった。
「……みんな、ちょっと待ってて!」
店から出るなり赤緒は白亜の巨大人機と遭遇していた。
ゆったりと浮かび上がりながら、その堅牢さと高出力を誇る人機は全体像で言えば三角錐の形状である。
その姿の人機を、自分はよく知っている。
「……キリビトタイプ……! けれど、シバさんじゃ、ない?」
分からない。第六感でしかないのかもしれない。
それでも、赤緒の胸の奥にはシバ以外の使い手だと言う予感があった。
純白のキリビトタイプが光条を放つ。
抉られ、爆炎が舞い上がる京都市街へと赤緒は拳を握り締める。
「……京都を、やらせはしない……! 相手がキョムなら、私は負けない……!」
アルファーを翳しかけて不意に手を引かれる。
金枝が自分を導き、マキと泉もその後ろ姿に続く。
「金枝の後ろへ……! もう仕掛けてくるなんて……とにかく、こっちへ!」
「こっちって……行き止まりじゃない?」
裏通りの果てにある小さな社へと金枝が手を伸ばした瞬間、世界は薄靄の夢の中へと落ちていた。唐突に視界が切り替わったものだから、赤緒は当惑するばかりである。
「三宮さん……? これって……」
「幽霊の小道です。柊さんは一度経験があるはずですが」
かつて京都に訪れた際に、赤緒はこの小道にはぐれたことがそう言えばあった。
だが、まさか金枝が自在にそれを扱えるとは思いも寄らない。
「三宮さん……幽霊って……」
「呼び名に深い意味はありません。ただ、他の物理干渉からは逃れられるから、幽霊のようだと思ってそう名付けたまでです」
「物理干渉から逃れられるっていうのは……」
「言葉通りです。この道は言ってしまえば観測されない裏通りのようなもの。道祖神を通して、金枝はこれを使うことができます。辿って行けば、恐らくは安全圏まで逃れられるでしょう」
「待って……! 三宮さん、私たち……!」
「柊さんはお二人と共に脱出を。金枝は……あの白い人機と戦います」
息を呑んだ赤緒は金枝の覚悟の相貌を見据える。
「……でも、私……っ!」
「……柊さんも、マキさんも泉さんも。金枝と、友達になってくれてありがとうございます。金枝は、それさえも知らないまま消えていくつもりでした。でも、ようやく、友情の何とやら知れたのに……」
「だったら! 三宮さん! 一緒に――」
「駄目です。駄目なんですよ、マキさん。柊さんはお二人を守ってください。金枝が絶対に……皆さんを助けます」
身を翻した金枝の背中にかけられる言葉はない。
自分はそのように意固地になったように決めつけた背中を、よく知っているから。
「……さよなら」
幽霊の小道の靄が濃くなっていく。
「待って……っ! 待って、三宮さんっ!」
金枝は涙一つ見せず、外の世界へと飛び出していた。